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第9話  アンジェラ

「リーナちゃん、リーナちゃん!」


 誰かに、揺すり起こされた。そっと目を開けてみると、其処にはラザールお兄様。

 何があったのか、ぼんやりとした頭で考える。

 あぁ、そうだ、思い出した。途中までしか、意識を、持って、居られなかった、けどね……。


「だいじょ……?! リ、リーナちゃん?! どうしたの?!」


 ボロボロと零れる涙が止まらない。

 だって、あんまりに情けなくって。私、みんなに守って貰う事しか、出来なかったんだよ……。

 だから、ミレさんだってあんな傷を負って……。その後も、きっと……。

 泣いたって仕方ないよ。そんなの、分かってるよ。でも、止まらない。

 最近、泣いてばっかりな気がする。その度に、ラザールお兄様を、心配させてる。


「大丈夫? もしかしても、まだ痛いの? ミ、ミルヴィナ呼ぼうか?」

(違う、違うの……)


 ふるふると首を振る。それしか、出来ないんだもん。もうヤダ……。俯いて、唇を噛む。

 と。ポンポンと、頭を撫でられた。少しだけ顔を上げると、ラザールお兄様の優しい目が見えた。


「もう。大丈夫だよ。僕達、言ったでしょ? 何が何でもリーナちゃんを守るって」

(で、でも……)

「あの辺りは、ああいう事を職業にしてる人も結構いるからね。もっと安全なところを選ばなかった、僕達の責任だよ」

(そんなこと……)


 その時、隣のベッドから、吐息にも似た、小さな声が聞こえた。

 声に反応して其方を見ると、其処に寝ていたのはミレさん。

 目を擦ってからちょっと欠伸。伸びをしながら体を起こす。乱れた髪を手櫛で整えると、「あっ」と声を出してから、布団を跳ね除けてベッドから降りた。


「ごめん、寝ちゃったんだね」

「いや、良いんだよ。怪我してたし」

「ん、そう……。アンジェラは?」

「アンジェラは……」


 ラザールお兄様は、窓近くのベッドを指さした。仕切りで見えないけれど、確かに、人の気配がある。

 ミレさんは欠伸を噛み殺しながら窓の外を眺め、驚いたように声を出す。


「嘘っ、こんな時間?! 真っ暗じゃん」

「あ、大丈夫。侍女メイド達にミレの家行かせたんだ。今日は泊まりって伝えさせた」

「あ、ごめん、ありがと。ごめんね~」

「いやいや。それより、夕食。食べれる?」

「そりゃ、ぜんっぜん問題ないよ!」


 そう、元気な声でミレは言う。何となく、ミアに似てるような気がするなぁ。

 そういえば、名前も似てるし、茶色い髪も、何となく似てるし……。

 そう、ぼんやりと思っていると、ラザールお兄様の声が聞こえた。


「リーナちゃんも大丈夫?」


 私が頷くと、安心したように微笑んだ。


「そう。よかったぁ。じゃ、先に行っててね。僕は……。行けるか、分かんないけどね」




 結局、ラザールお兄様はダイニングに来なかった。

 侍女メイドが、私は自分の部屋に、ミレさんは客室に行くように言った。

 さっきの部屋(ミルヴィナの自室兼保健室)に寄って欲しくない、んだよね。多分だけど。

 二人でお風呂に行く約束をしてから、私は自分の部屋に向かった。




 次の日、ミレさんが帰るのを見送ってから、ラザールお兄様の部屋に向かった。見送りにも、二人は来なかった。流石に、不安。

 扉に耳を当ててみると……。よく聞こえないけれど、それでも、微かに、言い合いをする声が聞こえた。

 何を言ってるのかまでは、ちょっと分かんない。声からして、ラザールお兄様とアンジェラさんだと思うんだけど……。


 昨日、二人きりにしたのは、きっと、訳があるんだろう。今入っちゃいけないだろうってことも、もちろん、分かってるよ。

 けれど、ドアノブを少し動かしてみたけれど、鍵は掛かっていない事が分かってる。

 どうしようか迷っていたけれど、ふいに、もし侍女メイドが通りかかりでもしたら、変に思われるかな、なんて事が頭に浮かんだ。

 そ、それは困る。結構困る。もう入っちゃえ。

 私は大きく息を吸うと、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと回した。


「もう、駄目なんだ、私は!」

「アンジェラ、待って、一度落ちつい……」

「落ちつけるか! 私は……。私では、なくなってしまったようだからっ!」

「大丈夫だから、お願い! ちゃんと話そうよ!」

「煩い! もう良いんだ、私なんて! 大体、ラザールには何も分かるわけないんだ!」


 気づかれなかった。想定外で、私はぽかんとその様子を見つめていた。

 けれど、今の会話。そして、扉側に居るラザールお兄様の周りに散乱する本。何となく、これは危険なのではないか、と思った。今すぐ逃げようか……?

 そして。その不安が的中したと気付いたのは、その一瞬後だった。

 私の視界が揺れ、気付くともう地面に倒れていた。結構な音が響いたよ、凄く痛い。

 涙目で立ち上がると、アンジェラさんとラザールお兄様がぽかんと私を見つめていた。


「「え……。いつから居たの?」」


 あ、うん。仕方ないね、気づいていなかったみたいだし。

 取り敢えず頭にぶつかってきた本を拾い上げ、ラザールお兄様に手渡す。

 本が当たった時より、床に打った方が痛かった。そっと頭を押さえる。


「あ、ごめんね? ほんと、気付いてなくて……」


 ラザールお兄様が申し訳なさそうに言う。そんな事を言われても困るんだけど。

 それよりも、まず。私は今、どうしようかと頭を回らせていた。

 何かあって入った、というわけじゃないから……。どうしたの? と訊かれたら、どうするか……。


「えっと、何か用があったのかな?」

 早速だった。

 私は少し考えて、そっとペンを取る。

<アンジェラさん、何かあったのかな、って、不安で>


「あ……。そうだよね。ちょっと……。いや、本当のこと、言った方が良いのかな」


 ラザールお兄様はちらりとアンジェラさんを見る。アンジェラさんは溜息をついてソファに座る。ちょっと乱暴。いつものアンジェラさんじゃない。


「その方が良いだろう。だが、私は言いたくないんだ。ラザール」

「そうだね。リーナちゃん、ちょっと聞いてくれるかな?」

(え)

「リーナちゃんは、知ってた方が良いと思うんだ、アンジェラの過去をさ」


 まさか、そうなるなんて……。思っても居なかった展開だ。けど。とにかく、話を聞こう。



 昔。アンジェラは、凄腕の女剣士だったんだ。男の人にも負けなくて、学校一の腕を持っていた。

 背も高いし、髪も短くて、かっこいい感じだったけど……。

 まあなんというか、ちょっと恐れられててね? 結構いい体してるけれど、恋愛の経験は皆無だったんだよね……。


 そんなアンジェラが、初めて告白されたのは十六歳の時。

 相手は美形と噂の魔術師メイジで、何というか、アンジェラも女の子だし、受けたんだよ。

 なにせ、憧れの的だったからね。彼女が居るのかいないのか、いつも噂になってるような感じで。

 まあ、そういう経験が全くなかったのが悪かったのかな……。


 その彼って、実は婚約者が居てね。すっごく可愛い女の子だった。

 じゃあ、アンジェラは何だったって言うと……。


「彼女は可愛すぎるんだよ。傷つけたくない、と思うくらい。だからね」

(嗚呼、私は所詮、体目当てだったのか……)


 アンジェラ、ちょっと浮かれ過ぎちゃったかな。だからこそ、反動は大きかったよ。

 今までのが全て嘘だったなんて。もう、一体何を信じれば……。

 自殺しようかと考えたけれど、癪だった。何故、自分が死ななくてはいけないのか、分からない。

 それで、アンジェラが取った行動は……。



「禁じられた行為だよ。でも、アンジェラは……。その道を、選んでしまった」

(え……)

「そう、私は人を殺めた事がある。二人とも、葬ってやったさ」


 向こうで、イライラしたような声でそう言い放つ。

 ドキリ、と心臓が高鳴り、呼吸が苦しくなる。

 今まで、優しいと思っていたのは、何だったんだろう。


(本当に、人を見る目がなかったのだとは、思いたくない)


 アンジェラさんが、今までのアンジェラさんは本当なのだと思いたい。

 そうでないと……。人間不信にでもなりそうだ。いや、元々だけど。もっと、誰も信じられなくなる。


「それで、僕のお父さんが引き取ったんだよ。本当だったら、ね。でも、状況も状況で、何より十六歳だった。放っておけなかったみたい」

「旦那様には、本当に感謝をしている。私を、あんな私を、唯一、救って下さった」


 黒いオーラが消えて、今までのアンジェラさんに戻っていく。


「私がやった事は、本当に、いけない事です。だからこそ、今度は、もう、あんな過ちを起こさない様に、剣を触らない様にしていたのですが……」

(え……! じゃあ、私を、守る為に……)


 薄々気付いては居た。あの時、ラザールお兄様が、何度か心配アンジェラさん見ていたから。


「リーナ様のせいではありません。私は、大丈夫。いつか、こうなるとは思っていました」

(でも……)

「心配なさらないでください。では。いつまでもこうはしていられません!」


 アンジェラさんはすっと立ち上がると、何事もなかったかのように部屋を出て行った。

 まだ早い鼓動を抑えつけながら、私はそっと、ラザールお兄様を見た。


「あれ、初めてじゃないから。気にしないで。アンジェラ、なんだかんだで強いから、大丈夫」

(そうなら、いい、けど)


 私は、アンジェラさんの消えた扉を眺める事しか出来なかった。






 時を戻して、昨日の夜。


 リーナちゃんとミレが出て行ってから、僕はゆっくりとアンジェラに近づいていった。

 アンジェラはすぐ僕に気が付き、シャッ、と音を立てて仕切りのカーテンを開けた。


「ラ、ラザール……」

「アンジェラ、大丈夫?」

「駄目……。もう無理」


 アンジェラは顔を歪めた。俯いて顔を手で覆う。泣きながら、喋り出す。


「私、私……。怖い。怖いの」

「大丈夫だよ。大丈夫」

「でも、でも、私は、いつ誰を傷付けるか、分からない」

「大丈夫、そんな事は」

「分かってるのか?! 私は、今、ラザールを殺そうとするかもしれないんだぞ?!」


 そう言うなり、アンジェラは机の上に置いてあった短剣を素早く掴み、僕に向ける。

 でも、その短剣、宝剣だから、刃が付いてないよ。だから、僕は臆さずアンジェラに向かう。

 アンジェラの手から、するりと短剣が落ちる。


「うぅ……」

「そんな事は出来ない。ね?」

「でも、でも」

「アンジェラが、そう思い込んでるだけ。アンジェラは、誰も傷つけない」


 アンジェラは、そっと両手を見つめる。


「赤く染まってる」

「え?」

「そういう風に、見えるんだ。剣を持ってから、一週間くらい」

「な、なんで」

「私の両手は、罪に染まっている」


 僕は、もう我慢できなかった。アンジェラを抱きしめて怒鳴る。


「馬鹿! アンジェラがそんなことするわけないって、思ってる。全部幻覚だって、わかってるんでしょ!」

「え、ラザール?」

「ねえ、目を醒まして! いい?! もう、弱音吐いちゃいけない!」

「え、え……?」

「……いいよ。今日は、この辺にしておこうか。明日、僕の部屋」


 僕は今まで居た部屋を飛び出し、自分の部屋に向かう。

 もう、これで、ある程度は目を醒ましてくれると思うんだけど……。


 嗚呼、明日は大喧嘩だなぁ。

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