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第63話  戦争 ミレ

 うー、つまんないよ。もっと戦いたいのに、なんでか敵が少ない。こんな風に戦えるの滅多にないのに、なんでよ……。

 舞うのが好き。他の剣士みたいに戦うんじゃなくて、もっと、鮮やかに、もっと、華やかに、ミレにしか出来ない戦いをするのが好き。だって言うのに、なんで敵居ないの!

 小さく息を吐く。ミレ、変わらないな。昔から、ずっと一緒。そう……、幼いの。分かってはいるんだけどね。変えられない。変えられるわけ、ない。

 ミレにとって、戦いっていうのは、目立つ事が出来るソロ演技の時みたいな、そういう感じ。戦場はミレの舞台なの。

 違う、もっと。戦いは、ミレそのもの。ミレは、みんなに見て貰わないと駄目なの。分かってるよ、幼いって、だからって、急に人って変われない!


「違う……」

「何が違うんだ?」

「え……?」


 顔を上げると、其処に居たのはグリフィンの治癒師、ええと、あ、そう、ミルヴィナ。最近名前がこんがらがっちゃって。でも、あってるはず。

 茶髪を適当にカットした感じが、彼女の性格をよく表してるように思う。戦場だって言うのに白衣を着てる。これが魔服、なのかな。

 ミルヴィナ、最近変わった。大人っぽくなったと思う。好きな人が出来たからかな。……人って、そんな簡単に変われるものなの? リーナちゃんもだし……。もう、分からない。


「ミルヴィナ、どうしたの?」

「ん? ああ、いや、ミレが俯いて歩いてるから、珍しいなと思って」

「いや、周りに敵がいないなって。戦いたかったのに」

「それなら、もっとあっちに行った方が良いだろうな。一緒に行くか?」

「ん、行く」


 血は好き。ミレの活躍の証だから。高く飛んで敵に飛び込むの、好き。みんながミレに注目してくれるから。

 でも、おかしいな、あんまり嬉しく感じない。なんで? ミレの、唯一活躍できるところ。一番好きなところ。なのに、なんで?

 双剣を鞘に仕舞っても、もやもやは消えていかない。寧ろ、膨らむ一方だ。少し離れたところで魔法を撃っていたミルヴィナに近づく。


「凄いな、ミレの戦いは。舞の様で、美しい。魔術師メイジだと綺麗な戦い方する人もいるが、剣士だと少ない」

「……あ、ありがとう」

「? ミレ、やっぱりおかしいぞ。どうかしたのか?」

「べ、別に! おかしくないよ?」

「…………」


 ごめんね、ミルヴィナ。ちょっと、放っておいて。




 十二時くらい。一度テントに戻った。昼食のサンドイッチを受け取ったミレは、一人テントを抜け、近くの木の下に座る。

 ボーっとしてたから、気付かなかった。目の前にミルヴィナの顔が見えてとても驚くことになる。


「わ……、いつからいたの?」

「ちょっと前だ。やっぱり、変だ。だが、熱はなさそうだしな。悩み事か?」

「ん……、ミルヴィナには、関係ないよ」


 そういえば、引いてくれると思った。でも、甘かった。どうしてミレの周りの人は、揃いも揃って強いのかな。


「馬鹿! 関係ないわけないだろ! ミレは大事なんだ! 私だけじゃない、グリフィンのみんなにとっても!」

「え……?」

「ミレの事、みんな、心配してた! ここ最近、元気がないって。お願いだから、話してくれよ!」

「……」

「私達は仲間だ! なんで、ミレは、一人で……。話だったら、いくらでも聞く、だから、お願い……」


「一人で考え過ぎないで。私達の事、頼ってくれよ!」


 分かってる、でも、本当に相談していいのか、分からない! 自分勝手なことだ。笑われてもおかしくないくらい、些細なことだ。だから、どうしていいのか、分からない。

 きっと、誰にとっても些細なことだと感じるはず。でも、ミレには、とっても大きなこと。此処に差があったら、相談する意味なんて、ない。

 本当に分かって貰える自信がない。中途半端に心配させたくない。だから……。

 踏み込んで欲しく、なかったのに!


「わっ! わ、悪い、言い過ぎた、だから……」

「ミルヴィナのばかぁ! なんで踏み込んでくるの、どうして、放っておいてくれないの!」


 ミルヴィナは、一瞬、戸惑ったような表情を浮かべた。一瞬強張らせた顔。でも、すぐに向かって来てくれた。


「っ! それは、ミレの事が、大切だからだ!」

「本当に?! 絶対?! ミレには、分からないよ!」

「大切に決まってるだろ、どうして分かってくれないんだ! 私が、どれだけ心配してると」

「人の心なんて、分からない! どう思ってるかなんて、分からないんだよ?!」


 ミレには、分からない。どうしてみんなが、あんなに、仲良く出来るのか。ミレだって友達いるって、言うかもしれない。周りに沢山人がいるじゃないか、って。

 でも、違う。ミレは、いつも、考えちゃうの。どうやって見られてるのかな、って。本当の心を見せるの、怖い。

 リーナちゃんも、ユリアちゃんも、ラザールも。心で話してるって感じがする。本当の、親友。ううん、心友。ミレには、出来ないよ。

 ミレは、一人だ。そう、思っちゃう。怖いの、だから、少しだけ、距離を開けてた。


 ミルヴィナは、その距離に、足を踏み入れてきた。


「……此処まで来て、引くわけ、ないだろ」


 ドキッとした。ミルヴィナの声が、低かったから。顔を上げると、一筋の涙。ミルヴィナ・・・?


「諦めない。でも、今は一回、やめておく……。後で」


 それだけいうと、走り去ってしまう。


(泣かせ……ちゃった)


 言い過ぎた。分かってたのに、言ったミレが悪い。でも、それを素直に受け入れられるほど、ミレは素直じゃなかった。でも、それをなんとも思わないほど、汚れた心を持っても居なかった。

 色々な感情がごちゃ混ぜになって、どうしていいのか分からない。本当は、ミルヴィナに、聞いて欲しかった。なのに、なんでこんな態度を取っちゃうの?

 サンドイッチの味、感じない。




 怪我をした。左手。剣が当たった。……戦いに集中できなかった。

 救護テントに居るのは、ミルヴィナ。行きたく、ないな。でも、自分じゃ治癒できないし。仕方ない。


「え……」


 ミルヴィナは、テントに居なかった。昼食の時間の後、帰って来なかったらしい。背筋が冷たくなる。ミレの、せいだ。

 治療をして貰ってから、ミレはテントを飛び出した。何処かに居るはずのミルヴィナを探しに。

 走る。何処に居るのか、分からない。でも、走る。何処かに、いるはずだから。走る。謝らないと、いけないから……!


「っ! ミルヴィナ?!」

「ミ、ミレ!」


 ミルヴィナは、震えていた。それもそのはず。両手首足首、それから首に、魔法で作られた輪が掛けられている。いつでも締められるんだろう。周りには沢山の兵。その中で、一人きり。怖いよね。当然だ。

 ミルヴィナの言葉で、一斉に私に視線が向く。それを、殺気を込めて眺めてやる。


 許さない。


 剣を抜き、地面を蹴る。元々、大人数を相手にする方が得意なんだ。有利なはず。

 一人目は右手で首を。二人目は左手で下から上へ。左下を向く右手、右上を向く左手。両方同時に開く。三人、四人。そのまま剣を自分の前まで持ってくる。

 両手を開きながら一回転。人数なんて分からない。ちょっと膝を折って跳ぶ。落下する時に一人を真っ二つにする。地面まで下げた剣を空に向けて上げながら、二人。

 いつもより、冷静だ。怒ってるはずなのに。怒りが、全ての感覚を麻痺させてしまったみたいだ。次の手を、ゆっくり考えられる。

 両手を横に、下へ向かって二人斬る。剣を上げながら一回転。回転の途中でしゃがみ、膝を伸ばして飛びあがる。剣を振るのは忘れない。

 よし、最後の仕上げ。必殺技を。


「双剣秘術・華ノ舞!」


 気が付けば辺りは赤く染まっていた。ミレも同じく、赤い。視線を動かしてミルヴィナを探す。付けられていた輪が壊れて落ちている。

 近づくと、泣きそうな顔で、ぎこちなく笑って見せた。その表情、思いのほか、ドキリとさせられた。


「大丈夫?」

「あ、ああ……。大丈夫」

「には、見えないよ? 此処には今、ミレしかいない。怖かったよね、泣いても良いよ?」

「大丈夫……。ミレが来てくれたから」


 そう言ってその場に立ちあがろうとするけれど、上手くいかない。震えてるから。ミルヴィナ、気付いてない。


「ミルヴィナ、座って、落ち着くまで、此処にいよう」

「わ、悪い……」


 でも、よく分かったよ。泣きそうな表情してるのにぎこちなく笑って見せたり、こういう時、周りの人から見ると、こんなにも辛いんだ。強がらなくて良いのに、って思っちゃう。

 だったら、ミレも、相談した方が良いんだろう。心配かけたくない、って、思ってた。違った。相談しない方が、心配掛けるんだ……。


「ミルヴィナ……。さっき、ごめんね。ミレの話、聞いてくれる?」

「! ああ、もちろん。私こそ、悪い。言い過ぎたな。話、聞くぞ」


 ミルヴィナ、笑ってくれた。やっぱ、このほうがいい。だったら、私も、笑っていられるように。今、聞いて貰ったほうが、良いんだなって。やっと、気付いたよ。


「ありがとう」

「あ? 別に、話聞くくらいなんでも……」

「そうじゃなくて……。ふふっ!」

「え? な、なんだよ、もう……」


 みんなには、いつも、大切な事に気づかされる。今更だけど、みんな、大好きだよ!

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