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第5話  使い魔

(い、嫌! 絶対に嫌!)

「そ、そんなに嫌かな……?」


 涙目で逃げる私を見て、ラザールお兄様は困ったような表情を浮かべた。

 私は今、ラザールお兄様に学校に行かないか、と誘われた。で、その結果がこれと言う訳。

 それも当然。家から少し出ただけでも嫌な思いをしたのに、なんで、わざわざ人の多いところに行かなくちゃいけないの?


(……と言うか、学校? 私が?)


 ふと、そんな事に気が付いた。

 この世界アレスヴェルトで、学校と言うのは貴族のみがいける場所。理由は当然、お金が掛かるから。

 特に、ラザールお兄様の誘ってくれている『ヴァイス国立ヴィシオン学院』は、この王都『ヴィシオン』に貴族が多い事もあり、とてもお金が掛かると聞いた。


 その瞬間、逃げ回っている事を悪く思った。これは、きっと、相当の気遣いだろう。

 きっと、見た事のない建物に驚くだろう。

 きっと、未知なる新しい事を学ぶ楽しみを知れるだろう、と。

 なにせ、膨大なお金が掛かるのだから……。


 だったら、私……。行って、みようかな。




 今は夏休み。今から準備をしていけば、二学期に間に合うと言ってくれた。絶対間に合わせる、って。

 行くと言った以上、頑張らないと。でも……。本当に大丈夫かな。今更だけど、ちょっと不安になってきた。


「学校? リーナ様がですか?」

(ひゃっ! あ、ティア)

「へぇ……。でも、大丈夫なの?」

(それは……。ちょっと、分かんないけど)


 少しずつだけど、魔力量が増えてるみたい。二人を召喚していられる時間が長くなっていく。

 そう、少しずつ、馴染んでいく。私、前とは違う。だから、学校も、大丈夫だと、思う。

 あ、そういえば、この二人、夜は私と一緒に寝てるんだけど、二人が寝ている間は魔力の消費量少なくなるとかで、あんまり負担じゃない。逆に、戦ってる時が一番消費するとか。戦わせた事ないから、あんまりよく分かんないけどね。


「でも、せいふく、似合いそう」

(そ、そうかな)

「そうですね。可愛いですもの、リーナ様」

(え、え……。あ、ありがとう)


 凄く恥ずかしい。それなのに、鏡を見ると、大して表情が変わっていないのはどうしてなんだろう。

 表情が作る事が出来なくなってることは、とっくに知ってたよ。知ってたけど……。実際、こうやって見てみると、やっぱり凹む。

 前は、表情が豊かで、笑顔が可愛いって言われてたのに……。

 こんなで、私、苛められたりとか、しないのかな。喋る事すら出来ないんだもん。

 怖い。ラザールお兄様の前では見栄張っちゃったけど、本当は、凄く怖い。


「まあ、無理しない程度に頑張ったらいいですよ、リーナ様」

「そうそ。無理しちゃだめだよ」

(うん……。ありがとう)




 目を瞑る。どうやら、私は召喚魔法以外の魔法が使えないらしい。

 そして今、攻撃系の使い魔が居ない。

 調べてみたんだけど、人型の悪魔って上位種らしくって、思い通りの悪魔を召喚するのが難しいらしい。

 だったら。人型悪魔じゃない悪魔を召喚すればいいでしょ。

 召喚魔法は、異空間から『何か』を召喚する魔法。召喚できるものには限りがない。魔法は、異世界は、何でもありだもん。


(強くて、大きい、獣が良い)


 召喚魔法を使う方法は、何となくだけど、分かってきた。

 ミアと、ティアの時と一緒。何処からともなく光が現れる。

 そうして現れたのは、大きくて、真っ白な虎。

 普通の虎よりずっと大きくて、何かされたらひとたまりもないけれど、襲い掛かってくる事はなさそう。

 召喚、成功。


「あ、此処に居たんだ、リーナちゃ……、うわぁ?!」

(大丈夫、ラザールお兄様は、悪い人じゃない)

「えっと……?」


 唸り始めてしまったので、なんとか宥めようと、私は虎の首にそっと手を当て、念じてみた。少し硬いけれど、でも柔らかいような、高級な絨毯みたいな毛で、とっても触り心地が良い。

 ラザールお兄様はどうにか理解してくれたみたい。虎を眺めて声を漏らす。


「凄い……。まだ子供だけど、白虎の長の一族の子でしょ」

(え?)

「あれ、もしかして、知らなかった?ちょっと遠いみたいだけど、それでも血族だよね」

(えぇ……)


 私は少し驚いて虎を見つめる。艶やかな体毛に、澄んだ青い瞳が美しい。

 何となく、長である事に納得する。


「ほら、この子の尻尾、二股でしょ?」

(え? あ、ほんとだ……)

「これが長の証なんだよ」


 ラザールお兄様の言葉で尻尾に目を向けてみると……。ふにふにと動く尻尾が堪らなく可愛い。凄い破壊力……。


(ええと、名前、えっと……)


 流石に、呼び方がないのは困る。名前を付けてあげよう。


(白いから……。ネージュとか)


 何の捻りも無い名前だけど、ちょっと嬉しそうだったから、この子の名前はネージュになった。

 にしても、この子が呼べて良かったなぁ。虎系の魔物は強さも素早さもあるから、攻撃役にピッタリだから。

 でも、だからって攻撃的な訳じゃない。はず。

 と言う事で、一つ命令。私の命令を聞き遂げたネージュは、静かに足を折る。うん、大丈夫そう。私も座って、ネージュに寄り掛かる。ふわふわ……。


「あは、よく似合うね」

(え?)

「二人……、なのかな? ともかく、凄い可愛い。こんな使い魔も良いね」




「ご主人さま、浮気」

(へ?)

「新しい、しかも下等な動物にしかなれな……」

「ほらほらミア! ごめんなさいね、リーナ様。嫉妬してるんですよ、放っておいて下さいな」

(あ……)

「あ、言わなくていいこと言っちゃったわ」


 そういう事、か。ミアは私の事が好きみたい。私もミアの事は好き。でも、魔力量には限りがある。使い魔を呼び出せる時間にも限りがある。他の使い魔に時間を使ってたら、ヤキモチ妬くのも仕方ないのかな。

 ミアは少し涙を浮かべると、ふい、とそっぽを向いた。

 思いの外、その行為が、私の何かを刺激した。


(っ……! ミ、ミア……っ)

「知らない! ご主人さまはあのとらが良いんでしょっ!」

(ま、待って、ミア! ご、ごめん、だから、あの……)


 止めて、私から離れないで。

 もう、一人になりたくないの。誰も、私の傍から離れて欲しくないの。

 お願いだから、私の傍に居て。ねえ、伝わってるでしょ……?

 ミアが居なくなっちゃったら、私、もう、どうしていいのか、分かんないよ…………。


「ミア? リーナ様を追い詰めて、楽しいですか?」


 少し時を含んだ声が部屋中に響く。壁際に座るミアがびくりと振り返った。

 ティアが、普段はおっとりしたティアが、黒いオーラを纏ってミアに近づいていく。笑顔なのが妙に怖い。

 そのまま壁際まで来ると、逃げ出そうと立ち上がったミアの顔のすぐ隣に手を着く。ダン、と大きな音に、ミアはまたびくっと震える。怯えた表情を見て、ティアは顔を近づける。もう、逃げられない。

 こんな時にこんなこと考えるのもどうかと思うんだけど、こういう状況じゃなければ、ラザールお兄様にやってほしいな、なんてね? 耳元で囁かれたら……。だ、駄目だ、死ぬかも、これ。


「ミア?リーナ様にどうして欲しいと言うのです? どうして迷惑を掛けるのです?」

「えっ、ティ、ティアおねえちゃ……」

「リーナ様は私達の主人……。黙って従えばいいのです。幾らなんでも甘過ぎるし、我が儘です」

「そっ、それは」

「この状況で、戦える人が居ないのは一目瞭然。戦力が足りないのは、分かってる。なら、みんなで助け合えばいいんじゃないですか? それじゃ、駄目なんですか?」


 ミアは黙って俯いた。表情の変化を見て、ティアは雰囲気を和らげると、苦笑いを浮かべて耳元で囁く。


「ねぇ……。本当はこんな事、したい訳じゃないのでしょう? リーナ様に、ごめんなさい、言えますね?」

「うっ……、うっ……、うわあああっ、ご主人さま、ごめんなさあああいっ!」


 ミアはわっと泣き出す。あああっ、此処までしなくていいのに……。

 ティアは壁から手を離すと、ミアの頭をひと撫でしてから、くるっと振り返り、私のほうに歩いて来た。微笑を浮かべるティアは、いつもと同じ。優しい瞳をしている。


(ここまでする必要、ある、の?)

「これくらいしないと、駄目なんですよ。甘やかしてはいけません。ちゃんとした大人に、しないといけないでしょう?」

(……。そう)


 確かに、そうなのかも、しれない。ミアはまだ子供みたいだけど、いつまでも子供で良い訳じゃあない。でも……。


(それは、私も)


 私は、そっと唇を噛んだ。






「さっき、ミアちゃんの泣き声、聞こえなかった?」

「泣き声……。まず、さっきとは何時いつくらいの事だ?」

「えっと、十分くらい前? 丁度、ミルヴィナが来る少し前だよ」

「あー……。聞こえたな、泣き声。だが、残念だが、私はミアというのを見た事がないのだ」

「あ、そっか」


 ミルヴィナは僕の体調についての書類を纏めると、僕の隣に座った。

 そんな事は一切気にせず、僕はそっと紅茶を啜る。甘酸っぱい香りが口中に広がって、同時に心も満たされる。今日の紅茶はレモンたっぷり。ついでに砂糖もだけど……。秘密ね?


「ところでラザール。甘いものばかり食べては駄目だからな」

「っ、え?」

「すぐ分かるんだからな……。全く、リアナが居なくなってから、余計に甘いものを欲しがるようになって。で、食事の量は減るし……。の割には痩せてるんだよな。羨ましい」

「えっ……。えっと……。なんかごめん」


 ミルヴィナは僕の家のお抱えの女医。少し(どころじゃないかもしれないけど)変わってるんだけど、まあ、腕は確か。しかも、これで、本当にミルヴィナが得意なのは、治癒魔法じゃないんだもんね……。

 アンジェラと同じく、ずっとここに居るから、僕とも結構仲が良い。ミルヴィナは敬語苦手だから、いっつもこんな感じ。驚く必要はないよ。


「ああ、後、リーナの事だが」

「ん? うん」

「一応、軽くでも検査をして置いた方が良いと思うんだが、どうだ?」

「検査?」

「足が悪い事と、声が出ない事。何か大きな病気じゃなければいいんだが」

「そういうこと……」


 僕は時計をちらっと見る。もうすぐ、夕食の時間。


「じゃあ、今日の内にリーナちゃんに伝えてあげて。本人が良いって言うなら、やってあげて」

「了解した。なら、私からは以上だ」

「うん、ありがと」


 週に一回の軽い検診。過保護すぎる気もするけれど、毎週行ってるのは、何か病気になった時、すぐ見つけられるように。

 だからこそ。僕の事を一番知ってるのは、ミルヴィナであるともいえるかな。


(でも……)


 対象的に、僕はミルヴィナの事、あんまり知らないんだよね……。

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