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第45話  赤い暗殺者

「きゃぁっ!」

「大丈夫?!」


 噴火まで、そうないみたい。あちこちからマグマが噴き出ては私たちを驚かせる。でも、頂上はあとちょっとなんだ。此処で引き返すわけにはいかない。

 もう魔物すらいない。みんなで励ましながら、何とか登って……。


「ついたぁ!」


 って、あれ、私達、何のために登ってたんだっけ? だって……。


「ノーラ、居るのー?」


 ユリアが叫ぶけど、人影なんて全く見えない。生き物の魔力なんて存在しない。騙された?

 きょろきょろしながら歩いていくと……。一通の手紙を見つけた。

 それによると、ノーラは別の場所に連れて行かれた後らしい。私達、どれだけ苦労して登ったと思ってるんだ、信じられない。取り敢えず、手紙はアンジェラさんが保管する。

 だけど、これ……。どうやって帰るの? もう噴火まで秒読みじゃ……。ッ!


「っ! と、とにかく逃げよう!」


 滅茶苦茶走った。

 元来た道を一目散に駆け抜け駆け抜け。でも、間に合う訳ないじゃん。


「きゃあああああっ!」


 地面が揺れ、立っている事が出来なくてみんながしゃがみこむ。上からパラパラと小石が降って来て痛い。もう、今、どういう状況なの?

 と、その時。大きな音を立てて上から降ってきたのは、大きな岩。火に包まれて真っ赤だ。私達の居るすぐ傍に降って来て、地面を大きく揺らす。


「ひっ……」


 岩を包む炎を見てベルさんが顔を強張らせる。ああ、もう、こんな時にベルさんが動けなくなるなんて。しかも、さっきの大岩に道を塞がれて、山を降りられなくなっている。

 絶体絶命ってこんな感じ? もう時間がない。すぐに上からマグマが降ってくるはず。そうしたら、もう、助かるはずなんてない。

 ユリアが泣きそうな顔で私の服を掴む。抱き寄せてみるけど、安心させてあげる事は出来ない。

 私はミアを召喚し、ちょっとでも抗おうとバリアを張らせる。でも、こんなのどうしようもない。


「待って、諦めないで!」

「べ、べル姉?!」

「私が何とかするから!」


 はっとした。ベルさんの瞳は、血のように赤く染まっていた。これは……。ベルさんは素早く呪文を唱える。ベルさんが魔法使うところ、初めて見た。

 呪文を唱え終わった時。魔法を掛けられた時と、同じ感覚。一体、何の魔法なの? 何とかって、一体、どうするつもり……?

 パッと激しい光が発生する。目を開けていられない。キュッと瞑ると同時に、宙を浮く感覚に襲われた。




「うう……。一体、どうなったの……?」

「良かった、久しぶりだから無理かと思ったよ」

「え……?」


 ベルさんは汗を拭いながら笑う。周りを見回してみると……。此処は、グリフィン家に続く小道? まさか、今の、瞬間移動?

 でも、そんな高度な魔法……。使えるって、なんで、教えてくれなかったの?


「実は、昔、家が火事になった事があってね、この魔法で、両親を助けようとしたんだ。でも、パニックだったから、失敗して」

「えっ?」

「それ以来、この魔法、使ってなかったんだ。思い出すしね……。まっ、昔の話さ」


(そう言う、事……)


 だから、あの時、瞳が赤くなって……。じゃあ、ベルさんも、『覚醒済み』って事か。

 あのノートの解読はだいぶ進んでいる。何となく、この現象の事も、分かってるの。まさかとは思うんだけど、この、ノーラの事って……。

 もしそうなら、私は『運命の支配者デスティネ・ドミナシオン・ユマン』に会わなきゃいけない。でも、それは出来れば避けたい。


「それで、ノーラは今何処にいるの?」

「えっと……。ん? 此処って、薔薇園じゃありませんでしたっけ?」

「は?」


 手紙と一緒に入っていた地図の示す場所は、確かに、薔薇園の場所。どういう事?

 と、急にミレが困ったように声を出す。


「それ、ミレも行かなきゃダメ?」

「え、うん……」

「そ、そうだよね……」

「あっ!」


 ベルさんが小さく声を上げる。何、何を知ってるの?

 とにかく、今日はもう遅い。みんなはグリフィン家に泊まる事にして、今日の冒険は此処までになった。




「ベルさん」

「ああ、リーナちゃん? 入っていいよ」

「失礼、します」


 控えめに扉を開ける。ベルさんはそんな私を見てちょっと笑うと、小さく手招きをしてきた。

 向かいの椅子に座ると、ベルさんは頬杖をついて私を見る。何を聞かれるのか、多分もう分かってるんだろう。


「ミレの事。教えて下さい」

「……、何故?」

「それは、まだ言えません。でも、いつか絶対に言います。今は、駄目なんです」

「ふぅん? 興味だけじゃないんだね?」

「もちろんです。重要な事なんです」


 ベルさんは息を吐くと、「分かったよ」と呟いて私の頭をくしゃっと撫でる。


「ミレはね、弟が居たんだよね」

「弟」

「もう、死んじゃったんだけど……。あれは、ミレの母親の誕生日の事だった」


 誕生日、弟とミレは赤薔薇が大好きな母親の為に遠くに薔薇を摘みに行って。弟はそれ以来帰って来なかったと。


「どういう、ことですか」

「うーん、あたしも良く知らないんだよね。でも、喧嘩したっていってたかな」

「喧嘩……?」

「あの辺り、あり得ない様な植物いっぱい有るからなぁ……。うっかりしたら死ぬ」

「え……」

「串刺しにされちゃうような大きな棘を持つ植物だったりね……。ま、そんなところだと思うよ?」


 喧嘩。薔薇。弟の死。

 喧嘩、怒りの魔力、赤。

 薔薇、赤色の薔薇、赤。

 そうして身近な人の死。うん、間違いない。


「分かりました……。すみません、こんなこと聞いて」

「ううん、それより、頑張って。一人で何か、研究中みたいだからね」

「あ……。分かってます、任せて下さい!」

「ふふ、珍しい、リーナちゃんがはっきり任せてって言うなんて。うん、任せるよ!」




「じゃあ行こう。ノーラ、居ると良いね」

「うん……」


 薔薇園に向かう途中、ユリアは一言も喋らず、ただ俯いて歩いていた。凄く不安だけど、掛けてあげる言葉も見つからないまま、到着してしまった。

 扉を開けてみる。と、すぐに扉を閉めた。


「わっ?! リーナちゃん?」


(駄目だ……)


 充満するのは、赤い魔力。怖い。私の恐怖を一番煽る物。しかも、微かに血の匂いが……。

 こういうときは。ちゃんと準備して。落ちついてから。ゆっくりと扉を開く。

 ああ、やっぱり、『乗っ取られた』んだ。薔薇の蔦は生き物のようにうねうねと動き、花は紫色のナニカを噴いている。棘は大きくて、先が紫色。

 薔薇が、魔物と化している。


「何、これ」

「やられた……」


 ユリアとラザールお兄様が同時に呟く。ラザールお兄様の呟きが気になって後ろを向くと、扉がピタっと閉められている。なるほど。

 私はそれを聞きながら後ろを見る。ミレ、大丈夫かな。胸に手を当ててる辺り、やっぱり……。

 でも、どうすればいいんだろう。結局、軽減したり、そういう方法は分かってない。……。頑張って貰うしかないか。

 足を踏み入れてみる。道には石が敷き詰められている。靴が擦れ、ジャッ、と小さな音がしたとき……。薔薇が襲い掛かってきた!


「きゃあああーっ!」


 混ざり合って、混ざり合って。もう誰のかも分からない悲鳴が響く。悲鳴を上げつつも、みんな武器を構えてる。こういうの、もう、体に染みついてるんだ。

 襲いかかってくる薔薇たちに攻撃をする。さっき気が付いたんだけど、受付役らしき人が殺されてた。これか、血の匂いの正体は。

 蔦を斬ってもすぐに生えてくる。花を落としてもすぐ新しい蕾が出来、開花する。どうやって倒すの?


「焼き払ってみる。みんな、援護してっ!」

「「「了解っ!」」」


 ユリアが魔力を準備し始めると、剣士の三人が飛び出していった。ユリアには、何が何でも近づけない!

 アンジェラさんの頬から血が舞う。蔦の棘が掠ったんだ。ちょっと表情を歪めるけれど、気にもせずまた突っ込んでいく。

 でも。異変に気が付いたのは、そのすぐ後だった。


「っ?! あ……」

「アンジェラっ?!」

「ちょ、ちょっと、どうしたの?!」


 え……? アンジェラさんの体がグラリと揺れる。額を押さえて一度しゃがみ、体勢を立て直すけれど……。おかしい。呼吸は乱れてるし、動きに無駄がある。一回、休んだ方が良いんじゃ?


「レア、行って!」

「了解です!」


 アンジェラさん、多分、自分が抜けたら戦力が、って思うだろうから、代わりにレアを投入。戻ってくるよう伝える。

 なんだろう、あの棘、毒でも? そう言えば、先が紫色をしているし……。とにかく、アンジェラさん、凄く辛そう。何とかしてあげたいけど……。


「治癒魔法じゃ聞かない……。解毒魔法も」

「強すぎるのでしょう。エティ……。良いわ、無理しない方が良いから、無駄に魔法を掛けるのはお止めなさい」

「でも」

「私は大丈夫よ……。だから」


 そうは言っても、放っておくわけにはいかない。だったら。この状況をいち早く抜け出して帰らなきゃ。ミルヴィナだったら、何とか出来るかもしれないし。

 前を見てみると、ユリアが此方に飛ばされてくるところだった。


「ユ……、ユリアっ?!」

「うあっ! いたた……」

「大丈夫?」

「へーき。でも……。駄目ね、魔力を準備してる暇はない。これだけの戦力じゃ、全部の蔦を押さえておけないもの」


 どうすれば、いいの? アンジェラさんがこんな状況なのに。早くしないと、多分……。

 でも、私、何も出来ない。このままじゃみんな殺されちゃう。


 こんなの、どうしようもない。

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