第32話 記憶
「僕はラザールの友達なんだ。この大樹だよ」
「? え?」
「だから、僕がこの大樹そのものなんだよ」
「え?」
良く分からなくて、私は何回か聞き返した。男の子は笑いながらラザールお兄様に説明を押しつけた。
ラザールお兄様は小さな声で文句を言うと、ちょっと考える様に目を瞑ってから喋り出す。
「この子は木の精霊。木と親密に繋がっているんだ」
「繋がっている?」
「そう。この木が死んでしまえば、彼も死んでしまう。彼が死んでしまえば、この木も死んでしまう」
ソティリオと名乗ったその男の子は、確かに、人とは思えない様な、綺麗な緑色の肌をしている。大体、こんな風に光に包まれている時点で、人じゃないって言う事に気づくべきだったんだろうけど。
ところで、この木の精霊という事は、もしかして……。
「この森の長だよ。全て思いのままに操れる」
それなら、まあ大体納得。温かな風を吹かせて洋服を一瞬で乾かしてしまった事も。大雨を一瞬で降り止ませてしまった事も。
そして、私やラザールお兄様を、見つけた事も……。
「まあ、リアナちゃんの、あれがあってからは、ね。ラザールお兄様、全然此処に来なくなっちゃって」
「そういえば、随分久しぶりだね?」
「随分大人っぽくなったなぁ。かっこいいじゃん」
「ソティリオは全く変わらないね」
「そりゃあ。僕が何歳だか分かってる?」
これくらいの大きさの木なのだから、相当だろう……。
ソティリオは愛おしそうに木の肌をそっと撫でると、可愛らしい笑みを浮かべた。何の前触れもなく宙に浮くと、ずっと上の方の枝に座り、目を細めて前を向く。
「此処からの景色が好きなんだ。僕、此処になら幾らでもいられる」
「それで一年間そのままだった事があったっけ?」
「……。なんで今それ言うの」
「思い出したから……。流石にもうないよね?」
「偶に?」
「ああ、そう……」
流石にそれはないと思う。
暫く休ませてもらってから、家に向かって歩きはじめる。もう、辺りは夕焼けが広がっている時間。
この森は、この時間帯、赤く染まり、いつもと違う。とっても綺麗で、素敵。ラザールお兄様も同じことを思っているのか、ずっと遠くの方を眺めているみたい。
何、考えてるのかな。赤く照らされたラザールお兄様の顔をちらっと見る。頬が赤くなっても……。この光が、隠してくれるから。
と、ラザールお兄様が急に声を出した。
「あ! 今日、エティが外に出てるはず……!」
「え?」
「帰りが今くらいの時間になるって……。こんな夕焼けじゃ!」
急に走り出してしまって、私は慌ててついていく。
けれど、ラザールお兄様は速くて。ついていけるはずもなく。その上転ぶと言う始末。さっきからずっと、足痛かったの。その上膝は擦っちゃうし……。私は涙目で蹲る。
「あ……、う……。痛い」
その声が聞こえたのか、ラザールお兄様は振り返ると、私の所まで戻って来てくれた。
つぅ、と血の垂れた様子を見て表情を変える。ちょっとだけ俯いて謝る。
「ごめん、リーナちゃん」
「う……」
「ごめんね、足の事、忘れちゃってて……。ごめん」
ラザールお兄様はそう言うと、優しく私を抱き上げて、走りだした。あまりの速さに、驚いてキュッとしがみつく。
しばらく走っていくと、不意にラザールお兄様が足を止める。何があったのか、この状態だと確認が出来ない。そっと顔を上げる。
一人の少女が、街の外れ、グリフィン家に向かう小さな道で蹲っている。
「エティ」
ラザールお兄様が声を掛けたけれど、反応がない。
そのまま近くまで歩いて行き、私を下ろすと、ラザールお兄様はしゃがんでエティの顔を覗き込んだ。
「エティ、大丈夫?」
「い、嫌……。わ、私、私……」
「やっぱりか」
ラザールお兄様はそのままエティを抱き上げ、私に合わせるよう、ゆっくりと家に向かって歩き出した。
「ごめんなさい。今日、この時間が夕焼けになるなんて、知らなくて。もっと遅いかと」
「大丈夫そうで良かった」
「はい、心配をおかけしてすみません」
エティはベッドに座って温かい紅茶を飲んでいた。いつも通りに戻ったみたいで良かった。と思ったのもつかの間。ノーラと同じ、淡いグレーの髪が顔を隠していく。エティが俯いたからだ。
それを見ると、ラザールお兄様は黙って扉の方へ向かって行ってしまう。慌てて私もついていった。
「エティはね、夕焼けが苦手なんだ」
「はい、気付き、ました」
「前に、なんだけど、彼氏が自殺しちゃったんだよね」
「え。ちょ、ちょっと、待って」
ラザールお兄様があまりにもサラっと言うので驚いてしまった。
どうやら、あまり触れないで欲しかったみたいだ。突っ込んでしまった事を悪く思いつつも、興味はある。だって、家の侍女のことなんだから。
「首吊りで、ね。エティが見つけた時。カーテンの開いた窓から、夕焼けが良く見えて」
「……」
「それから、夕焼けを見ると、駄目でね……。なんか、アンジェラに似てるかも」
「……」
「アンジェラは乗り越えられたけど、エティは、どうかな」
ラザールお兄様の声が震えた事を、私は聞き逃さなかった。
キュッと唇を噛むと、ラザールお兄様の前から逃げるように走り去った。
「どうしたの、ご主人さま?」
(前にね……。アンジェラさんが、買い物に行こうとしたエティを呼びとめた事があったの)
「? うん」
(凄く綺麗な夕焼けが広がってた時だったの、思い出して)
アンジェラは、その事を知っていて、呼び止めたのだろう。今行くと、夕焼けに出会ってしまう、と分かっていて。それで……。
エティ、大丈夫かな……。
(やっぱり、言わない方が良かったかな)
小さく溜息を吐いた。あの様子だと、また、一人で考え込んでしまうことだろう。それでも、言わなければ、何時か知った時、責められるだろうことを、分かっていて。
ってことは、結局、僕は、リーナちゃんに怒られたくなかったってだけ。
(……自己防衛、かな)
「どうかしたんですか?」
「あ、アンジェラ」
「エティの事、リーナ様に言ったんですか?」
「だーかーら! なんでいっつも分かるの」
「一緒に居るからですよ。ラザール様の事好きですし」
さらっとそんな事を言えるアンジェラが少し羨ましい。
それはともかく、せっかく来てくれたのだから、話を聞いて貰おう。
いつも、いつも、そうなのだ。
家族の居ない僕の話を、いつまでも聞いてくれる。相槌を打って、アドバイスをくれる。
「今日さ、リーナちゃんとはぐれちゃったんだ」
「へえ、珍しいですね」
「凄い雨降ったでしょ。だから、視界が悪くて、ね。気が付いたら、もう、何処に居るのか、全く分からなかった」
「ああ、なるほど」
「凄く寒かったんだ。そんな中で、リーナちゃん、一人にしちゃって、僕……」
ベッドに入った私は、そっと目を瞑り、考えを巡らせる。
嫌な事があった日は、使い魔を呼んで一緒に寝る。ミアは寝てしまったけれど、ティアは隣に頬杖をついて私の顔を見ていた。
アンジェラは、剣がダメだった。それは、恋人を殺したことから。
エティは、夕焼けが駄目だった。自殺した彼氏の部屋が、夕焼けで赤く染まっていたから。
ラザールお兄様は、何が駄目、という訳ではないけれど、双子の姉リアナが目の前で殺されている。
私は……。多分、殺気が苦手だ。家族全員が、殺されている。
まだ、情報が少なすぎる。でも、みんな、死に関係のある記憶を持っている。それは、間違いない。でも、みんな、少しずつ違うから、共通点は、あまり見当たらない。
もしかすると、他の人も……。何か、あるのかもしれない。そうすれば、分かるかもしれないけど……。
(でも、なんで、こんな人ばかり集まって……?)
親に言われた言葉を思い出したような気がした。
それが、大切なキーワードのように思えて、必死にそれを思い出そうと試みる。
『――には、――記憶が必要だわ』
『という事は、俺たちは――』
『でも、私達が――ら、私があまりにも可哀想』
『仕方がない。私は強い子だ。きっと――くれるだろう』
(?! いま、のは……。でも、分からない事も)
全部は聞きとる事が出来なかった。声の調子によって、聞きとれない所があったから。
……もしくは、思い出せていない、という可能性もあるかな。
とにかく、何かをするのに、何かの記憶が必要。そして、それは、随分可哀想らしい。
なんでだろう。一番重要な事に限って、分からない気がするのは。
(一体、何をすれば?)
パーツが足りない。何か、足りない。
せめて、もう少し、両親の会話が分かればいいのだけど……。
寝返りを打ち、溜息を吐いた。これ以上は、分かりそうにない。今日はもう寝よう。
『私達は『運命の支配者』なのだから……』




