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第3話  外出

(……。お出掛け)


 私はそっと目を開けた。部屋は暗い。けれど、隣からは、穏やかなミアの寝息が聞こえる。だから、怖くない。

 今日はどうしても眠れない。早く寝なくちゃ、って思えば思うほど眠れない。だって……。明日、ラザールお兄様と出掛けるって思ったら……。全然寝られない!


(楽しみ)


 私は、もう一度眼を瞑った。




「おはよう、リーナちゃん」


 ラザールお兄様の優しい笑みに、私の心はふんわりと暖かくなる。まるで魔法みたい。

 今日は、大通りの方に出掛ける事になってる。私は此処の辺りは来た事がないし、案内して貰うんだ。

 でも、実際、ラザールお兄様が「街に行くけど、来る?」って誘ってくれたわけだし、私の案内はついでなのかも。だけど、それで良いの。私の為だけにわざわざ動いてくれても、私、何も返せないんだから。それくらいが、丁度良い。

 二人きりで家を出る。なんだか、デ……。ううん、何でもない。ラザールお兄様と一緒だと、いつもだったらうんざりする様な日差しも、何でもなく思える。

 この家は、街の外れにある。だから、大通りまで行くには少し歩かないといけないんだけど、意外にも早く着いた。裏道を通ってきたみたい。


 あ……。来る前は、そんな事、考えても無かったけど。


(人が、多い)


 そんなの、当然の事。でも……。人は、苦手だから。いい思い出が一つもないんだもん、好きになんてなれるはずがないでしょ?

 そんな私を見て、かな? ラザールお兄様は「大丈夫」と呟くと、さっと手を繋いで歩きだした。

 ここでは……。誰も、私の事なんて、見てない。そりゃ、此処にいる人たちは私の事を知ってるはずもないし、私に関心のある人だっているわけない。心配する事は、なかったんだ。安心して、ラザールお兄様の隣を歩く。

 綺麗なお店が沢山あって。目を引かれるものも沢山あった。でも、全部無視して。今日は、ラザールお兄様に、私が付いて来たんだから……。




「此処が、冒険者ギルドだよ」

(ギルド……?)

「回りながら説明するね。付いて来て」


 冒険者ギルドは、冒険者たちがお金を稼ぐために、依頼を受けに来るところ。色々な人の依頼を纏め、掲示板に張り出して置いてある。それを、やりたい人が受け、クリアすれば報酬が入る、と。

 また、此処ではパーティを作る事も出来る。そうすると、みんなで依頼を受けに行けるのだとか。


「リーナちゃんも……。いつか、僕のパーティに入って、一緒にいろんなところ、行こうね」


 私はそっと頷いた。私が戦闘だなんて、とても自信が無いけれど、それでも。昨日の召喚魔法で、ちょっと自信は付いたの。




 その後は、雑貨屋に入ってみたり、本屋に入ってみたり、お店を見て回った。って、あれ? 行きに、私が見てたものばっかり……。

 昼食はおしゃれなカフェで。圧倒的に女性客が多い中、ラザールお兄様は笑って「リーナちゃんの好きそうなところのほうがいいもん」と言ってくれた。

 そうして、真っ赤な夕焼けが広がる中、二人で森を歩いていた。私達が出会った、あの、森の中。


「今日……。楽し、かった?」


 私が頷くと、ラザールお兄様は安心したように「良かった」と呟く。


「僕も楽しかったよ。ありがとね、リーナちゃん」

(あ、あれ……?)


 なんて遅いんだろう。今、気付いた。ラザールお兄様、本当は、私を楽しませる為に、連れて来てくれたんだ。……なんでだろう。私、凄く、嬉しい。私の事を考えてくれた事がとっても……。

 やっぱり、デートみた……、ううん、何でも、ない……。

 二人で歩いていて。突然。本当に急に、胸騒ぎがした。いつもだったら、気のせい、って、流しちゃったかもしれないけれど、此処は……。私が、襲われた森だから。だから、どうしても気になって、後ろを振り返る。


(あっ!)


 もし、声が出たら。ラザールお兄様に、その事を伝えられたのに。


 後ろから虎に似た様な魔物が、襲い掛かって来てた。気配に気づいて振り返ったラザールお兄様だったけど、もう遅い! 花が散る様に、鮮血が舞う。驚いたように目を見開くラザールお兄様に追い打ちを掛けるように。強い頭突きによって、向こうまで吹き飛ばされていってしまった。


(ど、どうすれば……)


 思い切り頭を打ったみたいで、まともに立つことすら出来ないラザールお兄様には、頼れない。

 それなら……? 私に今、出来る事は、一つしかない。


「リーナちゃ、逃げ、て……」

(ミアっ! 今すぐ此処に!)

「分かった!」


 強い風が吹き荒れ、ツインテールが宙を舞う。いつも通りのミアが、片手を上げて立っている。


「でも……。ご主人さまも、知ってるよね?」

(うん……。でも、今はこれしか……)

「分かってるよ、でもさ……」


 ミアは静かに、『バリア魔法』を放った。


「ミア、しゅび形なんだけど……?」


 守備形。バリアを作ったり、補助魔法を掛けたりするのが得意だから、攻撃には向かないんだよね。

 でも、私に抵抗する術と言えば、これ位しか残されていなかった。だって、ラザールお兄様を置いて逃げるなんて、出来ないもん!

 今日、これだけ楽しませてもらったの、私も、出来る限りの事をする。


(もう一人、試すから)

「え……。それはむ……。ううん、分かった。時間、かせぐね」

(お願い)


 集中して、召喚魔法を使おうとしたんだけど、無理。全然うまくいかない。


(駄目、焦っちゃ駄目……)


 余計出来なくなるから、出来るだけ、心を鎮めて、新しいを呼びだす事だけに専念する。


(嗚呼、なんでこんな時に限って・・!)

(お願い、ラザールお兄様が……。お願いだから!)


(私に、力を頂戴!)


 パッ、と、視界が真っ赤に染まる。あまりに急だったから。目の前の光景が理解出来なくて、混乱しそう。

 魔法が発動する感覚とともに、目の前で起こる大爆発。ミアが焦った様に、早口で何かの呪文を唱えている。視界はいつの間にか元に戻っていて、赤いのは爆発の炎だけ。

 何、どうなるの、こんなところで、私……。でも、あぁ、駄目だ。

 私は、意識を手放した。




「リーナちゃん」

(ラザール、お兄様)


 気が付けば、其処は私の部屋。まだ頭が痛い。一体、何があったの……? あの魔法、私が? 視界が赤くなったのは、なんで?

 答えを求めたくてラザールお兄様に視線を戻した私は、その表情を見てドキッとした。


(怒って、る……?)


 頭の中、パニックのままなのに。ラザールお兄様は、追い打ちを掛ける様に、冷たく言葉を放つ。


「なんで、隠してたの? 魔法使えるなら、もっと早く言ってくれてもいいじゃん」

(あれは……)


 偶々だった。さっき、初めて使えたし……。でも、それを伝える術は、私にはない。それに、召喚魔法だったら、使ってたわけだし。

 どうしていいのか分かんない。そっと唇を噛む。


「僕は、リーナちゃんのこと……。ううん、何でもない」

(えっ?)

「じゃあ」

(えっ……?!)


 乱暴に扉を開けて出て行ったラザールお兄様の背中を、茫然と見つめる事しか出来なくて……。

 静かに、両手で顔を覆った。






「ラザール様」

「何」

「どうして、怒っていらっしゃるのです?」

「別に」

「リーナ様……。泣いて、いらっしゃいました」


 そんな事、いちいち言われなくたって分かってる。自分でも、なんであんなこと言っちゃったんだろうって、思ってる。

 リーナちゃんの事、大事にするつもりだったのに、わざわざ傷つけるような事、して……。


「って、なんでアンジェラが知ってるの」

「さっき、部屋を覗いて」

「なんで?」

「最近、リーナ様、魔法の本を読んでいらしたので、ちょっと、様子でも見ようかと」

「……最近?」

「ええ、三日前、書斎から借りてきたので」


 アンジェラの言葉が頭の中をぐるぐると廻る。言葉の意味を理解した時、反射的に、立ちあがっていた。

 自分でも瞳が潤んでいくのが分かって。手で拭ってから、アンジェラを見る。


「じゃあ……。自分でも、使えるって、分かってなかったのかも……」

「かも、しれないですねぇ」


 そ、それじゃあ、僕……。本当に、悪い事を……。


「僕……。謝らないと!」

「お待ちください!」


 アンジェラの制止に、僕ははっとして足を止める。

 冷静に考えてみれば……。今行っても、リーナちゃんは、僕の事を、怖がるだけ、だよね。ちょっと、時間を開けた方が良いかな。


「はぁ……。なんだろ。リーナちゃんの事、全部知ってたいっていうか? なんか、秘密にされたの、嫌だった」

「それ……」

「悪かったよね、僕が勝手に……。でも、リーナちゃんの事、誰よりも、僕が一番知って居たい」

「それって、もう、リーナ様のこと……」

「ん?」

「いえ」


 アンジェラの呟きは、僕の所まで届かなかったから。きっと、どうでもいいことなんだろうと思って、聞かなかった事にした。






「ご、ご主人さま」

(怒られた、私、私……)

「き、きっと、本気じゃないよ! だから、大、丈夫……」

(そうだと、いい、ね)


 でも、あれじゃ、きっと、本気で怒ってたんだろうな。良く、分かんないんだけど。私、今日の事、すっごく楽しみにしてた。なのに。なんで。こんな、悪い日になっちゃったの?

 涙が止まらなくて。スカートに小さな染みが出来る。

 今まで、人と接してこなかったせいだ、なんで怒ってたのか、全然分からなかった。一体、何が悪かったのかな……?


「えっと、えっと……。と、とにかく! ミアは絶対にご主人さまの味方だよ! ね?」

(うん……。ありがと……)

「っ……。ごめん、ちょっと、帰らせてもらう」


 それだけ言って、ミアは帰って行った。私はそれを黙って許可する。まあ、仕方ないよね……。

 ベッドに横になる。やっぱり、頭が痛い。急に大量の魔力を消費しちゃったからかな。ミアを使えてたってことは、魔力の使い過ぎってわけじゃない。じゃあ、多分、急な体の変化によるもの、か。


「リーナちゃん、居る?」


 コンコン、と言うちょっと控えめで軽いノックの音がした。私は、少しだけ迷って、近くの壁を叩く。声が出ないのって、本当に不便だ。

 体を起こしてベッドに座ると、かちゃりと音を立てて扉が開いた。って、鍵かけ忘れてた。


「あ、あの、リーナちゃん」

(……)

「さっき、あ、あの、ちょ、ちょっと、悪かったな、って」

(えっ?)


 パッと顔を上げる。其処にあるラザールお兄様の顔が、あまりにも悲しそうだったから。驚く事しか出来ない。

 あ……っ、少し、遠い。距離がある様に感じるのは、そのせい? きっと、そう。そうだって、信じたい。まさか、嫌われたからだなんて、思いたくもない……!

 暫く視線を彷徨わせていたラザールお兄様は、覚悟を決めた様に、私に向かって頭を下げる。


「さっき、ごめんね、リーナちゃん」

(ラザールお兄様は、悪くない)


 気が付けば、私はラザールお兄様を抱きしめていた。これは、何か考えてやった訳じゃなくて。考えるより先に、体が動いてた。

 反応を待っていると、戸惑った様にちょっとだけ控えめに抱きしめ返してくれた。ラザールお兄様の温度も、香りも。全部。落ちつく。

 これくない近くないと駄目。やっぱり、これが良い。


「……。ほんと、ごめんね、リーナちゃん」


 これが、初めて見た、ラザールお兄様の涙。


(そっか……)


 大人びてて、強いって、思ってた。でも、そんなわけない。私と、同い年なんだから……。

 謝らなくちゃいけないのは、私の方……。

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