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第29話  恋模様

「御邪魔します」

「あ、ジェラルドさん。ミルヴィナ呼びます?」

「いや、いい。黙って行って驚かせよう」

「了解です」


 少し緑がったグレーの髪をした、背の高い男の人がやってきた。ジェラルドさんと言うらしい。

 私は、この人に会う為ではないけれど、客を迎える為にメイクアップを済ませていたところだったから、おかしいところはないはず。ひょっこり顔を出してみる。

 すると、それに気が付いたラザールお居様に「おいで」と言われた。悪戯する前の、子供っぽい表情してる。ドキッとして、慌てて目を逸らす。


 コンコンコン。

 ノックの音が響き、向こうでやる気のなさそうな声が聞こえる。いつも通り。


「誰だか知らんが開いてるぞ」


 ジェラルドさんが楽しそうな表情で扉を開ける。と。

 ミルヴィナは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまった。


「な、な、ジェラルド! 来るなら一声かけてくれ! ああもう! 何もしてないぞ、見せられない」

「いいよいいよ、綺麗なんだから。さ、顔を見せて。大丈夫。どうせいつかは見るものさ」

「もう……。次からは、ちゃんと教えてくれよ?」


 赤く染まった頬を見れば、二人の関係はすぐに分かる。なるほど、彼がミルヴィナの彼氏か。ミネルヴァさんが羨むのも分かる。

 ミルヴィナは少し乱れた髪を乱暴に整え、開いていた薬品の瓶を全て閉めた。


「何しに来たんだ?」

「酷いな、会いに来たに決まってるでしょうが。ね、遊びに行こうよ」

「いいけれど、少し待ってくれ、準備が必要だ」

「分かってるよ。部屋出れば良い?」

「……。別に、居ても良い」


 二人は楽しそうだけど、私達は楽しくない。二人ですぐに退室した。

 と、いつもに増して綺麗に化粧をし、メイド服を整えているエティが呼びに来た。ああ、でも、確かにもう時間か。

 ……何時でも綺麗なんだけどね。




「いらっしゃい、フラン」

「此処に来るのは久しぶりみたい」

「そうだね。今日はお忍びじゃなくて、正式だっけ」

「だからこんな格好させられちゃった。結構大変なのにさ。ちょっと痛い」


 そう言ってふっと笑った。子供のようではなく、大人のような、色気のある笑み。ラザールお兄様の顔が綻ぶのを見て、私は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

 大きな袖が口元を隠す。真っ白のドレスが王女様の良さを引き立てる。無理。私には、こんな事、出来ない。


「でも、此処に来たってことは、また、かな」

「あれ、何を想像しているの?」

「そりゃ、いつも通りの事。フランが此処に来るときって、絶対……」


 其処まで言ったところで、王女様が急に、ラザールお兄様に抱きついた。さっきの文脈も合わせて、ちょっと慌てる。一体、どうするつもり?

 でも……。ラザールお兄様は王女の頭をぽふぽふと撫でる。キュッと長い指でラザールお兄様の服を掴む王女様は、おそらく……。


「今度は、何が辛かったの?」

「もう嫌……。王女になんて、生まれたくなかったぁ!」

「ほら、話してごらん?」


 きっと二人は、兄妹の様なものなんじゃないかな。王女様のほうが年上だけど。




「もう信じられない。私が神の血を引いてるからって言って、何でも出来るなんて、あり得ない」

「そう……。やっぱり、黒魔族シュヴァルツ王国、じゃなくて、帝国か。みんな不安なのかも」

「でも、私の力じゃ、鎮められないに決まってる。どうにかしろって言われても、無理なの」


 泣きながら愚痴を溢す。相槌を打ちながら、王女の背中を擦るラザールお兄様。顔を上げた王女は、化粧がドロドロになってしまっていたから、ラザールお兄様はハンカチで綺麗にふき取る。

 王女様は目を伏せて唇を結ぶと、小さく息を吐いた。それから、私を見てちょっとだけ笑う。


「ごめんね。リーナちゃん。私、いつもこうで。一回くらい見て貰わないと、疑われちゃうかなって思ってね」

「え」

「ほら……。ああいうコトしてるって思われても困るし……。ね」


 赤い目をして、王女はもう一度ラザールお兄様に抱きつく。甘える妹みたい。……ラザールお兄様の妹は、私なのに。

 ちょっとだけもやもやして、引き剥がしたくなったけれど、相手は王女様なので抑える。でも、やり場のないもやもやがどうしていいのか分からなくて、小さな溜息が洩れたのは許して。


「ごめんね。リーナちゃん。もしかして、妬いてたりする?」

「え」

「いや……。血は繋がっていないわけだし……。ねぇ」


 そんな事を言われると、余計に……。顔が少し熱くて、手で口元を隠した。王女様はそっと口元を隠すと目を細め、楽しそうな声で謝る。

 嫌な気持ちもあったけど、それよりも、王女様が笑ってくれた事の方が嬉しくて、どうでもよくなった。さっきまで泣いていたというのに。もう楽しそうだ。


「ごめんね、本当に。ラザールお兄様って鈍感でしょ? 嫌になっちゃうよ、もう」

「え? 僕がどうかした……?」

「ね、ほら。本当に気付かないんだから、笑えない」




 窮屈なドレスを脱いで。いつも通りのワンピースで歩いてると、ジェラルドさんと会った。

 さっきはメイクもしてたし、髪形も違ったのに、パッと一目見ただけで私の事に気が付いた。


「おや、お譲さん、さっきの」

「リーナ、です」

「リーナ嬢か。その服、用事は終わったんですか?」

「はい」


 話してみると、ジェラルドさん、今日は泊まっていくらしい。と言う事は……。


「リーナ嬢? 顔が赤いですよ」

「あっ、すみません」

「いえ。まあ、想像通りじゃないですか? ミルヴィナの初めて、頂いちゃいます」


 笑ったその顔が、本当に幸せそうだったから。両思いなんだなって実感する。こういう関係には、憧れる。凄く、羨ましい。愛し、愛され、誰にも邪魔をされない……。

 ただ、ミルヴィナのそういう事をする様子は想像できないんだけどね……。夢魔の血が入っているから、上手そうだけどね。イメージだし。


「ジェラルドさんとミルヴィナは、いつから……」

「ええと、一カ月くらいでしょうか? 出会ったのは二か月前。魔道具の店で見かけたんです」

「ああ、あのとき……」

「誰も寄せ付けない、って雰囲気が良くて、そのまま声かけて」

「ミルヴィナ、聞いてくれました?」

「ええ、もう、飛び付きました。 そろそろ恋人の一人くらい欲しい、って思ってたらしくて……」


 あまり想像できない。けれど、そのままカフェにより、少し話した後、連絡先を交換したらしい。因みに、連絡先と言うのは、連絡用の魔法陣の交換ってことになる。

 私は思い出した。ミルヴィナが、何時だったか、魔道具を買いに行って、随分楽しげな様子で帰ってきた時があった事。そして、それから。よく出掛けるようになったのも、気付いていた。


「リーナ嬢、意外だなぁ。興味あるんですね」

「い、いや、そうではなくて……。いえ、やっぱそうです」

「素直ですね。でも、そろそろ。こんなところをミルヴィナが見たら大変です」

「あ、そうですね。では」


 意外だった。ミルヴィナは、クールなイメージが強いから。

 それにしても、あんなに格好いい彼氏が出来るなんて。ミルヴィナはそう言うタイプには見えないんだよな……。まあ、そんな事はどうでもいいか。




「どうしたのです、リーナ様?」

(あ、ティア)

「今頃、楽しんでますかねぇ」

(……。意地悪)

「ええ、すみません」


 ずるい。好きと素直に伝える事が出来るって。しかも、そのまま恋人になれるなんて。

 もし、兄妹じゃなければ、こんなに悩まなかったのに……。

 仕方がない。リアナを失って、家族を欲していたラザールお兄様の前に現れた私。気持ちは分かる。でも、ラザールお兄様が私の事を妹だと思っている以上。そんな事は微塵も考えていないんだろうな。


 きっと今頃。ミルヴィナとジェラルドさんは、二人きりで楽しんでいることだろう。

 例えば、もし、ラザールお兄様と……。

 想像して、疼いてしまう。それが、堪らなく辛くて。


(誰でも良いから、私を助けて……)


 口から息が漏れる。何時まで、こんな気持ちを抱えていればいいというの?

 今はきちんと、分かっている。ラザールお兄様の事を愛している。それはもう、最初から。

 でも、言葉に出来ない。それが辛い。一緒に居るのに、自分の物じゃないって言うのが、辛い。


(ねえ、ラザールお兄様、お願いだから、気付いてよ……)

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