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第24話  条約

 冷たい雨風が顔に当たる。けれど、その冷たさも感じないくらい、私は様々な事を頭の中に巡らせていた。

 ラザールお兄様、私にこんなことを隠してたなんて。その上……。アンジェラさん、まだ泣いてたって。罪悪感が酷い。

 後ろのユリアが、口を開きかけては閉じている。でも、だからって後ろを向くつもりもない。もうちょっとだけ、このままで居させて。


 お昼ご飯は部屋で食べた。だから、まだラザールお兄様には会ってない。今から、夜ご飯で初めて会うことになる。それまでに気持ちを纏めないといけない。でも、どうしたらいいのか。

 はぁ、と溜息を吐くと、静かに目を閉じる。もう良い。後はなるようになれ!


 そう思った時、身震いする程の寒さに襲われる。気が付かなかった。部屋、こんなに寒かったんだ。

 窓を閉めると、ユリアが私に近付いてきて、立つよう促す。そのままベッドまで行き、私を座らせ、自分も隣に座る。


「……。寒い」

「もう、何やってんの」


 ユリアはそう言いながら、私に毛布を掛けてくれる。とても、暖かい。ふわふわしてる。視線を落とすと、ユリアは私の髪をそっと撫でる。

 と。その、白くて長い指が私の頬に触れる。

 氷みたいに、冷たい。


「っ! ユリア!」

「わっ、リーナ?」


 顔を上げて、初めて、ユリアの顔が良く見えた。

 唇が青い。肌もいつもに増して白い。


「~~~、ユリア、私の、せいで」

「何よぉ、もう。気にしなくても、いいんだよ?」

「でも、でも、風邪ひいちゃう!」

「私は体丈夫だから大丈夫だよ。ね?」


 でも、でも、ユリア、震えてるし。凄く冷たいし。じゃ、じゃあ、毛布返そう。そう思ったんだけど、バランス崩しちゃって。


「きゃっ!」


 二人でベッドに倒れ込んだ。


「あ……」


 そっか、こうしてれば、二人とも寒くない。私は毛布を掛け直し、ユリアを抱きしめる。ちょっとは、あったかいよね? 今朝の事もあるし、ちょっと恥ずかしいけど……。これくらいなら。


「リー、ナ……。夜ご飯まで、このままでいい?」

「うん」






「あれ、どしたの、ラザール。リーナちゃん達呼びに言ったんじゃなかったっけ?」

「いや、それが、返事がなくて……。どうしたらいいかなって」

「? 返事がない、ですか……。夜ご飯の時間、伝えましたよね?」

「うん。リーナちゃんも、ユリアちゃんも知ってるはず」


 僕とアンジェラ、ミレは取り敢えず二人の部屋に向かう。ノックをしてみても、呼びかけてみても返事がない。どうしたんだろ……。

 アンジェラはドアノブに手を掛ける。と、小さく首を振る。鍵は掛かってるらしい。でも、これくらいの鍵なら。下がるように言ってから、アンジェラは目を閉じ、呪文を唱え始める。

 カチッ、と良い音がして、ひとりでに扉が開く。鍵を開けるくらい、アンジェラにとっては簡単な事。


「あ……」


 中に入ったアンジェラは、小さく呟くと、中に入るように言った。ミレを顔を見合わせ、入ってみると……。


「あぁ」


 リーナちゃんとユリアは、ピタッと体をくっつけてベッドで寝ていた。こうやって見ると、やっぱり仲のいい友達なんだよね……。

 一歩近づくと、リーナちゃんがちょっとだけ身じろぎする。起こしちゃったかな、と思ったけれど、起きてはいないみたい。

 体勢が変わって顔をがよく見えるようになった。その表情が、あまりにも可愛くて……。


「っ、起こしちゃ駄目」

「って言うと思ったんで、入れたんですよ」

「え、良いの? 起こさなくて」

「私だって、こんなに可愛い寝顔見ちゃ、起こせませんけど。それでも起こせとか無茶なこと言います? 夕食は、此方に運べるものを作っていただきましょう」

「……そう、だね」






「ふわぁ……、って、ああっ?! ちょ、リーナ!」

「ん……?」

「今十時だよ?!」

「……、えええっ?!」


 ガバッと起きあがって時計を見る。あ、ほんとだ……。そっか、あの後、うっかり寝ちゃったんだ。あぁ、やっちゃった。

 ふとテーブルに目を向ければ、布巾が掛けられた何かが置いてある。とってみると……。


「んもう、起こしてくれればよかったのにね」

「ほんとだよ……」


 わざわざ料理持って来てくれなくても、起こしてくれればよかったのに。でも……。なんか、みんならしい。

 ちょっと冷めてるけど、みんなの温かい心の御蔭か、とても美味しかった。




 次の日。会議中。みんな本気みたい。

 一番の問題としては、白魔族ヴァイスの知識不足。ずっと孤立してたから、外交に弱い。不平等な条約に、気付けないかもしれない。気を付けないと。


 で、まず、今回の条約の目的。

 簡単に言うと、黒魔族シュヴァルツが動き出したから。このままだと、あっという間に小人族クライン国と巨人族グロース国が植民地にされてしまいそうなのだとか。

 もしそうなったら、一国だけでは、まず勝てない。その為、此処で同盟を組んでおきたいとのことだとか。

 黒魔族シュヴァルツが動き出したと言う事は。もしかしたら、世界征服をしようとしてるのかもしれない。前に一回、そんな事があったらしいし。だったら、危険視するのは間違いじゃない。


 何故白魔族ヴァイス王国なのか、と言う事なんだけど、それについては、人間族ニヒツより、白魔族ヴァイスの方が戦いに向いてるから、らしい。確かに、あの種族は、魔法が使えない人が多い。これって結構大きい。

 例えば獣人族べスティエは、武器を使った戦闘がとても上手い。力が強く、素早く動けると言うのが理由にある。で、白魔族ヴァイスは、魔法が得意。

 この二つの種族が組めば、前衛、後衛の両方が揃う。


「というと……。今回の条約は、全て、対黒魔族シュヴァルツの為なんですね?」

「はい、そうなっています」


 ラザールお兄様はそっと目を瞑る。何、考えてるのかな。そう思って、右隣をちらっと横目で見てみる。思わずドキッとして、目線を前に戻した。会議に集中できなくなっちゃうよ。

 誰にも気づかれないよう、小さく溜息をついて、配られたばかりの資料に目を通す。獣人族べスティエ白魔族ヴァイス語に翻訳したものだから、ちょっと読み辛いところもあるんだけど、まあ、仕方ないかな。

 資料に目を通していくと、内容はだいたい想像している通り。黒魔族シュヴァルツ王国や、その他の国と戦闘になった時、協力するというもの。気になる点は、『あんまり』ない。

 黒魔族シュヴァルツ王国と戦う時、地続きになっている白魔族ヴァイスが攻められる事が多いと考えられるからか、その場合を想定しての内容が多いかな。


 さて……。簡単に丸めこまれたりはしないんだからね?


「この、不平等条約を、このまま飲めと?」

「え……?」

「よくまあ、騙してくれました。私、悪いところみんな、指摘しましょうか?」


 ラザールお兄様が、微かに目を開いて私を見る。慌てた様子で資料のページをぱらぱらと捲り、首を傾げて苦い顔をする。

 ちょんちょん、と肩を突かれ、小さな声で囁かれた。


「ねえ、何処が?」

「関税。外国の安い物がたくさん入ってきたら、困ります」

「えっ?」

「それと……。やはり、自国の決まりで裁けないと」

「……? なんで、そんな事を?」

「両親に、教えて貰いました」


 ラザールお兄様はまだ納得していない様子だったけれど、仕方なさそうに前を向く。確かに、学校でこの手の事に触れた事は一切なかったし、今までの貿易記録も残ってないらしい。これじゃ、みんな、知らないよね。

 ……でも、じゃあなんでお父さんとお母さんは知ってたんだろ?


「それで、どう、しますか?」

「え、あ、」

「このままだと……」

「フランセット王女から、直々に頼まれているので、不平等条約など、結んで帰るわけにはいきません」


 すぐに訂正を行った。もう、やっぱり騙すつもりだったんじゃない……。

 でもまあ良いか。これで、ちょっとは見直して貰えたんじゃない? 白魔族ヴァイス、馬鹿にされてたみたいだし。

 条約についても終わり。ラザールお兄様を国王様は会話を始める。


「ところで……。フランセット王女は元気かい?」

「はい。いつも通り……、では、無いのかも、しれませんが」

「だろうな。王と女王が人間族ニヒツ国に行ってから早一年。いつ戻って来られるのやら」


 え、と。私は顔を上げた。あの、優美な笑みを浮かべた美しい王女様の顔が浮かぶ。あの裏に……。ひとりの寂しさを、持ってるのかな。

 ひとりって言っても……。城には、沢山の侍女メイドや執事が居る。でも……。彼らとは、身分の壁がある。飽く迄主従関係……。これじゃあ、寂しさは満たされない。


「最近は会えていないんじゃないか? 妹が出来て、さぞかし嫉妬された事だろう」

「あ~、意外にそうでもなさそうです。いつも通りに……見えました」

「そうか。まあ、許嫁なのだ、仲良くしてやれよ?」

「?!」

「あ……。は、はい、そうですね」


 ラザールお兄様がちらっと私を見る。ちょっとだけ、辛そうに顔を歪めて、視線を前に向ける。

 きっと、驚いた表情、してるんだろうな。滅多に表情が出ない私だから。こういう時、大袈裟に反応されちゃう。今のも、きっと……。


(許嫁。そっか、ラザールお兄様が、あの時、愛称で、呼んだのって)


 フラン、と呼んでいた時のラザールお兄様の顔を思い出す。胸の奥から、ひんやりとした何かが広がっていく。でも、こんなところで泣くわけにもいかない。大体、私は、妹、なんだよ? だからね……。全て忘れてしまいたくて、強く目を瞑る。

 どうして、ラザールお兄様。私の事、妹にしたいって言ったの? そうじゃなければ。心置きなく、気持ちを伝えられたのかもしれないのに。

 リアナの事、分かってる。でも、でも、もし、兄妹じゃなかったら、私……。


(私の事、まだ、リーナちゃんって、呼んでる。だから、多分……)


 口から息が漏れる。慌てて俯き、歯を食い縛る。それでも、込み上げてくる物、止められそうにない。

 と。ラザールお兄様と反対側の隣、つまり右隣に座るユリアが机の下で私の手を攫う。強く握りしめられると、ぬくもりが伝わって来て、随分と落ち着く。

 ちょっと顔を動かしてユリアを見ると、口を「内緒」と動かした為、小さく頷いて王を見る。


「フランセット王女は意外に寂しがりやなんだ、今行ってやれば、仲良くなれると思うが」

「でしょうね。フラン、外向きでは強がっていても、か弱い女の子ですから」

「そんな事を言えるのは、許嫁のお前だけだろうな」

「そうかもしれません。私の特権ですね」


 そんな事を言いつつも、ちらちらと私を見るラザールお兄様。

 その瞳の色を見る度に、私の心は揺れる。


(やめて、もう、こっちを、見ないで……)


 余計な期待は、したくないのに……。

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