第19話 出発
「あーっ! そうだ、忘れる所でした」
「え?」
「今日、リーナさんを呼んだのにはわけがありましてね。実は、外交、ラザールだけで行かせるのは、とても不安なんです」
「王女様、呼び捨てはいかがなものかと」
さっきからそんな言葉を放っているのは、王女様の世話をするレディースメイドらしき人。王女とあまり仲が良くないのか……。さっきは随分反抗的だったし。
面倒そうに彼女を見やり、小さく溜息を吐きながら話を続ける。
「ああもう、面倒だなぁ。ともかく、あなたのパーティ、グリフィンと言う名前でしょう? 私、向こう(べスティエ)には『グリフィンを向かわせる』としか言っていないので、みなさんに向かって貰おうと思って」
「と言うと、私とアンジェラ、ミレ、リーナ、ユリアで向かえばいいのですか?」
「そういう事なりますね。来れない方がいたら仕方ありませんし、その時は良いですが……。出来るだけ、招集して下さい」
「分かりました」
え、ちょっと待って? それってもしかして……。
私も、獣人族王国に行くの?!
「え、じゃあ、ミレもじゅうじんぞく王国いけるの?」
(そうだよ。楽しみ?)
「うんっ!」
「きっと、ネージュも歓迎して貰えますね。あの国は、動物にとても親切ですから」
そういうティアにも猫耳があるなぁ。ティアも、かな?
悪魔の寿命は、恐ろしく長い。白魔族もとてつもなく長いけど、そんなの比じゃないくらい。ティアとミアが何歳なのか、私には分からない。でも、もしかしたら、獣人族の主人が居た時もあったかもしれないね。
そういえば……。私、二人の事、あんまり知らないや……。
あれ? 二人は、私の事何でも知ってるのに、私は二人の事、全然知らないって、そんな馬鹿な……。教えて貰いたくとも、何から訊いていいのかすら分かんないし、何を話して良いかだって分かんないよね。
ともかく。獣人族って、どんな感じかなぁ? みんなティアみたいな感じなのかな? それとも、もっと獣っぽいの?
外国に行くの、すっごく楽しみ。それに、みんなと一緒なんだもん、もっと楽しみに決まってる!
私にラザールお兄様、アンジェラさん、ミレ、ユリアの五人は、港街の大きな船着き場に集まっていた。
確かに、其処には亀の姿が。でも、ちょっと形がおかしいような……?
「白魔族王国で品種改良をした、移動用の亀です」
「へえ、そういうのが痛んだ。僕が白魔族から出るのは随分久しぶりだからなぁ……」
「船などとは比べ物にならない速度で泳ぐ事が出来ます。が、速さだけに特化しております故、戦闘能力はほぼありません」
「え、大丈夫?」
「はい。飽く迄も亀です、防御力は非常に高いので、大丈夫かと。ただし、攻撃は出来ません」
「なるほどね」
甲羅の真ん中辺りが盛り上がり、其処の部分だけ透明になってる。亀は全体的に白い。幾ら白魔族だからって、それはちょっとやり過ぎじゃない?
よく見てみると、透明な部分には扉がある。あそこからは入れるみたい。亀はすっごく大きいから、此処からだと部屋は小さく見えるけど、結構ありそう。
「速すぎて、乗り心地は保証できませんが、ともかく、この魔物に掛かれば一日で獣人族王国に着きますよ」
「え、凄いね、それ」
「へええ……。こんな乗り物、初めて見たわ」
ミアもユリアも、歓声を上げながら亀を見上げる。
これに乗るの……。すっごく楽しみ! 中から見た外って、そんな感じなんだろう。海の中から、海を見るなんて、初めてだよ。
王女様は、乗り込もうとした私たちを呼びとめた。心配そうな表情をしている。ラザールお兄様をちらっと見てから、目を瞑って、囁くような小さな声で言う。
「では、健闘を祈ります」
「うん……。大丈夫だよ……。フラン」
「! もう、ラザール! 分かってる、ラザールなら、安心して任せられるよ!」
王女様は子供っぽく、満面の笑みをラザールお兄様に向ける。
私は、急に呼吸が苦しくなって……。
(何。一体、王女様の笑顔が、何だっていうの)
無理やり誤魔化す。
五人が乗り込むと、亀はゆっくりと沈んでいく。
すぐに音を立てて沈みきった。何処かから水が入って来てしまうんじゃ、って心配だったけれど、そんな事はなく。
「なんか、凄いね。こんな風に水の中に居るって、新鮮」
ミレが上を見上げながらそう呟く。
そうなんだよね。水に入ることなんて滅多にない。まして、ゆっくりと当たりを見回すなんて、やった事あるはずがない。
……いや、ゆっくり見回す事は出来ないみたい。
「にしても、凄く速いわね……。私、こんなに早い乗り物、乗った事がないわ」
ユリアも壁に手を着いて言う。ひんやりするのか、すぐに手を離してプルプルと振ると、此方に歩いて来て、私の隣に座る。
それでも、思っていたより寒くない。だって、冬の海の中だよ? 凄く寒いんだって思ってた。あ、魔服着てるからかな?
あんまり速く動くものだから、一瞬で目の前の風景が移り変わっていく。確かに、酔う人いるかもね。私酔わないタイプだけど。
っていうか、私の隣に座ってる人。「あの魚が綺麗」とか言ってるんだけど。嘘嘘、見えないでしょ?! ねえ、ユリア、嘘だよね?
「凄いね、リーナ」
「え、え、速くて何にも見えないよ……」
「えー。もっと動体視力鍛えなよー。戦いの時、攻撃見えないよ?」
「それは困るかも」
「でしょ?」
えー、でも、やっぱ速すぎるよ……。こんなの見えないって。
そう思っていたんだけど、案外見えるらしくって、みんなあの魚がなんだとか言ってるんだけど? ちょっと、置いてけぼりなんだけど……。
もう、いいもん。どうせ私は戦闘慣れしてないよ。見えなくたって仕方ないもん!
「リ、リーナ? どうしたの?」
「みんなで話してて、私、置いてけぼり」
「! あ、そっか。ごめんね」
ユリアが頭をナデナデとする。もぅ、私、同い年なんだからね……。でも、なんか、あんまり嫌じゃないから、いっつも抵抗出来ない。
あ、眠くなってきちゃった。こんな時間に寝たら、時間の感覚ずれちゃうよ。ユリアの手を引き剥がす。
ところで、ユリアって、私に向かって喋るときだけ、口調が変わるんだよね。なんで?
「ユリア」
「ん、なぁに?」
「それ」
「え? それって? どういうこと?」
「ユリア、そんな風には喋らない、よね?」
「あっ……」
ユリアはパッと顔を赤らめた。え、泣きそう……、いや、恥ずかしがってるんだね、これ。
視線を逸らして、下唇に少し人差し指を当てると、「えっと、えっと」と呟く。
「あー、っとね、リーナ、妹みたいな感じするんだよね」
「……妹?」
「うん。最初は恋愛対象って見てたんだけど、なんか、だんだん違うなって。妹みたい」
「そう、かな」
妹、か……。どんな感じだろ。恋愛対象から妹に変わるって? 何に気付いたんだろ?
私、自覚してるわけじゃないんだけど……。なんでそんなに可愛いとか妹にしたいとか言われるの?
そんなに可愛いのかな? 自分の事って分かんないよね。うーん……。
「嫌、かな? これ、変?」
「ううん。結構好き」
「えっ?! ああ、うんうん、それ、口調の事だよね」
「え? うん」
「そ、そそ、そうだよね!」
ユリアはあからさまに慌てた声を出す。え、何を勘違いした?
えっと……。ああ。やっぱ、まだ諦めてないのかな。妹、とは言っていても、本気で愛してたんだし。すぐには、ね……。
ともかく、今のは私が悪かった。でも、謝るってなんか変だしね。取り敢えず黙っておこう。
「家だと、敬語強いられるでしょ。ほら、私の家、結構上級の貴族だから。礼儀はしっかりと、ってね」
「……うん」
「堅苦っしくてね。で、あんな風に喋ってたんだけど……。ちょっと反抗心もある」
「ああ……」
「私、あんな家に居たくないの。家族とはぶつかっちゃうし、もっと自由に生きたい!」
そっか。貴族には、貴族ならではの、そんな悩みもあるんだ。
私の家は貴族じゃなくって普通の家だったし、グリフィン家は親が居なく、割と侍女との仲のいい、身分の壁が少ない家。だから、あんまりそんな事を感じる事はない。
でも……。もし、敬語を強要されて。ただし礼儀を身に付けされられ、強要され。……あ、これは嫌かも。
ユリアの悲しそうな表情にドキッする。そっか、私と居る時は。そういう事、考えないで、済むから。
「ね、ねえ、ユリア!」
「ん?」
「わ、私と二人で居る時くらいは、そ、その、自由で、良いの」
「えっ?」
「自由が、良いんでしょ? それくらい……。許して、貰える、はず」
ユリアはそっと私を抱きしめた。ラザールお兄様とは違う。女の子って感じがする。
その体が、震えているから。いっつもして貰ってるみたいに、強くぎゅっと抱きしめ返す。これ位しか出来ないの、ちょっともどかしい。
温かい雨が、私の髪を濡らす。なんで……。泣かないでよ。そっと目を瞑る。
「ごめんね、ごめんね、違うの。嬉しかっただけ。いや……。『ありがとう』」
「うん」
「私、あんなことしたの、後悔してる」
「え?」
「こんな、優しい子なんだもん。あんな風に、強要する様なやり方、よくなかったよね。でも、あの時も今も大好き」
その言葉に、驚かされる。
ちょっと悪いな。ごめんね。
(私は、そんなに、良い子じゃ、ない、よ、ユリア)




