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第17話  嫉妬

 いつもは適当に時間をずらして校舎に向かうのだけれど、今日は特別だから、一緒に教室に向かう。

 廊下には、人だかりが出来ていた。それもそのはず、この前の定期テストの順位が貼り出されているから。

 学年別の順位で並べられているけれど、名前の下には、男女別の順位と、クラス別の順位も書かれている。

 私の名前は……。あった。よかったぁ。


「二十二」

「ほんとだ。よく頑張ったね、リーナちゃん」


 一学年だいたい四百八十人くらいだから、結構いい方だよね?

 ラザールお兄様に頭撫でて貰って、凄く嬉しい……。次も頑張らなきゃ!


「うあ……。またアーサーに負けた」

「え?」


 ラザールお兄様が苦い顔をするので、私はその視線を辿っていく。

 え、ラザールお兄様、二位って、そりゃないでしょ……。一位は、あ、アーサーさんなんだ。なるほど、そういう事。


「私の名前言った?」

「わっ? ご、ごめん」

「何が? 一体何を言ってたの……?」

「ううん、何でもない」


 次はきっと、Aクラス……。私、同じクラスになれるかな……。


 二人で一緒に歩いて、教室に向かう。途中でラザールお兄様は男の子達に連れて行かれた。何、話してるのかな。ラザールお兄様は、人気者だから……。ちょっと寂しい。

 いや、私だって、友達いるんだから。……って、ちょっと待って!


「おはよ、リーナ!」

「お、おはよう、あ、あの、ユリア?」

「リーナ、頭良いんだね! 凄いじゃん」

「あ、ありが、と、ちょっと、離して、ユリア!」


 扉を通る前にユリアに捕まっちゃった。でも、ちょっと苦しいから、離して……。

 ユリアと喋りながら席まで向かう。荷物を机の中に入れている途中、ふと、違和感を感じたのだけれど、特に何もなさそう。なんだったんだろ。




(う……)


 頭が痛い。と言うレベルじゃない。

 一時間目が始まってちょっとして。少し変だな、と思っていたのだけれど、二時間目が終わった今、もう座っていても辛いくらいだ。

 授業が終わり、何とか立ち上がって礼をして、崩れる様に席に座った。頭が痛い。吐き気もある。一体、どうしたって……?


「リーナ?」

(ユリア……?)

「ど、どうしたの?! 保健室行こう。歩け……ないよね」


 そういうと、ユリアは教室を見回して、急にそちらに歩き出した。

 次に戻ってきた時には、男の子が連れられていた。確か……。そう、クリフォードとかいう。ユリアの幼馴染だとか。唯一のユリアの男友達。


「あぁ、分かった、ラザールの彼女ちゃん」

「はぁ、なんでそうなるのよ……。ともかく、保健室に連れて行って欲しいの」

「わかったよ」

「私、先に行って先生に事情を話してくるわ」

「了解」


 ユリアは足を出しかけ、何かに気付くように足を止めると、ユリアは呪文を唱え始めた。


「これで大丈夫だと思うけど……。一応、ラザールに見つからないでね」

「なんで?」

「余計な心配かけない方が良いわ。リアナの時のこと……。覚えてるでしょ?」

「ああ……。分かった」


 ちょくちょく名前聞くけど、リアナって一体誰? 気になるけど、でも、訊けないし、今はそれどころじゃないね。

 クリフォードはちょっと困ったように笑うとラザールお兄様の居るであろう方向を向いてから言う。


「ラザールの彼女ちゃん触るの、ちょっと気が引けるんだけどね」

「彼女じゃ、ない」

「そうなんだ? そう……。じゃ、ちょっとごめんね」


 ふわ、っと。 一瞬で私は持ちあげられていた。これって、あの、お姫様抱っこでは……。

 ああ、そっか。だからごめんねって……。確かに、これはラザールお兄様にやって貰いたかった……。って違う!


「軽いね……。これなら、ユリアでも大丈夫なんじゃない?」

「え……?」

「結構軽いと思うよ。女の子持つ事、結構あるから」


 そういえば、クリフォードって、けっこう女の子に人気あるって聞いた事がある。でも、彼は一人を大切にするような事はしない。みんなを平等に扱ってる。

 もしかしたら、何処かに本命がいるのかもしれない。


「あ、クリフォード!」

「先生に話した?」

「ええ。ベッドを準備して貰ったわ。中に入って!」


 保険の先生は、背の低い先生。御蔭で白衣が長くて、手が半分しか出ない。私がいうのもどうかとおもんだけど、なんか、ちょこん、って感じがある。

 小さくて可愛いって、結構人気がある。男の子に。

 ベッドに横に寝かされる。ユリアはベッドの近くに椅子を持って来て座ると、クリフォードを見て言った。


「ねえ、先生に言って置いて。次の時間、私も行かないわ」

「え? ああ、ラザールか。分かった」

「じゃ、頼んだわよ」


 ユリアは私の額を撫でると、小さく溜息を吐く。なんで、ユリアがそんなに悲しそうな表情かおをするの?

 先生はステッキを取り出すと、私に向ける。検査系の魔法の感覚。ミルヴィナさんの物と似てる。


「先生……。多分、呪術の類では? 今の、ウイルスの検査でしょ?」

「呪術? ええと……」

「リーナ、ごめん」

「え?」


 小さな呟きは、私の耳にほんの少し届いた程度だった。それに、あんまり私にも余裕がなかった。

 先生は「あ、」と呟くと、ユリアに目を向ける。もしかして。


「確かに、これ、呪いですね」

「やっぱり……」

「私には解けません」

「えっ! どうして?」


 ユリアは驚いたように顔を上げた。瞳が大きく見開かれている。

 先生は困ったような表情で右手を振りながら言う。白衣の袖が揺れる。


「つまりです、私の力では太刀打ちできないくらい強いんですよ。何か、そう、解除を助ける薬があれば、また違うのですが」

「じゃあ、これやったの、呪いの専門家ですね?」

「ええ、おそらく」


 先生は机の引き出しから大きな本を取り出すと小さな手で捲り始める。

 ある所で手を止めると、ちょっと傾けてユリアに見せる。


「こんな薬、今学校にあるはずがないでしょう?」

「な……。え、え、これ、嘘じゃないですよね?!」

「だから言ったんです、私じゃ、解けません」


 二人のやり取りが、随分遠く感じる。ぼんやりと見つめていると、ユリアが傍に来て手を握る。

 どうも、先生は家に連絡する為に出て行ってしまったようだ。ラザールお兄様、伝わっちゃうね。

 連絡用の魔法陣。私の家と学校は、一応それで繋がってるから、多分、すぐに来てくれるんだろう。

 小さく溜息を吐く。なんで、みんなに迷惑かけるような事になっちゃったんだろう。

 呪いって、なんだろ。一体誰が? あの時の違和感が、やっぱり……。


「ごめん……。ごめんね、リーナ」


 なんで、ユリアが? ユリアのせいじゃないでしょ? どうして?

 何となくうとうとして。でも、眠っている訳じゃない様な。そんな時間が続いていたけれど、ふっと意識が途切れた。




「リーナ様」

「ん……?」

「私です、アンジェラです。迎えに来ました」

「アンジェラ……?」


 アンジェラさんは簡単に私を持ちあげ、先生に礼をしてから学校を出る。丁度授業の時間らしく、人はいない。

 馬車に乗せられ、家に向かう。アンジェラさんの心配そうな顔が見えて、そんなに悪いんだって、実感させられる。


「! アンジェラ!」

「ミルヴィナ……。頼みますよ」

「ああ。これは、私の得意分野だ、だから、安心しろ。そんな顔、するな」

「え…………? そんな顔って……?」

「アンジェラには、そんな顔、似合わないぞ。笑って。リーナは大丈夫だ」

「はい……」


 暑い、でも、寒い。何、呪いってこんな感じなの? 病気みたい。

 息が熱い。アンジェラさんが背中を叩くように擦る。くたっとした私に、また心配そうな目を向ける。


「アンジェラ、此処に降ろしてくれ」

「はい」


 いつの間にか、ミルヴィナさんの部屋についていたみたい。そう、あの、保健室兼用の。

 ベッドは五、六個にプラスしてミルヴィナさんの物が仕切りの奥にある。あっちは見た事ない。

 真っ白の、いかにも保健室らしいベッドの一つに私は寝かされた。


「な……。こんな強い呪いが使える呪術師か死霊魔術師が居るのか……?」

「ネヴィル家。確か、あそこは、呪術に関わる家系かと」

「エティの家……。ああ、ノーラか」

「え……!」


 ノーラが、まさか、そんなはず、でも、だって、なんで、なんで、ナンデ?


「嘘」

「いや、此処まで強力な呪術、白魔族ヴァイスで使える人はそう居ないぞ」

「黒魔術ですから。呪術を使える人は、そう……」

「でも、なんで」

「それは分からないが……。ともかく、今から呪いを解く」


 ミルヴィナさんは目を瞑ると、呪文を唱え始める。あ、なんか、冷たい。これが、黒魔術……。私は、白魔術の方が良い。

 急に黒い光に包まれ、驚いて悲鳴をあげそうになった。けれど、光はすぐに消えたから、そんな暇はなかった。


「どうだ? 多分もう大丈夫だと思うのだが」

「ん……。あ」

「! 大丈夫ですか、リーナ様?!」

「うん、大丈夫みたい。でも、ミルヴィナさんって……?」

「私の本業は死霊魔術だ。呪術と死霊魔術は近いところがあるからな、呪いを扱うのは得意なんだ」


 え……。ミルヴィナさん、死霊魔術師ネクロマンサーだったの……?

 知らなかった。だって、死霊魔術と治癒魔術は、真逆の位置にある魔法だよね? どうして二つの魔法が両方使えるの?


「あー、それは、真逆だから、だな。白と黒は紙一重なんだよ……」

「?」

「まあ、今は分からなくてもいいさ。その内分かる時が来る」


 え? 白と黒が紙一重? 一体どういう事?

 分かんないけど、今の、意味ありげな笑みって一体?


 ああもう、分かんないことだらけだよ!




「リーナ! 大丈夫だった?」

「うん。あ、あの、ノーラは……?」

「あ、な、なんで、分かっちゃったんだ?」

「アンジェラさんとミルヴィナさんが、多分そうだって」


 ユリアは小さく息を吐く。そっか、と言うと、目でノーラを呼ぶ。

 ノーラはそれに気が付くと、少しだけ俯いて此処まで来た。


「え、っと……。ごめんなさい。全部、私のせいだ」

「……。ノーラ。ほんと……?」

「ああ。そ、その。ユリアがリーナに取られた気がして、嫌だったんだ」

「!」

「それに重なって、あのテストの結果で、私、もう……」


 そういえば。私、このクラスの女子の中で、一番だった。で、二番がノーラ。今まで一番だったのに、急にやってきた転校生にそれが取られて。

 その上、その子は、自分の親友まで奪ってしまっていて。


 ああ、そう、だったんだ。


 でも、私、殺されかけた。ミルヴィナさんが居なかったら、大事おおごとだったかもしれない。それに、凄く辛かった。流石に許しがたいと言うか……。

 私が黙っていると、ノーラが恐る恐ると言った様子で口を開く。


「怒らない、のか?」

「え?」

「普通、怒るだろ。私、リーナを、殺そうと……」


 違う、迷ってるの。だって、せっかく出来た友達を失いたくないじゃん。

 でも……、それも、ほんとは、違う……。怒り方も、分からないんだよ。私、あれから、怒った事ないし。

 前の記憶、曖昧だし。こういう時、どうやって怒ればいいの?


「……ごめん」

「ノーラッ!」


 怒ったほうが、よかったのかもしれない。

 でも……。もう、何もかもが、手遅れだ。

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