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第11話  初登校

 学校についた時、私は驚いて立ち止まる事になった。昨日はそれどころじゃなくって、そんなに良く見てなかった。

 あまりにも大きな敷地。え、校舎幾つあるの? なにこれ? あ、あと、制服何種類かある様に見えるんだけど……。


「此処は、幼稚園舎、初等科、中等科、高等科があるんだ。だから大きい。あと、女の子は三年ごとに制服も違うよ」

「さ、三年?」

「うん。学年色、三つだからさ。全部表すには、ね」


 なるほど、それで三年……。でも、やっぱりお金持ちの人しかいないんだなって実感させられる。だって、三年ごととか、一体幾ら掛かるの?




「あ、リーナさん。お待ちしていました」


 ラザールお兄様と一緒に職員室に向かうと、昨日の先生が来てくれた。

 先生は書類を私に渡すと、目を通す間もなくこう言った。


「クラスはBです。もうちょっとでAなくらいでしたよ」

「!」


 私の目から零れた物を見て、先生とラザールお兄様が同時に驚いたような顔をする。

 でも、仕方ないでしょ。私……。


「嬉しい……。ラザールお兄様と、同じクラス」

「……。そうだね。よく頑張ったね」

「良かったですね、リーナさん」




「彼女が二学期から編入する事になりました」


 教室の一番前に立たされて、私の頭は真っ白になる。一クラス約四十人。こんなに多人数に囲まれたら、流石に怖い。

 と、ラザールお兄様と目が合った。励ますように笑みを送ってくれる。少しだけ、勇気が湧いたような気がした。


「リッ、リーナ・ノーリッシュ、です。え、えと、宜しく、お願いします」


 バッと勢いよく頭を下げる。前を向いているの、怖いから。

 こんな拙い自己紹介だったのに、みんな拍手をくれたから。ちょっと安心した。


 私の席は、ラザールお兄様の隣だった。先生の計らいだとか。凄く助かる。

 他の生徒達は、私の姿を確認して何やら話しているようだったけれど、そんな事はどうでもいい。

 今は、ラザールお兄様と同じクラスになれた事。それだけでいいの。


「でも、本当にBに入っちゃうんだもん、本当に頑張ったんだね」

<はい。同じクラスが、良かったから>

「……。そっか。何がお祝いしようね」


 そんな言葉が嬉しくて、頑張って良かったな、って思える。


「……ねえ、この子、転校生のリーナちゃんよね」

「ん? ああ、ユリア。そうそう」

「へぇ……。可愛いわね。私、ユリア・ローズ。よろしく、リーナちゃん」

「あ……。宜しく、お願いします」


 染めたんじゃないか、ってくらい鮮やかで濃い桃色の髪をおさげにした女の子。瞳の色は紫。

 ラザールお兄様と、仲、良いのかな。だって今……。ううん、何でもない。

 と、ユリアさんは自分の後ろに声を掛ける。


「ノーラ。一緒に自己紹介しないの?」

「え? ……ノーラ」

「あっ、もうチャイムなるわね。ノーラ、席いこ」

「うん」


 ノーラさんは、グレーの髪の女の子。瞳の色は青緑。

 何となく見た事があるような気がしたんだけど、なんでだろう。




「勉強、分かる?」

<大丈夫です>

「そっか、なら良かった」


 早くも昼休み。侍女メイドの誰かが作ってくれたお弁当を食べる。

 ラザールお兄様を一緒に居る事だけで、結構嬉しい。だから、あとは何もしなくてもいいの。

 サンドイッチを食べ終え、もうひとつの包みを開いてみると……。中から綺麗なクッキーが。もしかして。


(ルエラ……)


 わざわざ、作ってくれたんだ。凄く嬉しかった。

 周りは御譲様とかばっかりで、みんな凄く豪華な物を食べてたりする。けど、私は、何よりルエラのお菓子が好き。これが良い。

 ココアクッキーを摘んで一つ、口に放る。ああ、美味しい。ルエラの味。

 さあ、午後も頑張ろうか。






「あっ、ルエラ!」

「?! リ、リーナ様ぁ! こ、声、お綺麗ですねぇ」

「あ、ありがとう……。クッキーも、ありがとう」

「あぁ、あれですかぁ? 昨日、作っておいたんですぅ。喜んでもらえて良かったですぅ」


 ルエラは此処のスティルルームメイド。お菓子の管理と製作係。

 淡いグレーをボブにした、おっとりとした女の子。因みに、十歳だ。

 家で養っていけなくて、捨てられかけていたところを拾われたとか。

 ここでの生活は、大変な時もあるけれど楽しいと言っていた。

 まだ小さいのに、スティルルームメイドの中で一番の腕を持つから、結構忙しいみたい。お客さんが来ると、いつもルエラがお菓子を作る。

 でも、それでいて嫌われていないのがルエラの凄いところ。


「あ、リーナ様! ラザール様がお呼びです」

「あ、エティ……。あ」

「? どうかなさいました?」

「ううん、何でもない」


 ああ、分かっちゃった。




「リーナちゃん、急に呼んでごめんね?」

「い、いえ」

「ええっとね……。リーナちゃんに、行っておかなきゃいけない事があってね」

「?」

「ユリアの、ことなんだけど」


 ユリアさん? なんでだろう。


「彼女、凶族の、長、なんだ」

「凶族」


 と言うと、あの、暴力によって物取りを行う?

 え、そんなわけないよね? だって、普通の子だったし、優しそうだったよ?

 凶族の、長? 待って、そんな馬鹿な……。


「どういう、こと……?」

「この事を知ってるのは僕と、二年の学年委員くらいかな。あんまり問題も起こさないし」

(あんまり……)

「だから、気を付けて。普通に関わってる分には、大丈夫だと、思うんだけど……」


 その時、ラザールお兄様は、とても暗い顔をしていた。




「リーナ様」

「! エティ」

「さっき、私見て、どうしたんですか?」

「え?」


 なんだっけ、と考えて、そう、思い出した。


「ノーラさん見て、誰かに似てるな、って。エティだ」

「あら、姉様と会ったんですか。あ、そっか、同じ学年でしたね」

「姉様」

「はい、私の姉ですから」


 それは……。また、随分と似てないな。

 だって、ノーラは人見知りで無口無表情だけど、エティって表情がころころ変わって可愛いし。

 まあ、似てない兄弟姉妹なんていっぱいいるけどね……。


「ってことは、さっきのは、ユリア姉様ですか?」

「あ……。うん」

「ユリア姉様、なんであんなことしてるんでしょうね?」

(え……?)


 確かに、なんで? 理由が、あるのかもしれない。

 そうしたら、勝手に悪い印象持ってるのは、いけないよね?

 もうちょっと、探ってみた方が良いのかもしれない。




「ご主人さま! 学校どうだった?」

(んー……。どう、だろ?)

「あら? ペンダント、お似合いです」


 ティアはいち早く私のペンダントに気付いた。そっか、昨日は疲れたから召喚してないんだった。

 そのティアの言葉で、ミアも気付いたらしい。緑色の瞳で石を見つめる。


「ああ、ほんやく。その手があったんだ……」

(え? 翻訳?)

「そうです。そのペンダント、翻訳用のものなんです。頭で思った文字を、魔力によって言葉にする」

白魔族ヴァイス語にせっていしてあるんだね~。ミアじゃ思いつかないよ」


 へえ、そんな風になってたんだ……。私、原理までは知らなかったし。

 半透明の石に、私の顔が映る。赤く染まってるように見えて不気味。すぐに目線を逸らす。


「で、そのリボンはどうなさったのです?」

(え、あ、これ? ラザールお兄様に貰ったの)

「……趣味が良い」

(え?)

「いえ……。ええと、よくお似合いです。良かったですね」

(! うん!)


 その時、ティアが少しだけ驚いたような表情をした事、私、全然気付いてなかった。




「え、ノーラがエティの姉だって知らなかったって? ああ……。そういえば言わなかったね」

「ユリアさんも、ユリア姉様って」

「結構長い付き合いだから、エティにとって、ユリアは姉みたいなものなんだよね」


 何となくもやっとして、私は俯く。だって、なんでだか、分かっちゃったし。

 でも、分かりたくない。そんなの、だって、私が、まるで……。


「ど、どうしたの?」

「何でもない、です」


 この日の夕食の味は、全然覚えてない。




「呼び捨てで呼んで欲しいんだ」

(っ、え?)

「ノーラ、ユリア、って、呼ばれてましたものね」

(え、え、え……)


 確かに、その通りだけど、でも、第三者から言われると、余計に慌てるって言うか……。

 でもこれは、二人を呼んでおいてこんなことを考えている私が悪いね。

 なんて言うか、私は、ラザールお兄様の妹な訳で、二人よりも近いはずなのに、遠い気がする。嫌だ、嫌だ。ラザールお兄様は、近くに居て欲しい。私の傍に居て欲しい。離れないで欲しい。


「其処まで分かってるのに、なんでかな? す……」

「ミア! それは、言っちゃいけません」

「え? あ、うん? なんで?」

「自分で気付くまでは、待っていないと駄目です」

「……。わかった」


 ……? 一体何の話を? 分かんないけど……。なんだか楽しそうだね?


 私はベッドに横になり、小さく息を吐く。もう、分からない。自分が。

 壊すっていうのは簡単だけど、それを直すのは大変だから。

 私は、壊れてたから。修復には、時間が掛かる。

 それに、一人きり、直そうとしてくれる人が居ないまま、一年間過ごしてきた。

 その空白の時間は大きいみたい……。前と同じに、出来ないよ。

 笑う事が出来ない。表情が作れない。自分の感情が分からない。

 こんなの、嫌なのに。なのに、どうする事も出来なくて……。


「ご主人、さま?」

「リ、リーナ様、大丈夫ですか?」

(分かんないよ……)


 気分が悪い。一人きりでいた時の事を思い出すと、駄目だ。

 何も考える事が出来なくて。何もする気が起きなくて。

 ただそこに居るだけで、存在する意味も分からない。


 そんな時、あの子は、私の家に来てくれた。


 毎日毎日、色々な物を持ってきた。

 それは、食べ物だったり、本だったり、はたまた情報だったり。

 大きな籠を下げて遊びに来る彼女は、随分と世話好きな印象がある。

 確か、私の家に一番最初に来たのは、私が一人になってから、二、三カ月くらい後の事。

 最初に来た時、彼女は家の掃除をして、カーテンや絨毯も洗濯して、綺麗にしてから、私に果物を手渡して笑った。


『おいしいよ。食べてみて』


 年は、同じか、もうちょっと小さいくらいだったかもしれない。

 青い瞳と、キャラメルブロンドの長い髪が綺麗な女の子。

 いつも笑っていて、私に色々と話しかけてくれた。私が喋れなくて、返事が出来ない事も、全く気にせずに。


 でも、全部全部、嘘だったんだよ?!

 私、何を信じて良いのか、分からない!


 あの子は、私の事、『リーナちゃん』って呼んでて。

 私を裏切って、居なくなってしまって。

 だから、ラザールお兄様も、居なくなっちゃうんじゃないかって。

 怖いの。だから、私……。


 でも、それを口に出すのも怖い。何を言われるか、分からない。

 だから、黙ってラザールお兄様に従う。


 もし、何時か別れる事になるなら、今だけでも、楽しい事をしよう。

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