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From the Past, To the Future

その華の意は

作者: peridoty

「あなたにはこれが似合いそうです」

 そう言って青年は微笑んで花束を手渡した。

 そこには真っ青な薔薇の花が可憐に咲いていた。


――意味が分からない。

 手渡された花束を眺めながら、女は一人溜息をついた。偶然立ち寄った店で偶然貰った花束。これが意味するものも説明もなく、彼はさっさといなくなってしまった。

「……ま、綺麗だしいいけど」

 何をもってこれが似合うと言われたのか。彼女はまた首を捻ると、薄桃色の髪がさらりと揺れた。

 もう何年一人で生きていこうとするのだろう。雇い主から離れて、この道をひたすらに走り抜こうと決めたのに。後ろ盾もないまま女優という仕事に就くには、あまりにも難しすぎた。

 今回もはずれだった。もともと行くあてもなく、やる気も湧いてこない。今はベンチに座ってぼんやりと空を眺めていた。

 少し雲がかかっている空は、真っ青とは言い難い色で太陽光を淡く反射している。目に沁みない青が丁度いいのよね、とどこか遠い目で彼女は思った。

膝の上に載せた青い花束はあまりにも青すぎて眩しく思ってしまう。

「あれ、こんなところでどうしたんですか?」

 視界の外から声を掛けられ、女は目線を空から声の方へと移した。そこには花束を渡したあの青年がいた。色とりどりの花をリヤカーに載せて運んでいる。

「また会ったわね」

 何もないわ、と少し苦笑すると、青年はそうですか?と首を傾げた。

「ちょっと、いいですか?」

 リヤカーを近くまで引っ張ってきて、青年は彼女の隣に腰を下ろした。彼の着けている緑色の防水エプロンには「ザ・花!」と大きく印刷されている。その様子がおかしくて、女はまた笑った。

「?なんです?」

「そのエプロン、何も文字にしなくたっていいんじゃない?」

 ああ、と彼もまたエプロンを見下ろす。

「分かりやすいでしょう?」

 花屋だって、とにこにこと彼は笑った。女もそうね、と頷く。

「でも、この意味は分からなかったわ」

 そう言って彼女は青い薔薇を指さした。ああ、と青年は何度も頷く。

「それはですね――」



「……ちゃん、セッちゃん!」

 静かな音楽が流れる、大人の雰囲気漂うバー。そこで何度も呼びかけられ、セツナは目を覚ました。どうやらアルコール分解能が基準値を超えてスリープ状態に入ってしまったらしい。人間でいえば「潰れた」状態とでも言えばいいのだろうか。アンドロイドである自分に小さく舌打ちをしながら、もぞもぞと起き上がる。

「んー……、ジュノー?」

 目を擦りながら尋ねると、隣でほっとしたような吐息が聞こえた。

「もう、セッちゃんてばー。すぐ戻るって言って、酔い潰れてるんだからー」

 迎えに行く僕の身にもなってよ、とジュノーは口を尖らせる。それだけ心配したと言うことか。変に過保護なところがある彼に、セツナはガリガリと頭を掻いた。

「あー、悪かったわ」

「……それ、誠意がこもってないよ」

 帰ろ?とジュノーはセツナの手を引いて立たせる。水平維持装置もスリープしているのか、酔った人間よろしくセツナはたたらを踏んだ。

「ちょ、大丈夫?」

「へーきへーき」

 すぐ直るわ、と掴んでいたジュノーの手を離す。本当に?と問いかける眼差しは無視した。

「マスター、このお店のお酒、美味しかったわ。特にあのウイスキー」

「それは良かった」

 カウンターに置いてある花瓶を見て、ジュノーはあれ、と呟いた。

「あれ、青薔薇ですか?」

「ああ、そうだよ。造花だけどね」

「あ、本物じゃないんですね。残念だなあ」

「大昔なら出回ってたんだけどねえ。私も残念ながら本物は見たことないんだよ。お伽噺みたいだろう?」

 その会話を聞きながら、だからあんな昔のメモリを思い出したのね、とセツナはひそかに思った。


「青薔薇なんて、よく知ってたわね。あんた」

 宿への道を歩きながら、セツナは口を開いた。青薔薇が作り出されていたのは、もう五十年以上も前のことだ。バーのマスターが生まれる前に、大地震で唯一の工場が消えたと有名な話だった。

「あー、まあね」

 ぐるりと目線を漂わせながら、ジュノーは言葉を濁した。ふーん、と気のなさそうな相槌を打つ。

「……ねえ、知ってる?青薔薇の花言葉」

――女優になりたいっていうお話が聞こえてしまって。つい、と言う訳じゃないんですが。

「えー?なあに、急に」

――僕、初恋の人を諦めた事があって。彼女、結婚するっていうので。……後で聞いたら、彼女も僕に好意を寄せてくれてたっていう事実が発覚して。たった一輪でも赤い薔薇を渡して「好きです」って言えばよかったのにって。

「青い薔薇はねえ」

――だから、どんなことであれ、諦めてほしくないんです。

「夢、叶う、ですって」

 元々自然界には存在しなかった、不可能ともいえるものを可能にしたのが青薔薇だ。その事実を取って、青薔薇の花言葉がつけられた。そう説明すると、ジュノーはへえ、と吐息を漏らした。

「じゃあ、縁起物なんだ」

「そうよ」

「……夢、叶うね、きっと」

「……そうね」

 届かないものだって、追い続けていれば叶うもの。誰にも不可能だと言われたことはない。それならば、きっと。きっと叶う。


――花言葉なんて、あなたは知らないでしょうね。だけど、僕みたいに諦めないでください。例え、どんなことであれ。

「っしゃ、宿まで競争よ、ジュノー!」

 そう言って走り出す。

「ええっ?セッちゃ、ちょ!?」

 ジュノーの困り果てた声がずっと後ろで聞こえた。

 今度は、あの薔薇のように真っ青な空を見つめていたい。そう心に誓って。


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