螺旋に狂うときの中の世界
いつの時代かも、場所も分からない空間。深い深い森の中、光がかろうじて届く小さな池。きらきらと乱反射する光が凝縮し、うごめき、ゆらめき、輝く。
そこで少女は生まれた。
少女は薄桃色の髪をなびかせながら、はじめから少女の姿でいた。
服という概念も知らず、そのまだ幼いからだをさらけだしたまま光を浴び立ちつくし続ける。
成長もせず、感情を育むための他というものもおらず。そこに存在だけしていた。
それだけが少女の存在意義であり、それこそが望まれたことだったからだ。
時がどれだけ経とうとも、少女は変わらず何も食べず、なにも飲まずいた。
それは生きているとはいえない無限に続く地獄のような世界。
万物を司る知識という知識を詰め込まれた歪な存在。
生まれたのではなく、発生したというのが正しい表現なのかも知れなかった。
親もなく、他者という自身を構築するのに必要不可欠なものの欠いているのだから。
自己を構築することすらもなく、けれど次第に詰め込まれていく、あらゆる悲しみを内包した過去を、あらゆる憎しみをより集めた現在を、ほんのひとにぎりの希望も見いだせない未来を見たとき、少女は桜にはじめて話しかけた。
言葉を教えられたこともない少女は、確かに桜の理解する言葉を話したのだ。
樹木である桜は、その世界で唯一ある大樹ではあったが、自己というものを持ってはいなかった。少女が話しかけたことにより、構築されたのだ。
「桜よ、まもなく我はここを離れる。世界を滅ぼすことになろうとも」
「なりませぬ。あなたさまはここにあることが定め」
「もう来よる、我の時間を進める者が」
その外見とは似合わない話し方をしながら、少女の目の前が歪みたわむ。
わーんと耳鳴りにも似た音がそのちっぽけな世界を揺らし、冷たいものを連れてきた。
冷たいものは少年の姿を形どり、少女と対峙した。
「そは誰ぞ」
「我は我。それ以外はわからぬ」
「自身がわからぬとはそは人か? 」
「我は人か? 」
「さてはて姿形は人なれど、存在は否や」
「しかれば人とはあらざるか」
「なりたいか? 」
「なれるのか? 」
「応。世界を破棄すればもしくは」
冷たい少年はその暗い瞳で少女をなめるように見つめる。獲物を前にした肉食獣のように。
その冷たい視線を感じながら、朗々と宣言する。
それは少女にとって自身を確立するに等しかった。
「我は人となり、世界の中となる役目を放棄する者なり」
そして、少女は消えた。その場に少年を残して。
「生まれる。ようやく世界に生まれる」
少年は狂ったように笑う。
幾度もの巡る時の中を必死に探し求めた者に出会うことが出来るのだから。
そこから始まる螺旋のような地獄を知っていようとも求めずにはいられなかったのだから。
「可愛い”ひな”が生まれる。ようやく…ようやく!!!!あははははははは」
そこにいたはずの少年も今はもういない。