朝日と皓月の日常
「皓月遅いな、どうしたんだろう? 」
腰までのばされた長い黒髪をかきあげながら儚げな少女、朝日は自身の守護をしている狼の二匹に向かって話しかけた。
一匹は白い狼で名を華月、もう一匹の黒い狼の名を美月という。二匹は世界中に現存する狼よりもはるかに大きく、理知的な瞳を持っている。
「クーン」
「そうね、待つしか出来ないものね」
朝日が皓月のクラスこのマンションに住むようになってから、すでに半年。その間、朝日が一人で外出したことはない。この最上階をぶち抜いた部屋の一室で、皓月かこの二匹の狼かのどちらかと常に時間を共有している。
本来なら朝日は16歳の高校生であり、進学先も決まっていたのだが…半年前から学校に通うどころか両親にすら会ってもいない。皓月のために全てを捨てて、この場所に閉じ込められるようにいるのだ。
優しく華月を撫でながら、またネオンの輝く外を見る。もう深夜近いためか、蟻の子ほどに見えるはずの人々も見えない。
「大丈夫かな」
人ではない皓月は夜な夜な外へと行く。何をしているのかは知らない。けれど裏切られることはないと知っているからこそ、ここに守られるために拐われてきたのだ。
鼻を寄せてきた美月を逆の手で撫でながら、溜め息をつく。
ピクッ
二匹が玄関に視線を向ける。音もしないが二匹は何かを感じ取っているのだろう。朝日は咄嗟に動けるように立ち上がると、そちらを見つめた。一匹は朝日と玄関へと向かう扉の間に。もう一匹は窓を警戒する。二匹は皓月の命令に従順であり、この優しい主人の伴侶を慕っていた。どんなことがあろうとも守るために、朝日が傷ひとつつかぬように命令を受けていることもあったが、それ以上に自身の命と引き換えにしてもと思うほどに好いていた。
「ウォン!! 」
扉の近くにいた華月が吠える。
その扉が音も立てずに開かれると、二匹はそのふさふさの尻尾をふり朝日もほっと息をついた。
「ただいま」
夜の闇を溶かしこんだような髪と、ルビーのように輝く瞳をもった男が帰宅を告げる。その美しさは男女の境を無くしても、極上であり、人をひれ伏せさせずにはいられない威圧を放っていた。150センチと小柄な朝日が飛び付いてもびくともしない体は、鍛えているわけでもないのにしっかりとしており、腰に抱きついた朝日の唇に口づけを落とすと、その胸に抱き締めた。まるでその存在を確かなものだと確かめるように。
「おかえりなさい」
皓月の存在を認めると、二匹は当然のように消えてなくなり、二人の世界を妨げるものはいない。
朝日は微かに皓月の体から血の生臭い臭いを感じ取ったが、それを告げることもなくさらに抱きつく力を強くした。
無事に帰ってきてくれるのなら、それだけで良い。
いまの安寧の時が長く続かないことを知るように、不安が胸をよぎる。それを払拭するように、皓月の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「不安にさせたか」
「大丈夫、無事に帰ってきてくれたから」
お互いに絡み合うようにしてベットへと向かうのだった。永遠に続くわけがないと知っているからこそ、お互いを求めるために。