表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

〜秘密の依頼〜

この物語に出てくるスリなどの窃盗及び不法侵入や脅迫・暴行行為等は立派な犯罪ですので、この小説を読んでも決して真似しないで下さい。

ガタンゴトン。

現在時刻は7時、早朝のラッシュで混雑している電車の中で俺は静かに息を潜める。

周囲の人混みに紛れるように意識を気配を同調させる。

別にそう難しい事ではない。俺にとってコレは毎朝の準備体操みたいな物だ。

そして、ここからが本番。今後は意識の一部を自分の指先に集中させる。そして標的を確認する。

完全にこちらへの注意が無くなっているのが分かればOKだ。勝負は一瞬。

電車の揺れに合わせて左手を動かす。

常人には目で追うことも出来ないほどの速度で目標を捕らえて、また元の位置に戻す。その間0.1秒の早業だった。

俺の左手には革製の財布が握られていた。素早く中身を確認する。別に中身を見る必要は無い。

指先で札数を数える。

(…何だよ。三千円しか入ってねーぞ)

思ったより中身の軽い財布を持ち上げ、先程スリ盗ったサラリーマンの男の肩をトントンと叩いた。

「すみません。財布が落ちましたよ」

と、声を掛けた。

「えっ?」

声を掛けられた男は慌てて自分のポケットを探り始める。当然のように財布は見つからなかった。

「‥あ、どうも」

男は不思議そうな顔をしながらも財布を受け取った。俺はそのまま次の駅で電車を降りる。

そして人目につかない所まで来ると、自分のポケットの中から幾つもの財布を取り出した。皆さっきの電車の中でスリ盗ったモノだ。

どれも中身を確認した時に十分な金額が入っていそうな手応えがあったヤツだ。

「へへっ!さーて中身はっと」

この瞬間が実は楽しみなのだ。

「おっ!コイツは二万円入ってやがる。こっちの財布には八千円か…ギリギリだな」

一通り確認すると空になった財布を近くのゴミ箱に放り込む。この際、中身が五千円以下だった財布は抜き取らずそのまま目に付く場所に置いておく。

『五千円以下は盗らない』これが俺が盗むに当たる際のルール。

まあ、盗むのにもモラルって必要な気がするし。

何はともあれ用事が済んだらトットと退散するに越したことはない。

駅を離れた俺はねぐらにしているアパートへ戻っていった。かなり老朽化してきた二階建てのオンボロアパート。

この一室に俺の隠れ家がある。なんで隠れ家と言うかはまだ秘密。

ギシギシと軋む階段を登り一番奥のドアを開けようとして手が止まる。

(‥‥いるな)

部屋の中に何者かの気配を感じ身構える。

(警察‥じゃないな。誰も尾行して来なかったし、第一気配だけならば中にいるのは一人だけ‥)

扉を開けず、扉のすぐ横の壁に背中を密着させる。

(どこぞのヤクザ‥の訳ないか。何処とも関わってないし)

思考を巡らして見るものの、思い当たらない。

(では‥誰だ?)

これ以上考えても無駄であろうと思い直した俺は、警戒しつつ扉を少しだけ開いた。(‥‥っ!!)

俺はその少しだけ開いた隙間から中を覗き、一瞬で凍り付いた。

「何をそこで固まっているんですか?」

中から男の声が聞こえてくるが、返事よりも先に体が動いていた。一気に扉を開けて中へ駆け込み言い放つ。

「なっお前!?」

部屋には長身の和服姿の男が立っていた。

「そんなに驚く事はないでしょう?用事があって此処にいるんですよ」

男は意外そうな顔をして答える。

(‥最悪だ)

この目の前にいる和服姿の男には覚えがある。ある‥が、はっきり思い出すより前に悪寒が走った。

「まあ、立ち話も何ですからどうぞお座りください」

まるで自分の部屋のように振る舞うその姿に俺は、

「ここは俺の部屋だ!!」

と反論したがすぐに無意味だと悟った。

「さて、まずは自己紹介といきましょう」

その図々しさに眉をしかめつつ、俺も近くの椅子に腰を下ろす。

「私の名は雨宮仙十郎〈あまみや せんじゅうろう〉と言います。とある場所で探偵事務所を開いています」

(‥とある場所ね〜)

俺は仙十郎と名乗るその男を注意深く観察していった。見るものに威圧感を与えない端正な顔立ちに細めの眼鏡を軽くかけている。

体格はどちらかと言うと広くはない。線が細く華奢な印象を受ける。

だが、立ち上る気配は刃物のような鋭さを持っている。

(同業者じゃない‥が、裏の人間だ)

「アナタに依頼したい仕事があります」

「仕事?」

「はい。凄腕のスリ師の草津晶〈くさつ あきら〉アナタの腕を見こんでの依頼です」

「買いかぶりだな。それに説明臭い紹介をありがとう」

「いえいえ」

イヤミで言っても軽く流されてしまった。

「それにしても、よくこの場所が判ったな」

「苦労しましたよ。こうも隠れ家が多いと、捜すにしても並大抵の物ではない」

「お褒めに預かり光栄だな」

(そりゃ当然だな)

俺はそうは思ってもやはりこの男、ただ者ではない。コイツの言うとおり俺の拠点とも言えるアジトは一つや二つじゃあ済まない。

どう見積もっても軽く三桁は超える。しかも《捜して》いるとなれば、必ず俺の耳に入るようなネットワークもちゃんと作ってある。

だが、現実にはそれよりも速く奴はココにいる。

(この速さ‥間違いなくピンポイントで来やがった)

恐るべき情報網だ。

「で?その依頼ってのは何なんだい」

この手の人間は深く詮索すると後で火を見る事になる。

「お聞かせする前にお請けするか否かを伺いたい」

もっともな話だ。

「内容による。ヤバさはともかく殺し関連はお断りだ」

俺の所に来る依頼の中には何を勘違いしたのか、時たま殺人依頼などが紛れ込んでくる。まあ、その辺は俺のもう一つの顔に関係しているのだが。

「ご心配なく。ただの調査依頼です」

「はあ?」

何を言ってるのか理解出来ずそのまま聞き返した。

「ちょっと待った。だとしたら相手間違えてないか?俺は探偵みたいな調べ事なんかしないぞ?」

「そうです。普通ならね」

「つーことは、普通じゃない調べ事な訳だ」

「お請け出来ますか?」

普通じゃない調べ事。逆を言えば犯罪紛いでなら可能なこととも言える。

「いいだろう。その依頼確かに引き受けた」

俺はこの依頼を引き受けた事を非常に後悔する事になろうとは考えてもいなかった。

(まあ、久方ぶりに本業に手をだしてもいいだろう)

本業。これに関しては直に判る事だからあえて説明はしない。

「アナタなら引き受けてと思ってました。ではさっそくですが内容をご説明致します」

そう言うとドアからノックの音が聞こえてきた。

「‥‥今日は客が多いな」

そう呟くとドアからまた男が入ってきた。

「失礼します。雨宮先生はいらっしゃいますで―‥あー、いたいた。見つけましたよ。全く、勝手に事務所ほっぽらかして出掛けちゃうんですから。依頼の件どうするんですか?」

男は仙十郎に歩み寄ると次々と文句を言ってきた。

「‥マシンガンみたいな奴だな」

俺は少々感心しながら見てると、やっとこちらに気付いたのか自己紹介をしてきた。

「ああ、失礼しました。俺は朝霧天馬〈あさぎり てんま〉と言います。雨宮探偵事務所で助手をしています。で、アナタは?」

「今回の依頼でサポートをお願いした方ですよ」

「ええっ!?て、事はですよ。俺はまた潜入を?しかも彼と組んでですか?」

「もちろん。その通りです」

「うわぁ‥またかよ」

‥勝手に上がってきて、勝手に自己紹介してきてその上俺は蚊帳の外扱い。

(何なんだこの朝霧とか言う奴は?)

話に全く入り込めない上に、どんどん進んでいく会話。そのままではラチがあかないので俺は口を挟んだ。

「おい、そろそろ依頼内容を教えろ」

「ああ、すみませんでした。ではお話します」

やっと元の方向へ話が戻ってきた。

「半月ほど前にあったある女学園の事件はご存知で?」

「女学園?そう言えばあったな」

俺は記憶を辿りつつ思い出していく。

「確か、学園の生徒達が拉致されて警察と犯人達との激しい銃撃戦が行われた。拉致された女子生徒は別働隊が無事に救助して犯人達は一人残らず逮捕された。まあ、後日学園側関係者は散々にマスコミに叩かれたみたいたがな。管理責任がどうの安全性がこうだの‥…」

「まあ、その辺が表向きの顛末ですかね」

「‥だろうな」

そこまでは世間一般が知っている内容だが、この事件は裏側の人間達には相当話題になった。

『バカな連中が〈鬼〉を叩き起こした』と‥。

そこまで思い返していくと、この仙十郎と言う男の正体が判った。

「…ん?ちょっと待て。お前まさか‥…」

仙十郎は黙って頷く。

「なるほど‥、あの事件にはあんたも絡んでいたわけか」

「その通りです。ちなみに、事件の当事者はそこの朝霧君だったりします」

「なっ‥!巻き込んだのは所長じゃないですか!!」

「アナタがドジ踏まなければこうはならなかったのでは?」

「うっ‥」

また始まった。

「まあ、その件は後々説明するとして。実はあの事件には別の顔が存在していたんです」

「別の顔?」

「この事件の犯人達は何が目的だったと思います?」

「身代金目当てじゃあ無いんだろ。‥ん?待てよ、そう言えばあの事件の前後で大規模の裏取引があったな。内容は確か麻薬〈スパイス〉の受け渡しだったはず」

「その取引にはもう一つ商品があったんですよ」

仙十郎は意味あり気に笑って見せる。

(麻薬以外‥まさか―)

「拉致してきた女子生徒を人身売買の商品にしたんですよ」

朝霧は吐き捨てるように言葉を続けた。

「で?今回の依頼にその事件のどこが関係しているだ?」

この国での人身売買は基本的にタブーだ。だが、時折それを平気でやる連中がいる。まあ、その内の大半は先の事件のようにヒドい目にあう事になる。

だから、その女子生徒にしろ取引先の相手にしろ、俺には何も関係ない。

「これが関係大ありです。実は、あの事件の首謀者はまだ捕まって無いんですよ。ドサクサで逃げられてしまいまして‥。で、あのバカまた性懲りもなく別の学園で何か企てているです。流石に野放しにもできないので奴の陰謀を暴き防いで欲しいんです」

「‥‥おい。確かに俺は殺し関連はやらないが、だからと言って正義の味方なんか御免だぞ」

引きつる口を抑えながらなんとか応えると、仙十郎は後ろ頭を掻きながら訂正した。

「まあ、厳密に言えば計画を潰しながら奴を捕らえて貰えれば良いんです。そうすれば、ちゃんと他の皆さん方が処分してくれますから」

「‥‥なる程」

確かにこちらで処理しなくても、ルールを破った奴に制裁したい輩は大勢いる訳だか‥‥。

「それで?そのバカは何者なんだ」

「黒龍会の元締めをしている惨利火李〈ざんり かり〉という男です」

「なんか、スルメを垂らせば釣れそうな名前だな‥」

「一応ツッコミを入れておけば、それはザリガニです」

「に、しても黒龍会?聞かないな。新参者かい?」

こういう仕事をしていると、そっちの方面の情報も自然と入ってくる。が、この黒龍会と言う組織はあまり聞くことは無かった。

「紫竜会はご存知で?」

「紫竜会?知ってるも何も、この業界で知らなきゃモグリだぞ」


《紫竜会》。

総大将‥いや、数々の企業を抱えているから総帥の神楽総司。

若くしてこの国の裏社会の殆どを管理している裏業界のNo.1の実力者。

その彼が組織している団体が《紫竜会》だ。

内情は詳しくは分からないが、全国各地に広がる膨大なネットワークに、世界中の闇市場を牛耳る《メサイア》と呼ばれる組織にもパイプを持っているらしい。

絶対に敵に回したくない奴らだ。

「惨利は元は紫竜会の人間でしたが、組織を裏切り黒龍会と名乗り今に至っている訳です」

「‥‥大した奴だな。と、言う事はこの事は紫竜会は知っているんだな?」

「はい。裏切りと言っても実質的な被害は無かったそうなんですが、今回の一件で野放しには出来ないと言う事になりまして」

「前言撤回。やっぱりバカだわ、そいつ」

「と、まあ依頼内容はそんな感じです。一応、紫竜会もバックアップはするそうですのでよろしくお願いします」

紫竜会のバックアップとは随分と心強い条件である。

惨利に少し同情してしまった。

「しかし学園か…。潜り込むにしても色々面倒だな」

「その辺ならご心配なく。そろそろ戻ってくる頃ですので」

「戻ってくる?」

辺りを見渡すと朝霧の姿が消えている事に気付いた。

「いつの間に…」

(仙十郎もそうだが、あの男も侮れないな…)

部屋を出ていく動作に全く気付かなかった事に俺自身が驚いた。少しして朝霧が戻ってきた。

「遅くなりました」

息を切らせながら入って来たわりに汗一つ出ていない。

「いや、良いタイミングでしたよ。で、首尾の程はどうでしたか?」

「バッチリです」

そう言うと手に持っていた袋をこちらに渡してきた。中を見るとリングが一つだけ入っていた。

「これは?」

持ってみるが、大きさはブレスレットみたいな小さなリングで目立った装飾はなく、赤い石みたいなものがはめ込んであるだけだった。

見たところルビーのような宝石では無くイミテーションの偽物らしかった。

それ以外を調べても細工らしい細工は無い。

「通信機でも内蔵しているのか?」

それが無くても盗聴器だの発信機だのが仕込まれていると思ったのだが、どこをどう見ても普通のリングだ。

「どうぞ着けて見てください」

促されるままに、とりあえず左腕に着けてみた。

カチッとリングがハマる音が響くが、それ以外は何も無かった。

「それで、このリングは何なんだ?まさか、透明人間にでもなれるとか?」

「直ぐに分かりますよ。すぐにね」

朝霧の顔を覗いてみるが何やら複雑そうな顔をしている。

「‥‥!!?」

異変はすぐにやって来た。

「か‥体が、熱い‥‥!お‥おい!?一体が起きてんだ‥‥!?」

全身が燃えるように熱くなり、意識が遠のいて行くような錯覚に襲われる。

無論、体の感覚はちゃんと感じられて思考もしっかりしている訳だから気を失ったのではない。

しかし意識だけは、宙を舞っているような感じがしていて不思議な気分を味わった。

次第にあの燃えるような熱さも退いてきた。

「…くっ、ハァハァ‥。どうなってるんだよ…ん?」

やっと体が落ち着きを取り戻し呼吸を整えていると、妙な違和感を感じた。

(‥今の声は誰だ?)

確かに今のは自分自身が発した言葉だが、妙に高く聴こえる。

「あ―」

もう一度声を出してみたが、やっぱり気のせいではなかった。

「何で声が変わったんだ?」

「変わったのは、声だけではありませんよ」

そう言った仙十郎は手鏡を差し出してきた。俺は鏡を覗き込み‥‥硬直した。

「誰だコレは?」

三十秒後、やっと搾り出した言葉がコレだった。

鏡に写っているのは見たところ16・7歳の少女で、長年見慣れてきた自分の顔では無かった。

「誰だって、ご自身の顔ですよ?」

普通に返してきた仙十郎に対して朝霧は何故か顔を逸らしている。

「朝霧君、ご説明をしてあげなさい」

どうやらこっちは色々と知っていそうだ。第一、このリングを持ってきた張本人だ。

コイツの正体を知っていると見ていいだろう。

「どういう事かちゃんと説明してくれ」

俺は朝霧に問い詰めた。

「わかりました。ご説明いたします。このリングは一種のオーパーツのような物でして、装着者の性別を反転させる力を持っています」

説明を受けたは良いが、いきなりオカルト話になってきた。

「性別反転?それにオーパーツだと?」

正直、この手の話は苦手だ。こんなのを信じようならこの業界をやってられない。

「まあ、普通なら信じられない話ですが事実ですから」

確かに実際問題、俺自身が女に変わっている訳なのだから本物と見ていいだろう。だが問題は、元の姿に戻れるかどうかという事だ。

仕事の間は何であれ我慢しよう。だが、終わった後もこのままでは日常生活はともかく、仕事に色々差し支えかねない。

「一応聞くが、元の姿に戻れる方法はあるんだろうな」

「それなら、リングを外せば五分で元に戻れますよ」

大層な能力の割に随分簡単に戻れるな‥‥。と言いたかったが、現実は甘く無かった。

「ただし、満月の晩だけです」

「‥…オオカミ男かよ。と言うことは、最低でも1ヶ月近くこのままの姿なのか!?」

「はい」

あっさり言い切った。

「さて、朝霧君。説明は終わりましたか?」

さっきから黙っていた仙十郎が待っていたかのように口を開いた。

「はい。後は後々、御自身が気付くはずですから」

まだ何かあるのか…。

「それでは、私は色々準備がありますのでこれにて失礼いたします。こちらに資料を置いておきますのでご覧下さい」

言うや否や席を立つと封筒に入った資料を置いて出て行こうとして、扉の前で振り向いた。

「そうそう、明日から行動開始するので準備を怠りなく」

「OK。分かったよ」

俺は了解して資料に目を向けた。戸が閉まると俺は一息ついた。

(‥‥まるで嵐のような連中だったな)

壁に掛かった時計を見るとまだ二十分しか経っていない。ともかく資料に目を通してサッサと準備をしなければならない。

「どれどれ…」

資料の内容は以下の通りである。

【〈主要目的〉私立鈴桜れいおう学園に潜伏していると思われる惨利火李を発見し、目論みを阻止する事。

その際、当人の確保を厳守とする。

学園には以下のサポート要員が在籍しているので、必要に応じて活用して欲しい。

メンバーの一覧はこの通り―………。

尚、有事の際は紫竜会からの指示もあり得るので従う事。

〈学園説明〉―……………。】

あとは、学園の生徒数だの見取り図だの行事なんかの情報が記載されている。問題は最後の一文である。

「えーっと、

【尚、惨利火李には特定の武力組織がバックに存在している可能性があり、行動の際は注意されたし】

‥…おいおい、随分と物騒なオプションが付いているな」

とりあえず、この仕事で退屈するような事は無いと理解できた。

「しかし、鈴桜学園か‥。あそこは確か輝宝〈きほう〉学園と兄妹校だったな。‥まてよ、輝宝学園は確か紫竜会が運営していたよな。なる程な‥‥向こうからすれば、絶好の狩り場に入り込んでくれた訳だ」

これなら紫竜会がバックアップしてくる理由が分かる。

「問題は、直接俺が生徒として潜り込むことだが…」

俺はもう一度自分の体を眺めてみた。

16・7才と言う年相応な細いスラリとした手足に、年相応ではない胸の豊かな膨らみ。形の良いくびれたウエストに鏡を見ると絵に描いたような美少女の顔が写る。

別に過剰評価している訳ではなく、世間一般的に観ての評価だ。

‥‥‥自分で言うのも何だけど。

一番気になるのは、さっきから重く感じるこの胸だ。

計った訳ではないが、多分86・7ぐらいはあるんじゃないだろうか?背も幾分か低くなっているので、十分女子高生として通用する。

ついでに黒の短髪だった髪も伸びて、背中にかかるまでになっていた。軽く持ち上げてみると、しっとりしていて艶がある。

「‥…しかし、コレじゃまるでどこかのマンガかアニメだな」

よく考えてみれば、これだけのスタイルを持つ女子高生もそうはいないだろう。

「なんか入って早々に目立ちそうだな‥…」

出来れば目立たないようにしたい所なのだが…、無理な相談のようである。

「さてっと、考えて無いで動くか」

俺は立ち上がると座っていたソファをひっくり返した。更にその下の床を探ると、目立たないが折り込み式の取っ手があった。

それを引っ張るとロックの外れる音がして、床に仕込まれていた扉が開く。

中には梯子が下に伸びていて、一階を通り越して地下に続いているようだ。

「ふふふ…この扉を開けるのは久しぶりだな」

建物同様に古く錆びた梯子を慎重に降りていき‥‥‥ボキッッ!と良い音を立てて梯子が折れた。

「―っな!?うわぁぁぁ!!!」

そのまま地下室まで直行便になった。

「イタタタ‥…ちゃんと整備するのすっかり忘れてた」

打った腰をさすりながら立ち上がると、寿命を全うしたらしい梯子を見上げた。

「‥‥‥尻がデカくて助かったかな?」

我ながら何ともデリカシーの無いセリフである。

「さて、どれを持っていくかな?」

周りを見渡すと大小様々な器具が所狭しと並んでいた。

ワイヤーガンにピッキングツール、煙玉や特殊ナイフ等々…。

日常生活は愚か一般でもまず見ることは無い器具である。

「コレとコレと…あ、コイツは直さないと。で、コレも持っていってと」

次々と道具を用意したアタッシュケースに積めていき、最後に黒光りする物体を掴んだ。

「コイツは出来れば使いたくないな…」

【93R1st改】

30連装式のハンドガンで、フルオートで発射可能な俺の愛銃だ。自分好みに改造してレーザーサイトや装弾数を増やしてある。

それともう一つ。

【G&グレイヴ・バスター

こっちは自作した銃で6連装式のリボルバータイプのハンドガンだ。

破壊力を重視した設計で、弾丸次第ではトラックどころか装甲車を貫ける威力を持っている。

「資料の最後の一文が気になるからな…。まあ、杞憂で済めばいいが一応持っていくか」

銃のチェックをして弾薬を込める。暫くして道具を積め終えると、入ってきた入り口とは別の出口へ向かっていった。

なにせ戻るための梯子がそこで事切れているからだ。

とりあえず軽く合掌してから奥の階段を降りていった。


階段の先は下水道に繋がっていたが、途中の隠し通路から外に出た。

各要所に色々な通路を設ける事であらゆる場所に出れるよう造ってあるのだ。

「よいしょっと。ふー、やっと出られた」

アパートから幾分か離れた所の隠し扉から顔を出した俺は、左右を確認しながらそろ〜と外にでた。辺りを見るとアパートの裏手にある小さな公園らしかった。

「ありゃ〜こんな所に出たか。…ん?」

見ると遠目ではあるが人影が見える。数は四人。

内三人は男で後の一人は女らしかった。

公園に人がいるのは別に不思議ではないが時間がおかしい。

公園の時計を見ると午後の10時を回っている。こんな小さな公園でこの時間に人影が見えるのは少々不自然だ。

「―なして下さい!」

どうやら男共から熱烈なナンパを受けているらしい。

「アイツらはこの辺りに巣くってる悪ガキ共だな。…で?女の方は―‥!あれは鈴桜の制服じゃないか!」

構われている女の着ていた服は資料にもあった鈴桜学園の制服に間違いなかった。

「学園関係者じゃあほっとく訳にもいかないか」

とは言うものの今の俺は女の体で、まともにぶつかれば勝ち目は薄い。

最悪ミイラ取り状態になりかねない。

「…仕方ない。あの手でいくか」

俺は諦め半分な気持ちで四人の下へ向かっていった。









「いい加減にして下さい!」

「いいじゃねえか。チョットさ〜オレらと楽しい事しよーぜ」

「そうそう。ヤックンの言うとーり遊ぼーよ」

さっきから必死に掴んでくる手をかわしながら逃げてくる内に、いつの間にか人気のない公園に追い込まれてしまった。

近くにアパートのような建物が見えるがどこの窓も灯りが付いておらず、大声を出しても助けは来そうもなかった。

(どうしよう…)

このままこの男達に捕まれば絶対にロクな目に会わない。

どんな目かは判らないが直感でわかる。

絶対に捕まる訳にはいかない。

(だれか…)

その時、男の一人に左手を強く掴まれた。

「へへっつっかまえたー!」

「いや!放して下さい!」

「大人しくしやがれ!」

思いっきり引っ張られ体が前に傾く。

「きゃ!」

だが、完全に地面に倒れる事は無かった。

「え?」

見ると自分の体は誰かに支えられている。顔を上げて見ると一人の女性の姿が目に写った。

(女の人?)

その女性は背を向けたまま自分を庇うように男達の前に立ちふさがった。

「大丈夫かい?」

その女性は優しく問いかけてきた。とても透き通っていて胸の奥がほっとく暖かくなるような優しい声だった。

「…はい」

その後ろ姿はまるで天使が舞い降りてきたような神々しさと、慈愛に満ちた女神が守ってくれている安心感に満ちていた。












(‥‥危なかった)

俺は心の中で安堵の息を吐いた。

(よく考えたら見ている場合じゃ無かったよな。間に合って良かった…)

とりあえず警戒心を持たれないよう優しく声をかける。

「大丈夫かい?」

「…はい」

背中越しに聞こえてきた返事を聴く限りじゃあケガは無いようだ。

(さて、まずはコイツ等を始末するか)

今目の前にいるのは三人。

内一人は俺が左手で捻り上げている。

彼女を掴んでいた手を素早く掴み、柔術の要領で捻り返す。関節の構造を知っていれば女の力でも可能な技だ。

無論、完全に決まっているからどう足掻こうと外れはしない。

「よっと」

ゴキッ!今度は更に力を加えて本当に関節を外す。破壊しても良いのだが、あまり大きな問題は起こしたくない。

「ぐぁぁぁっ!」

あまりの痛さに転げ回る男を踏みつけて残りの二人に向き直る。

「まずは一人。次は誰だい?」

「う…」

さすがに相手の力量を悟ったのか足が後ろに下がる。

「このまま病院送りにされたくなかったら、この生ゴミもってサッサと帰りな!」

睨みながら怒鳴りつけてみる。

これで素直に逃げ帰れば良いんだが、下手にプライドを持っているようなら…。

「ひぃぃ!」

一人はさっきの男を連れて逃げ出したが残りの一人が逆上して殴りかかってきた。

「このアマ!ふざけやがって!!」

「やれやれ…」

このまま避けてやっても良いのだが、後ろの彼女に当たる恐れがある。

仕方がないので半歩だけ横にずれて受け流すと、一気に懐に滑り込んで顎に掌底を叩き込む。

「ぐっ…」

倒れ込む動作に合わせて踵落としをお見舞いする。

「…!」

うめき声も出せずに気絶した。

「ふーこれで片付いたかな?」

周りを見渡してみるが、どうやら仲間は呼ばなかったらしい。

さっきから後ろが静かだったのが気になり振り向いて確認してみた。

「怪我は無かった?」

「…あっ。はい!大丈夫です!」

答えは直ぐに返ってきた。この様子じゃ大丈夫だろう。

ただ顔が少し赤くなっていたのが気になったが、大したことは無いだろう。

あれだけの騒ぎだ、多少興奮してても不思議じゃない。

「じゃあね。帰り道に気を付けるんだよ」

取りあえずそれだけ言い残して足早に去っていった。










(…すごい)

私は目の前の光景に目を奪われていた。

(あの男の人達を軽々と一蹴していくなんて…)

最初に捕まえていた人を簡単に倒してしまった事にも驚いたが、響き渡るソプラノの声が私をもっと驚かせた。

「このまま病院送りにされたくなかったら、この生ゴミもってサッサと帰りな!」

凛として、力強さを感じさせるその声に私は聴き入ってしまった。

(綺麗な声…)

残りの人達も今の声に気圧されたように後ずさっていく。

残っている内の一人は倒れている仲間を抱えながら走り去って行ったけど、もう一人の方は女性に殴りかかってきた。

(‥!あぶな―)

その時、すっと体を横にズレたかと思うと相手の男が倒れ込んできた。

(え‥!)

それに合わせて女の人も右足を高く振り上げた。

(綺麗…)

動くたびに舞う黒髪が公園のライトで煌めくように照らされる。

(踊っているみたい…)

そして振り降ろされる踵を食らって完全にKOされた男が地面に叩きつけられる。

そんな光景を観ていたら、不思議と胸の鼓動が高まっていくのが感じられた。

(なんでだろ…。この人を見ているとドキドキしてくる‥…)

しばらく呆けていたらいきなり声がかかってきた。

「怪我は無かった?」

気が付くと目の前に助けてくれた女性が立っていた。

「…あっ。はい!大丈夫です!」

慌てて応えると彼女は満足げに微笑んだ。

「じゃあね。帰り道に気を付けるんだよ」

そう言って夜道の中を一人立ち去っていった。

「あ…あの!行っちゃった…」

(カッコ良かったな…)

私は彼女が去っていった後、肝心な事に気付いた。

「あっ!名前を聞くの忘れてた」

しかし、肝心の彼女は既に闇の向こうに消えてしまっていた。

「また会えるかな?」

逃げてきた方向に向き直り帰路につくが、何となく予感がしたのだ。

「うん。きっと会える!絶対会える!」

そう思うと気持ちが軽くなっていく気がしてきた。













「あー疲れた」

疲れたとは言っても肉体的にでは無く、主に精神面で疲れたのだ。

「全く、なんで鈴桜の生徒があんな所にいるんだよ…。一応助けておいたが、暗かったし顔を見られた訳じゃ無いだろうし…たぶん」

だが、彼女が鈴桜の生徒ならば否が応でも明日出会う事になる。

「そう言えば名前を決めとかないとな。まさかそのまま名乗る訳にもいかないし」

明日は学園へ生徒として潜り込むのだ。別の名前の方が色々と好都合なのは間違いない。

「さて、何にするかな?‥‥‥ん?」

いきなり体に落ちてきた水滴を見て空を見上げた。見上げた夜空は星が見えるくらいの晴天なのに小雨が降ってきた。

「…通り雨か‥‥‥これだ!」

降ってきた雨を見てこれから名乗る偽名が思いついた。

「しぐれ…時雨未央【しぐれ みお】。これが俺‥いや私の新しい名前だ!」

俺‥いや私はもう一度空を見上げて呟いた。

「さて、これからが俺‥じぁ無い。私のショータイムだ!面白くなってきたぜ」

だが、ここで一つ重大な問題が出て来た。

「その前に言葉遣いを直さなきゃな…」

ポリポリと後ろ頭を掻きながら私は自分のボロアパートに帰って行った。

(気を引き締めて行かないと…)

私はそんな事を考えながら眠りに落ちていった。

明日が本番…、波乱の学生生活の幕開けである。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ