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Demon Busters  作者: 平安京
改訂後
23/32

(改訂版)第3話 逢魔時

 夜は魔物が活発になる時間。

 これは一般的な考え方として、誰もが疑いなく認識している事実とされている。

 単純に夜の闇が人の恐怖心を掻き立てるからという理由もあろう。だがそれ以外にも、明確に魔と定義されるものが夜には存在しているのだという。

 実際、魔物が扱う能力を研究し、人が扱える形としたもの、“魔術”の使用において、時間の概念は重要な要素の一つとされる。さらには、月と星の発する光には、魔力を活性化される効果があることも、魔術を扱う者達にとっては常識であった。

 ゆえに、より魔に近しい存在にとって活動しやすい時間帯は、夜であるとされる。

 それは間違った認識ではない。

 魔を扱うモノは、夜に活動的となる。事実である。

 しかし何故、それを深夜に限定しようとするのか。


「…東方の地では、逢魔時おうまがときと言って、昼と夜の境目である夕暮れ時にこそ魔が潜むと考えられている…らしいわね」


 誰にともなく呟きかける声は、人々が生活する場所から遠く離れた場所で発せられていた。

 地上では既に、陽は沈んでいる時間である。

 だがここからはまだ、地平線の赤く染まった姿が見られる。

 フォルモントの街を遥か下方に見下ろす上空に、彼女はいた。


「…そも、月も星も、見えないだけで常にそこにあるというのに」


 空に浮かぶ箒の上に腰掛け。

 静かにそよぐ風に、纏った黒衣と長い髪をなびかせ。

 自身の肩幅よりも広いつばと、尖った先端を持った大きな帽子を被り。

 その姿を一言で形容するならば、人はこう呼ぶであろう。

 魔女、と。


「…人の手になる光を溢れさせ、それで夜を遠ざけたつもりというのか」


 眼下に広がる街の灯りは、夜の帳が落ちた後も絶える事無く街並みを照らし続けている。

 魔術の発展により、簡易術式を封じ込めた道具が数多く開発された現代。街中に設置された魔光灯によって、人々は夜という時間に、昼に劣らぬ明るさを持ち込んだ。

 それは人々の心を豊かにしたであろう。

 人の世の発展において、大きな意味を持ったであろう。

 けれど、それが魔を退けたなどと考えるのは、驕りというものだ。


「…夜を好む魔は大けれど、別段光を厭うているわけでもなし」


 いつ何時であろうと、そこに魔が居る限り、その脅威が薄れることなどない。


「…まぁ、私にはどうでもいいことね」


 魔女は人間の心配などしない。

 ただ眼下の景色と、黄昏という時間を思い、物思いに耽ってみたまでのことだった。

 微かに細めた目で街の一点を見つめ、魔女は静かに降下していく。

 陽が落ちて尚続く街の喧騒からいくらか外れた場所。

 どれほど光を溢れさせようと、否、光を溢れさせたがゆえに、街の影にはさらなる闇が生じる。

 そんな場所に、ソレはいた。


「…探したわ」


 箒を右手に持ち直し、魔女は屋根の上にそっと降り立つ。

 視線の先、屋根の反対側の淵で背を向けて立っているのは、長身の男であった。


「…宵の口から活動とは、随分精力的だこと。お陰で見つけやすかったけれど」

「よう、魔女。出不精のてめぇがわざわざこんなところまで来るとは、ご苦労なこった」


 肩越しに振り返った男の顔立ちはそれなりに整ったものだが、口元を吊り上げて笑う様からは品性というものが感じられない。餓えたハイエナのような印象を覚える男だと魔女は思う。


「…ほんと、いらない苦労だわ。けれど、盗られた物を返してもらわないと困るのよ」

「手切れ金代わりにもらっただけだぜ」

「…勝手な言い草ね」

「ハッ、一方的に関係を切ろうとした奴の言うことかよ」

「…必要性がなくなっただけよ」

「俺様を研究したいんじゃなかったのか?」

「…あなた個人を、ではないわ。あなたという種をよ、吸血鬼」


 魔女と吸血鬼。

 共に魔に近しい者同士が、人間の街の片隅で対峙していた。


「…吸血鬼の生態はまだまだわからない部分が多い。人間達もだから、古い伝承で語られているような内容に基づいてしか対応出来ず、ゆえに後手に回っている。…そんな存在だからこそ、研究のしがいもあると思っていたのだけど」

「何なら今からでもよりを戻すか? てめぇの血を味見させるってんなら考えてやってもいいぜ」

「…血を吸われる、という感覚は興味深いけれど、前にも言ったとおり、あなたでは私の研究素材として不足よ」

「そーかい。じゃあ決裂だな、魔女ヴィオレーヌ・ノエ」

「…ええ。盗んだ物を返して、速やかに消えなさい、吸血鬼テオドール」


 短いやり取りで互いを敵と見なした両者の間に緊張が走る。

 まず動いたのは吸血鬼テオドールだった。

 背中を向けたまま跳躍したテオドールは、驚異的な身体能力を発揮して彼我の距離を一気に詰め、頭上から魔女ヴィオレーヌを強襲する。

 だがその動きは予測済みであった。


「…水の壁」


 最小の動きで魔術を発動させたヴィオレーヌの足下から、水流が壁のように立ち上る。

 行く手を阻まれたテオドールは、水の壁を蹴って後方へ下がる。


「…水の槍」


 間髪居れず次の魔術を放つ。下から上へと流れていた水の一部が中ほどから軌道を変えて、槍のような鋭い形状をして相手に襲い掛かる。


「ハッ、しゃらくせぇ!」


 テオドールは迫り来る水の槍の軌道を見切り、一部をかわし、また一部を弾きながら移動していく。水の壁を迂回しようというのか、ヴィオレーヌを中心に見立てて円を描くように横移動をしている。

 しかし並の人間ならば視認するのも困難な速度をヴィオレーヌは的確に捉え、水の槍による攻撃を繰り返す。


「…水流を苦手としているのは伝承通りなのかしら」

「さァて、どうかな!」


 相手の動きに合わせてヴィオレーヌが向きを変えると、水の壁もそれを追従して常にテオドールのいる方向に展開される。

 単純な動きで回り込むのは難しいと即座に判断したテオドールが動きを止める。

 すかさず水の槍がその場へ集中するが、テオドールはその場から動かず、拳を大きく振り被る。


「オラ…よォッ!!」


 テオドールの左胸、心臓の位置を貫こうと収束した水の槍は、拳の一振りで全て霧散した。


「こんなもんはちっと痺れる程度だ。水流で俺様を殺してェんなら津波でも起こしてみやがれ!」


 水の槍を掻き消したテオドールが真正面から襲い掛かる。

 拳が突き出される。当然水の壁によって阻まれるが、テオドールは前進をやめようとしない。

 水流に触れている皮膚から焼けたような煙が立ち上っているが、傷付いている様子はない。

 否、正確には水流はテオドールの皮膚を削っているが、傷付いて端から再生していっているのだ。

 不死の怪物と呼ばれる吸血鬼の特徴の一つが、この驚異的な再生能力である。


「こんな薄い壁で俺様の攻撃を止めきれるかよッ!」


 数秒のせめぎ合いの後、ついに水の壁を突破したテオドールの拳がヴィオレーヌの体を貫く。

 しかし拳が突き刺さってもヴィオレーヌは表情一つ変えず、テオドールはあまりの手応えの無さを訝しがる。

 すると次の瞬間、そこにいたはずのヴィオレーヌの姿が歪み、代わりにその場に生じた水流が蛇のようにテオドールの腕に絡みつく。


「何だこりゃァ!?」

「…それは水に映った幻」

「っ!」


 声はテオドールの頭上からした。

 水の壁に自らの幻を残し、箒に乗って宙に浮かび上がったヴィオレーヌは、傍らに大きな水の塊を生み出していた。


「…水で不足なら、これでどうかしら」


 ヴィオレーヌが手をかざすと、水塊は一瞬にして凍りつき、巨大な氷の槍へと変貌した。

 指揮者のように魔女がその指を振り下ろすと、氷の槍は一直線に、水流に絡まれて動きの取れないテオドール目掛けて飛んでいく。

 避ける術はないと思われたが、テオドールは獰猛な笑みを浮かべて飛来する氷塊を見据える。


「だから、しゃらくせぇってんだよ!」


 利き腕を絡め取られながらも、自由になる半身を大きく捻ったテオドールは、反対の拳を繰り出して氷の槍を打ち砕いた。

 氷の破片が飛び散り、遠くの街灯りを反射してキラキラ輝く。

 周りの破片を、絡みついた水流の拘束ごと振り払ったテオドールは依然として無傷である。


「引きこもりの魔女如きが、“尊き種族”たる俺様に勝てるとでも思ったかよ」

「…あなた如きが“尊き種族”を名乗るだなんて、程度が知れるというものね」

「口の減らねェ女だ。だがそういう威勢のいい奴の血は好物だぜ」

「…ふぅん、性格によって味が変わるものなのかしら。興味深いわね」

「てめぇも試してみるか?」

「…言ったはず。あなたには興味はないと」

「そうかよ。じゃあこっちだけで勝手に味わわせてもらうさ」


 頭上に浮かぶヴィオレーヌ目掛けてテオドールが跳び上がろうと両足に力を込める。

 その時だった。


「双方、そこまでです」


 第三者の声が響くと共に、白い光の球体がヴィオレーヌとテオドールそれぞれの周囲を囲むようにいくつも出現した。

 二人が同時に声のした方へ視線を向ける。

 そこにいたのは、白い法衣をまとった若い女だった。


「…神官?」

「ほう、こりゃまたいい女だな。何者だ?」

「それはどちらかというとこちらの台詞なのですが。ここは人間の街ですよ。あなた方のような魔に属する者が我が物顔で歩き回られては困ります」


 表情も口調も穏やかだが、神官の女からは明確に二人を非難する意思が感じ取れた。


「…私はそこの吸血鬼に用があって来ただけ。文句ならそいつに言ってちょうだい」


 ヴィオレーヌは向けられる敵意をかわすように顔を背ける。


「ハハッ、何で俺様が人間如きの顔色を窺わなくちゃならねェんだ。餌場は好きに選ばせてもらう主義だぜ」


 一方のテオドールは正面から向き合い、敵意を向け返していた。

 神官の女は小さく嘆息する。


「はぁ…仕方ないですね。私としても、あなたのような輩には配慮をする必要性も感じませんし」

「あァん?」

「いえ、こちらの話です。まずは速やかに任務を遂行するとしましょう」

「俺様とやりあうつもりか、女?」

「いいえ。あなたの相手は――」


 女の言葉が終わらない内に、反対側の屋根の上に新たな気配が生じた。

 それも、その場にいた誰もが振り返らずにはいられないほどの強い闘気であった。

 白銀の鎧を身に纏い、赤いマントをなびかせ、腰に長剣を佩いた姿は騎士そのもの。鎧に刻まれた紋章は、この国に住む人間ならば誰もが知る意匠をこらしたものである。


「…帝国の聖騎士」


 ヴィオレーヌの呟きに、テオドールも幾分引き締めた表情で現れた騎士姿の男を睨みつける。


「てめぇは…」

「魔物風情に名乗る名はないと言いたいところだが、せめてもの情けに、貴様を屠る者の名を心に刻ませてやろう」


 鋭い視線で眼前の敵を見据えながら、騎士は腰に佩いた剣を抜く。


「神聖ルヴェリエ帝国、第一騎士団所属、第八位の聖騎士、ユリウス・ブランシェ」


 剣を切っ先が向けられると、離れた場所に浮かぶヴィオレーヌすら思わず身震いがするほどの重圧が感じ取れた。

 たったそれだけで、聖騎士という存在が噂に違わぬ実力を備えた者であることが窺い知れた。

 しかしそんな重圧を受けても、テオドールは余裕の体を崩していなかった。


「ほう、噂に名高い聖騎士とやらか」

「そうだ。貴様のような、悪しき存在を断つ剣だ」

「ハッ、大層な御託だなァ、おい」


 テオドールの放つ眼光が鋭さを増し、その全身から聖騎士ユリウスと同等か、それ以上の重圧が周囲に向かって放たれる。

 ヴィオレーヌと神官の女はそれを受けて僅かに身を引いたが、正面から重圧をぶつけられたユリウスは微動だにしない。

 強大な闘気と殺気が空中でぶつかり合い、火花を散らす。


(…面倒なことになったわね)


 状況を見据えながら、ヴィオレーヌは苦い気持ちでどうしたものかと思案する。

 聖騎士と敵対するのは好ましい展開ではない。全力で当たれば負けることはないという自信はあるが、今は事情により切り札を所持していない状態であり、戦えば相当な不利は否めない。それによって得られるものは労力に見合わない。

 かといって、ここでただ逃げたのでは本来の目的も果たせない。どうするべきか思い悩んでいると、その本来の目的である対象が動いた。


「ハッ!」


 一瞬、相手に向かって飛びかかろうかという動きを見せたテオドール。

 それを受けようとユリウスも両手を剣の柄にかけて身構えたが、予想に反してテオドールは振り被った拳を足下に向かって繰り出した。

 拳は屋根瓦を砕き、建物の支柱までも破壊した。

 崩落に自ら巻き込まれるように、テオドールは飛び降りていった。


「貴様…!」

「三人相手とはさすがの俺様も分が悪い。ここは退かせてもらうぜ」

「逃がすと思うか!」


 後を追ってユリウスも屋根から飛び降りる。

 建物の中は幸い無人だったようで、崩落に巻き込まれた人間はいなかった。

 地面に降り立ったところで、相手の背中を捉えた。


「吸血鬼!」

「おっと」


 神速の踏み込みから両手で持った剣を振り下ろす。

 肉を切り裂く手応えを感じ取ったユリウスだったが、すぐに顔をしかめた。

 彼が斬ったのは狙っていた吸血鬼ではなく、両者の間に割って入った別の存在だった。


「これはっ!?」


 ユリウスが斬ったもの、それは死体だった。

 だが死体が唐突に目の前に現れ、しかも斬られて尚行く手を阻もうと動きを見せるはずがない。

 即ちそれは、動く死体。


「グールか!」

「ご名答。吸い尽くした残りカスだが、足止め程度にゃ十分だろう」

「貴様…死者を愚弄する真似を…」

「ハッ、知るかよ」


 テオドールがスッと手を挙げると、さらに何体ものグールが現れ、ユリウスを取り囲む。


「じゃあな、騎士様よ。また会うことがあったらそん時ゃ遊んでやるよ」


 背中越しに嘲笑を投げかけながら、テオドールはその場から立ち去っていく。

 ユリウスは即座に追撃しようとするが、折り重なるように向かってきたグールによって動きを封じられる。


「くっ…邪魔だ!」


 剣を一閃させ、群がるグールを薙ぎ斬る。


「すまんな」


 元々は街の住人であったであろう者達に詫びの言葉を投げかける。

 改めて追おうと踏み出しかけた足が止まる。

 行く手の道には、さらに何体ものグールが集まってきていた。


「奴め…一体どれほどの数の犠牲を…!」


 想定していたよりも多くの犠牲者がいることに、清廉な騎士は憤りを覚える。


「断じて許さんぞ、吸血鬼!」


 しかし怒りを露にしてみたところで、敵として立ちはだかるグール達が消え去るわけではない。

 一体一体の強さはユリウスにとって物の数ではないが、これだけの数がいては標的に十分な逃げる時間を与えてしまうだろう。

 それでも追撃の手を緩めるわけにはいかない。

 ユリウスは怒りを内に秘め、速やかに任務を続行するべく、剣を構えてグールの群れへ向かっていった。






 一方、テオドールが逃げる体勢に入った時から、ヴィオレーヌは先の展開を見越しての行動を開始していた。

 その場に留まって騎士達に捕まるのを裂けたかったのが理由の一つ。

 後の一つは、テオドールの逃走した方向へ先回りするためだった。

 互いに利用しあうだけの間柄ではあったが、両者はしばらく行動を共にしていた。ゆえに行動パターンもある程度は予測出来る。


(…たぶんあれは、グールを使って聖騎士の足止めを図るはず。なら、次に接触してから少しの間は介入を防げる。その隙に、今度は早々に始末をつける)


 微かな気配を辿って、ヴィオレーヌは箒に乗って建物の合間を飛ぶ。

 吸血鬼は様々な能力を持った種族だが、中でも得意とする術の一つに、幻惑魔術がある。それによって気配を絶って得物に近付き、また狩りの痕跡を残さずに姿を消す。その神出鬼没さが、吸血鬼の恐ろしさの一つだった。

 今もテオドールは自らの気配を消しながら移動しているため、放っておけばすぐに見失ってしまう。

 しかし今は、ヴィオレーヌから受けた攻撃により、彼女の魔力が染み付いている状態にある。自らの魔力であれば、多少薄れていても追跡可能だった。


(…逃がさない……?)


 そこで思わぬ事態が起こった。

 痕跡を消しながら逃走中だったはずの相手の気配が当然膨れ上がり、反転して彼女の方へ向かってきたのだ。

 意外な行動に、ヴィオレーヌは面食らってその場に停止する。


(…何のつもり?)


 行動自体もおかしければ、何か気配の移ろい方に違和感を覚えた。

 だが気配の主は着実に近付いてきている。


「…決着をつけていこうということ? いいでしょう」


 違和感を振り払ったヴィオレーヌは、最大火力の一撃を放つべく魔力を練り上げる。

 今度はもう余計な会話は挟まず、出会い頭の一撃で即座に決着をつけるつもりだった。


(…接触まで、後5秒…4…)


 建物の影に隠れ、接近してくる相手の動きに神経を集中させる。


(…3…2…1…!)


 機先を制するべく、最後は自分から飛び出し、相手を視認すると同時に魔術を解き放った。


「…天照らす炎撃!」


 ヴィオレーヌの手にある時は拳大程度の大きさだった火種は、一瞬にして身の丈を上回る大火球へと膨れ上がり、対象を飲んで爆発した。

 完全に回避不能なタイミングだった。間違いなく命中した。

 水流による攻撃では致命傷を与えることは適わなかったが、今度は吸血鬼がもっとも苦手とする太陽の力を収束させた炎の魔術である。確実に効果はあるはずだった。倒せないまでも、相当のダメージを与えられるはずだ。

 爆発の余波で吹き荒れる熱風から身を守りながら、ヴィオレーヌは相手の様子を探る。

 立ち込める煙の中心に蠢く存在を感じ取った時だった。

 ヴンッと空気が激しく振動したかと思うと、煙と熱風がもろともに切り裂かれ、霧散した。


「なっ――!?」


 間髪いれず、竜巻にでも飲まれたかのような衝撃がヴィオレーヌの全身を襲った。

 実際に凄まじい突風による攻撃を受けたのだと気付いた時には、彼女の身は遥か上空まで吹き飛ばされていた。

 だが吹き飛ばされたことよりもヴィオレーヌを困惑させたのは、煙が霧散した瞬間に垣間見えた相手の姿だった。

 おぼろげながら見て取れたそれは、追っていた相手のものではなかった。

 彼女は確かに、吸血鬼の気配を感じ取っていたはずだった。にもかかわらず、そこにいたのはテオドールではなかった。


(…いったい、今のは…?)


 そこで、ヴィオレーヌの意識は途切れた。





 何事もなくアンジェリーナを家まで送り届けた帰り道、突如として響いた爆発音にエリスは驚き、様子を見ようとその場へと駆けつけた。


「確か、この辺りだった気がするけど…」


 しかし、あれだけ激しい音がしたわりに、周囲のどこにも崩れたり、火事になったりしている場所はなかった。

 ただ少しだけ、焦げた匂いが立ち込めているような気がした。けれどそれも、風に乗ってすぐに霧散してしまった。

 ふと、その風が吹いた方向が気になってそちらに目を向ける。

 すると視線の先の路地から歩み出てくる人影を見つけることが出来た。


「けほっ、けほっ…もー、何だったのよさっきのは」


 その人影を見た途端、エリスの脳裏に浮かび上がるものがあった。


「珍しいのがいるから声かけようと思っただけなのにいきなり攻撃してくるって何なの? びっくりしてつい思い切り反撃しちゃったじゃない…生きてるかな、あの子……ん?」


 目が合った。

 それで完全に思い出した。


「あ、あなた…!」

「はぇ?」


 そこにいたのは、夕暮れ時に一瞬だけ見た、紅い眼の少女だった。

 改訂前は第2章からの登場だったヴィオレーヌが前倒しで登場する回でした。前はほとんど出番のなかったユリウスとフェリエにも、改訂版では少しだけ見せ場を作っています。次回はようやくもう一人のヒロインの出番です。

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