(改訂版)第1話 吸血鬼の噂
長いこと停止していて久々の更新ですが、続きではないのです…。続きもある程度書き進めてはいたのですが、ちょっと思い切って書き直してみたいなと思った結果、大幅改訂をすることにしました。
ストーリー的にはあまり変わっていませんが、主にヒロインコンビの設定を見直したり、第2章から登場するはずのキャラを一部前倒しで登場させたりしていたら、第1話はそんなに変わっていないけれど、第3話以降なんかはほとんど丸ごと書き直してます。特に吸血姫ちゃんは名前から出自に関する設定までほとんど変えているので、彼女の登場シーンは特に変更が多い。性格はあまり変わっていない、たぶん。第3話のラストから第4話にかけて登場します(新しくなった名前が明かされるのは6話になってからですが…)。
現在改訂作業は7割程度終わっているので、順次上げていきたいと思います。今月中には改訂パートを終わらせて、さらにその先へ進めていきたいと思いますので、お付き合いいただけたら幸いです。
とりあえず、あんまり変わっていない第1話です。数日中にさらに数話上げたいと思います。
今からおよそ800年前――
強大な力を持った魔王が、無数の魔物を率いて人間の国々を侵略しようとした。
いくつもの国が戦火に焼かれ、多くの人々が無慈悲に殺されていった。
やがて人間の国々は団結し、魔軍の侵略に対抗するようになった。
後に人魔大戦と呼ばれることとなるこの戦いは熾烈を極め、それから100年の長きに渡って続くこととなった。
700年前。
硬直状態に陥っていた人と魔の戦いに一石を投じる者達が現れる。
彼らの名は、デモンバスターズ。
どこからやってきて、何を目的としているのか誰も知らない謎の集団。
ただ一つ確かだったのは、その圧倒的なまでの強さだった。
一人が万の軍勢に匹敵すると言わしめた彼らの登場によって戦局は一変した。
魔軍を敵と見なす彼らの活躍によって、戦いの趨勢は人間側へと傾いていった。
そしてついに魔王は討たれ、人魔大戦は終結した。
戦いが終わった後、デモンバスターズの姿を見た者はいない。
まるで戦うためだけに世に現れたかのような集団は、伝説だけを残して忽然と姿を消した。
人間の国はその後、幾度かの内乱によっていくつかに分裂こそしたものの、大きな戦乱に至ることはなく、平和な時代が長く続くこととなった。
いつしか人々の記憶から、彼らの存在も失われていった。
しかし、魔軍との戦いにおける最前線の地であり、戦後大陸における最大国家として君臨することとなった神聖ルヴェリエ帝国には、ある伝承が残っていた。
大戦の遺産。
そう呼ばれるものが、国の各地に眠っているという話である。
それは、戦いにおいて使用された伝説の武具であるとも、戦いの中で編み出した強力な魔法や技術を記した秘伝書であるとも、また人間との戦いで敗れて封印された魔物であるとも言われている。
そしてその中には、彼らデモンバスターズが遺したとされるものもあるという。
今となってはルーツも不確かな伝承と成り果てているが、ルヴェリエ帝国には時折、そうした伝承に惹かれてやってくる者達がいた。
「吸血鬼って知ってるか?」
ここはルヴェリエ帝国の東南部、アンベルン州の州都フォルモントの第五区にある食堂である。
第五区は交易が盛んな西街道へ繋がる門に面した区画で、首都を訪れた旅人や交易商人などが逗留する宿が建ち並び、また彼らが利用するための食堂や店なども多数見受けられた。
「はぁ?」
エリス・ブランシェは、その食堂で給仕として働く16才の少女だ。
兄が国内外に名を轟かせる有名人であり、また本人も巷で評判の美少女である事から、店では看板娘のような扱いをされている。それゆえに口説こうとしてくる男性客も多いのだが、今日の客はどこかいつもの客とは毛色が違っているようだった。
「吸血鬼、ですか?」
首を傾げる。
「ああ、知ってるか?」
男は旅の傭兵といった風体をしており、腰帯にはこの辺りでは珍しい反りのある刀を差している。
長めの髪を頭の後ろで無造作に束ね、前髪も伸び放題にしたざんばら髪状態で分りにくいが、よく見ればなかなか人目を惹きそうな美丈夫である。
だが放っている雰囲気は虎か獅子を思わせ、普通の人間からすると近寄り難い感じだった。
その点エリスは物怖じしない性格なので、構わず話をしていた。
「知ってるか、と聞かれましても、どう答えたらいいかわかりませんよ」
「そんなにおかしな質問だったか?」
「あまり女の子に振る話題じゃないとは思います」
「そうか? 結構ノってきてくれそうな相手だと思ったんだがな」
「見当違いですよ、それ」
「まぁ、適当でもいいから答えろよ。知ってるか? 吸血鬼」
しつこく聞いてくる男に嘆息しつつ、エリスは店内を見渡す。
だが残念なことに、客席はどこもそれぞれで盛り上がっており、店員であるエリスを必要としている席は一つもなかった。
逃げる口実を見つけられなかったエリスは、もう一つ深いため息を吐き、仕方なく少しだけ話に付き合うことにした。
「そうですね……とりあえず、吸血鬼の話って言ったら三つほどありますよ。一般的な吸血鬼の話、都市伝説の吸血鬼、そして今話題の吸血鬼事件」
「じゃ、順番にいってみようか。まずは一般的な吸血鬼ってのはどんなだ?」
問われてエリスはしばし黙考する。
思い描くのは、おとぎ話などに出てくる怪物の姿だ。
「夜の王、不死の怪物、人間の天敵。人の生き血を吸う、もっとも恐れられている魔物の一つで、とても大きな力を持っていると言われている。反面、太陽の光や流れる水を苦手としている。そんな感じですね」
「なるほどな。どこの国でもイメージとしちゃ似たようなものだったな」
「こんなありきたりな話が聞きたかったんですか?」
「いいや、今のは単なる前提の確認だよ」
そうであろう、とエリスは内心思う。そもそも聞き返さなくとも、最初から男の聞きたい内容が、この街特有の吸血鬼の話である事は容易に予測出来ていた事だ。ただそれは、あまり声を大にして余所から来た人間に語り聞かせるようなものではない。
あまり気持ちの良い話ではないだろう、この街に吸血鬼がいるなどという話は。
「この街には、吸血鬼がいるんだろう?」
「さっきもちらっと言いましたけど、ただの都市伝説です」
誰が広め始めた話なのか定かではない。
しかし古くから、フォルモントでは吸血鬼に関する噂が多く流れていた。
かつての大戦で人間と敵対してこの地に封じられた魔物だとか、逆に人間に味方した良い魔物だったものが住み着いているだとか、いずれにせよ、帝国各地に見られる大戦の遺産と呼ばれる伝承の一つとしても知られている。
そしてこの男のように、時折その伝承を求めて訪れる人もいた。
「確かにそんな話をする人は多いですけど、実際にそれを見たっていう人は一人もいないんです。話だってみんな、誰かが言ってた、知り合いの知り合いに聞いた、とかそんなのばかりなんですから」
「だが火の無い所に煙は立たんと言うだろう」
「この都市が出来てもう700年近くですよ? 帝国内で一番古い街の一つです。その長い歴史の中で、一度も目撃された事のないものが実在するとでも?」
「逆に言えば、それほど長い間語り継がれてきた話って事だろう。長いと言えばあれはどうなんだ? 何とか宮とかいう」
「琥珀宮ですか?」
「それだ」
「あれはただの観光名所です」
琥珀宮とは、都市の第一区と第二区の間に造られた宮殿の名称である。
大戦直後、この街が出来た頃からある少し変わった建造物であり、そここそが大戦の遺産が眠る場所であるという話も確かにあるが、許可されあれば一般人でも立ち入れる場所であり、そんな大事なものが隠されているとは思えなかった。
「中に古い棺が置いてあるとか、ないのか? まだ眠ってるとかなら目撃談がないのもおかしくないぞ」
「探した人がいるみたいですけど、そんなものが見つかったとは聞いてませんよ」
「実は眠っていた吸血鬼はとっくに目覚めているが、帝国の秘密部隊が秘密裏に処理している、なんて線はどうだ?」
「それを調べようと兵舎に忍び込んで衛兵に追い掛け回されたのは、はて何年前だったかしら」
「諦めんのが早いな。若いのに夢のない嬢ちゃんだ」
「事この話に関してだけは」
吸血鬼伝承は子供の頃から散々聞いてきた話である。
昔はそれに情熱を傾けた時期もあったが、いつしかそれも薄れてしまった。
「しかしそうなると、だ」
男はそこで一旦言葉を区切り、声のトーンを少し下げて続けた。
「今噂の吸血鬼事件については、どう思ってるんだ?」
「……」
やはり最終的にはそこに行き着くのだろうとエリスは思った。
無駄に話し込んだ感じがするが、どうやら男にとっての本題はこれのようだった。
今現在、この街でもっともホットな噂話である。
「ここ一ヶ月ほどの間に、街で謎の死者や行方不明者が多数確認されている。そして偶然発見されたいくつかの遺体には、何かに噛み付かれたような痕があった。そんな事件が立て続けに起こったものだから、都市伝説の吸血鬼がついに現れた、なんて噂が街中で流れてるそうじゃないか」
「随分詳しいですね」
「ここに来る前に、フォルモントに立ち寄ったっていう商人から話を聞いてきたからな」
「だったら、わざわざ改めて聞く事はないじゃないですか」
「色んな人間の見解を聞いてみたいじゃないか。特にこの街で生まれ育った人間の、な」
「残念ながら、今あなたが言った以上の話は私も知りませんよ。確かに、今回の事件と都市伝説の吸血鬼との関連付けようとする人はたくさんいるみたいですけど、警備隊は連続殺人事件として捜査してるみたいですし」
「ほう、そいつは初耳だな。詳しいな嬢ちゃん」
「…まぁ、兄がその辺りに近い職に就いてますので」
実際には少し違うが、そうした情報を得られる立場にいるという意味では間違っていない。直接兄から話を聞いたわけではないが、身内ということで一般人よりは多少深く事情に精通していた。
だがあくまで小耳に挟んだ程度の話で、本当にこれ以上の話はまったく知らない。
「話せる事はそれくらいです。ご期待に添えなくてすみませんね」
「いいや、十分有意義な話だったさ。要するに吸血鬼なんて本気で信じてる人間はこの街にはいない、って事だろう」
「ええ、そうね。吸血鬼なんておとぎ話の中の怪物。ドラゴンとかクラーケンとか巨人族とかと一緒で、誰も見た事なんてないのよ」
「ドラゴンならあるぞ」
「はい?」
「ドラゴンには会った事がある。ついでに戦って、倒してきた」
「……」
エリスは唖然として立ち尽くす。
男が何を言っているのか理解が及ばず、男の顔をまじまじと見つめる。
冗談を言っている風には見えなかった。
「………」
たっぷり時間を掛けて溜めた息を吐き出し、男の眼前のテーブルに並ぶものを見て、呆れ顔をする。
「お客さん、昼間っから飲み過ぎじゃないですか?」
テーブルの上には、既に空になった酒瓶が5本も置いてあり、男は6本目の瓶から手にした杯に酒を注いでいる。
「酔っ払いの与太話だと思ったか?」
「ええ」
その時、別のテーブルから注文の声が上がった。
「私、もう行きますね」
「おう、なかなか楽しい話が出来たよ、嬢ちゃん。俺はヒョウウだ。良かったら覚えておいてくれ」
「はいはい、ごゆっくりどうぞ、ヒョウウさん」
夕方になると、エリスは仕事を終える。
店としてはこれからが混む時間帯であるが、物騒な客も増える事もあり、またいくら賑やかで治安の良い街とは言っても未成年を暗くなるまで働かせるのは良くないという店主の意向により、エリスの勤務時間は日没前には終了する決まりとなっていた。
帰りがけにちらっと店内を覗き込むと先ほどの男、ヒョウウが10本目の酒瓶を頼む姿が見えた。
(まだ飲むの、あの人?)
内心でツッコミを入れつつ、またおかしな話に付き合わされては御免なので、エリスは見つからないようにさっさと店を後にした。
日没になれば街の門は閉じられ、夜間に外の街道との行き来は出来なくなるが、街の中はまだまだ賑やかな時間帯である。
エリスは夕食の食材を買ってから帰ろうと、商店が建ち並ぶ通りを目指した。
そこで、不意に声を掛けられた。
「あ、エリスだ。おーい」
「む」
声の主は聞いただけですぐにわかった。ただ問題は聞こえた方向だった。
その声は、頭上からかけられたものだった。
見上げると、大きな街路樹の枝に見知った顔を見つけた。
「アンジェ…」
木の枝に腰掛けている少女は、アンジェリーナ・マーティン。エリスの幼馴染であり、特に親しい友人である。
「何してるのよ?」
「いい眺めだよー。エリスも来る?」
「それはいいけど、そんな場所にいる理由が知りたいんだけど」
「あのねー、猫さんがいたの」
「あー…つまりいつもの、猫を助けたつもりが自分が降りられなくなった、って状態なわけね」
彼女にとってはよくある話だった。
アンジェリーナは一見大人しいよう見えて実は行動派で、困っている人を見るとすぐに助け、気になるものを見つけると後先考えずに突撃する、そんな少女であり、エリスはいつもそれに振り回されている。主に無茶をした彼女をフォローする役割として。
「ううん、猫さんは普通にお昼寝してただけ」
「ん? じゃあ何であなたはそこにいるのよ?」
「気持ち良さそうだったから、一緒したいなー、って思って」
「ああ、そう…。で、その猫はどこに?」
「お腹空いたんじゃないかな? ご飯の時間になったら帰って行ったよ」
「それは良かったわね。じゃ、私もお腹空いたから帰るわ」
「あー、待って待って」
歩き出そうとしたエリスを、アンジェリーナはのんびりした口調で再度呼び止める。
エリスは呆れ顔でもう一度頭上を振り仰ぐ。
「何?」
言いたいことはわかっているが、あえて尋ねる。
「さっき言ってたの、後半は正解。降りられないの」
「はぁ。結局いつも通りじゃないの」
こういう娘である。
エリスはさっと目の前の木を見渡す。それなりに大きな木で、アンジェリーナが腰掛けている中ほどの枝でも家の二階くらいの高さにあった。よく登ったものだと感心する。
手ごろな枝を見繕うと、エリスは膝を曲げて深く沈み込み、伸ばす勢いで跳び上がった。枝に両手で捕まり、半分ほどまで体を持ち上げたところで逆上がりの要領で体を反転させ、枝の上に乗る。
その後は一つ二つと太い枝を経由して行って、ものの数秒でアンジェリーナのいる所まで辿り着いた。
「えへへ、いらっしゃいー、エリス」
「はいはい、来たわよ」
「ほら見て、いい眺め」
上までやってきたエリスを、アンジェリーナの笑顔と、夕暮れに染まった町並みの景色が出迎える。確かに悪くない眺めではあった。
けれど、もう陽も沈むところだった。
大通り沿いには街灯が設けられており、暗くなってからそれらが点灯した際の景色も綺麗だが、あまり暗くなると帰り道で困る。
「ほら、もういいからさっさと降りるわよ」
「うん」
エリスが手を差し出し、アンジェリーナがそれを取った。
掴んだ手を引きながら足下の枝を蹴る。
空中でアンジェリーナの身体を抱き寄せて、エリスは一息に地面まで降りた。
二人分の体重があるにも関わらず、着地は非常に柔らかだった。
「~~♪」
「……」
ご満悦の様子でエリスの首に手を回し、所謂お姫様抱っこをされているアンジェリーナを見やり、エリスはそのまま手を離した。
当然重力に従い、アンジェリーナはお尻から地面に落ちた。
「痛っ、うー…エリスひどい…」
「ひどいものですか。あなた、私が通りかからなかったらどうするつもりだったのよ?」
「えー、でもエリスは来てくれたよ?」
「偶々でしょう」
そう、本当に偶々である。その偶々がいつも起こるのが、アンジェリーナという少女なのだが。
妙に運が良いというか、無茶をしているのに致命的な事故を起こした事は無かった。
何か、幸運の女神のようなものに愛されているとしか思えない。
かといって、そればかりをアテにしてこの先もずっとやっていくようなら、この親友の将来に多少の不安を覚える。
「いつも私が助けてあげられるわけじゃないんだから、少しは落ち着く事を覚えなさい」
「はーい」
返事は良いが、本当にわかっているのかどうか。
「まぁ、いいわ。さ、帰るわよ」
「うん。ねぇねぇ、今日ご飯食べに行っていい?」
「いいけど、食材の買出ししていくから、手伝いなさいよ」
「もちろん♪」
連れ立って商店街へ向かう。
子供の頃からの付き合いがあり、共に家族が仕事で家を空けていることが多い二人は、一緒に食事をすることも多い。
ちなみにエリスは普通に料理が出来るが、アンジェリーナの料理の腕は卵が茹でられる程度のレベルである。その代わりアンジェリーナは、食材の良し悪しを見分けるのが得意だった。だから一緒に食事をする時は、アンジェリーナが食材を選び、エリスが調理するという役割分担が自然と成されていた。
「あ! 見て見てエリス。トマト、おいしそう!」
「そうね」
店頭に並んでいる真っ赤なトマトを手にとって掲げるアンジェリーナ。そのトマトの赤色を見て、ふとエリスは先ほどの食堂での話を思い出していた。血と同じ赤色が吸血鬼を連想させたようだ。
(我ながら安直な発想だわ)
つまらない考えを振り払おうと視線を逸らす。
その時、視界に何か、別の“赤”が過ぎった。
「?」
それは人影だったような気がした。
ほんの一瞬の出来事だったためはっきりその姿を捉える事は出来なかったが、一点だけ強く印象に残っていた。
(紅い…目?)
気になって周囲を見渡してみたが、それらしい人影は見つからなかった。
「…気のせい?」
「エリスー、どうしたの?」
「何でもないわ、今行く」
単に直前に見たトマトのイメージが残っていただけだろうと思う事にして、エリスは先を行くアンジェリーナの下へ小走りで向かっていった。
最初に目にした時は妙に強い印象を覚えたはずだったが、不思議とそれ以上そのことを気に掛けることはなかった。




