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Demon Busters  作者: 平安京
改訂前
16/32

第15話 静かな変化

「………」


 お昼時の忙しさが収まり、いくらか暇になったエリスは、通りがかったテーブルにいる男と目が合って眉を顰めた。


「…今日もよく飲みますね」

「まぁ、日々飲むか剣を振ってるかのどっちかだからな」


 その男、豹雨は杯に注ぎ切れなかった分を瓶から直接飲み干し、既に大量に積まれた山にさらに一本加えた。


「剣を振る目的がなけりゃ、こうして飲んでる以外にすることはねぇってことさ」

「中毒者ですね」

「こっちの方が楽しくなると、飲まなくなるんだがな」


 杯を持ってない方の手で、椅子の背に立てかけてある刀の柄を叩いてみせる。

 そうしている間も、片時もエリスから目を離そうとしない。

 この数日間、ずっとそうだった。

 あの戦いがあった夜から一日休みを挟んで職場へやってくると、豹雨は何食わぬ顔ですっかり定位置と化しているテーブルについて酒を飲んでいた。そしてその日以来ずっと、エリスが酒場にいる間中、豹雨の視線はエリスに釘付けになっていた。

 じっと見ているわけではない。

 他の人間には、この男がエリスを見ていることにも気付かないかもしれない。

 ただ、視線を向けられているエリス自身にはわかった。

 見られている。

 観察しているわけでも、何かを伝えようと目線を送っているわけでもなく、ただ見ている。

 エリス自身にはあまり自覚はないが、酒場の看板娘と言われるくらい町で評判の美少女である彼女に注目している人間は多い。特にこんな場所である、好色な目で見てくる男達はいくらでもいるが、そうした視線は特に気にならない。言い寄ってくる相手は適当にいなしているし、しつこく付きまとってくる相手は叩きのめしている。

 豹雨の視線は、そうした男達のものとはまったく違っていた。

 まとわりつくような不快感があるわけでもなく、忙しさに没頭している間はともすれば忘れてしまいそうにもなるのだが、気がつくとやはり、その視線を感じる。


「言っておきますけど、嫌ですよ」

「まだ何も言ってないんだがな」

「それだけ目で語っておいてよく言う」

「それがわかるくらい気にしてくれてるってのは、俺としては嬉しいところだな」

「っ!」


 思わず叫びそうになるのをぐっと堪える。


(落ち着け落ち着け、激昂したら負け)


 言い寄ってくる男をあしらうことには慣れているつもりだったが、今までに会ったことがないタイプであるこの男の言動には戸惑いを覚えさせられる。

 あの夜に見せた挑みかかるような視線が思い出される。今の目もそれに近い。

 豹雨はエリスと剣を交えたがっている。エリスとしては御免被りたい話だった。

 だから先日の一件以降は忙しさにかこつけてほとんど言葉を交わさないようにしてきた。

 ところが今日はちょうど客足が途切れたタイミングで目が合ってしまった。

 無視してしまっても良かったのだろうが、いい加減一方的に見られ続ける状況に辟易してきた面もあり、思わず声をかけてしまったのだ。


「…もしかして、根に持ってるんですか?」

「何をだ?」

「だから……」


 エリスは口ごもった。

 豹雨がエリスを見る目が変わった原因が、あの夜の出来事であるのは間違いない。

 あの時、豹雨は手負いの吸血鬼を逃がそうとした。逃がして、力を回復させた上で改めて戦うつもりでいた。

 ところが、それをエリスが阻んだ。一度は取り逃がしたが、その後追っていって、最終的にはエリスの手で吸血鬼を倒すに至った。

 結果として、豹雨の目論見をエリスが潰した形となっていた。

 しかし表向きには、吸血鬼を退治したのは教会の人間ということになっている。

 だからその事についてあまり深く掘り下げて話をするわけにもいかない。


「だいたい、もう吸血鬼はいないのに、いつまでこの町にいるつもりなんですか?」

「冷たいことを言うなよ。酒が美味いからに決まってるじゃねぇか」

「それはどうも。店長に言っておきますね」

「ああ、そうしてくれ」


 中身のない会話をしている。

 お互い言いたいことは他にあるのに、どちらからも核心に触れようとしない。

 そんなもどかしい空気の中、けれど自分から先にそれを切り出そうとも思わず、結局何も話が進展しないままに終わる。

 久々にまともに言葉を交わしてみても、状況が変わる見込みはなさそうだった。


「っと、もう無いんだったな。もう一本持ってきてくれや、エリス」

「はいはい」


 踵を返して厨房へ向かう。

 その途中でふと違和感を覚えた。


(あれ? 今あいつ、わたしのこと名前で…)


 やはりあの日以来、彼の自分に対する認識が変わったのは間違いないようだ。

 だからどうしようというわけではないが。

 新しい酒瓶を持って行くと、再び豹雨は飲むことに集中しだした。

 相変わらず目線はエリスの姿を追っていたが、気にしないようにした。

 その内また客が入りだして、豹雨に構っている暇も無くなった。


「すまない、そこの店員」

「はい?」


 丁度入り口付近を通りかかった時、新しく入ってきた客に呼び止められた。

 旅人風の姿をした若い男である。格好ゆえにわかりにくいが、よく見ればかなり整った顔立ちをしており、身だしなみを整えれば貴族でも通りそうな青年だった。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「人を探しているのだが。獣っぽい風体で刀を持っていて、一日中酒を飲んでいる男を見かけたことはないか?」

「それってもしかしてあれ…こほん、あちらのお客様でしょうか?」


 思い切り心当たりのある特徴だった。

 エリスが店内の端の席を指し示すと、青年は頷いた。


「ああ、あの男だ。助かった、感謝する」

「いいえ。ご案内しますね」

「いや、結構。お気遣いは無用だ」


 案内しようとするエリスを手で制し、軽く会釈をすると青年は店の奥へと歩いていった。

 親しげな様子で声をかけながら青年が向かいの席に座ると、豹雨の方も杯を持ち上げて応じていた。

 特に聞き耳を立てていたわけではないが、耳のいいエリスは店内の喧騒の中であっても一人一人の会話を聞き取ることが出来る。

 何となく気になったので、他のテーブルで接客をしながら少しだけ彼らのテーブルの方へ耳を傾けた。




「やはりこの町にいたな」

「大して派手なことはしてないんだが、よくわかったな?」

「吸血鬼が出たという噂を聞いた。おまえの興味を引きそうな話じゃないか。どうだったんだ?」

「まぁ、それなりにおもしろくはあったな。そっちはどうした? わざわざ直に出向いてくるとは」

「実は仕事を頼みたい」

「だろうとは思ったが、楽しめそうな話か?」

「残念ながらおまえの期待には添えそうにないが、あまり人手を割きたくはないんだ。少人数で確実にやるためにも、おまえの力を借りたい」

「そうか。まぁいいさ、渡りに船だ。丁度手持ちがなくなって今日の飲み代をどうするか考えてたところだ」




 思わずこけかけたエリスが胸の内で「お金ないんかい!」とツッコミを入れる。声には出さず、運んでいる最中の料理もこぼさなかったのは日頃からの仕事意識の賜物だった。

 しかし本当にあの男、今日の代金をどうするつもりだったのか。

 下手をしたら食い逃げ犯として捕まえる必要があったかもしれなかった。


(はっ、まさかそれが狙いだったんじゃ…!?)


 いや、そんな策略を用いるタイプではあるまい。おそらくはただの天然だ。

 こんなくだらない事情であの男と対決する羽目にならずに済んで、青年の方には感謝であった。




「なら仕事中の飲み代はこちらで持とう。詳しい話はまた後でな」

「了解だ。ところで……」




 そこで聞こえてくる言葉が途切れる。

 気になって振り返ると、こちらを見ている豹雨と目が合って、エリスはしまったと思った。話を聞いていたことに気付かれたかもしれない。

 別にやましいところなどないのだが、何となく気まずい。かといって急に目を反らすのもわざとらしいのでどうしようかと思っていると、先に豹雨の方から視線を外した。その視線が向かった先を追うようにエリスもそちらに目を向けると、店の入り口に一人の女が立っていた。

 顔を見て笑みを浮かべてみせたのは、レティシアだった。


「エリスー、もうすぐ終わりだよね。迎えに来たわよー」

「来なくていいってば…」


 最近では毎日、こうして勤務時間が終わる頃になると彼女が迎えに来る。エリスとしてはあまり目立つ行動はしてほしくないと言っているのだが、レティシアは大丈夫と言って聞かない。そして不思議なことに、懸念しているような注目を集めることはまったくなかった。

 これも吸血鬼が持つ能力の一つだという。

 周囲にいる人間の意識を反らし、そこにいながらにして、そこにはいないように思わせる。それによって確かにそこにいるのに、周りからはまるで誰もいないよう感じられるようにしているらしい。

 実際今も、あれほど目立つ容姿をしていながら、店内にいる人間は誰一人レティシアが入ってきたことに気付いていなかった。


(…あれ、でも今…)


 エリスは豹雨の視線を追うことでレティシアのいる方を向いた。それはつまり、あの男にも彼女が見えていたということではないだろうか。

 目を向けると、豹雨だけでなく、その向かいに座っている青年も振り返ってエリスとレティシアの方を見ていたような気がした。ほんの一瞬のことで、すぐ後にはもう二人は向き合って話をしていた。

 耳を傾けてみても他愛ない話しかもうしていなかったが、一瞬向けられていた視線が、少しだけ気になった。




「あれは、誰?」

「さぁ、わたしも知らない」


 帰り道。

 あの二人の視線にはレティシアも気付いていたようで、道すがら尋ねてきた。

 だがエリスが答えると、すぐに興味を失ったようだ。


「ねぇねぇ、少し寄り道していかない?」

「いかない。早く帰って休みたい」

「じゃあ、ベッドの中でいちゃいちゃしよっか」

「しない」

「つれないなー」

「それより、あんまりベタベタくっついて歩かないでよ。変な噂になったりするのは嫌よ。わたしは平和に暮らしたいんだから」

「へーきへーき。誰も気にしたりしないから」

「こんな往来の真ん中でそんなこと…」


 言いかけておいてハッとして周りを見ると、言葉の通り誰も二人のことを気にかけていなかった。

 これは非常におかしなことだった。

 自意識過剰かもしれないが、町中を歩いている時もエリスは人目を引くことが多い。主に感じるのは酒場にいる間と同様、男達の視線である。それ以外にも、この辺りで働いている人にも知り合いが多くいるため、すれ違えば挨拶はいつもしている。

 だが今は、エリス以上に人目を引きそうな容姿をしているレティシアが一緒にいるにも関わらず、道行く男達は誰も二人のことを見ておらず、いつも声を交わす露天商の人達もまったく声をかけてこない。


「これ、酒場に来てる時と同じ…」

「そう。認識をずらして、私達のことが気に留まらないようにしてるの」

「前にも聞いたけど、それってどういうことなの?」

「すぐ近くにあるのに、うっかり見落としてしまうものってあるでしょう。そういう状態を意図的に引き起こしてるのよ。今は私達二人の姿だけを隠してる状態だけど、力を強めればもっと広範囲で同じ状態を起こすことも出来るわ」


 いたずらっぽい表情で、レティシアがエリスの顔を覗き込む。


「ねぇ、エリス。疑問に思わなかった? この間の戦いで、あれだけ派手に暴れまわったのに、町の人間の誰にも目撃者がいなかったことに」

「あ…」

「あれも同じ。元々は血をもらう時に、他の人に邪魔されないようにするために会得した能力だって言われてるけど、力の強いヴァンパイアが使うと、あれだけ強力な結界を形成することが出来るのよ」

「…そうか。はじめてあなたと会った時や、あいつと出くわした時に全然気配を感じ取れなかったのも」

「同じ能力の応用ね。私やあいつくらいになると、意識しないでも普段から自然と力を使っているわ。私達が最も得意とするのは、戦うことじゃなくて、こうやって隠れ潜むこと。血を交わらせることと共に、ヴァンパイアの根幹を成す特徴よ」

「ずるいわね。そんな力があったら、何でもし放題じゃない」

「そうでもないわ。軽い暗示みたいなものだし、効き難い相手もいるし、慣れちゃうと見破るのもそう難しくない。たぶんもうエリスには通用しないわ」

「ふ~ん……あ、そういえば」


 エリスは思い出した。

 当事者以外であの夜のことを目撃した人間が二人いたことを。


「豹雨とアンジェは、普通にあの場にやってきたわ」

「ああ、酒場の男ね。あれはちょっと特別製ね。普通の人間っぽくない」

「回復する前のあいつよりは間違いなく強かったわ。それに、ドラゴンを倒したことがあるとか言ってたし」

「へぇ、そう。あれが噂の、ねぇ」

「知ってるの?」

「まぁ、ちょっとね。あとはアンジェリーナか。あの子は勘が鋭そうだし、探し物とかも得意なんじゃない?」

「そうね。頼むと大抵見つけてくれるわ」

「ふんふん、興味深いねー。やっぱりちょっと味見を…」


 ギロリと睨みつけると、両手を上げて視線から逃れるように背中側へと逃げて行った。


「怒ったら、い・や」


 そのまま反対側に回って耳元に口を寄せてくる。


「だったらくだらないこと言わない」

「なら代わりに…今夜は、いいよね?」

「………」


 エリスは答えず、前を見たまま歩き続ける。

 最後の言葉だけは神妙な声で、思わずぐらりときそうになった。

 相手のペースに流されたくないのでむすっとした表情を作ってはいるが、そろそろ我慢させてくのも心苦しくは思っていた。

 あの夜は一気に力を回復するためにかなりの血を吸われたため、しばらくエリス重度の貧血症状にあったのだ。

 仕事は根性で滞りなくこなしたが、帰り道で倒れかけたこともあったり、家に帰ってからも何もしないまますぐに眠りに落ちたりしていた。レティシアが毎日店まで迎えに来るようになったのも、元はそれが理由だった。

 今ではもうすっかり回復している。エリスの身体の状態が良くなるまで、レティシアは求めてくるのを控えていたのだ。


「エリス」

「…はいはい、わかったわよ」


 渋々といった声で、エリスはレティシアの求めに了承の意を伝える。


(はぁ…素直じゃない、わたし)


 本当は拒むつもりなど、それほどないのだが、すんなりと受け入れることが出来ない。

 軽い自己嫌悪を覚えなくもないが、あまりはいはいと受け入れると調子に乗りそうなので、このくらいが丁度いいと内心自分に納得させていた。


「~~♪」


 エリスの内心の葛藤を知ってか知らずか、レティシアは嬉しげだった。

 その表情を見ながらエリスは、ふとある予感がした。


(そういえば、こういういい気分の時に限って…)


 過去の記憶にある出来事が脳裏に過ぎる。

 例えば、休日をのんびり過ごせると思っている時に限って、トラブルを持ち込んでくる友人がいるのだ。

 折りしも今しがた、その友人の話が出たばかりである。

 さらにその友人の姿を家の前で見かけてしまうと、予感はますます強くなる。


「エリスー、レティシアさーん、おかえり~」


 家に近付くと、二人に気付いたアンジェリーナが手を振ってくる。

 にこやかに手を振り返すレティシアと、嫌な予感をさせながらおずおずと手を挙げるエリス。

 そして家の前まで来ると、予感は確信に変わった。

 そこにいたのはアンジェリーナだけではなく、彼女の傍らには壁に寄りかかって眠っている見知らぬ少女の姿があった。


「ねーねー、エリス。人拾ったー」

「返してきなさい」

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