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Demon Busters  作者: 平安京
改訂前
13/32

第12話 ヴァンパイア

「エリス、よく聞いて」


 時間は少し遡る。

 エリスの血を吸い終わり、ついでに唇を奪っていったレティシアは、真剣な顔で話し出した。


「私達にとって、あなた達人間の血をもらうことは、尊い行為なんだって話は、前にしたよね」

「…まぁ、聞いたわね」

「ええ。それはね、これが一方的な搾取ではなく、与えてもらった分だけ、私達もまた人間にお返しをすることが、この行為の正しくあるべき姿だからよ。大切なものを分け与えてくれる人に報いる、それが私達の誇りだから。血を与えてくれる人は、大事な人。だから私達は、その身を守護する力となるわ。…私は、それを果たせなかったけどね」


 一瞬自嘲するように悲しげな笑みを浮かべたレティシアが、さらに続ける。


「昔から、私達と人間の関係はそうだった。人間達は私達に血を与え、見返りに私達は彼らの住む土地を守護する。それが私達の住まう土地の在り方なの。今では、それを知る人間はとても少ないけれど」

「だから、あなたはわたしを守るって言うの?」

「ええ、そうよ」

「そういうのって、一方的じゃない? わたしは別に、そんなこと頼んでないわ」

「そうね。だけどエリス、ここからが大事なことだから、聞いていて。確かに今話したのが、私達と人間の本来の関係。だけどこれには、もう一つ先がある」

「先?」

「人間は私達を『吸血鬼』と呼ぶ。けれどこの呼び名は、私達にとっては、本当は正しくない。正しいけど、違うの。何故なら私達は、自分達の行為を“血を吸う”とは言わない。本当は、“血を交わらせる”と言う」


 その言葉の不思議さに、エリスは首を傾げる。


「確かに、血をもらっているのは私達の側だけ。でもそうして血をもらう行為を通して、そこには繋がりが生まれる。目には見えないものだけど、確かな繋がりがね」

「繋がり…」


 自分と相手を交互に見やる。目に見えない以上、本当にそんなものがあるのかは確かめようがない。

 けれどレティシアの言うことは、不思議とエリスの心に染み入ってくる。


「最初に言ったでしょう。心を通じ合わせた相手から血をもらった方が、効率良く力を得られるんだって」

「…聞いたわね。何度も」

「うん、何度も言った。大事なことだからね。そして通じ合わせた心と心の絆がより強くなると、生まれた繋がりは抽象的なものではなく、現実に存在する力となる。繋がることで、与えられた分だけ、与えることが出来るようになる」

「……それって、まさか?」

「そう、そのまさか」


 一つの予想を導き出したエリスに、レティシアは頷いてみせ、その先の結論を言葉にする。


「与えられた血は、私の中で力となり、その力は、血の主へと与えられる。つまり」


 レティシアは、自分の胸とエリスの胸とを順番に指し示した。


「エリスからもらった血は、私の中で魔力を生み出し、その魔力は私とエリスの間で循環する。同じ力を、私とあなた、二人が共有して使えるようになる。しかも繋がりが強ければ、循環しながら魔力はさらに高まり、互いに本来の実力以上の力を引き出せる可能性すら秘めている。それこそが、私達の尊き行為の本当の力――『ブラッドリンク』。そして…」


 胸に手を当て、吸血鬼の少女は厳かに告げる。


「それこそが私達“尊き種族”――『ヴァンパイア』。あなた達が吸血鬼と呼ぶ種族の、真の名よ」




「はぁっ!!」


 落下の勢いを乗せて両手で握った剣を真っ向から振り下ろす。

 片腕を振り上げた相手によってその一撃は防がれるが、一方的に弾き返されることはなく、衝突は互角だった。

 互いに弾き合った後、エリスは地面を蹴って再度踏み込む。

 掬い上げるようにして斬り上げた剣先は相手の予測していた速度を上回り、払おうとした腕をすり抜けて胸に逆袈裟の傷を付ける。


(よし、斬れる!)


 エリスの剣には、吸血鬼を傷付けるだけの威力があった。

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの魔力が全身を巡っているのが感じられた。パワーもスピードも、おそらく数段上がっている。


 『ブラッドリンク』


 レティシアの言っていた通り、今のエリスは本来の実力以上の力を発揮していた。

 これならば十分に戦えると思った。


「たっ!」


 鋭い踏み込みから、剣を縦に振り下ろす。

 ガードしながら後退するテオドールの腕が半ばまで断ち切られ、血が噴き出す。


「こいつ…ッ!」

「逃がすかっ!」


 さらに前へと歩を進め、連続して斬撃を繰り出す。2度、4度、8度…振るう度に剣先の速度が上がっていき、一振りごとに相手の傷は増えていく。

 感覚が鋭敏になっているエリス自身には、それがどれほど速いか実感が持てなかったが、相手からすれば切っ先が霞んで目で追えないほどのものだった。

 まるで疾風。驚異的な剣速でエリスはテオドールに詰め寄っていく。


「調子に乗ってんじゃ、ねぇっ!!」


 後退し続けていたテオドールがふいに動きを止め、斬撃の軌道上に腕を突き出す。


「あっ」


 刃が腕に食い込む。だが断ち切るまでには至らず、エリスの動きが止まった。その隙を狙って、テオドールが拳を握ったもう一方の腕を振り被る。


「チクチクとうぜぇんだよ!」


 拳が繰り出される。だが――。


「おっと」


 それは両者の間に割って入ったレティシアの手によって防がれた。

 衝突の後、テオドールは大きく跳び下がり、エリスとレティシアも距離を取って対峙する。

 忌々しげに表情を歪めるテオドール。だが一見するとエリス達が優勢だったように見えて、先までの攻撃で付けた全ての傷は早くも再生を終えようとしていた。

 あれだけ攻め立ててもほとんどダメージを与えられていない事実に、エリスは眉を顰めるが、レティシアの方は余裕の態度を見せていた。


「だから言ったでしょう、テオドール。あなたに万に一つの勝ち目もないって。だって…」


 レティシアは横に立っているエリスの方を向き、片目を瞑ってウィンクをしてみせる。


「2対1だもの」

「……どういうことだ。何でその女の力までそんなに上がっていやがる?」

「別におかしなことじゃないよ。エリスは魔石の宿主。魔石の力がどれだけのものか、あなただって知らないわけではないでしょう」

「ふざけんじゃねぇ…人間如きが、魔石の力を完全に引き出せるわきゃねぇだろうが」

「それは人間を舐め過ぎよ。エリスには元よりこれくらいの力を扱える素養がある。まぁ、今は私がその力を使う手助けをしてあげてる状態ではあるけどね」

「手助けだと?」

「そう。それこそがあなたが知らない、理解しようとすらしていない、私達ヴァンパイアの、本当の力」


 話しながらレティシアの姿が一瞬視界から消える。エリスにもテオドールにもその動きを追うことが出来なかった。つい先ほどエリスと共に逃げる時に使った不可思議な移動法で、レティシアはテオドールの真横へと立ち位置を変えていた。

 手の先に生み出された魔爪が振るわれる。

 顔を狙って繰り出されたそれを辛うじてかわし、テオドールは相手から離れようとする。レティシアはそれを追撃する。


「『ブラッドリンク』――血を交わらせ、繋がりを得た二人は、力を共有することが出来る」


 両手に生み出した魔爪を左右に向かって薙ぎ払う。腕をクロスさせてガードするも、全身を狙って放たれた攻撃は、腕のみならずガード仕切れなかった腹部や足にまで傷を負わせる。


「チィッ!」

「その上二人の間の繋がりが強ければ、力は繰り返し循環して、強さを増していく」


 続けて魔爪による攻撃。何度も同じ場所に傷を受け、徐々に再生の速度が鈍っていく。


「絆が力を呼ぶのよ。ヴァンパイアと人間。奪うのではなく、互いに与え、与えられることによって得られる力。即ちこれは……愛の絆の力よ!」

「…小っ恥ずかしいことを……」


 正面からのレティシアの攻撃を防御していたテオドールは、背後から迫るもう一つの気配に気付く。

 無防備に晒された背中目掛けて、エリスは剣を振り下ろす。


「大きな声で叫ぶな!」


 テオドールが体をひねったことで、剣先は肩口を掠めるに留まる。だが逆に正面に隙が生じ、レティシアが懐に飛び込んで魔爪を突き出す。

 爪の先が胸板に食い込んだが、貫通するよりも早くテオドールが膝を突き上げ、反撃を喰らう前にレティシアは相手の胸を蹴って後ろへ跳んだ。

 すかさずエリスの剣が首筋を狙う。

 これも深々と切り裂いたものの首を刎ねるまでには至らない。しかし、連携しながら繰り出される二人の連続攻撃は、徐々にテオドールを追い詰めていく。

 飛び込みながらレティシアが両手の魔爪を振るう。片手でガードしつつ、もう一方の拳でアッパーによる反撃が放たれる。

 拳を振り上げたことで露出した脇腹へ向かってエリスの斬撃。斬られながらも相手の体を掴もうと伸ばされたテオドールの腕をレティシアが叩き落とし、魔力弾を顔面目掛けて炸裂させる。


「ぐほっ…!」


 怯んだところで一旦離脱し、左右に分かれて攻撃を仕掛ける。


「いただきっ」

「やぁっ!」


 挟み込んでの同時攻撃。


「…うぜぇっ!!」


 テオドールは胸の前でクロスさせた腕を両側に向かって思い切り突き出した。

 左右に開かれたそれぞれの腕の掌から衝撃波が放たれる。

 斬り掛かる直前だった二人は、それを受けて後ろへ弾き飛ばされた。


「チッ、くそったれが!」


 忌々しげに左右を見やるテオドール。

 エリスは構えた剣を盾代わりとし、レティシアは眼前に魔法陣を生み出してそれぞれ衝撃波によるダメージを防いでいた。どちらもほとんど傷を負っていない。


「だから、それは効率が悪いって教えてあげたじゃない」

「……」


 レティシアは余裕を見せているが、エリスとしては必死だった。

 防御出来るという確信はあっても、もしも防ぎ損なってまともに攻撃を受ければ一撃で致命傷を負いかねない危険は未だに残っている。常に死と紙一重の攻防に身を置く体験は今日はじめてのものであり、余裕など微塵もありはしない。

 しかし、その極限状態が続く中、エリスの神経はどんどん研ぎ澄まされていっていた。

 一つ前の攻撃よりも今の攻撃。一つの動き、一つの呼吸、刹那の間にすら、エリスの身体と精神は戦いに適応していっていた。


「……っ」


 ほんの一瞬、構えた剣の切っ先がぶれる。


(そろそろ…限界かな)


 目の前の吸血鬼と対峙するのは、今日これで3度目。はじめて体験する命のやり取りを、短い間にもうそれだけ繰り返しているのだ。

 魔石という万能の力を持っていようと、鍛錬を重ねてこようと、エリスはまだ幼い少女でしかない。激しい動きと、極度の緊張によって酷使された肉体と精神は疲労し、既にぎりぎりのところで保っている状態だった。

 レティシアとの『ブラッドリンク』で魔力だけは充実しており、それで無理やり体を動かしてきたが、これ以上は本当の厳しい。

 どれだけ戦いに適した精神状態になっていても、肉体的な可能な動きには限度があった。

 剣を振るえるのは、おそらく後1回のみであろう。

 同じことを察したらしいレティシアが、例の移動法でエリスの傍らにやってくる。


「さてと、そろそろかな、エリス」

「ええ。動きも大体見切れた。体も限界だし、次で決める」

「オッケー。じゃあ、ラストアタックといきますか」


 エリスとレティシアは並び立ち、共に前方を見据える。

 気迫を感じ取ったか、視線の先にいるテオドールも力を貯めるように腰を深く落として構えていた。

 互いに理解していた。

 次の攻防で勝負が決まると。

 一度大きく息を吐き出したエリスは、キッと視線を鋭くし、剣を顔の横まで持ち上げて水平に構えた。視線と剣先は、共にただ一点を指していた。


「狙う場所は、ちゃんとわかる?」

「ちゃんと見えてるわ」

「少しでもずれると、結界の表面を滑って逸らされちゃうよ」

「わかってる」


 狙いは一点、吸血鬼の心臓。

 吸血鬼の心臓は何重もの魔法結界で守られており、仮に心臓のある胸の肉を斬り、骨を断ったとしても、十分な威力のある攻撃でなければ、結界に阻まれて心臓を傷付けることは出来ない。

 確実に心臓を狙った必殺の一撃でなければ、吸血鬼に致命傷を与えることは出来ないのだ。

 だからエリスは、寸分違わずその位置へ剣を届かせるために、相手の動きを見切ることに努めてきた。

 一切の余分な考えは切り捨て、ただ一撃を狙う。

 だがそれを当てるには、当然迎撃してくる相手の攻撃を掻い潜る必要があった。そのためにレティシアがいた。


「今更だけど」

「ん?」

「この役割、逆じゃなくてよかったの?」


 エリスが攻撃役で、レティシアが守備役。とどめを刺すのは攻撃役の務めだった。

 大事な人を殺され、テオドールを憎んでいるはずのレティシアがその役割を担わなくて良いのかとエリスは思う。

 けれどレティシアは、少しも気にした素振りを見せずに言った。


「こっちの方が適役でしょう。それとも、自信ない?」

「……そんなことは、ない」


 その話は、そこでお終い。

 ここから先は雑念は捨てる。

 狙うは一撃のみ。


「エリス、あなたは嫌がるかもしれないけれど…」


 集中力を高めていくエリスの邪魔をしないように、レティシアが静かに囁きかける。


「あなたは私が守るわ。だから、前だけを見ていて」

「……うん」


 その言葉は、とても自然にエリスの心に染み入った。

 そして、決戦の時は来た。


「行くわ!」


 タッと地面を蹴って駆け出す。その瞬間、エリスは自らを一本の矢と見立てた。

 放たれた矢は、ただ狙った一点に目掛けて一直線に飛ぶだけだった。

 その矢を包み込むように、後ろから追ってくる気配があった。

 向かう先にいる敵が拳を繰り出し、そこから衝撃波が発生してエリスを迎え撃とうとする。

 だがそれはエリスの身に到達する前に霧散した。前面に展開された魔法陣が防いだのだ。

 テオドールは続けて、地面を砕いて無数の岩つぶてを飛ばしてくるが、それらも全てレティシアの魔法陣が弾き飛ばす。

 この間、エリスの足は一瞬たりとも止まることはなかった。

 僅かな時間で両者の距離は詰まる。

 迎え撃つテオドールは、体をひねって拳を大きく振り被り、渾身のストレートを放つ。

 魔法陣ではそれを防げないと見たレティシアはエリスの前へと躍り出て、直接魔力をまとわせた両手で相手の拳を受け止める。

 拳自体は防げたが、拳圧の威力を完全には殺し切れず、レティシアの全身が軋む音がした。

 さらに続けて、テオドールがもう一方の腕を振り上げる。


「――フッ!」


 鋭く息を吐いたレティシアは、体に走る激痛に堪えてその身を翻らせる。

 次の瞬間、テオドールの両腕は宙を舞っていた。

 レティシアの振るった両手の魔爪が、根元から腕を断ち切ったのだ。


「なっ……」

「ちゃんと斬れる、って言ったでしょう」


 腕を落とされようが、足を落とされようが、すぐに再生することは可能である。だがそれだけの傷の再生には、さしもの吸血鬼と言えども僅かに時間がかかる。

 そしてそれよりも、エリスの剣が届く方が早い。

 防ぐための腕も、避けるだけの時間もない。

 もはやエリスの一撃を阻むものは、何もなかった。


「てぇえええええええええいっっっ!!!」


 裂帛の気合と共に、エリスは全身全霊を込めた剣を突き出した。

 剣先は肉を貫き、骨の隙間を抜け、結界を打ち砕き、心臓を突き破った。

 確かな手応えを感じた。

 エリスの剣は心臓を刺し貫き、テオドールは驚愕の表情を浮かべて動きを止めていた。


「…く……か、あぁ…っ」


 痙攣するテオドールの目が下を向き、その視線がエリスの姿を捉える。

 相手が身動ぎする気配を感じ取り、エリスは相手の体を貫いていた剣を引き抜き、大きく跳び下がった。

 大量の血が傷口から噴き出した。


「ごはっ!」


 口からも吐血し、切り落とされた両腕の付け根からも血が流れ落ちていた。

 どの傷も、再生を始める様子がなかった。

 エリスは切っ先を相手に向けたまま、油断無く構えを維持していた。

 今の一撃で既に体は限界に達していたが、最後まで気を抜くことはしない。

 残心。剣において、己の放った攻撃の結果を見届けるまでが、一つの流れである。


「………」


 エリスはじっとテオドールを見据えている。

 対するテオドールは目の焦点が定まっていないようで、虚空を見つめたまま立ち尽くしていた。

 痙攣し、血を吐き出しながら、その口から言葉が漏れる。


「…ぐふぉっ……か、ぐ…ぐぞっ…だれが……!!」


 ふいにテオドールの目に力が戻り、エリスは身を強張らせた。

 次の瞬間、テオドールは踵を返して走り出した。


「なっ…ま、待て!」


 相手が逃げ出したと理解し、僅かに遅れて追うべく自分も駆け出そうとした。

 けれど一歩踏み出した時、視界が霞んで揺れた。


(あ…やばい、もう…)


 限界を超えて動かし続けてきた身体の疲労がピークに達した上に、加減されたとはいえ相当量の血を吸われた直後による貧血も加わって、もはや意識を保っているのも辛い状態になっていた。

 急激に力が抜けて、支えきれなくなった体が傾く。

 薄っすらとした視界に、地面が迫ってくるのが見えた。

 倒れるかと思ったが、予想していた衝撃はなく、ふわっとした感触と共に抱きとめられていた。


「レティ…シア」

「お見事。よくがんばったね」

「…なに、してるの。わたしなんていいから、あいつを追って。ちゃんととどめ、刺さないと…」

「大丈夫よ。心臓は潰した。もう長くはもたないわ」

「でも…」

「それに逃げ場もない。あいつはもう、チェックメイトよ」




 ――ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう


 脳裏に浮かぶのは罵倒の言葉ばかり。

 足は普段の彼からすれば亀よりも遅いと感じられるほどにしか動かず、行き先も定まらぬままただ前へ進むだけだった。

 失った両腕と胸の刺し傷からは止め処なく血が流れ出ている。

 力の源が、どんどん失われていく。

 自分は死ぬだろうと理解出来る一方で、その理解を拒む心がひたすらに怨嗟の言葉を頭の中で叫び続ける。


 何故こんなことになった。

 何故自分は死に掛けている。

 何故敗北を喫したのか。

 手負いのヴァンパイアと人間、負ける要素などなかったはずなのに。

 ブラッドリンクとは何だ。

 そんなものは知らない。

 本当の力だと。

 絆の力だと。

 そんな得体の知れないものに何故負けた。

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 ちくしょう。

 己こそが頂点に立つために、最強と目される相手に挑んだ。

 一度はそこに手が届きかけたはずだったのに。

 後一歩であったはずなのに。

 何故、負けた。

 ちくしょう。

 死にたくない――。


「手負いか」


 何者かが眼前に立ちはだかった。


「神父殿か、或いはあの傭兵の男にでもやられたか」


 もはや目の機能がまともに働いておらず、誰がそこにいるのかわからない。

 耳も正確に言葉を聞き取っているか怪しい。

 仮に感覚が正常でも、そこで得た情報を処理する脳がもはや機能していなかった。


「だが、情けはかけぬ」


 視界に、白く輝く棒状のものが映った。


「っ!!」


 脳裏に、つい先ほどの光景が浮かび上がる。

 己の身を貫いたもの――。


「ぐがぁあああああああああああ!!!!」


 それは怒りか、恐怖か、もはやただの反射だったのか。

 雄たけびと共に目の前の影に踊りかかった。




 一閃。

 向かってきた手負いの吸血鬼を真っ二つに切り裂き、教会の騎士ユリウスは悠然と血を払った剣を鞘に納めた。


「滅せよ、吸血鬼。呪うなら、我が故郷を荒らした己が不明を呪うがいい」


 両断された吸血鬼の身は灰となり、夜の闇へと散っていった。

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