第193話 過去(サーリッシュ)②
イジメに耐えつつ、仕方なく学校に通っていたある日、ある事件………というか、イジメがあった。
「ちょっと‼︎?アタシの財布がないんだけど‼︎」
突然レンスィナが叫ぶ。この時点で嫌な予感がした。どうなるのかは大体予想はつく。
先公に朝はあったとか、友人も見てたとか、そういう事を話すと授業ストップして捜索開始。というか、その先公が普段あたしに率先してセクハラしてくる奴。もう一筋の期待も持てない。
で、あちこち探して落ちてないという事がわかった為、生徒の荷物を確認。一人一人のカバンをひっくり返し、中身を確認する。
ゴミがたくさん溜まってる奴とか、セレーナ•ゴメスの写真集を持ってきてる奴とかはいたが、財布は見つからない。そして、あたしの番。
先公が乱暴にあたしのカバンを引っ掴み、ひっくり返す。ノートや教科書が机の上に散らばった。
「あーーーッ、これあたしの財布じゃん‼︎テメェ、パクりやがって‼︎」
簡単に予想できていたため、覚悟はしていたが、クラスの女子達に袋叩きにされる。一応反論したが、無駄だった。どうせ皆で計画していたのだろう。あの先公も一枚噛んでいるハズだ。男子達はリンチされるあたしを見て笑う。先公はもっとやれ、と率先して煽っていた。
返した(取ってもいないが)ため、警察は呼ばれなかったが、あたしは学校を退学となってしまった。更に先公が家に来て、母親に連絡した。
「サーリーシュ!‼︎貴女、なんて事をしたのッ!‼︎」
「違うの、ママ‼︎話を聞いて‼︎」
「言い訳なんて聞きたくないわ‼︎なんて子なの‼︎人様の財布を盗むなんて‼︎」
「違うのよ‼︎あたしはやってないの‼︎」
「現に先生も来たじゃないの‼︎あー、なんて事‼︎⁉︎」
結局、母親にも聞き入れてもらえなかった。そして夜、父親が帰ってきた。もちろん母親がこの事を話す。
「貴様、何て事をしてくれたんだ‼︎」
ドガァッ‼︎
「違う‼︎違うのよ‼︎あたしやってないの‼︎あたしがやったように仕組んだのよ‼︎」
「貴様、まだ言うのか‼︎!」
ガッ、ドカッ‼︎
父親に怒鳴られ、蹴り飛ばされる。
「お前はもう娘とは思わん‼︎出て行け‼︎」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ねぇ」
「もうお前の顔も見たくない‼︎声だって聞きたくない‼︎」
父親がテーブルの引き出しを開ける。
「‼︎」
父親が拳銃にマガジンを入れ、あたしに拳銃を向ける。
「さっさと出て行けぇ‼︎死にてぇかッ‼︎」
「う、うぅ……………。」
バダンッ‼︎
あたしは何も持たずに家を追い出された。着替えも、財布も、携帯も持ってなかった。
あたしは、しょうがなく彼氏のレスターの元へ向かった。イジメにあってから殆ど連絡を取ってなかったが。
レスターの家のチャイムを鳴らす。しばらくしてドアが開いた。
「………何しに来たんだよ、お前。」
「家、追い出されちゃったの。何も………ないの。」
「それで?」
「今日だけでも、泊めてくれないかな、って思って」
「失せろ。」
「………え?」
「テメェ、まだいい子ぶってやがんのか。有名なんだよ。お前、悪い意味で。」
「違うの………それ、全部デタラメ………。何又もしてるってのも、売春も、万引きの常習犯も…………」
「………分かってんじゃねえか。お前には失望したよ。もう顔も見たくない。さっさと失せろ。」
「ねぇ、違うの‼︎みんな勘違いしてるの‼︎ねぇ、聞いて‼︎」
「うるせぇんだよッ‼︎」
ドンッ‼︎
ガッ‼︎
「うあああああああああああああッッ‼︎」
突き飛ばされた拍子に、家の塀の角に右目がぶつかる。右目から血がドクドクと流れているのが分かる。
「チッ、何テメェ他人ン家汚してんだよッッ‼︎」
ドガァッ‼︎
こうして、あたしは、両親からも、彼氏からも見捨てられ、所謂ホームレスとなった。右目は激しく損傷しているが、病院に行く金もなかった。しばらく経って、傷は塞がったが、右目は見えなくなっていた。
あたしは生きるために必死だった。路地裏のゴミ箱をカラスかネコのように漁り、残飯を貪る。いつ飢え死にするかもわからない。道行く人に物乞いをする事もあった。大抵の人は、怪訝そうにあたしを見るだけで助けてはくれなかったが。
路頭に迷って半月もすると、ホームレスが生き延びるためには、犯罪か売春をしないといけないと痛感した。体を売る勇気のなかったあたしは頻繁に万引きして食料や衣類を奪った。そうしないととても生きてはいけなかった。
万引きして、空腹を満たし、路地裏にうずくまる。余計なエネルギーを消費したくなかった。他のホームレスもこんな感じだ。
毎晩のようにホームレスがチンピラに絡まれて、暴力を振るわれあげる悲鳴や、女性のホームレスがレイプされる叫び声が聞こえた。あたしもいつこんな目にあうのかわからず、夜は迂闊に眠れなかった。この前、住宅に盗みに入った時、ついでに持ってきていた拳銃を握りしめ、一晩中震えていた。もっとも、昼も安心はできないが。
ホームレスになって4ヶ月経った。元々痩せ気味だったあたしの体は日に日に更に痩せ細っていった。もうすぐ冬になる。厚い服は隠しづらくて万引きはできない。近いうちに衰弱死、なんとか衰弱死を避けられても凍死は避けられないだろう。
この頃はもう生きる事に関して何の希望も持てなかった。あたしは路地裏に横たわりながらネズミの肉を齧る。死にかけていたネズミを捕まえ、食べていたがもう食べられる部分が無くなってしまった。いつもの事だがまだ空腹が収まらない。汚ないとか病原菌がどうとか、そういう事を考えるのはとっくの昔に止めていた。時折腹を壊すが、生きていられればいい。
泥水で口に付いたネズミの血を洗い流し、再び横になる。ボロボロのダンボールがあたしの布団代わりだった。
とうとう冬になった。毎日寒さが堪える。落ちていた布を体に巻きつけるが、とても寒さを凌げるものではない。このままでは本当に凍死してしまう。
ある日、あたしの頭にこのまま生きていて何か意味があるのか、という考えが浮かんだ。今までも何回か考えたが、その時は生きていればきっと何かある、と根拠も無しに信じて生きていた。しかし、今回はもう生きることに疲れきっていた。
放っておけばこのまま路地裏で野垂れ死ぬ。しかし、最後くらいは何かやりたい、と思った。
あたしは店で手帳とペンを手に入れ、近くにあったビルの屋上へと向かう。屋上に座り、手帳に今まであたしが受けたイジメやホームレスになってからの事を事細かに書いた。別にこれを読んだ人達にイジメは良くない、とかホームレスに救いを、とか言うつもりはない。ただあたしが生きた証拠を残したかった。
手帳をビルの屋上に残し、屋上の端に立つ。高い。ここから落ちたら即死だろう。不思議と恐怖はなかった。それどころか、これで解放されるという期待があった。
「さよなら…………クソッタレな世界………。皆、皆………地獄に堕ちろッッ!‼︎」
タンッ。
ビルの屋上から身を投げ出した。すごい速さで地面が迫ってくる。体に風圧を受ける。冬に受ける風は冷たかった。さぁ、もうすぐ、もうすぐ自由になれる………。これで………。
と、その時、あたしの目の前に青い渦のようなものが現れたかと思うと、落下してきたあたしを飲み込んだ。地面に叩きつけられる感触はない。
気がつくと、あたしは建物の中にいた。病院の中とかではない。
「気がついた?」
声のする方を見ると、黒髪をポニーテールにした、綺麗な女性があたしを覗き込んでいた。
「これ、飲んで。元気が出るわ。」
「………いらない。」
「そんな事言わないの。貴女、とっても衰弱してるんだから。」
「………何であたしを死なせてくれなかったの?」
「………可哀想だったから、じゃだめ?あたしは、貴女をずっと見てた。理由も無しにイジメられて、家から追い出され、挙句に自ら死を選ぶ………。貴女が建物から身を投げた時、見てられなくって、貴女をこの世界に呼んだの。幸い、貴女には魔法の才能があったから。」
「ちょ、ちょっと待って。見てた、ってどういう事?呼んだって?そもそも、魔法って………。」
「落ち着いて。ここは貴女が住んでいた世界とは違う世界なの。」
あたしは女性から聞いた。異世界の事、魔法の事。最初は信じられなかったけど、現に今あたしが生きているのが何よりの証拠だった。
女性からスープのようなものを受け取り、口に含む。長い間味わっていない、ずっと忘れていた味がした。
「どう?クーヤ。その子の調子は。」
「なんとか大丈夫そうよ。スープも飲んでくれた。」
金髪の小さな女の子があたしに近づいてくる。
「ねぇ、貴女、名前は?」
「サーリッシュ•オースト。」
「そう。じゃ、サーリッシュ。貴女、幸せになりたくない?」
「幸せ………?」
「そう。折角死なずに済んだのよ?そして違う世界に来たの。今までの事はぜーんぶ忘れて、この世界で幸せになるの。」
「………なれるの?幸せに。」
「幸せになる、というか、幸せな世界を作るのよ。わたし達で。誰も貴女に逆らえない。欲しいものは何でも手に入る。そんな世界を作りたくない?考えてもみてよ。貴女、嫌という程不幸を味わったのよ?しかも理由もなしに。辛い思いをした分、これから幸せになるのよ。ね?悪い話じゃないでしょ?」
「…………わかった。あたし、幸せになるわ。」
「けってーい。じゃ、これからわたし達は仲間よ?わたしはレリカ。よろしくね。サーリッシュ。」