第183話 過去(ディスター)②
この話は2話に分けようとしたけどアイナさんが中心なのにディスターにあまり話数使うのはどうかと思って一話に纏めました。しょうがないね。
「な、なんだ貴様ッ、ボクになんの用だ‼︎忙しいんだからあっち言ってくれ!」
男はそう言ってオレを跳ね除けようとした。が、オレは払いのけようとした腕を掴む。聞いてて不快になる嫌な声だ。見た目駄目、服装駄目、声も駄目と第一印象は最悪だな、この贅肉人形。
「生憎だがそうもいかねぇんだよ。お前だろう?トルカに付きまとっている野郎は?トルカが困ってんだよ。やめてくれないか?」
「なんだとこのガキ‼︎他人が首を突っ込むんじゃ」
「他人じゃねえッッ‼︎!」
思わず大声を出す。男が僅かにびっくりした。
「オレはトルカとずっと一緒にいた‼︎オレにとってトルカは姉みたいな存在なんだよ‼︎だからトルカが困るのは見たくないんだ‼︎トルカにはずっと笑ってほしいんだよ‼︎なのにテメェが……………。」
そう言って腕を締め上げる。
「痛たたたたッ‼︎この、なにしやがるッ‼︎」
男の前蹴りをくらい、強引に腕を振りほどかれる。
「勘違いするなよガキ。ボクはトルカちゃんを見守っているんだよ。キミみたいな狂った奴からね。トルカちゃんがボクを迷惑がっているだって?馬鹿言うな。トルカちゃんはボクによく話しかけてくれる、ボクが好きなんだよ、トルカちゃんは。それを勘違いして襲ってくるなんて、なんて教養のないガキだ。」
「勘違いはテメェの方だ‼︎トルカは優しいからそうしてるだけだ‼︎テメェに恋心なんて微塵も感じちゃいねぇッ‼︎」
「そんな事はない‼︎」
「いーや、オレの言ってる方が正しいね‼︎誰がテメェみたいな気持ち悪い奴好きになるんだよ、マヌケッ‼︎テメェの家鏡あんのか⁉︎トルカはずっと暗い顔をしていた‼︎とても辛そうだった‼︎そんな顔をしてる人が恋をしている訳がねぇッ‼︎」
「そ、そんな………。」
「百歩、いや一万歩譲って恋をしてるとしてもだ‼︎そんな風に付きまとうのが正しいのか⁉︎相手の気持ちも考えず、自分の事だけ考えて‼︎自己満足で相手に迷惑かけて、それが正しいって言うのかよッ、ああ‼︎?」
「く、くそ、だ、だまれ………黙れーーーーーッッ、貴様に何が分かるんだーーーーーッッ‼︎」
男は逆上し、ナイフを取り出しオレに襲いかかってくる。オレはナイフにビビって反応が遅れ、左腕をザックリと斬られた。
「…………ッ‼︎」
そこからはよく覚えていない。ただ、殺されそうになって、それに必死で抵抗したっていうのは分かる。
気がついたら男は血だらけで倒れていた。なんとか息はあるが、指一本動かせそうにない。オレもあちこちに切り傷があり、あちこちから血が流れている。しかし、不思議と痛みは感じなかった。
ただ、凄まじい恐怖があった。喧嘩で相手をぶちのめした事はあったが、ここまで徹底してやった事はなかった。酷い時でも病院でかるく治療を受ければ済むくらいだった。しかし、コイツは違った。
「あ、う、う…………うわ、うわああぁぁぁぁッッッ‼︎‼︎」
その後、オレは逃げるように家に帰り、布団に包まってガタガタ震えた。一晩中だ。恐ろしかった。トルカを守るためとはいえ、人をあんな風に徹底的に破壊した自分が怖かった。
その後、警察による捜査が始まった。夕方だったため通行人がおり、目撃証言から警察はあっさりとオレを逮捕。
手錠をかけられ、パトカーに引っ張られていくオレに駆け寄ってくる奴がいた。
「ディスターッ‼︎」
「……………トルカ………。」
バチイッ‼︎
トルカはオレに駆け寄るとオレの頬に思いきりビンタを喰らわせた。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿‼︎この大馬鹿ァッ‼︎アンタ、なんて事…………。」
「ごめん。トルカ。オレ………トルカの役に立ちたかった………お前が辛そうなのを見て、いてもたってもいられなくなって…………トルカに笑ってほしかったんだ…………なのに、オレは、オレは………‼︎」
「………わかってるわよぉ………アンタがわたしのためにやったっていうのは………アンタのせいじゃないのに………元はわたしのせいなのに………なんでアンタがブタ箱に入らなきゃいけないのよぉ………
。」
トルカがぼろぼろと涙を零す。こんなハズじゃ、オレ、トルカを泣かせるためにあの男に絡んだ訳じゃなかったのに………オレって奴は………。
「…………ごめんな、トルカ。オレ、しばらく出てこれそうにない。トルカ、オレの事なんて………。」
次の言葉が喉から出てこない。オレの目からも涙が溢れてきた。
「オレの事なんて、オレの事なんて忘れて……幸せになってくれよ。せっかく、お前を困らせてる奴、いなくなったんだからさ………だから………。」
「……………バカ、バカァァァッ‼︎」
トルカが叫んだかと思うと俺を思いきり殴りとばした。慌てて警察が止めに入る。
「何よ‼︎勝手な事ばっか言って‼︎わたしの気持ちなんてわからずに‼︎このバカ‼︎もう知らない‼︎」
トルカがそう叫んで走りだした。そうか、オレが、トルカの事一番分かってなかったんだ…………あの男より、誰より………。
「さ、行くぞ。」
パトカーに乗せられる瞬間、トルカが走って行った方向を見た。トルカの姿はもう見えない。涙はずっと流れ続けていた。
その後、オレは裁判にかけられた。あの男は瀕死の重症だったが、相手は武器を持っていたこと。相手から先に仕掛けてきたこと。奴がストーカーでトルカを守るためという事情があったことが踏まえられ、オレは少年院に三年間服役することになった。
この少年院は正直言ってずさんなモノだった。管理人達がやる事といったら朝晩の点呼、昼の授業、飯の用意くらいだ。つまり基本的に放任主義。
どの少年院にも言えることだがガラの悪い奴らがグループを作ってたむろしている。そういう奴らは獲物を見つけて痛めつけているのだが…………。
その獲物がオレだった。オレがナイフ持った男を返り討ちにして半殺しにしたという事を知って興味を持ったのだろう。
しかしオレはケンカをしなかった。トルカがオレがケンカするのを嫌っていたからだ。もうトルカには会えないと分かっていたが、トルカの思っている事に逆らう事はできなかった。
もちろん奴らがそれで許してくれる訳もなく、オレは常にサンドバックだった。
「ケッ、コイツ、あんな事やったからどんな奴かと思ったのに、つまんねーの‼︎」
「いい子ぶりやがって‼︎」
「…………げほっ‼︎」
そんな感じで、オレの地獄のような少年院生活は過ぎていった。
3年後、オレはようやく釈放された。親に迎えに来てもらい、久々に家に帰る。
家は3年経っても変わっていなかった。しかし、トルカはニュージャージーに引っ越したと聞いた。当たり前だ。自分をストーカーしてた男が半殺しになったのだ。あまり良い話題にはならないだろう。
オレは再び学校に通うことになった。しかし、オレはこの時未来になんの希望も持てなかった。学校ではいつも上の空。誰とも何も絡まなかった。そもそも、少年院に入っていたオレに関わろうとする奴なんてだれもいなかった。親がうるさいから仕方なく行っていただけであり、オレの学校生活はまさしく虚無の一言だった。
しかし、その学校生活もすぐに終わりを告げる事となった。
オレが学校に通って半年ほど。とある事件が起こった。学校の用務員が大怪我で病院に運ばれたのだ。何者かに暴行されたらしかった。
皆がオレを不審な目で見ていた。すぐに分かった。皆オレを疑っているのだ、と。
誰かがオレが用務員に暴行したのを見ていたわけじゃなかった。犯人がオレだという証拠はおろか手掛かりすらなかった。ただ俺が前科持ちだったからというだけだったんだ。
こうなると警察の調べとかは関係なく、俺は袋叩きにされ、無理矢理警察に突き出された。
もちろん無実だと訴えた。俺が前科持ちってだけで皆決めてかかっているんだとも主張した。しかし警察は聞き入れてくれなかった。かつて男を半殺しにしたオレがカッとなって用務員を殴ったなら納得がいくし、わざわざ検察を使うまでもないと思ったのだろう。
オレは裁判にかけられた。裁判でもオレの主張は認められず、検察は極めて身勝手な動機で残酷な行為を行ったなどと言いやがった。少年院に5年服役が言い渡された。
オレはすっかり絶望した。不条理だ。せっかくトルカの言いつけを守って何も問題を起こさなかったのに。皆オレの敵だった。今回は親もオレを庇ってくれなかった。それどころかオレを親不孝者と怒鳴り散らし、親父には血を吐くほど殴られた。
オレはこの世界がほとほと嫌になった。不条理で、味方なんて誰もいない。トルカにはもう会えない。それならいっそ死んでしまおうかとも思った。
「みぃつけた。」
少年院に護送され、力なく項垂れる俺に誰かが声をかけてきた。顔を上げると年端もいかない金髪のガキがオレを見つめていた。
このガキ、どうやって護送車に乗り込んだ?間違って乗ってしまったのか?
周りを見渡すが、護送車に乗っている他の奴らはこのガキに見向きもしない。いや、そもそも気づいていないような………。
「わたしは貴方にしか見えていないの。」
「…………どうして?」
「貴方には特別な力があるから。」
「特別………?ハッ、そうだな。オレは特別不幸だ。何でここにいるかは知らねぇが、お前みたいなガキにまでバカにされるのか、オレは。」
周りの奴らはオレを何言ってんだコイツ?みたいな目で見ている。
「そうじゃないの。………時間がないから手短に話すね。簡単に言うと、貴方は魔法が使えるの。だからわたしが見えるの。そしてわたしは異世界からの使者。」
「異世界………?」
「そう。異世界。こんな不条理でつまんないところとは違う世界。魔法が存在する世界。」
「冗談だろ?」
「じゃ、この状況をどう説明するの?わたしは貴方にしか見えないし、声も貴方にしか聞こえない。」
「………じゃあ夢だ。」
「一発自分の頬を引っ叩いてみたら?夢じゃないって分かるよ?」
一発自分の顔を殴る。頬に痛みが走る。
「ね?」
「…………分かったよ。で、その異世界からの使者とやらがオレに何の用で?」
「貴方、この世界が嫌になったんでしょ?見てたよ?不条理で、敵ばかりで、未来も閉ざされて、可哀想に。」
「馬鹿にしてんのか。」
「そうじゃないの。本心よ、本心。わたしは貴方を救いにきたの。貴方、わたし達の世界に来ない?」
「…………そんな、いきなり言われても………。」
「あら〜?じゃ、いいの?少年院で寂しく服役して、その後も犯罪者のレッテル貼られて惨めに過ごす生活でいいの?悪い話じゃないわ。行きましょ?わたし達の世界にきて、世界を、貴方の好きなように変えるの。今までの不公平の鬱憤をはらして、幸せになるのよ。ね?いいでしょ?」
「そいつは夢のある話だな。」
「夢じゃない。現実になるの。で、どうするの?行くの?行かないの?幸せになるの?惨めに暮らすの?」
「…………わかった。行く。これまでの不条理、不公平、不幸に………別れを告げるんだ。」
「は〜い決定〜。異世界へご案内〜。」
ガキが指を鳴らすと目の前に青い渦が現れた。それと同時にオレの手錠が壊れて外れる。
「これが異世界への入り口。さ、飛び込んで。」
「…………ああ。ところで、お前、名前は?」
「レリカ。覚えといてね。さ、行きましょ。」
オレは迷いなく渦に飛び込んだ。
気がつくと、オレはとある建物の中にいた。護送車の中じゃない。辺りを見渡す。そこまで広くない部屋だ。部屋にはレリカと、黒髪を束ねた女、金髪で片目を隠した細い女がいた。
「ウェルカ〜ム、異世界へ。」