第144話 残虐
二回戦はあと5分ほどで始まる。闘技場に入る扉の前でフォニカさんは入念なストレッチを行っている。いまここに居るのはフォニカさん、俺、ジェルス。メレンはトイレに行っている。
「フォニカさん、気をつけてください。アイツは…………。」
俺がフォニカさんに言うと、フォニカさんは僅かに笑って答えた。
「わかってるよ。アイツの戦いはアタシも見てたし。正直、戦いたい相手じゃない。でも、だからって降参する気もないよ。」
ジェルスも口を挟む。
「……………危険すぎる。貴女を嘗めている訳じゃありませんが、降参した方がいい。アイツは…………相手を痛めつける事に何の罪悪感も無い。だから、あんな残酷な事ができる。」
「アタシ、戦うためにここに来たんだもん。降参なんてするつもりない。それに、観客も興ざめしちゃうしね。」
「だからって…………!!」
「何よりも、怖くて降参なんてしたらアイツに嘗められる。臆病者だとね。アタシ、相手に嘗められるのだけは我慢ならないの。…………わかってくれる?」
「……………分かりました。でも、本当に気をつけてください。」
その時、足音がこっちに近づいてくるのに気づいた。一瞬メレンかとも思ったが、メレンはもっと静かに、足音をほとんど立てず歩いてくる。
「よぉ、アンタら、知り合いだったのか。」
近づいてきたヨルダが声をかける。俺とジェルスはほぼ同時に身構え、奴を睨む。
「おいおい、おっかねぇなあ。そんなに睨むなよ。俺が何をしたってんだ?え?」
「テメェ…………フォニカさんをアイツ(リム)みたいな目に合わせたらタダじゃおかねえからな…………。」
「それは保障できねぇなあ。試合だぜ?ぶちのめし合いだ。何が起こるかは分からねえ。そこのお嬢さんだって、その事はちゃあんと理解してこれに参加してるんじゃないのか?」
「テメェ、調子に…………」
ジェルスが食ってかかるのをフォニカさんが止める。
「待って!落ち着いて!!アタシは大丈夫だから。」
「……………。」
ジェルスは納得いかなさそうだったが大人しく食い下がる。
「それでは、選手の二人は入場してくださいッ!!!」
「じゃ、行ってくるよ。」
「…………気をつけてくださいね。」
二人が闘技場に入っていった。
「…………あの野郎…………。」
「…………とりあえず、客席行こうぜ、ジェルス。」
「………………ああ。」
客席に向かう途中、メレンと合流し、三人で客席へ。
「さて、これから始まります二回戦第一試合!!!片方は前回チャンピオンを撃破したヨルダ・クーガー!!!これは優勝候補なのではないでしょうか!!!方や女性、フォニカ・グレイティス!!!先の戦いは相手の得意分野で戦い撃破、この強敵にどう立ち向かうのでしょうか!!!」
ワアアアアアア!!!
「それでは早速参りましょう!!!二回戦第一試合………………始めェッ!!!」
ドオン!!!
鑼のなり響いた瞬間、ヨルダが飛び出した。一気に懐へ接近し、肘打ちを放つ。フォニカさんはそれをギリギリで回避した。
フォニカさんが反撃で膝蹴りを放つが入りが浅い。大したダメージではないようだ。
ドッ!!
「うっ!!」
フォニカさんの腹に肘打ちがヒット。あれは危険だ。肘打ちは立ち技格闘技ではムエタイや総合格闘技くらいでしか解禁されていない。肘での打撃はひ弱な者でも手軽に高い威力を出せる。打ち所が悪ければ相手を殺してしまう事すらあるのだ。それを鍛えた奴が使えばどうなるかは想像に難くない。ムエタイですら肘打ちの防御法が無く、距離を取るしかない。つまり受け止められない。どれ程の威力かわかるだろう。
フォニカさんは幸い致命的なダメージではないようだが当たった部分を手で押さえてかなり痛そうだ。こっちとしては早く降参してほしいが、さっき言っていたようにフォニカさんは降参しないだろう。
ブォン!
ドガッ!!
「うああああッ!!!」
回し蹴りがヒット。更に数発追撃を喰らい、悲痛な叫び声が響く。頼む、早く降参を…………。
「う……………おらあああああッ!!!」
ガキッ!!!
「うおあああッ!!!」
ここでフォニカさんが反撃。強烈な胴回し回転蹴り。ヨルダの口元に直撃し、血が吹き出した。
「て、テメェェェェッ!!!は、歯を折りやがっ、あ、ああああああッ!!!」
ヨルダが痛みに堪えられず悲鳴をあげる。その体は怒りからか、わなわなと震えていた。
「テメェ、許さねぇ、許さねぇええええええッ!!!!」
ドガアッ!!!ドガッ、ドスッ、ドガアッ!!!
「キャアアアッ!!!あっ、がっ、ああああああッ!!!うああああああッ!!!!」
狂ったようなヨルダの猛攻に晒され、フォニカさんが悲鳴が響きわたる。すぐにフォニカさんが崩れ落ちる。
「しょ、勝負あり!!!勝負あり!!!クーガー選手、止めてくださいッ、死んでしまいますッ、もう終わったんですッ!!!」
しかし、ヨルダは決して止めようとしない。フォニカさんはもう叫び声をあげる力すらない。
「野郎…………ッ!!!」
俺とジェルスが観客席から闘技場へ飛び降りて助けようとする。しかし、二人までの距離は遠い。間に合うか?
と、その時。
「雷弓ッ!!!」
ズバァン!!!
矢のような雷が走り、ヨルダを撃ち抜く。ヨルダがフォニカさんから離れた。これを放ったのはもちろん……………。
「いい加減にしましょうか………………。」
「フロウ!!!」