誓いの唄(アール×アイリス)
「ティル・ナ・ノーグは本当に面白い街だと思うよ。何気なく歩き回るだけでも、記事にしたいと思えるようなネタがゴロゴロしてるし」
潮風に揺れる赤い髪が、きらめく夕陽の茜と溶け合いながら、黄金色の尾を引いていた。
「だから、取材を終えるまでにはもう少し時間がかかるかな。レイの奴にも、もうしばらく居させてほしいって、頼まねえとな」
暮れなずむ空の下で、“彼”は宝石のようにきらきらとした藍色の目を細め、水平線の彼方を見つめている。
――ううん、そうじゃない。
彼の青い瞳が見つめているのは、あの水平線の彼方よりも、ずっとずっと向こう。
果てしない大地の果て。
暗闇に閉ざされた海の底。
突き抜ける空の天井。
アールが見つめているのは、とてもとても、遠いところだ。
『世界中を旅して回って、その見聞を本にまとめる。言葉も文化も違ういろんな国の人たちから“面白い”って絶賛されるような、凄え旅行記を書いてやるんだ』
屈託の無い笑みと共に零されたその言葉が、昨日のことのように甦ってくる。
出会ったばかりの頃から、ちゃんと分かっていた。
彼の見つめるものはたった一つだけ。
希望に溢れた、前途ある“未来への道筋”だけなのだということを。
「アールは、取材が終わったらすぐに街を出るの?」
「ああ。ここ数年で王国のほとんどの場所は歩き回ったから――この街の取材が終わったら、そろそろ東へ向かおうかと思ってるんだけど」
「東?」
「シラハナだよ。この国へ来て、ますますシラハナの文化に興味を持ったんだ。言葉も全然分かんねえけど、まあ何とかなるんじゃないかって思ってる」
「そう、なの――」
貴方の見つめる先に、私の姿は無いのかもしれない。
だけど、それでも。
私に残された時間のすべてを使って、貴方の側に追いつくことができたら。
そうしたら貴方は、隣に立つ私を振り返ってくれますか?
――私には、時間がない。
だからこそ、誓ったはずだった。
限りある時間のすべてを、大切なもののために捧げると。
「シラハナの言葉を教えて欲しい?」
文句のひとつやふたつ――ううん、“今どれだけ忙しいと思ってるんだ”と、怒鳴り散らされることだって覚悟の上で、乗り込んできたはずだったんだけれど。
「お前さんは頭のいい奴だと思うが、シラハナの言葉ってのは、大陸の住人にとっちゃ少々とっつきにくい作りをしてるようだぜ。それでもいいんだな?」
ソハヤさんは何故か、嫌な顔を見せるどころか、まるでこうなることが初めから分かっていたかのように、すんなりと私の頼みを聞き入れてくれた。
「――は、はい。もちろんです」
あまりに拍子抜けだったせいか、私は相当に面食らっていたらしい。
面倒ごとを頼み込んだ本人の取る態度じゃないことは分かっていたけれど、とにかく私はひたすら唖然としていた。
「昨日の話なんだがよ」
こほん、と何やら意味有りげな咳払いをひとつ。
吊り上がった目尻を僅かに緩めたソハヤさんは、着物の裾へ両手を突っ込むと、私をちらと一瞥した。
「アールの奴がここへ来た。お前と同じことを言って、俺の持ってたシラハナの本を何冊か持ち出して行きやがったぜ」
チカチカと目元に星が飛び交うのが分かった。
火がついたように首から上の温度が高まっていくのを感じたけれど、今更それをどうこうできるはずもない。
「安心しな、俺をそこらの野暮ったい連中と一緒にするんじゃねえよ。あいつには黙っといてやる。まだ何も言っちゃいねえんだろ」
ぎゅっと口をつぐんだままたじろいだ私に、ソハヤさんはニヤリと悪戯っぽく笑った。
――私には、時間がない。
だからこそ、ここに誓おうと思う。
限りある時間のすべてを、大切な貴方のために捧げると。
お読みくださってありがとうございます!
緋花李さんのアイリスをお借りしました。
緋花李さん、ありがとうございます!
うちのアールにとうとう恋人が出来たのが嬉しくてっ!
それなのに鈍感まっしぐらの夢追い人でホントにすみません;
本編ではまだアールとアイリスの面識がほとんどないため“くん”付けなのですが、こちらではもう結構慣れてるという想定。
緋花李さんご本人から「たぶんアイリスはアールのことめちゃくちゃ好きだと思う」と言われて、妄想が爆発しました。
純愛を描くのが苦手な私にとっては、いろいろと試行錯誤が必要とされるお話でした……なんだろう、すんごい恥ずかしいです…………。
とにかくまずは、アイリスの親御さんにジャンピング土下座です……。