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†群狼戦術†

太陽も沈みかけ、生徒が殆ど校舎に残っていない中、金城ミロクは一人で帰宅していた。既に赤銅姉弟は帰っていて、黄昏をトボトボと歩く様は、どこか哀愁を漂わせる。

「……ったく、補習、長引いちまったな」

金城ミロクはレベル0だ。脳に直接電極をブッ刺してα波でリズム刻もうが、通常より多くの覚醒物質を投与しようが、精密機械が能力を拾い上げる事はない。レベル0というのは得てしてそういう存在なのだから、学校側が特別に個人補習を行うのも仕方がない。

(……いや、分かるんだけど。躍起になって能力値を上げたいって気持ちは分かるんだが、身体測定の精密機械が『君は脳の血管がブチ切れようとスプーン一本曲げられません』っつってんのに、『お前は能力が弱い馬鹿野郎(レベル0)だから補習です』ってのはこれ如何に?)

ちなみに補習の内容は、ESP特殊感応素材を用いたカード一二〇枚を置き、二枚の同じ記号・色のカードを当てるという物質透視(クレアヴォイアンス)の訓練だった。言ってみれば一人神経衰弱の様なものなのだが、一度間違えると全てバラバラにシャッフルし直すものだから一向に終わらない。

一二〇枚のカードから二枚の同カードを引くと言う事は、単純な確率論で1/60だ。結局、最終下校時間まで残っていた事を考えてみれば、自ずと結果が見えてくる事だろう。

(くっそ〜、緑川センセ容赦しねぇからなぁ)

担任教師であり精神科学の担当でもある緑川(みどりかわ) (ツムグ)を思い浮かべる。教師でありながら髪を真緑に染めたりやたら情熱的に生徒を教育したりとやたら奇行の目立つ教師だが、砕けた口調や気さくな性格はよく生徒受けしている。実際、金城ミロクも緑川ツムグは嫌いではない。ただ、その情熱教育がレベル0へと矛先を向けるのは勘弁願いたい。

人の可能性にゼロ(ナッシング)というものはない。もしゼロという可能性が出た時は、それは上書きの出来ない100%が生まれた瞬間だ。というのは、緑川ツムグが金城ミロクに対する口癖。

(……いや。確かに、レベル0=超能力が使えないって訳じゃねぇし、そこんとこも分からない訳じゃねぇんだけどなぁ)

能力開発を行った生徒は、誰もが例外なく何らかの超能力を身に付ける。レベル0という存在は、精密機械が拾い上げる事が出来ない程に、微弱か特殊かというだけだ。そして金城ミロクは、後者だった。

「あ〜ぁ、こんな眼なんかじゃなかったら、もっとステキ人生なんだろうなぁ」

鞄を振り回しながら、金城ミロクは街道を歩く。

右を向けばVRによる疑似立体映像(3Dホログラフィ)で野球のテレビ中継が流れ、左を向けば四角い箱としか形容のしようがない警備ロボットが車輪を鳴らしながら移動している。

車道には電池機関(エレクトロリアクター)で動くエコバスが走り、空には腹に液晶パネルをつけたヘリウム飛行船が化粧品の宣伝をしている。どれもこれも大学の研究室で生まれた試作品だが、この街に住まう人間には重宝されているのだ。特に今の季節、ゴキブリを一秒で即死させながらも、常温で気化するのでベタ付かない殺虫剤が作り出されたりというのも珍しくはないのだ。

《ファシリティス》は、施設の外と比べて科学水準レベルが高い。軽く五〇年は先行しているのだとか。基本的には外部との交流がない施設生徒では、果たして外の科学力がどれだけ低いのかは分からない。

「……まぁ、そんな事ぁどうでもいいとして、今日の晩飯はどうしよっかなぁ」

昨夜は赤銅シオンのせいで、野菜が軽くなくなった。そろそろ買い物をしなくてはならないし、何よりタンパク質すなわち肉がないのはかなり致命的だ。育ち盛りの男にとっては、それは黒色火薬(ブラックパウダー)のない通常弾薬(ラウンドノーズ)みたいなものだ。いまいち分かりづらいなこの例え。

(あぁ、そう言えば、確か近くのスーパーで複製培養(バイオニックスタック)の国産牛肉がセールだったよな。いっそ六〇〇グラムは買って帰るかな?そんだけありゃ三日は持つし、あぁそれに野菜も欠かしちゃいけねぇよな。屋内製造(セカンドプリオート)のキャベツとピーマンとブロッコリーと人参、基本はこんくらいかな?)

限りなく主婦然とした事を考えながら、一週間先までの献立を考えていく。一人暮らしでやりくりする者にとっては、年齢の誤差など関係ないのだから。

ちなみに、《ファシリティス》には『外』の食材は滅多にない。《ファシリティス》の内部には何十棟という窓のないビルがあり、肉や野菜を問わず遺伝子を組み替えた食品が生産されている。『外』ではこういう行為が一般に『気持ち悪い』と言われているらしいが、やはりこういう点をみても『中』と『外』での考え方は違う。

(……逆だよなぁ。ビルの中で管理されてる清潔な野菜や安全な肉は食えるけど、何が入ってるか分かんねぇ土で育った野菜とか肉とか、口に入れられねぇよなぁ)

野菜は人工紫外線やオゾンで殺菌しながら、小さな羽虫すら入り込めない部屋で栽培され、肉類はクローン技術で複製された牛や豚や鶏などを成長促進培養液に漬け込んで製造しているので一週間で食べられる動物を作り出せる。

完全密封された殺菌空間で作られる食べ物。

虫の一匹も入り込めないので農薬を使う必要もなく、安心安全に口に入れる事が出来る。外部から取り寄せている僅かな食物というのも、《ファシリティス》に搬入されるまでに八つの磁気探知(ICガード)と五つの電子探知(VRガード)を通し、微生物や不純物、遺伝異常の有無を調べてようやく『中』に入るという徹底ぶりだ。

窓のないビルに囲まれた食物は安全で、それが気持ち悪いだと称する『外』の人間の無神経さを疑――

「グギャア!」

――不意に、叫び声……それもとびきり悲痛の悲鳴が路地裏から聞こえた。金城ミロクは思考を中断し、路地裏に視線を向けた。

薄暗い、街灯すら届かない暗闇の向こうから。何か、『まるで冷凍された肉が打ち砕ける様な』硬質的な音が、グチャリブチャリと聞こえてくる。

「……喧嘩か?」

だが、それが聞こえて尚、金城ミロクは特に狼狽えたり不審に感じたりはしない。超能力者同士の喧嘩なんてのは特に珍しくも何ともない。ともすれば火の玉、雷の槍、風の刃なんかが飛び交う事も『日常』だ。かく言う金城ミロクも何度もそういう修羅場をくぐり抜けている。まぁ基本的にはレベル0なので逃げる事が主なのだが。

「……どっかの低レベルが高レベルに喧嘩でも売ってんのか?」

聞こえてくる鈍い雑音は、どうも一方的すぎる。大人が子供を軽くあしらう、というよりは虐待する様な、正義という言葉が抜け落ちたものだ。しかも、叫び声は複数、あがっている。

自らの名を売る為に、低レベルが集団で高レベルを群狼戦術(ウルフパック)で襲いかかるという事件は《ファシリティス》でもよく聞く。いくら超能力があろうと、究極的に銃に勝てる能力者というのはほんの一握りだ。所詮は人間に過ぎないので人海戦術の前ではなすすべなく高レベルが負ける事がよくあるが、今はどうなのだろうか。

(……高レベル狩り、か。ちょっくら見てみるかね)

それは、ほんの小さな好奇心。飛び交う超能力の流れ弾が当たるかも知れない戦場に足を踏み込む、危機感をも上回る小さな好奇心に過ぎない。

いざとなれば、金城ミロクには『眼』がある。精密機械が拾い上げられず、ある条件が揃わなければ何の意味も意義も見当たらない様な、役立たず(レベル0)の『眼』。

薄暗い路地。金城ミロクは目を瞑り、見開き、一歩を踏み出した。





†††††††††





「い、一斉射撃!」

ボパパパパパパ、と。けたたましい音を奏でて薄暗い空間に閃光が迸る。ビルに囲まれた隙間により出来上がった、一〇メートル四方の正方形に切り開かれた、ポッカリとした異質な空間には、一人の少女を囲う様に総勢二〇人の少年少女がいた。

閃光は、様々な属性の能力だった。火、水、土、風、雷、氷、その他にもよく分からない能力が、一斉に中心の『白い』少女に襲いかかる。

だが、非常事態にも拘わらず。

それでも『白い』少女は、熱したナイフでバターを裂いた様な、薄く引き延ばされた笑みを浮かべていた。





「あはん、あははん、あはぁん。そんなちゃちな攻撃で、アっタっシを殺れる訳がないでしょうがァ!」





ザギィン、と少女の周囲に突如として氷の壁が出現し、あらゆる属性の能力は封じられた。驚愕に目を剥く少年少女ら。

「あはん、あははん、あはぁん!ホラホラ、そんなにトロトロして、女の子を悦ばせる事なんか出来ないわよ!?」

ニタリと不気味に嗤う白い少女は、氷で造られた分厚い壁を砕き、走り出す。そもそもの身体能力が高いのか、ほんの一秒もかからずに一人の少女の目の前に現れ、掌底の様に腹部に手を添える。

――異変は、急激に表れた。

「キッ、ぃ、ひァ……!?」

ビキビキと、凍り付いていく少女の身体。計算式に無駄がないのか演算式が膨大なのか、はたまたはその両方の相乗効果なのか、こう言って仕舞えば何だが実に鮮やかに、急速に。

「はぁい、これで一つ冷凍マグロの完成〜♪」

嗤う白い少女は、次に別の獲物に狙いを定める。蛇に睨まれた蛙の様にその場で硬直していく少年少女らは、ピキビキと凍り付いていく。

「そん、な……これが、レベル7……!?」

「あはん、あははん、あはぁん!そうよ、これがアタシのレベル7。アンタ達が到達出来ない絶対零度(コールドスクラム)よ!」

狂笑する白い少女――絶対零度(コールドスクラム)は、両手を翼の様に広げる。その姿はまるで十字架にも見えるが、神々しい印象というのは欠片もなく、むしろ磔にされた悪魔の如く凶々しい。

見開いた眼はギョロリと生き物の様に少年少女を見据え、次々と氷付けにしていく。涎を垂らさんばかりに引き裂かれた口は歪んで嗤い、双眸は灼け爛れた異質で異常な光を帯びていた。

「あはん、あははん、あはぁん?こんだけ頭数揃えて襲いかかってきておきながら、掠り傷一つ負わせられないの?キャハハ、ダセェダセェ!少しは気合い見せて再挑戦(リターンマッチ)してみなさい!」

立っている事もままならず、膝を突いていく少年少女。じわじわと自らの身体が凍り付いていく様を見て、冷静になれる者などいる筈はない。

それはまるで、手首を縛って、腐っていく光景を見せつける、という拷問にも似た、恐怖。

「あ、ハ、はっ、ハッ、ハァ!そんなガチガチになってちゃあねぇ緊張してんのかっての!あはん?アタシが揉み解してあげましょぉかぁ?」

立ち上がれ(レイズしろ)、と言わんばかりに歪んだ笑み。しかし、残暑とは言え薄い夏服を着た少年少女らに、その気力はない。考えて欲しい、半袖姿でマイナス六〇度の企業用冷蔵庫に閉じ込められて、平気な者がいるだろうか。

これは超能力の範疇を遙かに超越している、と一人の少年は、朧気な意識の中、思う。

超能力の強弱というのは、決して戦闘力の有無ではない。能力自体はただのリトマス紙に過ぎず、開発する意味は物理法則(ルール)を自由自在に操るすべを探る事だ。リトマス紙の色が変わった、抗生物質(かぜぐすり)を飲んだら風邪が治った、それで喜ぶのは子供だけだ。

詰まる話、超能力と言うのはただの能力(アビリティ)の域を抜ける事はなく、故に個人で拳銃に勝つ事の出来る超能力者というのは、二〇〇万人を越す超能力者を収容している《ファシリティス》に於いても、ごく一握りだ。

では、短機関銃(サブマシンガン)は?突撃銃(アサルトライフル)軽機関銃(ライトマシンガン)重機関銃(ヘビーマシンガン)は?戦車、戦闘ヘリ、音速戦闘機は?化学兵器、生物兵器、中性子爆弾、究極的には核兵器は?

そんな物に勝てる能力者なんて、存在しない。薬物投与や直接脳に電極を取り付けるなんて、国際法をかいくぐる様な生体実験をしてまで力を手に入れるくらいなら、拳銃でも持てばいい。日本でも五万円程度で安物拳銃(ノリンコTT33)を手に入れる事が出来るのだから。

だが、果たして。白い少女・絶対零度(コールドスクラム)はどうだろうか?勿論、核兵器クラスの武装に敵うとは到底考えられないが、それでも少なくとも戦車や戦闘ヘリや音速戦闘機を相手に、笑顔で突破出来そうな実力の持ち主である。

それは、化け物だ。目の前にいる白い悪魔、引き裂いた様な引き攣った口はまさに悪魔を彷彿とさせる。

どうしてこんな悪魔に喧嘩をふっかけて仕舞ったのか。少年は、ようやく自らの愚かさを呪った。腹を空かせたライオンが開いた咥内に、頭を突っ込んだも同然だ。

「あはん、あははん、あはぁん。ったく、つまらない。あぁつまらないつまらないつまらない。本気で立ち上がれないってんなら、アタシに喧嘩ふっかけてんなっつぅの。殺しゃしないから、次に復讐(レイズ)する時ゃもう少しレベル上げときなさい」

パキパキペキパキ、と。絶対零度(コールドスクラム)の手の内に明瞭感のある、宝石の様な光沢を放つ剣が生み出される。どうやら、空気中の酸素と水素を合わせて作り上げた水分子を圧縮して固めた様だ。

分子の振幅運動を停止させるだけの能力、曰く、絶対零度(コールドスクラム)

「付き合ってあげた礼くらいはもらうわよ。あはん、あははん、あはぁん。そうね、右腕の一本くらいなくても平気じゃないィ?ちゃんっと傷口を冷凍して出血は抑えてやっから安心しなさいな、キャハハッ!」

白い少女は少年の右腕を踏みつけて固定し、氷の剣を振り上げる。

「あはん、あははん、あはぁん。それじゃあバイバぁイ」

仮面の様な笑顔を顔面に張り付けたまま。

双眸の奥にくすぶる、限りなく冷めた光を鈍らせる事なく。

振り下ろし――





「流石にやりすぎだろ、そりゃ」





横合いから伸ばされた手が、剣を振り下ろす絶対零度(コールドスクラム)の腕を掴んだ。

「……あ?」

「路地裏の喧嘩にルールなんかねぇ……ってのは分かるけど、一方的なのは好きじゃない。止めとけ」

絶対零度(コールドスクラム)は眉間にしわを寄せ、自らの腕を掴む金髪の少年を見上げた。

「……アンタ、誰?」

「名乗る程じゃない。ただのレベル0だよ」

絶対零度(コールドスクラム)は、新たに現れたレベル0と名乗る金髪の少年に掴まれていた手を振り解き、距離をとった。

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