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†日常風景†

「……頭痛ェ」

金城ミロク、寝起きの一言は二日酔いが原因だった。昨夜は赤銅シオンの自家製・密造酒を無理矢理呑まされて共犯にされたのだ。それも、一・五リットルペットボトルを一本丸々、流し込まれる様に。

「うぅ……晩飯辺りから、記憶がない。まるで一週間も間があいた様に……」

部屋を見渡す。

テーブルの上には片付けていない夕飯の皿や器が所狭しと並んでいて、ベッドの隣には赤銅シオンが眠っていて、カラになった濁酒の入っていたペットボトルが床に散乱していて、買い置きしていたお菓子類は酒の肴として食されていた。何というか、傍若無人な赤銅シオンの行動に呆れを通り越して笑って仕舞う。

………………、ん?

たった今、部屋を見渡した際に感じた違和感。

(えっと……落ち着け。冷静に反芻しろ)

反芻してみる。

『テーブルの上には片付けていない夕飯の皿や器が所狭しと並んでいて、ベッドの隣には赤銅シオンが眠っていて、カラになった濁酒の入っていたペットボトルが床に散乱していて、買い置きしていたお菓子類は酒の肴として食されていた。何というか、傍若無人な赤銅シオンの行動に呆れを通り越して笑って仕舞う』

……、えっと?

……『隣には赤銅シオンが眠っていて』?

バッ、と金城ミロクはもの凄い勢いで隣を振り返った。

そこには、赤銅シオンが安らかな表情を浮かべて眠っていた。同じベッドの中で、寄り添う様に。

(……え?あ、あれぇ!?何だってまた親友の双子の姉が僕の隣で眠っているのでしょうかねぇこんな素敵フラグにも拘わらず流れ出る汗が止まんないよ酔った勢いでなんてイヤ――!)

ベッドの上で苦悶し苦悩する金城ミロク。そんな事はお構いなしに、制服のまま眠る赤銅シオン。よく分からない内によく分からない展開が、ワンルームの学生寮にあった。

(……って待て待て、まだ諦めるな俺!よく見たら俺もコイツも制服姿のままじゃねぇか!)

冷静に判断してみれば、どうやらR指定に引っかかる事態ではない様だ。恐らく、酔い潰れて眠る金城ミロクのベッドに、寝ぼけた赤銅シオンが入り込んで来たのだろう。

そうと分かれば恐れる事は何もない。金城ミロクは情け容赦なく問答無用に、日頃の怨みを込めて赤銅シオンをベッドから蹴り落とした。ゴンと、まるでフローリングに頭をぶつけた様な鈍い音が聞こえてきたが、金城ミロクは気にしない。

「おい、さっさと起きろ。まだ時間はあるんだから、シャワーぐらいは浴びに帰れ」

赤銅シオンの身体を揺する。普段は殺人的に暴力的な振る舞いをしている赤銅シオンの身体が、意外にも繊細そうに華奢な事にドキッとしたが、それでも金城ミロクは揺するのをやめない。

へんじはない。ただのしかばねのようだ……。

「おぉシオンや。しんでしまうとはなにごとだ、ってんな馬鹿な事を言ってる暇なんてねぇんだよ!ホラ、早く起きねぇか!」

「……んん?」

ピクピクと赤銅シオンの眉が細かに動く。あとは一気に覚醒まで促せばいいだけの話だ。ここぞとばかりに金城ミロクは赤銅シオンの身体を揺する力を強めた。

「朝〜、朝だよ〜!朝ご飯食べて学校に行くよ〜!」

「んむ……朝ぁ?」

「そう、朝。あのまま寝たッポイから風呂も入ってねぇし着替えもしてねぇんだよ俺ら。ホラ、自室に戻ってシャワー浴びてこい!」

「ふぁい……りょーかー……い」

明らかに寝ぼけて間の抜けた声を出しながら、グッタリした身体を起こして赤銅シオンは立ち上がる。そのままキョロキョロと視線を動かし、





何を思ったか、おもむろにブラウスのボタンを外し始めた。





「……Why?」

シュルリとリボンを紐解き。プチ、プチ、と非常にゆったりした、しかし習慣づいて確かな動きで。赤銅シオンはブラウスのボタンを全て外し、脱ぎ捨てた。赤銅シオンのイメージにそぐわない淡い水色のファンシーなブラ一枚しか身に着けていない上体を金城ミロクの眼前に晒し、次にスカートに手をかけた。

「ちょっ、それ以上はアラユル可能性と意味合いを込めて待って下さいませんか赤銅サン!?何故に僕の部屋でストリップを始めているのか理由を四〇〇字詰め原稿用紙五枚以内で説明しなさいハイ確実に寝ぼけてるんですね分かりました!というかそれだと意識が戻った瞬間に僕が血みどろな肉塊にされそうなので出来れば服を着て意識を覚醒させて下さいそしてだからスカートを下ろすなっつってん――イヤァあア!確実に後で来るだろう八つ当たりが怖い!」

ストン、と。赤銅シオンのスカートはニュートンの発見のままに床に落ち、淡い水色のショーツが金城ミロクの目の前に露わになる。どうでもいい話なのだが、金城ミロクは床に膝を突いた状態なので、素敵光景はまさしく文字通り『目の前』に広がっている。

「……えと、……あの、……その、……んと、……赤銅シオンさん?」

恐る恐る、金城ミロクは訊ねる。視線はピクリとも動かす事は出来ずに、ただ赤銅シオンの滑らかな肢体を凝視するだけだ。

そんな、朝の静寂な空間に、破滅の音は唐突にやってきては全てをブチ壊した。

「ミロクー、いつも通り朝ご飯作りに来たよー」

ガチャ、と開く玄関。その異質で無機質な音に、ようやく赤銅シオンの意識は覚醒した。派手な紫の髪をした突然の来訪者・赤銅アオイは扉を開けた時の、いつも浮かべる笑顔のまま固まっていた。そしてそれは金城ミロクも赤銅シオンも同じ事だ。

(…………………………………………………………………………、えっと?と、とりあえず現状を把握してみませう)

金城ミロクはしゃがみ込んでいて、赤銅シオンは下着姿のままブラのホックに手をかけていて、赤銅アオイは今来たばかりで事情を知らない。

結論としては、何だかよろしくない展開であるご様子。というか、見る見る内に顔を真っ赤に染める赤銅シオンの肩が恐ろしいまでにブルブル震えているんですがこれはいわゆる嵐の前の前兆なんですかねー!と金城ミロクはようやく視線を背けながら頭を掻き毟る。

「……えっと、お邪魔しました」

「アオイ!今は人を気遣うその性格がやたら癪に障る!」

赤銅アオイは額に脂汗を浮かべたまま玄関の扉を閉じた。紫髪の少年のいなくなった空間には、下着だけを身に着けて顔を真っ赤にしている少女と、対照的に顔を真っ青にしている少年だけが残された。

「……ぃ、」

喉が涸れた鳴き鳥の様な音が、赤銅シオンの口から漏れた。反射的に立ち上がる金城ミロク。

「ストップ!タイム!ウェイト!とりあえずこれは冤罪でありここで叫ばれて人に見られると明日から俺がどんなレッテルを貼られるか分からない故に勘弁して頂きたく候つまりアレだごめんなさい!」

冤罪である事を主張しようとしていた金城ミロクは何故か後半謝りながらも、赤銅シオンから視線を逸らしたままブラウスとスカートを押しつける。

だが、まるでバーナーで氷を熱する様に、赤銅シオンの臨界点は急速に溶けていく。

グッ、と拳を握り締める。その拳周りの空間が圧縮された重力のせいで、夏場のアスファルトから立ち上る陽炎の揺らめきの如く、光の屈折率をねじ曲げて歪み、

「……ぃ、いぎゃぁぁぁあああああああ!」

拳が風を切り裂き、高圧重力は金城ミロクの鳩尾(人体急所の一つ)に深々と突き刺さった。

(……あれ?悪いのって……俺なのか?)

断末魔の悲鳴すらあげる暇もなく、薄れ逝く意識の中、金城ミロクは漠然と思った。





良い子も悪い子も絶対に真似をしないでネ☆下手打つと呼吸困難でマジ死にます。





†††††††††





素敵フラグの誤解を解いたというか説いたのは、三人で登校していた時だった。

隣に佇む、アシンメトリーの髪を紫に染めた少年は、アハハと苦笑いを浮かべている。

赤銅アオイ。

身長は一八〇強と長身で、紫に染めた髪は左右の長さがバラバラのアシンメトリー。目はやや垂れ気味で、人なつこそうな笑顔を常に絶やさない、赤銅シオンの双子の弟とは思えない良キャラだ。ガンツフェルト開発実験により覚醒した能力は自己発電(エレクトロルーター)のレベル1で、静電気を起こすぐらいしか能はない。

たかが静電気を生み出す。それだけでも、金城ミロクの羨望の対象になるには充分すぎる訳だが。

九月に入っても気温は高く、ジリジリとアスファルトから陽炎が立ち上っている。ここ《ファシリティス》の道路や地面には指向性衝撃吸収変換素材(ショック・リソート・オートマティック・マテリアル)、略してSRAM(スラム)と呼ばれる緩和素材が使用されていて、人が歩く際の振動や太陽光による光熱を、地下に埋め込まれている蓄電機に電力として変換させる。

《ファシリティス》での主な電力源は風力発電とSRAMが担当しているので、基本的にガス製品は殆ど存在しない。生徒の通学に使用されている完全独立型無人思考バスもソーラー電池による電動モーターである為に、排気ガスは一切ない。最高の能力開発施設であると同時に、広大なエコロジカル都市でもあるのだ。

「……でもある訳だが、どうせなら余熱を出さない完全変換SRAMを作ってもらえないものか。地面から立ち上る陽炎は見ててウゼェ」

ただ歩いているだけなのに汗が吹き出る暑さというのは、人類が犯した温暖化(つみ)だ。電気を使っても二酸化炭素は出るから仕方ないにしても、もう少し《ファシリティス》の様にエコロジーに生きて頂きたい。

という思いを込めた金城ミロクの呟きは、左右を歩く双子に打ち捨てられる。

「余熱を出さない程に完璧じゃ、地面が凍り付くじゃない。ある程度の加減をしないと、生活に支障が出るのよ」

「それに、衝撃を全て吸収してたら足が地面に埋まり込んで動けなくなるよ」

「……分かってるよそんな事。いいじゃんこんなクソ暑い日ぐらい夢見たってさぁ!」

ぎゃーす!と金城ミロクは叫び散らす。赤銅シオンも赤銅アオイもその奇行に慣れているのか、特に気にした様子もなく自立バス停留所へ向かった。

そこには、見慣れた少女の姿があった。腰まである一本の長い三つ編みを揺らす少女は、辺りの音をも呑み込んだかの如く、閑静な空気を漂わせながらハードカバーを読んでいた。

「げっ、空襲爆撃(パイロキネシス)……」

あからさまに表情を歪めた赤銅シオンは、腹の底から捻り出す様に低い声で呻いた。

バス停留所のベンチに座る、有名なお嬢様学校の制服を着た茶髪の少女は、ふと顔を上げた。そして赤銅シオンの顔を見て眉根を寄せて渋面を作り、次に赤銅アオイの顔を見て薄く微笑み、最後に金城ミロクの顔を見てこれ以上は無理ですと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。

「金城先輩!」

少女・茶道リンは一刻を争うとでも言わんばかりに読んでいた本に栞を挟む事なく閉じ、金城ミロクの傍へ駆け寄った。両手を広げ、抱きつかんばかりの勢いだ。

――が、すかさず間に割り込む赤銅シオン。

「お早う、空襲爆撃(パイロキネシス)

努めてにこやかに、赤銅シオンは笑顔で朝の挨拶をした。

重力管制(グラビティバウンド)……!」

嫌悪感を隠す事なく赤銅シオンを睨め付ける茶道リン。普段の人懐っこい笑顔なんて、微塵も感じられない。

睨み合う二人。決して何らかの牽制を飛び交わす訳ではなく、徹底的に真正面から正々堂々と睨み合う。とは言っても、それは金城ミロクや赤銅アオイの様な低レベル帯の能力者の睨み合いではなく、空襲爆撃(レベル7)と重力管制(レベル6)の睨み合いだ。

茶道リンの周辺の空気は分子振動が活発化して《ジジジジジジジッ!》と切れかけた蛍光灯の様な音を発しながら火花が散り、赤銅シオンの周囲は重力の方向性の変質によりSRAMが衝撃を受けきれずに砕けたり大気を歪めたり街灯をねじまげたり、とにかく壮絶な現象を生み起こしている。これは能力者の意識に関係なく、感情の起伏により能力を具現させる計算式が外に漏れ出す『無意識の自我(エス)』現象と呼ばれる。

閑話休題。

「また始まったなぁ……」

「また始まったねぇ……」

金城ミロクと赤銅シオンはため息混じりに呟いた。

赤銅シオンと茶道リンはかなり仲が悪い。それは相性が合わないだとか馬が合わないだとかそんな単純なレベルではなく、いがみ合いというよりは憎み合いと表現しても問題ない程だ。

レベル7の空襲爆撃(パイロキネシス)とレベル6の重力管制(グラビティバウンド)が、いつ怪獣映画並の喧嘩を始めないかと気が気でならないものだ。

「……ってか、今更だけどさぁ。何であの二人は仲が悪い訳?」

「……ミロク。その台詞はあからさまに多数ヒロインのギャルゲーの主人公か馬鹿小説やマンガの主人公みたいで理不尽なまでに怒りの矛先が向くから止めた方がいいよ?」

「?」

理由を知らない金城ミロクは疑問符を頭に浮かべ、赤銅アオイはこめかみをヒクヒク動かしながら答える。

「ほらほら、もっと笑った方がいいわよ空襲爆撃(パイロキネシス)。でないと可愛く見えないわよ?」

「フンッ。貴女こそ少しはそのヘラヘラした素敵な笑顔を抑えた方がいいですよ?男に媚びる娼婦の様です」

《ジジジジジッ》と茶道リンの放つ火花と、《ズゴゴゴゴッ》と赤銅シオンの放つ重力の乱れ。少年マンガのラスボス戦みたいな光景が広がっていた。停留所にて自立バスを待っている他の生徒らは、炉心核融解(メルトダウン)でも引き起こしそうな勢いの二人から距離をとり始めている。

頭と胃を痛めている場合じゃない、と我に返った金城ミロクと赤銅シオンは二人を宥め、どうにか事なき事を得た。

それから、到着したバスが目的地である学校前の停留所に着くまで、終始ギチギチした険悪な空気を醸し出していた。

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