†超能力者†
ガガガガガガガガガガガガ!
断続的に拳銃を撃ち、弾幕を張って敵の追撃を塞いでいく。
敵――それはすなわちゾンビだ。腐りきり、こそげ落ちた屍肉にも拘わらず、尚も二人の少年少女に襲いかかる。
少年はゾンビが迫った瞬間に頭を正確に撃ち抜きながら、隣にいる少女に襲いかかろうとしているゾンビを撃退していく。
「大丈夫か?」
「は、はい……平気です」
強ばった表情を無理に笑顔に変えた様な、ひきつった顔で少女が答えた。それも仕方のない事だ。少年は幾度となくこういう修羅場をくぐり抜けてきたが、少女は『こういう』状況は初めてなのだ。
「前を向いて、照星を敵に向けるんだ。後は引き金を引けば当たる」
少女を落ち着かせる為に、少年は笑いながら廃墟と化したビルの階段を駆けあがっていく。少女もそれに続く。
ワンフロア全域に徘徊しているゾンビを撃ち抜き(殆ど少年が殺した)、更に屋上へと続く階段を上っていく。
少年の双眸に宿る力は、何の役にも立たない。群がるゾンビを撃退する事も出来なければ自分の身一つ守る事も出来ない。それは永久に変わる事のない、役立たずの能力だ。
しかし、少年は手に持つ拳銃を握り締める。彼の双眸に宿る力は何の役にも立たないが、幸い、隣で怯える少女を守りながら戦うだけの戦略的技術はある。今はそれだけで十分だと、少年は自虐的に笑う。
屋上へと続く階段。最後に上と交わした通信の内容が正しければ、もう既に屋上に救助ヘリが来ている筈だ。二人はそれを目指し、上からも下からも迫り来るゾンビを撃ち抜きながら、走る。
やたらと重厚な扉を開け、屋上に飛び出す二人。
そこには、ヒュンヒュンとプロペラを回すヘリコプターがあった。二人はヘリに近付いて行く。
「あ、あっ、あぁ!ヘリですよヘリ!」
「いや……まだだ!」
大きな音に負けないくらい、少年は声を張り上げる。気配を察したのか、走る足を止めて即座にバックステップを取る。
――瞬間、
ズズン、と。
空から降ってきた巨大な『何か』が、救助ヘリを踏み潰した。
「……え?」
きょとんとした表情を浮かべる少女。何が起こったのか分かっていないのだろう。
そこにいたのは、全長五メートルはあろう巨体のゾンビ。溶ける様にグズグズに腐った肉片は非道くグロテスクで、ギョロリとこぼれそうな双眸が二人を漠然と見つめる。
「ククッ……これで最後だ、ふんばるぞ!」
「は、……、はい!」
二人は改めて拳銃を構え、巨大なゾンビに向かって走り出した――。
†††††††††
GAME OVER。
大きな液晶画面には、そんな文字が浮かんでいた。
「くぁ〜!やられた〜!」
派手な金に染めた髪をガリガリと掻き毟りながら、底辺学校の夏服を着た少年・金城 弥勒は叫び散らした。
「す、済みません……私が足手まといなばかりに……」
金城ミロクの隣に佇む、腰まである色素の薄い髪を一本の三つ編みにした、お嬢様学校の夏服を着た少女・茶道 凛は心底申し訳なさそうに俯くばかりだ。
「いや……たかがゲーム如きでそこまで畏まられても……別に怒っちゃいないさ」
二人がやっていたのは、ゾンビを次々と殺していくガンシューティングゲームだ。
しかしこの機体は通常の物と違い、少々トリッキーなシステムを採用している。それはゲームの成績と共にゲーム中の心拍数を計測し、プレイヤーの臆病度を評価すると言うものだ。如何に成績が高かろうと臆病と判断されればランキングには載れず、『どれだけ極めて冷静に好成績を出すか』が問題となっている。ちなみに金城ミロクは既に慣れたものだが、ゲームセンター初体験である茶道リンは『臆病の中の臆病』という評価を下されていた。
「はぁ〜……ドキドキしましたぁ……」
「それでもゲーセン初心者にしちゃ上出来だったよ」
金城ミロクは笑いながら茶道リンの頭を撫でた。まるで熱に浮かされた様にトロンととろけそうな、擽ったそうな笑みを浮かべる茶道リン。
「よし、次は何をする?何かやりたい事とかってあるか?今日は驕るよ?」
「いえ……私、げーむせんたーはよく知らないので、その辺りは金城先輩にお任せします」
「はいよ」
金城ミロクは辺りを見渡して考える。音楽に合わせてボタンを叩くゲームはそれなりに練習してないと出来ないので却下、パンチングマシンなんて論外だし、脱衣麻雀なんて番外だ。二人で遊べて、初心者がそれなりに出来て、なおかつ手加減しやすいゲームを考慮していく。
「う〜ん……じゃあ、あれなんてどうだ?車運転するレーシングゲームなんだけど」
「無免許者は車の運転は厳禁ですよ」
「……いや、だからこその疑似体験だし」
金城ミロクは頭を掻きながら、次を提案する。
「じゃああっちの格闘ゲームは?あれは結構、操作が簡単だから初心者でも熟練者に勝つ事が稀にあるし」
「喧嘩はいけません」
「……、」
ふむ、と金城ミロクは顎に手を当てて考える。
茶道リンが通っている中学校は有名なお嬢様学校だ。しかも、お前ら聖人君子でも育てるつもりかとツッコミ待ちをしている様な厳戒態勢を取っている、生粋で真性だ。この価値観の違い……というか根本的な考え方の違いはそれが原因だろう。
今でも『ゲームセンターは不良が行く場所』なんて迷信が浸透している様な学校だ。もはや、生粋とか真性とかを通り越して洗脳と言って仕舞っても過言ではない。
「ん〜……」
レーシングも格ゲーも、あくまで疑似体験だ。そこを諭してゲームの楽しさというものを教えてやるのもいいのだが、今度は『いくらゲームでも制限速度は守らなくてはいけません』とか言い出し兼ねない。時速四〇キロで走るレーシングゲームなんて、一番始めの敵(CPU)にだって勝てやしない。
ちなみに、今までやっていたガンシューティングの前は『銃刀法違反です』と言っていた。この街では三軍と呼ばれる自警団が銃をバカバカ撃ちまくるのを知っているのに、今さら銃刀法違反も何もないと思う。
「う〜ん……」
どうしたものかと金城ミロクは頭を悩ませる。
「あ。あれなんてどうだ?」
「あれはなんですか?」
「あれは写真を撮る機械です」
何故に英語の教科書の様な口調?とか金城ミロクは思ったが、あまり気にせずに茶道リンを後ろに感じながらプリクラ機体に向かう。
女の子向けで、二人で楽しく、なおかつあまりゲーセンに来れない茶道リンにとっては、この選択は果てしなく正しいのかも知れない。
「ほら、こっちこっち」
女の子の間ではどの機体が評判とか全く分からない金城ミロクは、さりげなく四〇〇円機体ではなく三〇〇円機体を選び、テキトーに入っていく。投入口にコインを入れながら、金城ミロクは茶道リンに向き直る。
「写真……ですか」
「そう。ほら、こっち寄れ」
金城ミロクは茶道リンの頭を鷲掴み、ぐいっと寄せる。こうでもしないとフレームに収まりきれないのだ。ピッタリと身を寄せ合う茶道リンが、顔を真っ赤に俯こうとした瞬間、
『3・2・1、は〜い♪』
パシャっ。
シャッターが切られた。
「え、あっ、わ、ぃ、ぇえ!?」
わたわたと慌てふためく茶道リンをそっちのけに、機体は次々に速写していく。可愛らしい機械の声が響く度に、さらに高速度で慌てていく。まさに悪循環だ。
そんな『普通』な少女を横目に身ながら、金城ミロクはぼんやりと思う。
それは――、
†††††††††
「あ〜!面白かったですぅ!」
「……そうか、よかったな」
普段は物静かな性格の筈の茶道リンは、ゲーセンから出るや否やグイッと背伸びをしながら歓喜を叫ぶ。一方の金城ミロクは浮かない顔をしたまま財布と相談していた。
「それにしても、格闘ゲームって楽しかったですね!レーシングゲームというのも感動しました!」
「お、俺に連戦連勝したからっていい気になるなよ小娘風情が!あ、あんなんビギナーズラックだ!」
言い訳がましい金城ミロクの弁。普段は学校の近場のゲーセンでそれなりに戦績を上げていたが、何故か初心者の茶道リンにボロ負けしまくったのだ。この辺りが凡人(レベル0)と天才(レベル7)の違いなのだろうかと金城ミロクはぼんやりと思う。
(……まぁ、いいか)
茶道リンが楽しいと思ったのなら、金城ミロクが散財した意味もあるというものだ。格ゲーやレースで今度は返り討ちにしてやろうと心に誓いながら、金城ミロクは茶道リンの隣を歩く。
ふと目の前を見てみると、この街一の底辺学校と言われる高校の制服を着た男が三人、並列して歩いてくる。ガラの悪い如何にも『不良』然とした連中だ。
(……真っ直ぐ行くと、確実にぶつかるな。う〜ん……今はあんまり関わり合いになりたくはないしなぁ)
さんざん迷った金城ミロクは、隣を歩く茶道リンを見てようやく決断した。三人との接触を避けるべく、スススと茶道リンの前に立って直列体制を取って問題を避けようとした。
――そう。問題を『避けようとした』、が。
「むっ」
茶道リンが反応した。金城ミロクの制止より先に動いた茶道リンは不良三人の目の前に立ち、ビシリと人差し指を向ける。
「貴方達!歩道を歩く際に並列になるなとは言いませんが、少しは気を遣ったらどうですか!?前から歩いてくる人がいたら避けてあげる、それが常識でしょう!」
うわぁバカァ正義感強すぎもうちょっと諍いのない生き方は出来ないんですか貴女は!?という早口な言葉を呑み込みながら、金城ミロクは茶道リンの肩を掴んでその場を離れようとする。しかし茶道リンはその手を弾いて再び不良らと対峙する。長い一本の三つ編みがユラリと揺れる。
「あん?」
「何だこのガキ」
不良のうちの二人が顔を見合わせて疑問的な表情を浮かべる。残りの一人が驚愕した様に、口を陸にあげられた金魚さながらにパクパクさせながら叫んだ。
「あっ、な……こ、コイツ……風鈴学院の人間だ!」
「「な、何ィ!?」」
聞いた二人は、目を剥いて茶道リンを見た。それもその筈、風鈴学院……正式名称・聖律風鈴大学付属女学院と言えば、この街で知らぬ者はいない有名なお嬢様学校だ。ちなみに『ふうりん』ではなく『ふうれい』と読むらしい。
チャンスだ、と金城ミロクは思う。普通の人間なら、風鈴学院のお嬢様と喧嘩腰に関わり合いになりたくないだろう。ニヘラと不気味な笑みを浮かべ、金城ミロクはササッと前に出る。
「そ、そうそう!この子ってば風鈴学院の生徒なの!だからあんまり関わりたくはないでしょ?だからとりあえず言う事を聞いて、ここはどうか一つ穏便に……」
ゴマ擦る様に手を擦り合わせながら、金城ミロクは不良達に提案する。トラブルに巻き込むのも巻き込まれるのも好まない金城ミロクとしては、何だか虎の威を借る狐みたいで俺情けねーと思いながらも、やるべき事と判断して半ばヤケ気味だ。
不良三人は顔を見合わせ、何かをボソボソと相談しだした。その間も茶道リンは不良達を睨み付けている。どうでもいい話だが、茶道リンが眉を吊り上げた所で、ただ玩具を買ってもらえない子供がむくれている様で別に怖くはない。
やがて、不良達の作戦会議が終了した。沈痛な面持ちを見て、あぁどうにか場を治められたな、と金城ミロクが満員電車に疲れきったサラリーマンの様なため息を吐くが、
「うるっせぇなぁ。テメェには関係ねぇ事だろうが」
和平交渉は見事に決裂した。
(うん、俺に交渉人は向いてないな)
金城ミロクが現実逃避の考えをまとめる。
「確かに。貴方達の行動に私は関係ありませんが……ですが、一般常識ぐらいは備えていますよ。貴方達と違って」
「(なっ!よ、よりにもよって火にガソリンぶちまける様な事言わんでもー!)」
「……テメェ。お嬢様だからっていい気になってんじゃねぇぞコラ」
「鼻っ面潰されたくなかったらとっとと失せろチビ」
すっかりお冠のご様子の不良達。まるで喧嘩する準備は万全だよと言わんばかりに、指の骨をバキボキと鳴らし出す。
どうして不良というのは、こうも直情傾向か強いものか。金城ミロクは真剣に考え出す。相手が女の子だろうと、ビビらせるのに容赦はしない。有名なお嬢様学校の中学生でも、だ。
そこに、メリットは何もないと言うのに――。
金城ミロクが真剣に考える間も、一対二の口論は続く。不良の一人も面倒に巻き込まれるのは御免だと言わんばかりに窘めているが、効果なし。逆にますます煽っている気がする。
「ですから、私は一般常識を言っているんです。それすらも理解できないのですか?チンパンジーだって学習能力はあると言うのに」
「……ッ、んのガキ!」
ブン、と。不良の中でもリーダー格と思わしき人物が拳を振りあげた。ギョッと目を見張る金城ミロク。
「わわっ、このバカ!」
思わず、身体が動いた。金城ミロクは庇わんとすべく拳の前に立ちふさがる。何か格闘技でもやっているのか、拳はギュンと唸りをあげて金城ミロクの顔面めがけてもの凄い勢いで接近してきた。
拳が金城ミロクの顔面に突き刺さろうとした瞬間――!
パゴン!
突如として不良の目の前の空間がオレンジの閃光と共に爆発し、仰け反る様に勢いよく後ろに吹き飛ばされた。生温い爆風が金城ミロクの頬を撫でる。
あまりに唐突な出来事に硬直して動けなくなる不良二人。
「……だから、平和的に解決したかったのに」
ガックリと肩をうなだらせる金城ミロク。ザリッ、と金城ミロクの背中から一歩横に出る茶道リン。ビクッと肩を震わせてさらに硬直する不良二人。
「………私だけならともかく、金城先輩に手を出す事は赦しません」
バチン。バチバヂバヂバヂヂ!まるでラップ現象の様に、茶道リンの周辺から不気味な音が鳴り始めた。
――確かに、金城ミロクは庇う為に拳の前に立ちふさがったが、それは『茶道リンを助ける』為ではない。むしろ、『茶道リンに喧嘩を仕掛けた不良』を助ける為だ。
この街、人口二四〇万人を越える大型市街にたったの八人しかいない、最良(レベル7)と呼ばれる能力者、茶道リン。その能力は――空襲爆撃。
「……少しは、反省しましたか?」
ニコリ、と。茶道リンは優しく柔らかく微笑む。それはまさに聖母や聖人なんて形容詞が似合う程だ。
高速で首を上下に振り、倒れた仲間を担いで一目散に逃げ出す不良達を見送りながら、金城ミロクは思う。
(……なんで、こんな子に空襲爆撃なんて物騒な二つ名がついてんだろうな)
そしてそれは、先程も考えた事でもあった。