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†エピローグ†

夕暮れ時、とりあえず一番の軽傷だった金城ミロクは退院した。左腕の筋肉切断は未だヒリヒリしているが、無痛縫合(モスキートアーム)による治療で動かせる程度には回復したのだ。

金城ミロクが退院した事で病室に一人きりになった白木レイは、今は赤銅シオンと同じ相部屋にいる。相も変わらず喧嘩ばかりしているが、どうにか打ち解けている様だ。そもそも赤銅シオンは根に持つタイプじゃないし、赤銅アオイが彼女を赦したのであれば恨む理由もないのだから。

「……、」

不意に、ため息を吐く。

何故なら、大学病院の門に身体を預ける様に佇んでいる黒須ミサがいたからだ。

「退院、おめでとうございます。と言ってもたった一日だけですが」

右手に大きめの紙袋を持ち、左手に幾つかの花を抱えた黒須ミサは、それらを掲げながら呟く。

「花とクッキー、どっちがいいですか?」

「クッキー」

金城ミロクは即答だった。ヒクッ、と言った感じで黒須ミサは唇を痙攣した様に歪め、紙袋を差し出してきた。中から一つの四角い缶を取り出し、パッケージを見る。高級そうな感じがした。当然ながら、銘柄なんて分かる訳がない。

黒須ミサは一礼し、用件は終えたとばかりに病院へ足を向けたが、金城ミロクはその肩を後ろから掴む。チラリと振り返った黒須ミサの目は語る。何か言いたい事でもあるのか、と。

「まだ病院が閉まるまで時間はある。……お前には聞きたい事があるんだ、付き合ってもらうぞ」

「嫌だと言ったら?」

「力づくでも」

シンと静まり返った病院の前で、動かぬ二人。その絡み合う視線は真剣そのもので、触れるだけで鎌鼬の様に切れて仕舞いそうな重みすら感じられる。

先に動いたのは黒須ミサだった。金城ミロクから視線を外し、左右を見て人がいない事を確認すると、掴まれていた手を弾いて歩きだした。振り切る様に走るのではなく、ただいつものペースで歩いているだけ。

その背中は、黙ってついてこい、そう言っている様な気がした。





†††††††††





「単刀直入に訊く。お前はどこまで『予定』だった?」

「質問の意味が分かりかねます」

病院の中庭。時刻は六時半を回っている事もあってか、もうそこには誰もいない。病院では夕食の時間なのだろうが、空は茜に染まったばかりでもあった。

二人は、ベンチの間を開けて座っていた。その空間に黒須ミサの見舞い品を、まるで二人の心の壁の様に積み重ねて。

「……まぁ、いい。質問の意味が分からないなら仕方ないな。なら質問を変えてやる。今回の件、お前らの親戚の《過激エスエル派》はどうなったんだ?」

「親戚とは心外ですね。あれは我々と決別した、全く別の組織ですよ。……いえ、まぁ、過ぎた事はいいでしょう。

今回のセクトを無視した独断行動により、他の派閥にも弾劾され派閥は壊滅。一部の良心的構成員は再び《正エスエル》へ復帰、それを拒んだ生徒らは派閥統制権利の永久剥奪、特に首謀者などは……学校を去りました」

どれだけ申し訳なさそうに語っているのか、と金城ミロクが黒須ミサに視線を向けると――あろう事か、クスクスと含む様に笑っていた。無垢に、無邪気に、満面の笑みを。

たった一夜の付き合いだが、あれだけ無表情の塊だった少女が、おかしそうにクスクス、クスクスと笑っているのだ。

チッ、と金城ミロクは舌打ちする。

それは、とても、イライラする。

「……これが、お前らのシナリオだったのか?」

「何の事ですか?」

絶対零度(コールドスクラム)に味方を襲わせる事で《過エスエル》の独断行動を促し、更に自己発電(エレクトロルーター)と関連のある重力管制(グラビティバウンド)の、あくまで『自発的行動』を起こす様に操作し、相打ちになったところを一斉に叩く。斯くして《正エスエル》は二人の重傷者を出しただけで絶対零度(レベル7)を手中に収め、邪魔者だった《過エスエル》を追い詰める……」

吐き捨てる様に、金城ミロクは語る。黒須ミサの顔から笑顔が消え、いつか見た完全な無表情になっていた。

「上層部に報告出来ない状況を作る事で周囲の派閥の介入を抑制し、中心的な戦力は『個人』重力管制(グラビティバウント)である為に《正エスエル》の関係性の証明をさせず、かつ表向き重力管制(グラビティバウント)の『救助』に当たる事で風当たりをよくする。……完璧だな。どこの誰がそんな策を立てたんだ?」

「……なかなか楽しい推測ですね。ですが、それは結果論に過ぎません」

「まぁな。今となっちゃ、もう何の説得力もないだろうさ」

一陣の風が吹く。サラサラと黒須ミサの髪が絹の様になびく。金城ミロクの髪はキューティクルが死んでいて、ピクリとも動かなかった。

「……そんな愉快な話を聞かせる為だけに、私を呼んだのですか?」

「……まぁな。気になる事はとりあえず聞いてみる主義でな」

「そうですか、見舞いのクッキー代程度の価値あるお話でしたよ」

「待て。この見舞品(クッキー)は金を取るのか?」

「えぇ。貴方だけ」

立ち上がり、ふと思い出した様に黒須ミサは金城ミロクに微笑みかける。

「そうそう、自己紹介の時に言う事を『うっかり』忘れてました。改めて紹介させて頂きますね。

初めまして、金城ミロク。私の名前は黒須ミサ。《総体性SR派革命党》の『戦略参謀隊長』を務めております」

そうかい、と金城ミロクは答えた。紙袋と幾つもの花を両手に抱え、黒須ミサは元の目的通り病院の正門に向かって歩いて行った。

だが、聞きたい事は、もう一つだけある。

「おい、『黒須ミサ』!今回の件、俺の存在は予定(レギュラー)だったのか!?誤差(イレギュラー)だったのか!?」

金城ミロク、否、限定境界(スペクタクルズ)。この少年の介入は、果たしてシナリオの一部だったのか。

レベル6という高レベル能力者である重力管制(グラビティバウント)ならまだしも、果たして、たかが役立たずの限定境界(レベル0)は、どちらなのか。

この問題は小さな様でいて、そもそも事件の根本とも言えた。何故なら、彼がいなければ、成り立たない事態が多い。

例えば、彼が絶対零度(コールドスクラム)の邪魔をしなければ、赤銅アオイが巻き込まれる事はなかったのかも知れない。

例えば、彼に絶対零度(コールドスクラム)の説明をしなければ、赤銅シオンが情報を盗み見る事はなかったのかも知れない。

例えば、彼と絶対零度(コールドスクラム)が戦闘をしなければ、余力を残した彼女が派閥の戦闘部隊を潰したかも知れない。

この事件は、それ程、限定境界(スペクタクルズ)が深く関わっていた。逆に言えば、彼が全く関わらなければ、事態はまた別の展開を迎えていたのかも知れない。

完全に差異のある前提条件。この事件の一番のネックとも言える。

果たして、金城ミロクの存在は、黒須ミサにとって予定(レギュラー)だったのか、誤差(イレギュラー)だったのか。

彼女ならどっちとも言いそうだし、どちらでもないとも言いそうだ。

「貴方なら、どう考えますか?」

ニヤリと、先程の子供の様な笑顔とはまた異質な、歪んだ笑みを浮かべた。もしかしたら見間違えだったんじゃなかろうかと思えるくらいほんの一瞬だけ嗤うと、無表情に戻り、何事もなく歩きだした。

予定(レギュラー)だったのか、誤差(イレギュラー)だったのか。

もしかしたら『別の目的』があったのかも知れないし、なかったのかも知れない。

彼女なら何もかも考えている気がするし、存外、何も考えていない気もする。

「……取っつきにくい奴。俺の大嫌いなタイプだね」

大体、黒須ミサの行動は両極端すぎるのだ。理論的かと思いきや時に感情的に動き、冷めた奴かと思えば実に人間味のある行動に出る。

(……、或いは、)

それが彼女の狙いなのかも知れないのだが。

善と悪を同時にこなし、天秤に同質量の錘を同時に乗せていく。善人にも悪人にも捉える事が出来るが故に、彼女には誰も近付けない。手を出せない。共感も反感も抱かせない。

完全主義、という言葉が当てはまる。

それが彼女の本質かも知れないし、また別の場所に何かを隠しているのかも知れない。だがもしかしたら何も考えていないのかも知れないし、何か深い考えがあるのかも知れない。

掴み所のない雲の様な女だ、と金城ミロクは思い、しかしそれより近い表現を思い付いた。

月だ。太陽との角度によって、様々な表情を浮かべる月。どの月齢も本物でありながら、しかし地球上から裏側は見えない。まさに言い得て妙だ。金城ミロクは心中にそう吐き捨て、クッキー缶を持って病院を後にした。





†††††††††





一方、黒須ミサは病院に入りはしたものの、病室を訪ねるでもなくロビーのソファでケータイをいじっていた。

液晶画面には、金髪の少年が映し出されていた。

限定境界(スペクタクルズ)。                                                 。

その先は空白。《エスエル》でさえも掴んでいない情報(のうりょく)

だが、黒須ミサは軽快にケータイのボタンを押して、上書きしていく。

『レベル0の極めて特殊な能力。仮説だが、他者の能力の軌道を見切るだけの限定的対象発動能力と推測。例えば、座標系列の能力を見切る場合、使用者より伸びる演算式の《因果関係の線》を疑似的に視覚化する、というもの。能力の対象が超能力にしか効果が表れないのであれば、精密機械が拾い上げられないのも納得出来る』

あの戦いを見ていた黒須ミサは、たった一人で、それだけの『仮説』を立てていた。この『仮説』を上書きしようとして、ふと思い直し、付け加える。

『だが、彼の身体能力と組み合わせれば、実に多くの能力者にとって驚異となる。彼の行動原理は独断・独善によるもので何らかの圧力での無力化は困難。要注意人物』

そして、その手が止まり、一部を消して再び書き換える。

『危険人物』

上書き。

黒須ミサは薄く微笑み、紙袋と花を持って歩きだした。

最後の微笑みは、内密に情報を掴んだ事による優越感的嘲笑にも、派閥の為に一人の少年を危険因子扱いした罪悪感的辛笑にも、どちらにもとれた――。

もしお気が向かれましたら、ご意見・ご感想お願いします。最後まで読み進めて下さり、ありがとうございます。

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