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†中継結果†

パキッ、という小さな音。あまりにも小さな音だったので、初めはそれが何なのか分からなかった。

気付いたのは、吐く息が白くなってからだ。

「さ、寒っ!何じゃこりゃ、残暑とは言えまだ半袖で済むレベルなんだぞ!?」

辺りをよく見れば、フロア全体に霜が張り始めている。しかもその夏の名残がある熱帯夜すらも凍り付かせる様な凄まじい冷気は、絶対零度(コールドスクラム)から漂っている。

「……あたしを、救う?あはん、あははん、あはぁん。……フザっけた事ぬかしてんじゃねぇぞ雑魚(レベル0)!あはん、喧嘩に三軍(スリーカード)呼び出そうとする様なクソみてぇな腰抜け風情がッ、冷凍マグロにすんぞテメェ!!」

ピキパキバキと絶対零度(コールドスクラム)の掌に氷の剣が生まれる。とっさに金城ミロクは、体重を前にかけ左手をダラリと垂らし右手を顎に接した、彼独特のファイティングポーズを取る。ただしいつもと違うのは、拳を握っていないという事だ。

「おい、同一性質(サイコメトリ)

「はい?」

「いいか、これは貸しだ。これ以上、つまんねぇ不幸を生まない為にお前らの代わりに俺が働くんだ。そして、貸しは絶対にいつか取り立てるからな」

言葉と同時に、金城ミロクは一気に駆ける。と言っても攻撃の為ではなく、まずは絶対零度(コールドスクラム)と倒れ伏せる赤銅シオンを引き離す為だ。

ビュン、と風を斬り、鞭の様に金城ミロクの左手がしなりながら絶対零度(コールドスクラム)に迫る。拳を握らずに振られた左手は、指を揃えて手のひらをカップの様に窪ませた形を作っていた。

先程までのダメージのせいか反応がやや遅れつつ、絶対零度(コールドスクラム)はその不思議で不気味な形状の左手の『用途』に気付き、スウェー(上体を後ろに反らして攻撃を避ける体勢)でかわす。鞭の如しその一撃は、フックパンチの様に空振りする。

右足を後ろに流して反らした上体を支えた絶対零度(コールドスクラム)は、手にした氷の剣で金城ミロクを突く。斬る機能を殺して突く事――正確には『触れる』事に特化した剣の先端を、金城ミロクは右手で弾こうとして慌てて手を引っ込め、横に飛んで避けた。まだ建設途中のビルはコンクリート剥き出しだが、衝撃吸収機能が高い事が幸いし、前回り受け身で体勢を一瞬で整えた金城ミロクはすかさずファイティングポーズを取る。

(この野郎……今、何をしやがった!?さっきの左は攻撃じゃない……あれは……、クソッ、ふざっけんじゃねぇぞクソッタレがッ!!)

左手で窪みを作り、サイドからの一撃。あれはダメージを与える『攻撃』ではなく、相手の動きや思考を停止させる『だけ』が目的の『威嚇』に過ぎないのだ。

人間の耳は外側から耳介(一般に耳と呼ばれる軟骨部分)、外耳道、外耳、そして鼓膜を通じて中耳と内耳があり、鼓室と呼ばれる空気(おと)を一旦溜める器官があり、蝸牛迷路が存在している。実は耳は耳管を通じて鼻や口と繋がっていて、人体で最も脳に近い箇所でもある。

金城ミロクの左の一撃が耳介を押し潰す様に『空気を溜めた左手の窪』が刺激した場合、空気の塊が鼓膜や鼓室で破裂する事で三半規管を司る耳石を揺らし、内出血……即ち内耳炎を引き起こす。後遺症は滅多に残らない(あくまでも『滅多に』であって、稀に後天性難聴障害を引き起こす場合もある)為に路地裏の喧嘩でもしばしば使われる事がある。

そんな一撃を、たかがレベル0が、レベル7を止める為に、放ってきたのだ。殺す気で武装して奇襲したって勝てない様なレベル7を相手に、攻撃ではなく威嚇を躊躇いなく放ってきた。

絶対零度(コールドスクラム)にとって、それはこの上ない侮辱だった。

「……あは、ん。……上っ等だテメェ!」

絶対零度(コールドスクラム)は叫びと同時に、演算する。金城ミロクと座標が重なる様に大気を固着させ、一瞬で分子の活動を停止させようとして、

パキン、と。空気が一気に凍り付く寸前で、金城ミロクは地面を舐める様に身を屈めて走り出し、攻撃を避けていた。

二人の距離は僅か四メートル。ほんの刹那の間とは言え、演算式に気を取られていた絶対零度(コールドスクラム)は硬直していて、動けない。

僅かなタイムラグの間に間合いを詰めた金城ミロクは振り上げる鞭の様に左手を一閃する。危険を察知した絶対零度(コールドスクラム)だが、反撃もスウェーも間に合わないと判断し、後ろに飛んで何とか回避した。

が、息吐く暇もなければ反撃として演算する暇もなく、今度は上に大きく弧を描く様に右手が襲いかかる。拳こそ握られてはいないが、その一撃は人体急所の一つである顎を確実に狙っていた。

(え、演算式を組み立てる暇がない!?)

氷の剣から手を離し、スピードだけで全く体重の乗ってない右手を弾く。ギュッ、と凍り付いて摩擦が増した床と金城ミロクのバッシュが擦れる音が聞こえた瞬間、目の前から金城ミロクの姿が消えた。

視界の外からの一撃。床ギリギリを這う様な右足は、絶対零度(コールドスクラム)の足を払う水面蹴りだ。ギクリと顔をひきつらせたまま、絶対零度(コールドスクラム)は更に後ろに飛んでかわす。が、金城ミロクの猛攻はそれだけでは終わらない。

水面蹴りした右足で床に爪先を立て、つっかえ棒の役割をしたまま体を捻って半月を描く様に左足の踵が絶対零度(コールドスクラム)の脇腹に直撃する。

「カフッ……」

やはりスピード重視の一撃では大したダメージではないが、人体というのは前方ないし後方からの衝撃に耐える事に長けてはいるが、横方向からの衝撃にはあっさりと肋骨が折れる事がある様に、絶対零度(コールドスクラム)の横隔膜を強制的に硬直させていた。呼吸が詰まり、気が遠のく。血を流しすぎたせいというのもある。

蓄積したダメージが全て吐き出される様に、ブワッと絶対零度(コールドスクラム)の全身から嫌な汗が湧き出る。じっとりと粘着く様に不快な汗は、今までに味わった事のない類の苦痛を伴う。

「あ、ハん……て、メ……。あた、しをッ。……誰、だと、思ってんだァ!あたしは《ファシリティス》に八人しかいない絶対零度(コールドスクラム)だぞッ!」

東京西部を切り開いた超大型施設ファシリティス。全人口は二四〇万人を超え、内二〇〇万人は学生である。その二〇〇万人の中でもたった『八人』しかいない最強(レベル7)の能力者である絶対零度(コールドスクラム)

だが、

目の前の少年は、そんな事は関係ないと言わんばかりに、喧嘩慣れした様子で立ち向かってくる。

「お前の不幸は、今、この場で断ち切ってやるよ。もう、ぐっすり休んでろ」

金髪の少年はそう呟き、演算式を整える暇もなく突き進む。

右の平手が飛ぶ。呼吸が間に合わない。避けられない。がむしゃらに氷の剣を振るう。しゃがんで避けられた。大きく踏み込む。右の平手が伸びる。駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ――ッ!

この一撃は、何をどうしても避けきれない!

「チクショウふざけんなクソッタレが!あたしは、あたしは絶対零度(コールドスクラム)だッ!」

「そうか。俺は限定境界(スペクタクルズ)だ」

両者の言葉が途切れた瞬間、

ゴッ、と。金城ミロクの手根(手首に近い手のひらで、人体で最も堅い部分の一つ)が絶対零度(コールドスクラム)の顎先を掠める様に打ち付け、脳がグニャリと揺さぶられた。





†††††††††





「……まさか、」

意識こそ失っていないものの、最早動く事は出来ないだろうしゃがみ込んだままの絶対零度(コールドスクラム)。この程度の危険なら何度も切り抜けて来たと言わんばかりに、悠然と立つ金城ミロク。

確かに絶対零度(コールドスクラム)はダメージを負っていた。恐らく重傷を。だが、瀕死のライオンと人間が戦っても勝てる筈がない様に、金城ミロクが絶対零度(コールドスクラム)に勝てる確率は確実にゼロだった筈だ。

それなのに、この実力差。本当に金城ミロクはレベル0なのか疑って仕舞う。

黒須ミサは倒れたまま動かない赤銅シオンの身体を起こしながら、愕然と二人の戦いを見ていた。

(……もしかすると、我々は、考えを改めた方が良いのかも知れませんね)

《エスエル》は無害な金城弥勒(レベル0)として認識していたが、これは間違っていたのかも知れない。それ程までに、彼は喧嘩慣れしていた。

何より、限定境界(スペクタクルズ)というのが何よりひっかかる。学生達(のうりょくしゃ)の中には意味不明または用途不明の能力に目覚めた者も確かに存在しているが、それはあくまである程度の能力干渉があった為に観測出来た事態であって、彼の場合は違う。

不要物品(レベル0)なのだ。即ち能力干渉値がゼロ、この世に具現しない筈の力。

では、そもそも、

レベル0とは何なのか?

決して有り得ない筈の、究極の誤算(イレギュラー)。規格に存在しないレベル0は、《エスエル》の調査では一〇〇〇人前後である。

もしもレベル7が二〇〇万人の中の選ばれた超能力者(エリート)であると言うのならば、

レベル0というのは、二〇〇万人の中からあぶれた一握りの無能力者(イレギュラー)なのかも知れない。

(……レベル0の定義は、身体測定の精密機械が拾えないぐらい干渉値が低いか、或いは、)

機械には観測しきれない『何か』を有しているか、どちらか。

今まさに凍死しかけている赤銅シオンに手をかざし、黒須ミサは少女を『観測』する。後は『通常では有り得ない能力の弊害』を読み取り、通常に書き換える事で『凍死しかけている身体』を正常に向かわせるだけだ。

ゲームの中の回復魔法の様に、簡単に出来る事ではない。が、今やるべき事は、『救われない絶対零度』をこれ以上不幸にしない事だ。

(……嘔吐しようが、血管が破裂しようが。我々の目的は『全ての平穏』を作り上げる事で、決して他人を不幸にする事じゃない!)

誰もが笑って暮らせる様な、夢物語。だが、黒須ミサにはそれだけの信念があった。

観測し、演算式を組み立てる。弊害(エラーコード)を徹底的に排除しながら、新たに生命維持の為の情報(エラーコード)に書き換える。雪崩の様に膨大な情報をスクロールし続ける。絶対に、止めたりしない。

黒須ミサは中途半端(レベル3)だ。金城ミロクの様にレベル7に立ち向かえるぐらい喧嘩慣れもしていなければ、赤銅シオンの様にレベル7と対等に戦える優良(レベル6)の超能力もない。

しかし、自分には、人を救うチカラがある。

(もう……私は、これ以上……間違えたくない!)

それは、少女の悲痛な祈りでもあった。





†††††††††





レベル7の第六位を倒した、正体不明。

(……あはん、あながち、嘘でもなかった……か?)

グニャリと視界が歪む。まるで地面がトランポリンになった様な錯覚に陥り、絶対零度(コールドスクラム)は立てない。立ち上がる事が出来ない。

絶対零度(コールドスクラム)と金城ミロク。二人の強さは、質の違うものだ。

敵を一撃で必殺する事も出来る絶対零度(コールドスクラム)と違い、金城ミロクは的確に急所を突いて敵を無力化する強さを秘めている。能力の『強さ』だけに振り回されるただの女生徒では、喧嘩慣れした金城ミロクに懐に入られて仕舞えば非力な存在である。

低レベルならではの強さ。普段の絶対零度(コールドスクラム)ならば、一瞬で葬る事だって可能な程度の強さだが、どうも重力管制(グラビティバウンド)との戦いでダメージを受け過ぎた様だ。チッ、と舌打ちする。

「……あはん、あははん、あはぁん。アンタ、確か第六位を倒したって言ってたわよね。気が変わった。信じてやるわよ。こんだけ強いようだと、あながち虚言妄言って訳でもなさそうだしね」

鼻を鳴らして嘲る様な表情を浮かべる金城ミロクだが、だけど、と絶対零度(コールドスクラム)は首を振る。

「アンタはレベル0だ。レベル0の定義ってのは……何だったか、能力が極端に低いか、特殊すぎて観測出来ないかのどっちかって話だろ。どちらにしろ、機械が関知出来ない……現世に干渉出来ない能力に変わりはない。だったら、アハン、どの道アタシに決定打を与える事は出来やしないねぇ。アタシを潰したきゃ、拳を握れ!力のねぇ奴がいきがってんのはムカつくが、それ以上に、力のある奴が誇示しねぇのはもっとムカつくんだよ!力をひけらかせ、テメェはそんだけの『強さ』があんだろうが!アタシを馬鹿にすんのも、見下すのも大概にしやがれっつってんだよ!」

バギッ、と。軋む筋肉なんてお構いなしに、気力だけでその場に立ち上がった絶対零度(コールドスクラム)は、凄まじい眼力を以て金城ミロクを睨み付ける。

「ふざけんなよ!アタシはこんな、実力を出し切ってもいない奴に負ける気は更ッ々ねぇんだよ!拳を握れ!全身全霊で立ち向かえ!殺すつもりで掛かってこい!でねぇと……アタシがどんどん惨めになるだけだってのが何で分かんねぇんだよクソッタレが!アタシの周りには誰もいねぇのに、アンタの周りには仲間がいて……それで手加減されて負けた日にゃ、アタシはどんな顔して生きていけばいいんだよチクショウ!」

そこには、誇り高き孤高の戦士がいた。

強すぎる能力故に誰も近寄らず、不器用な生き方故に敵ばかり作り、日々を喧嘩と奇襲で固められた様な、そんな一人の女戦士が。

少年は、救う、と言った。

だが、少女はそれを拒絶した。

にも拘わらず、だ。少年はそれでも、救う為に拳を握ろうとはしない。

それこそが、少女の居場所を奪って仕舞う事を、理解しているからだ。

「……お前、第四位の空襲爆撃(パイロキネシス)って知ってるか?」

金城ミロクが放った言葉は、答えではなく、全く意味不明の話だった。思わず眉を顰める絶対零度(コールドスクラム)

「知ってるだろ。第六位と争った、一人の中学生だ。……俺はアイツを救う為に、拳を振るったんだよ。結果的に、戦いは無力化出来たんだ」

「……それが、どうかしたのかよ」

「……救えなかったんだよ、俺は、空襲爆撃(パイロキネシス)も、第六位も。この二人、実は親友同士で、些細な事で争いになって……。俺の拳は、確かにレベル7同士の戦いを止めた。でも、結局、助けたのは二人の命だけで、友情に亀裂は走ったままだ。何も救えちゃいなかったんだよ、俺は」

一瞬、手を握り締めそうになり、気付き、指先が虚空を泳いで力なく垂れる。決して拳を握ろうとしない金城ミロクは、絶対零度(コールドスクラム)を見据えながら、だから、と続ける。

「拳を握る事で救える時もあれば、救えない時もある。今のお前は、ただ喧嘩の延長戦をしているだけだ。だったら、駄目だ。拳は握れない。今のお前に必要なのは、戦うべき敵じゃない、……差し伸べてやる手だと、思う」

足を直線上に並べ、前屈みのまま左手をダラリと垂らし、右手を口元にまで持ち上げる、独特のファイティングポーズ。

それは決して、敵対を表明している訳ではない。

それは得てして、絶対零度(コールドスクラム)を止める為の行動である。

「つまんねぇ不幸も、何もかも。もう、終わらせよう」

呟き、金城ミロクは足の裏を爆発させる様に、一気に距離を詰めた。

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