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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
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2-2「ボクお嬢様」

 ゼスが訪れた第十七小隊更衣室には、異質の先客が居た。同じく第十七小隊に配属された新人騎士、黒髪の少女シェリー・アイオライト=ブランシェだった。

 彼女は運悪く下着姿で、男性であるゼスにその姿を見られた事で羞恥の絶叫をあげる。


 悲鳴を上げながら、涙目で半狂乱に剣を振り回したシェリーは用意されたロッカーをほぼ斬り壊すという暴挙に及んだ。本来はゼスを斬り倒そうとした所業だったが、彼が難なくそれをよけつづけたため、ロッカーがとばっちりを受けた。

 その応酬が続けられる内に、ようやく混乱した頭を整理できたのか、荒い息で呼吸しながら剣を振うのを止める。

 ゼスは彼女が再び暴走するのを回避するため、窓側まで退避していた。

 そして、呼吸を整えて顔を上げたシェリーだったが、にらみを不躾な男を向ける辺り、まだ怒りは抜けきってないらしかった。


「ゼ、ゼス……!? あ、アンタ……なんでここに居るのよ!?」

「以前と言葉遣いが変わっているな。前は淑やかさが出ているものだったのにな」


 確か前は、「ゼスさん」とか「貴方」と言われていた筈だったのだが。


「当然よ! アンタの事が嫌いになったんだから、礼儀なんてやるだけ無駄と思えているのよ! だからもう『さん』付けなんてしないわよ! で、なんでここに居るのかってきいてるのよ!」

「考えていないのか? ここは第十七小隊専用の更衣室。俺は君と同じ、第十七小隊所属になった」


 その冷静な答えに、シェリーが驚いた表情を見せた。


「う、嘘!? な、なんでアンタがボクと同じ小隊に配属されるのよ!?」

「そんなことは知らんな。それに、そんな嘘をついてどうする? 俺がここに居る理由は、それ無しではありえんぞ」

「うっ……。で、でも、そんな堂々と入ってきて、しかもノックもしないなんて……。ボクみたいな女性が入って着替え中だったらどうするのよ!」

「そもそも、男所帯の騎士団詰め所の更衣室で女性が着替えている事自体、おかしい話だ。配属先の小隊に女性が入るという考え自体しなかったからな。確認せず入るのはむしろ仕方が無い。そちらこそ、着替え中なら鍵ぐらい閉めておけば良いはずだろう?」

「くっ……うぅ。そ、それは……少数精鋭の小隊だと聞いていたから、てっきり女性だけを集めた特殊な部隊なのかな、と思ったのよ。それで、更衣室が男女別に分けていないと判っていても、そう推測した途端急に安心しちゃって……」


 頬を赤く染めながら、モジモジと手をこする。

 ゼスの容赦ない口撃に、次第に消沈するシェリー。その仕草は、普段見る凛々しい姿とは打って変わっての、歳相応の少女らしい。

 だが直ぐに顔を下していた彼女は、今の自分の姿がどんなのかを思い出し、剣を持った手で自らを守るように身体を抱いた。


「そ、それよりも……! ……み、見たの?」

「何をだ?」


 と、上目遣いでシェリーの質問に、質問で返すゼス。なんのことだ、と心底分からないように首を傾げている。

 僅かに落ち着いてきたシェリーが声を静かにさせて言う。


「な、何って……とぼけないでよ! そ、その……わ、私の……今の……す、姿を、み、み、見たかって言ってるの!」


 最後はやや語気が強められた。

 あぁ、とゼスはようやく納得がいったと頷いた。

 今のシェリーは着替え中の下着姿。それを見られないように、両腕で恥じらうように隠している。まるで本当に先日の彼女とは違う姿に見えて仕方が無いのだが、とりあえずゼスはありのままを伝える。


「……ああ、見たな」

「なっ……!?」


 再び顔面が真っ赤になって驚愕するシェリー。

 ゼスは構わず続けた。


「そもそも、お互いの姿を認識する為に見続けたんだ。見ていない方がどうかしている。何、今回はお互いの不注意だったんだ。別に君の桃のような尻を見ても、俺は何とも思わんから、安心しろ」

「な、な、なんですってぇええええええ!?」


 ゼスはとりあえず怒りを鎮めるつもりで宥めたつもりだったのだが、どうやら火に油を注いでしまったらしい。どこで彼女の怒りを買ったのか、彼自身訳が分かっていない。

 再び剣を構えたシェリーは、ゼスに襲いかかる。


「み、見られただけじゃなく、ボクの綺麗な姿を見て何も感じなかったですってぇ!? なんていう不躾な男なのよ! もういい、斬る、斬る、斬って斬って斬り倒してやるから逃げるなっ、この変態男!」

「斬ると言っている人間から逃れるのは当然のことだろうに。何を怒っているんだ?」

「う、五月蠅い! そ、それにアンタ……最初の第一声で、『着痩せするタイプだったんだな』って言ったわよね!? それって、ボクが太っているように見えた、ってことでOKよね!?」

「……聞こえてたのか」


 ちゃんと頭の中で思い浮かべた筈なのだが、無意識で口にしていたらしかった。

 だが、シェリー本人はどうやら別の意味で捉えたようだったが。


「こ、このボクに向かって何たる無礼な! 大体、女性に対して太っているという発言は世の女性たちを敵に回す発言なのよぉ!」

「そうなのか。それは知らなんだ」


 むきぃー、と言いそうなぐらい暴れるシェリーは、剣を振り下ろしてゼスを遂に捉える。しかし、その剣の切っ先は片手での白刃取りで完全に止められた。


「あ! ちょ、ちょっと離しなさいよ! このままじゃ斬れないじゃない!」

「まぁ待て。落ち着け。俺に無礼があった事は素直に詫びよう。それで、訊きたい事があるんだが」

「……ふ、ふん! 謝ったって許されない所業よ! 今までボクのやわ肌だって、一度も父上以外の男に見せた事も無いのに……!」

「さっきから、君の言葉遣いに妙な違和感を抱いている。先ほどの質問で確信したが、君は自分の事を『ボク』と呼ぶのか?」

「……あ」


 今頃気づいたかのように、シェリーは硬直した。

 また何か怒らせたか、とゼスは思ったが、彼女は怒らずに逆にバツが悪そうな表情を浮かべた。


「なんだ。訊いては悪い質問だったか?」

「……いえ。そうね、もうかなり無意識で言った気がするし、少し事情を説明する必要はあるわね」


 ハァ、と溜め息を吐いてシェリーは渋々と語り始める。


「想像通り、ボクは普段『ボク』と呼ぶのよ。『私』としてのボクは、ただの演技に過ぎないわ。本来は、今のようなのがありのままのボクだけど、私の場合は貴族として振舞っているわ」

「……面倒な事この上ない分け方だな。何故ありのままの自分を表現しない?」

「それも面倒な事情があるわ。ボクの家系はこの聖王国でも高貴な家なの。父上は厳格な方で、ボクの普段の振舞いはあまりよく思われていないのよ。所謂、家庭の事情ね。『アイオライト家の娘ともあろう者が己をそのように振舞うのは、淑女として悪い目で見られる』ってね。だから、常に『私』にしないといけないのよ。貴族令嬢は常に優雅に、って」


 自らの立場に苦笑するシェリー。

 別に無理して演じているわけではない。自ら進んで貴族令嬢らしい振る舞いを演じている。その事を理解したゼスは、成程な、と呟いた。


「つまり、君はお嬢様なわけか」

「まぁ、そういうことになるのかしら? 普段はこの態度は宴の場では控えているしね。できれば、騎士団内でも『私』でいれれば良かったけど、どうやら少なくなりそうね……」

「しかし、そんなお嬢様が何故騎士団に入る必要がある? 父親に言われて入ったのか?」


 純粋な疑問をぶつけたゼスに、シェリーは首を横に振った。


「そんな事は無いわ。前にも言ったけど、私は騎士団でやる事があってここに入ったのよ。貴族の子は騎士になって戦績を上げる事で、家の地位を高める事はなんら不思議ではないわ。私の家系は元々騎士の家ということもあって、父上は乗り気じゃなかったけれど了承してくれたわ」

「待て。父親が乗り気じゃなかったというのはどういうことだ?」

「ああ、それはね……まぁ、なんて言うのかしら? 父上はその……私の事をとても大切に思ってくれているのよ。本来、父上は私を普通の貴族としての生活を送らせたかったみたいだけれど、私が無理を言って受け入れてくださったのよ」

「……そういうことか」


 察するに、シェリーの父親は親バカということか、とゼスは理解した。


「まぁ、今はどうでも良いのよ。問題はそこでちゃんと戦績を上げないと何時呼び戻されるか分からない事なのよね……。だから常に優秀な実力を発揮する必要がある、外面の為に貴族らしくも振舞う、というわけ」

「……理解した。それであれほどに実力を発揮できて、真面目に応対する訳か。それで、ボクお嬢様」


 唐突の変な呼称に、シェリーは眉を潜めた。


「……何、その呼び方?」

「本来はボクと言うのに、私と言う猫かぶり淑女では長すぎるから、ボクお嬢様、ピッタリだろう?」


 ゼスはなんの疑いもない物言いに、シェリーは呆気に取られた。そして、改めて呆れ返った。


「それは私がボクと言う、はしたないお嬢様みたいに見られるから、一生言わないで……。それで、何か言いたい事でもあるの?」


 シェリーは首を傾げて訊ねる。

 ゼスが何か言いたげにして、彼女をあんな風に呼んだ筈だからだ。


「ん? 大したことじゃないが、何時までそんな恰好をしているんだ。服ぐらい着ないとお嬢様には合わんぞ」

「……え?」


 彼に言われて改めて自分の姿を見る。身体を包む黒い下着からは、剣を持つ両腕によって寄せて上げられた桃の谷間が覗いている。

 シェリーの顔は再び赤くなってヤカンの様に沸騰した。


「あ、あぁ……こ、この……全てはボクの姿を見たいがために……じ、時間稼ぎを……! このクズ男、バカァアアアアアアアアッ!」


 剣の柄を離した左手で魔働陣を一瞬で組んだシェリーは詠唱無しで発動させた。

 その絶叫の直後、更衣室の窓ガラスを破って炎が飛び出したのであった。慌ててゼスは軽く避けたが。


 ―――結局は剣の一閃でゼスの頬に傷を付けて、ひとまず怒りが収まったシェリーは集合時間間近なのを思い出し、ゼスを強引に追い出してから素早く着替える事になった。


 シェリーは「セクシーな黒の下着」を手に入れた。

 シェリーは魔働術「ファイアボール」を発動! ゼスはかわした! ロッカールームが半壊した! その後、ゼスとシェリーの給料から4割ほどさっ引かれた!


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