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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
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2-1「邂逅」

 聖王国レイザーランスの聖都郊外にある、オンボロアパートは家賃が激安の場所である。主に世界中を放浪とする旅人か、この付近に住む貧困層の人々しか利用しない。

 窓という窓は壊れ果て、風通しも悪く、木製で作られた壁の一部も腐り始めており、しまいには建物自体が二%ほど傾いているという、快適さとは程遠い。

 そこの一室で、卵を割ってフライパンに乗せて焼き始める、ゼスの姿があった。


「……あ。卵の殻が入った……」


 割り方が悪かったのか、殻の欠片が黄身の上にポトリと落ちていた。

 そのままプルプルと揺られながら、殻の欠片はその頂点で存在を誇示している。


「……」


 ぷるぷる。

 音も無く何故か震えている。欠片が落ちた拍子でだろうか。


「……」


 ぷるぷる。

 プルプル。


「……かつて読んだ女性の肌を見せる雑誌の中で、似ているな……」


 真顔でとんでもない事を呟いた。

 ゼスが不意にフライパンの下を見てみると、そこに赤い色の焔はいつの間にか消えていた。


「……あ。火が消えているな。通りで焼く音が聞こえんわけだ。どの樹から伐採してきたんだ……所詮は最安値か」


 家も古ければ、火を起こして料理する為の材料の質も悪い。これまでも焼いたり煮たりしている最中に、唐突に火が薪の湿った部分に到達して、弱った事が何度もある。

 ゼスはここに来ても、ここに来るまでもこのような生活をしているので、愚痴は零すものの慣れていた。

 傭兵稼業で利益を得ても、この生活だけで±0リオ(※この世界の共通通貨)という残高に結局はなってしまう程、極貧生活は逃れられない事を余儀なくされた。


「……だが、それも今日で終わりだな。明日から騎士寮に寄宿することになっているしな」


 再び、摩擦によって火を起こしたゼスは、部屋中を見回してみる。

 ベッドではなくスカスカ布団。テーブルは無く普通に床で食事。窓はひび割れており風が鳴る。温かく寝れるかどうか判らない有様の三畳一間だ。

 正直、ここでの生活は殆ど印象がなかった。ゼスは朝食と寝るとき以外は酒場に入り浸ったり、騎士団訓練施設に缶詰めにされていたからだ。


 騎士登用試験結果から二カ月が過ぎた。

 騎士の道を歩み始めたゼスは、新人騎士としてまず、二ヶ月間の騎士基礎訓練を受ける事を義務付けられる。

 馬術、剣術、弓術、盾術、礼儀作法に言葉遣い、そして魔働術に関する心得を厳しく叩き込まれる。それらを一定のレベルで修了しない限り、部隊に配属はされない。

 騎士団はそれなりの厳格な存在であるように、と訓練を受けさせるのは当然のことだった。

 幸い、ゼスは剣術と格闘術、馬術やその他の戦闘技術は特筆して優秀だ。その代わり、礼儀作法などを四苦八苦する事になったが、現在はこうして訓練を修了することができた。

 訓練を終えた後は、初めて従騎士―――他国の軍隊内で一般兵相当―――の立場となって配属先の小隊で仕事をこなし、給料を貰うことになる。

 また、仕事に付くと寮も用意されるため、このオンボロアパートからおさらばできる、という事になっている。


 目玉焼きを焼き終えたゼスは、木製の皿に乗せて床に置く。

 同じ木製のコップにミルクを入れてから、麻袋から食パンの一片を出して、それを半分にして支度した。


「……」


 手に取った食パンをジッとみる。

 パンの耳に碧い胞子が生え始めている。

 この食パンを買ってから既に一週間が経過していた。新しい食パンを買うお金も無く、一日ごとに半分にして食べるという節約志向だった為、残った最後の食パンにカビが生えてしまった。

 しかし、それをゼスは動じず、臆面もなく食パンを口の中に入れた。

 これまでも彼はこういった食物を、勿体ないからと食べてきていて慣れていた。いつ食べれなくなるか判らない、それに早めに食べたほうが広がれる前に消化できる、というのは本人の弁だった。

 だがそれも今日で終わる。給料が入ったら、このような不安定な生活から抜け出せる。

 ゼスは内心、気分が高揚し始めていた。


「……だが、旨いな」


 ―――彼の舌も常人と感覚が異なっていた。




                   第二章 「第十七小隊」




 ―――11月15日8時12分―――残り、1か月と16日、15時間48分




 蒼衣の騎士団本部、詰め所に訓練終了の際に渡された書類の指示に従って出頭したゼスは、窓口に直行した。

 そこで指定されている制服と甲冑を初めて支給され、そのまま更衣室で着替えてから配属先の小隊会議室で着任挨拶をすることになっている。

 ゼスは渡された地図に従って、配属先の小隊用の更衣室に向かっていた。

 道中、彼は受付嬢から制服を渡された際の態度を、怪訝に思い返している。


―――『はい、ゼス殿ですね。承っております。……あ。配属先は第十七小隊、ですか……。あぁ、いえ御免なさい! 新設されたばかりの小隊なので、きっと少数精鋭になるのだろうと思っていただけですから。えぇ~と……は、はい、こちらがゼス殿の騎士制服です。こちらの地図に各小隊専用の更衣室があるので、そちらでお着替えください。……あの、頑張ってください、ね?』


 彼女の態度は露骨に慌てていて、ゼスに向ける視線は同情的なものだったからだ。


 ……俺が何かした、わけじゃないよな。明らかに十七小隊という名で動揺していたしな。……何かあるのか?


 ゼスは改めて渡された辞令書を開き、その内容を確認する。


『ゼス殿

 貴殿を蒼衣の騎士団第十七小隊に従騎士として配属を命じる。指定された日時までに窓口で制服を受け取り、更衣を済ませた上で第十七小隊会議室に出頭せよ』


 人事部の印が押されており、特に不審な部分が書かれているわけでもない。

 そういえば、新設された小隊だと受付嬢が言った。また、少数精鋭にする予定の小隊だと。

 つまり彼女が頑張れと同情を送ったのは、ゼスの働きが惜しみなく発揮されるような場所だからだと思ったのだろう。確かに少人数ならゼスは、嫌でも前線などに駆り出されるだろう。面倒な事この上ないが、活躍する場が広がるのは、正直受けて立つところである。

 早速、幸先が良いかもしれないな、とゼスはさらに気分が高揚していた。


 ―――しかし後に、受付嬢のあの態度は悪い意味での同情だったのだ、とゼスは思い至ることになる。


 地図の印に従って、ゼスが辿り着いた場所は第十七小隊隊員専用の更衣室。

 支給された制服に着替えてからでないと、会議室に出頭できない。また、態々家に戻って着替えるのも時間がかかりすぎるので、用意されている部屋で着替えようとして足を運んだ。


「さっさと着替えるとするか」


 荷物を抱えた左手を腰に回し、右手で更衣室のドアノブを握って捻る。ガチャ、という音と共に扉が開いてゼスは中へと足を踏み入れた。


「……ほぉ、ロッカーまであるのか。持ってきた荷物はここに保管できるな」


 更衣室の中を見回して使い心地を実感しようとしたとき。




「………………え?」





 耳に、普通ならここに居る筈がない裏返った声が聞こえた。

 ゼスが咄嗟に声がした方角に顔を向けると、入り口から死角になっている場所で、黒い長髪の少女が支給されたばかりの真新しい騎士制服に着替えようと、下着姿で立っていた。


「あ……」


 ゼスはその光景を見て硬直し、尚且つ冷静に状況を分析する。

 ここは彼女がいるような女性更衣室ではないことは、入り口を見た時に確認している。ここは第十七小隊専用の更衣室ではあることは確実だ。故に、自身がここに居る事は不思議ではない。

 問題は、何故ここに彼女がいるのか、だ。


 シェリー・アイオライト=ブランシェ。

 二か月前、彼女とは騎士登用試験の際に出会い、その最終選考にて仕合をした経験がある。

 そこで彼女の不興を買って、以来顔を合わせても会話した記憶が無い。そして、部隊に配属されればこれからも会話をする機会は一切無いと思っていた。

 だが、シェリーは何故第十七小隊専用更衣室で、騎士制服に着替えようとここに居るのか。

 答えは単純だ。彼女も、第十七小隊に配属を命ぜられてここにいるのだ、と。

 男所帯の騎士団に、更衣室を男女別にする想定はしていない。同じ隊で固まって着替える部屋を用意されれば、時間が悪ければ男女が着替え中に遭遇するという光景は有り得る事だ。

 要するに、今の状況はそういうことだろう。


 状況は理解した。そして次は彼女が本物のシェリーである確認を取る。

 傍に置かれているのは、試験時に彼女が来ていた服と同じ物であり、ここに来た時は着ていた服を脱いで、支給された騎士制服に着替えようとした。

 きちんと手入れしているのか、ストレートヘアの黒髪が綺麗で、普段の凛とした眼差しを見せる彼女は鋭いほど美しい、まさに見る者が感嘆するほど称賛される美少女だ。晒している日焼けをしていない小麦色の肌は、健康的な躍動感を感じさせる。鍛えているためか、多少の筋肉はあれど無駄な肉は付いていない。スタイルは全体的にバランスが取れており、女性らしいやわらかな曲線を包む二つの下着は、色だけでセクシーと思わせる黒だ。

 その見覚えのある体格で、彼女はシェリー本人と断定。


 ただ、唯一誤算があるとすれば、彼女のその女性特有の体つきだった。


 ……以前会った時は軽鎧を着こなしていたから判らなかったが、意外と着痩せするタイプだったんだな。


 情報収集した全ての観点から、ゼスは内心判断した。

 ゼスが状況判断している間、見つめ合う二人は硬直し無言。ゼスは無表情で見つめており、対しシェリーは制服に腕を入れた態勢のまま驚いた表情で固まっている。


「……あ、あぁ……ああああああ……!」


 やがて、徐々にシェリーの驚愕した表情が大きくなり、同時に顔色が赤く染まっていく。

 その頃は、ゼスも判断を完結しており、とりあえず偶然出会った“同僚”に対して社交辞令的な挨拶をすることにした。


「……久しぶりだな。何度か訓練期間に会ったが、声を聞くのは二カ月振りか?」


 それがきっかけだったのか。シェリーがなにやら傍にかけてあった剣を手に取って―――。





「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」




 かつて彼女がキレた時と同様に、アノ声で悲鳴を轟かせた。


 :ゼスとシェリーは「蒼衣の騎士団用制服」「蒼衣の騎士団用甲冑」を手に入れた。

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