1-5「結果発表」
その後、最終選考は恙無く進められていった。
残り六人の受験生達が一対一で死力を削り、次々と数が減らされていく。
シェリーは午後の二回戦では何事も無く、ゼスと初めて会った時のように凛々しい態度で仕合に臨んでいた。以前より、幾分キレを増していたようで、難なく勝ち進んでいた。
そうして、最終選考の全ての日程が終了し、登用試験結果は翌日に控えられた。
―――9月14日13時
そして、登用試験結果当日。
最終選考を受けた八人全員が召集され、試験官の事務室に整列していた。
「それではこれより、騎士登用試験の結果を発表する。呼ばれた者は、前に出るように!」
受験生全員が待ち望んだ瞬間、その中で唯一の人物のゼスは、なんら感慨を抱いていない。
一回戦で負けたとあっては、合格はほぼ不可能なのだ。ただでさえ、外国人は面接で色々な偏見を抱かれやすい。
最善を尽くしたものの、手が届かなかっただけのことだ、と。心の中は冷静だった。
―――仕方ない。所詮安定した暮らしを求めていただけだ。いつも通りに戻るだけだろうと思えばいい。
ふぅ、と何かに区切りを付けるように、溜め息をひとつつく。
「まず、最終選考で優勝者、シェリー・アイオライト=ブランシェ!」
「はっ!」
試験官の言葉に、凛とした声が続く。
あの後、まるで敵なしと他の受験生を圧倒したシェリーは総合力で最も優秀だと証明された。生真面目な性格で、自分なりの誇りを持っている彼女が選ばれるのは道理と言えた。
凛々しく応えた黒髪の少女はこの結果が出るまで、緊張したり安堵の息を吐いたりしない。むしろ、選ばれて当然と堂々とした様子だった。
続いて、予想通りに選考で二位、三位だった受験生の名が呼ばれ、騎士の道を歩み始める事になった。
「そして最後に……」
既に三名の新人騎士が生まれている中、試験官はさらに手に持つ書類に目を落として口を開いた。
「―――ゼス。前に出ろ」
その言葉に、誰もが時が止まったように硬直した。
無論、ゼスは試験官を見つめる。まるで言い間違えた、という言葉を待っているかのように。
「どうした? 早く前に出ろ」
「……は」
だが、その言葉はいつまでも言わず、むしろ促してくる。
とりあえず命令に従い、ゼスは怪訝な顔で一歩踏み出した。
前に出た彼に、試験官はその書類を差し出した。
「おめでとう。お前も晴れて蒼衣の騎士団の一員だ」
降ってくる言葉に、ゼスは渡された書類に手にし、それへと目を落とした。
内容はこう書かれている。
『ゼス殿
この度開かれた聖王国レイザーランス管轄下、蒼衣の騎士団の登用試験において、その才能を発揮し、騎士としての素質を証明した。
よって、ここに蒼衣の騎士団の団員であることを認定し、許可するものとする。
―――蒼衣の騎士団 団長 シュナイダー・アウグスト』
いわゆる、騎士に選ばれた事を証明する許可書であった。
団長の直印まで押されており、どうやら本物のようだった。
「―――ちょ、ちょっと、待ってください!」
これに異を唱えたのは、他でも無いシェリーだった。
先日、もう会う事がないと言われたその相手がまさか同じく騎士に選ばれた、という事に混乱するのも無理ないことだったからだ。
「何だ? シェリー・アイオライト=ブランシェ」
「あ……あの、その……。か、彼は最終選考の一回戦で私に負けたんですよ? 試験官殿も、一回戦で負けたら落ちるだろう、と仰っていたではないですか。騎士総合力を見る試験で、彼は明らかに劣っている筈です」
試験官はふむ、とあごに手を添えて頷いた。
「確かにそう言ったな。彼はお前に負けた、確かに記憶しているよ。だが、お前は辛うじて勝ち取った結果だったとも記憶している。一概に劣っているとは言えないのではないかね?」
「うっ……」
痛い所を突かれた、と呻くシェリー。
試験官はゼス採用の理由説明を続ける。
「しかもここまで見れば、シェリーは最終選考の輝かしい優勝者だ。そんな彼女に苦戦を強いたゼスも評価を改める要素はあるだろう。さらに、その冷静な判断力とその戦術の合理性、尚且つ第二と第三選考を優秀な成績で通過した彼に好評価な試験官も少なからず居たことも起因する。そして、偶然最終選考の仕合をご覧になった軍上層部の方が一般人にしておくには惜しい人材だから是非にと、彼を推薦してな。それにより審査委員会が判断した」
ざわっ、と受験生達がざわめく。
軍上層部からの強い推薦。これはよほどの実力者でなければ、不可能な事柄だ。しかも、その人物が認め、中立の存在である試験審査委員会に干渉できる権力者は一人しか思い浮かばないからだ。
シェリーが代表でその人物の名を口にする。
「もしかして、シュナイダー・アウグスト騎士団長閣下ですか?」
「そうだ。閣下直々に推薦された事だ」
きっぱりと宣言する試験官。
騎士団長の命令は将軍権限の行使である。それに異を唱える騎士候補はこの場には居ないも同然だ。
これにはシェリーも納得がいかない様子ながらも、引き下がった。
試験官はよろしい、と頷いてゼスを見た。
「さて、ゼス。お前はどうだ? このような形だが、無論辞退する権利はある。だが、騎士になろうとして受けた試験だ。よもや、辞退する気は無いはずであろう?」
ゼスはその言葉に今一度考える。
確かに辞退する権利はある筈だった。それも良い。これは諦めかけていたところだったが、最後の機会が訪れたようなものだ。断れば今まで通り、傭兵をしながら不安定の暮らしを送る。この話を受ければ安定の暮らしが手に入る。
自分の人生は闘いしかない。それしか知らない人生を送って来た。だから、ここでしかない。ここで引けば、態々面倒な試験を受けた意味がない。
様々な事を考え、結論を出す。
「―――了解した。その任命、しかと承る」
まずは何事も経験が重視だ。騎士になる事で、また新たな視野を広げられるかもしれない。その未知への探求が主に彼を動かしたのだった。
「では、発表は以上だ。騎士になる者も、なれなかった者も今以上の精進を期待する。なお、新人騎士諸君についての今後の予定は追って通達する。解散―――!」
こうして、ゼスは騎士になった―――
第一章 騎士登用試験 END
:ゼスは「蒼衣の騎士団従騎士」の称号を得た。