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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第一章 「騎士登用試験」
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1-3「魔働術」

 この光景を観戦していたのは彼らだけではなかった。

 受験生達が目立たない訓練場の二階に、上から模擬試合を見降ろせるように席が設けてある。主に、上層部の人間が秘密裏に期待の新人を探す用途として設置されたものだ。

 そこに、黒い布地の服を着こなす年若い男が居た。歳は三十代前半ぐらいだが、童顔なため若く見られることが多い。黒い服と同じ漆黒の艶やかな髪で、男性としては華奢な体躯な、まさにインドアな印象の人物。胸には、この聖王国の宰相の証である、星を中心に描かれた盾のバッジが輝かしく光っていた。


 彼こそが聖王国宰相のディル・エンメイス。

 国王に任ぜられて君主を補佐し、宮廷で国政を担う、いわば政治家の首相である。

 政治家である彼が、なぜこのような武人の集まりに顔を出しているかというと、彼も勿論、これからこの国を護ってくれる優秀な人材を見極める為に騎士団本部へと訪れ、この模擬戦闘を開始からその二階席で静かに観戦していた。

 彼は無言で事の成り行きを目立たないように見降ろしている。勝負が決まったとして、帰る様子は全くなかった。




 * * *



 Side:Z(ゼス)―――




 ゼスは結果とシェリーの安否の為にその場に留まって居た。


「……全く、これが決定打になるはずだったんだがな。そちらはもう一方の手札を出したか」


 巻き起こる粉塵を見つめて、語りかけるようにして肩を竦めるゼス。

 やがて粉塵(ふんじん)が薄まり、そこから現れたのは、純白の盾である。それを目の前に立てていたのは他でもない、シェリーだった。

 ゼスの大剣は盾の前に地面を抉って突き刺さっている。それも、予想していた落下地点から僅かに離れた位置で。

 大剣落下の瞬間、シェリーは腰の左側に下げていた盾を即座に左手で取り、大剣の衝撃を受け止めた。そして、尚且つ軌道を逸らしたのだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 大剣の落下衝撃に耐えかねて、盾のお陰で無傷でも荒い息を吐き出すシェリー。未だに受け止めた左腕は震えている。

 余裕の足取りで、彼女の前に佇む大剣を取りに歩くゼスは声をかけた。


「驚いたぞ。今のが本当の戦術だったんだが、ここまで凌ぎきるとは思わなかった。こちらこそ、済まないな。俺も、君の実力を侮っていた。ここまで上手くいかなかったのは君で二度目だ」


 やがて大剣の前に立つと、それを右手で引き抜いて肩に担いだ。


「俺に言わせれば、もうドローとして二人とも二回戦に進出したらどうか、と思うのだが如何だろうか? 優秀な騎士が二人この場で確保されるのだから、騎士団としても悪い話ではないと思うのだがな……これ以上やると、無傷では済まない闘いになる。いくらなんでも、女子供(・・・)をこれ以上一方的(・・・)に傷つける事はできないな。……あ、これは騎士道精神を全うしていないだろうか?」

「―――も……も……」


 ゼスの言葉に反応したように、盾を持って跪いている少女がうわ言のように呟いた。

 怪訝に首を傾げるゼスはその言葉を反芻(はんすう)する。


「……も?」









「もぅ許さないんだからぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」







 大声で叫びながら、今ある力を全て注ぎ込んだように、盾を前に構えながらシェリーは突進した。

 あまりの彼女の豹変ぶりに呆気に取られたゼスは、その不意打ちに態勢を崩された。


「くっ……!」


 直ぐにシェリーの剣が迫り、ゼスは大剣で弾き返しながら大きく後退した。

 弾き返された黒髪の少女は足をふらつかせながらも、荒れた息を整えながら立ち上がり。

 銀髪の青年は、今までの彼女の態度の激変ぶりに冷静さを欠いたらしくない動揺をして大人しく見つめていた。

 同様、今まで彼女の事を凛々しく気品ある強くて美しい淑女だと思っていた受験生達も、これには口を大きく開いて顔を青ざめていた。


 訓練場には荒れた息を整えようとするシェリーの息遣いしか響いていない。やがて、息が規則的になった彼女は顔を上げた時、今までよりさらに凛々しい瞳がゼスを捉えた。


「もう許さないわよ! 確かにあの戦術は舌を巻いたわ。もしかしたら、私より強いかもしれない、負けるかもしれないと一瞬は思ったわよ。でもね、貴方は聞き捨てならない言葉を口にした……。まだ私を女子供として扱った貴方は私に対する侮辱よ! 不敬よ! もう絶対許さない、手加減なんて要らない。ボ……私を、私を見下した事を恥と思いなさい、恥!」


 あまりの怒りに頬が上気して赤くなっている。

 彼女の大声は大音量で既に訓練室全体に響き渡っている。下手をしたら、その声が詰め所まで届くかもしれないと言った高い声音だった。

 流石のゼスも、これには落ち着け、と言わざるを得ない。


「……お、おい」

「そう。良いわ、貴方がそれを貫くというなら、騎士の誇りの評価は失格よ! 騎士になる資格なんてない、前言撤回、貴方は成るべきじゃない! 私は勝つ、貴方に絶対勝つ! 貴方は私を見下すという勘違いをしたまま、私の実力をその身に刻まれて永遠に後悔すると良いわ!」


 ゼスの言葉を聞く前に切り捨て、ひときしり喚いたシェリーは剣を自らの顔の前に持ってきた。

 そしてゆっくり息を吐き出した彼女は瞑目した。


「Tiou de raburasha wie bharad grhat…《天から見守る炎の神子よ…》」


 独特の言葉を紡ぎ、彼女の周りに猛りの風が吹く。その長い黒髪が風の流れで揺れている。

 彼女が語る言語は今では誰にも意味を理解できないが、一説によれば古の時代に用いられた古代ラルク語だ。

 かつて魔働を世界中で活用された創世時代で語られた言語であり、魔働はその時代の魔働士によって考案され、実用化された。とある一定の法則の古代ラルク語を発声する事と、イメージをその頭の中に浮かばせる事によって、初めて魔働を行使できる物だと伝えられる。

 それを語るという事は、彼女が今ここで何をするのかゼスは直ぐに理解できた。


魔働術(まどうじゅつ)……!?」


 魔働術。

 魔働を攻撃手段として、術者に備わった魔力を放出することで、その塊を相手にぶつける術だ。古代ラルク語をキーに、自らの血の特殊な成分を媒介にして魔力として行使する物。

 その成分が強いことで魔力の大きさそのものとなる。術式によってその種類と強弱が決まるが、魔力が大きいことで例え初級魔法でも高威力を発揮する事が出来る。

 見分け方が、術者の周囲に発生する風の強さである。魔力が弱い者は微々たる風が吹くだけなのだが、魔力が強い者は猛々しい暴風が吹き荒れる。

 シェリーの魔力は、まさに後者に分類される。


 彼女の家系は、聖王国の中でも1,2を争う強さの魔働の血を持っている。それ故、彼女に匹敵するほどの魔力を持つ者など王族を除けば、騎士団内でも騎士団長シュナイダーくらいのものだ。

 彼女の魔働術は初級魔法でも高威力を発揮することだろう。少なくとも、彼女が今唱えている炎属性魔働術でゼスの身体が消し炭になるくらいの威力は誇るはずである。

 これが彼女の勝利への確信、その理由だった。


 そんな魔力を持つ彼女の魔働術を防ぐ術など、受験生達を含めゼスが持つことなど有り得ない―――。


「yeal tu rou siones tie qery D ole liger easr K rool《祈りと共に我が怒りと同調し給え 地の守り人敵を焼き焦がせ》」


 詠唱と共にシェリーの目の前に、虚空から赤色の陣が浮かび上がる。

 シェリーは目を開いて、その陣に剣を持つ右手を重ね合わせて―――

 

 大砲から発射されたような砲弾並みの大きさをした火球が魔働陣から飛び出す。

 術名―――“ファイアボール”。

 皮膚を容赦なく焼くであろう熱量が篭った球は、容赦なくゼスへと襲いかかり。


「チッ―――」


 ゼスは大剣を盾代わりとして防ごうとする。

 しかし、魔働術は物理的なもので防ぐ道理は無いと言われている。火球を避けようとしなかった彼に馬鹿野郎と叫ぶ受験生が居た。

 鼓膜に響く爆発音が訓練場内で反響し、火炎はゼスを覆った。


シェリーは魔働術「ファイアボール」を唱えた! ファイアボールはゼスに直撃した!


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