3-23「公安師団の男」
Side:Z――17時40分
汚れを払い落すように虚空を斬った大剣で、断罪者の太刀を止めた。
その背後には、身体が両断されて息絶えた巨人が倒れ伏している。
剣同士で打ち合いながら、ゼスは敵の眼に向かって鋭い視線を飛ばす。
「さて、答え合わせだな。お前たち、普通の人間ではないな?」
「―――」
眼前にいる断罪者は答えない。
同意していたシェリーが硬い表情になって頷きながら、別の断罪者たちと睨みあう。
「確かにそうよね。こんなめちゃくちゃな動きをする人、騎士団内でも居ないわ。人間じゃないのが自然ね。ということは……魔人?」
「いや。魔人ならば奴らも魔働術を使う筈だ。だが、使うどころが全て己の肉体のみで戦っている。それに、君も気づいていると思うが、奴らからは息遣いや気配が希薄だ」
彼らのその呼吸は人間が出来る大きさを抑え、必要最低限にまた規則的だ。よほど耳を傾けて集中しなければ呼吸音なんて聞こえない程で、それは戦闘時の激しい運動中でも変わらない。いかに肺活量が大きい人物でも、そんな無茶をすれば脳の働きが失われ、血の巡りも体中に行き渡らなくなり倒れている筈。
また、ゼスやシェリーがどんな動きをしようとも、余程の想像の埒外で無い限り慌てずに応対するところ。そして、少しでも逃げようとか特攻しようなどとは絶対にしないところを考えると、人間臭さが感じられないように思える。
まるで、彼らは人形みたいだ。
「ボクから感じたら、意識がないように思えるけど……。でも、なんでこんな動きが出来るの?」
「……わからん。だが、先程の巨人まで考えて、一つだけハッキリしていることがあるな」
大剣を握る手を強め、黒衣の刺客が隠す眼を睨みつけた。
彼らが素顔を隠している仮面は白色で全て余さず覆っている。
「仮に人間ではなく、自らで判断していないとするなら、この場を観察している操者がいる筈だな」
「えっ……? どういうことなの?」
「考えてもみろ。反応速度に関しては個々の判断―――というより、ほぼ反射と身体能力高さ故だろうが―――で動いたんだろうが、まるで俯瞰しているような状況判断と行動方針の即時変更という柔軟性を全員が持っているなんて有り得ないな。誰か一人癖でもあるかと思えば、そんなことはない。だとしたら、もうそれしか有り得んだろう?」
それは闘っている間も感じていた違和感だった。
例え強靭な肉体と異常なほどの筋力を持っていても、それの強弱やその波がぶつかり合った時に全く感じなかった。変わらず、増さず、弱まらず。完成されているが故に人間ではないということの証明だ。
一人も動きに違いは無く統一されていても、人間では無ければ不可解となる。
ならば、考えられるのは戦況を判断し、明確な意思で指示を飛ばす誰かがいると考えるのが自然だ、とゼスは考えた。
「言われてみれば、確かにそう思えなくも……」
神妙な顔つきで、シェリーが首肯する。
「そう考えると、もし操者はこの戦いを常に目に見える範囲にいなければならない。つまり、そいつさえ潰せば奴等は止まるわけ―――」
その瞬間、シェリーが首を動かした。直後、彼女の視線を向けた先に生い茂る低木から僅かに、音が鳴った。
ゼスも僅かにそちらへと視線を向ける。
「黒幕だな」
「秩序よ、奔れッ!」
星属性の初級術、“クヴァント・ヘンデル”がシェリーの指先から射出され、音がした草陰に素早く飛ぶ。衝突し弾けて、音を出した人物の目の前に強烈な光が放たれる。
「ヒッ!」
それに驚いた人物は、大きく仰け反って草陰から飛び出して尻もちを突いた。
全身がローブに包まれて、何者なのかは判断できない。だが、それは男であり、風船みたいに膨らんでいる人物のようで、山賊のトゥワよりもトロくさい印象を受けた。
ローブの男が起き上がる前に、シェリーは持ち前の瞬発力で男に近づき、剣を突きつける。
「そこまでよ。何の目的かは知らないけど、コソコソ隠れていたあなた、よもや無関係だと言わせないわ」
黒髪の少女騎士が剣と等しく鋭い口調で追いつめる。そして、素早くフードにその手をかける。
「素性を隠して観察しているなど無粋なことは止めるのね。あなたも戦士なら、堂々とその正体……を―――」
だが、彼女がローブの男のフードを剥いだ時、その口は止まった。
怪訝に思って、ゼスが黒衣の刺客を突き飛ばして視線を移すと、目を見張る。
フードの下は、二人が見知っている人物だったからだ。
五十代の男性で顎髭は黒く、全体的に太い腹まわりをした体型で、それを包む衣類は決して市井の人間が買えるようなものではない豪華な長衣。目立たぬよう色彩の暗いローブを纏っていても、それを着ているということは自尊心が高い人物であるということが見てとれる。
いかにも貴族らしい出で立ちをしているその男は。
「―――なぜ、ここにダリオス伯爵が……」
シェリーが呆然と呟いた男の名を―――聖王国貴族を見下ろしていた。
……ダリオス伯爵? 確か、聖王国内の奴隷制に深く関わっている貴族だったな。やたらと選民意識が強く、奴隷を道具扱いしていたが……。
ダリオス本人はといえば、ただシェリーが突きつける剣先に酷く怯えているだけだ。しかし、彼は分かっていてここにいるというのだけは解る。ローブで正体を隠しているということからも、十分な証拠だ。
「……なぜ、伯がいらっしゃるのか解りませんが、ここがどういうところかお判りですか?」
「……き、貴様……! このワシに向かって無礼な真似をするとは! アイオライトの小娘が、いい気になりおって!」
シェリーに睨みつけるような視線を向けられると、ダリオスは狼狽しながらも強気の口調で言い返した。
溜息交じりに少女騎士は言う。
「私の事はご存知でしたか。父がいない所ではお強いですね、伯。ですが、貴方はこの現場での重要参考人です。お手数ですが、ご同行願えませんか?」
「な、何故ワシが……! か、関係無い!」
「そういうわけには参りません。お話を―――」
そう言って、彼女が拘束術を行使しようとした瞬間。
「お、おいお前たち! ワシを―――」
ダリオスの視線がこちらに向けられたかと思うと。
「……っ! おい!」
「っ!?」
ゼスの声に、シェリーは咄嗟に反応した。持っていた剣を振り上げる。
森の中に響き渡る、鋼同士が衝突する甲高い音。
太刀を持っている黒衣を纏った者が、彼女に襲いかかったのだ。
同じ黒衣の三人が相次いで動きだし、二人の元へと殺到する。
「いきなりどうしたんだ、奴らは! 明らかに様子が……!」
ゼスも駆けだし、大剣を持つ両手をさらに握り締める。
シェリーはたった一本の剣で、断罪者たちの猛攻を危うく受け流していた。
「くっ……ぅぁ……! こ、これは……!」
シェリーが捌き切るごとに、負傷した左肩に痛みが走っているのか、表情を歪めている。
視線は完全に面前の敵へと向けられ、後ろにいるダリオスに向けた注意が逸れた。
その隙をついて、伯爵は歪んだ笑みを浮かべて懐から鋭利な儀礼用短剣を取り出して鞘から抜く。それを、切り裂かれていたシェリーの左肩に突きたてようと振り上げた。
彼が動いた瞬間に、ゼスは自然と地面を蹴っていた。
「させんっ」
「っ!」
寸前で大剣を振るい、伯爵の短剣を弾き飛ばす。
「き、貴様……! よくも……」
再び尻餅をついた伯爵の非難を無視し、シェリーの前に立って黒衣の者たちを牽制する。
彼の左手には、途中で拾った純白の盾が握られている。
「おい、君の使っている盾だ。あまり手放すなよ」
ゼスは横のシェリーに彼女の盾を投げ渡した。
「ちょっと……! あまり乱暴に扱わないでよ、父から預かった家宝みたいなものなんだから」
「どうでもいい。それより、それで護りに徹しろ。俺が奴らを排除する」
「排除って、アンタもうボロボロじゃない。無茶して一人で敵う相手じゃないわ」
「それを言ったら君もだな。……とにかく、今はそれが最善だ。護りが得意な君ならば、俺は気にせず剣を振るえるというもの」
「……お互いの長所を生かすって言うの? ふぅーん、アンタにしては妥協してるわね、ゼス。……私のこと、認めてくれたわけ?」
再び攻めてくる黒衣の刺客たち。鋭い太刀筋を見せて刃を振り下ろしてくる。
ゼスは大剣の身で受け流し、直ぐにカウンターで切り返すが虚空を切る。
シェリーの方も、己の身を使っての刺客たちに攻めたてられるが、盾と剣の二つの武具を駆使して弾き返している。
次第に敵が彼らを取り囲み、銀髪の大剣使いと黒髪の少女騎士は互いに背中合わせになっていった。
「勘違いするな。君は後ろで大人しく震えながら、自分の身をただ護れと言っているだけだ」
「なにそれ! まだそんな減らず口を言うわけアンタは! そんな野蛮人は細かい守りができない筋肉バカのクセに!」
「攻撃が最大の防御、とも言うがな。非力だが頭だけはご立派に固い君は、いったん脳天を叩き割られた方が流石に柔らかくなるんじゃないか?」
「それ、もしかしなくても死ぬわよねぇ!?」
シェリーが吠えるように言った。だがその最中でも盾を駆使して、彼女は傷一つ負わない。
刺客たちが怒涛のように攻めるが、ゼスの大剣はどれも太刀筋を逸らすように器用に扱い、弾いていく。
だが次第に追い詰められていく。完全に刺客たちによって逃げ場は失われている。
それなのに、二人の声は失意や落胆などではなく、ハッキリとした意志のようなものを含んだものだった。
「……まぁ、そんな憎まれ口が叩けるくらいの余裕あるんだったら、きっと軽く叩きのめしてくれることでしょうね。それを信じることにするわ」
「……ああ。この続きは、生きて帰ってからにしようかな」
お互いが背中を感じつつ、まるで絶望などしていない、と彼らは清々しく口元を緩めて笑っていた。
それを見たダリオスは面白くなさそうに、苛立った口調で叫んだ。
「ええいっ、貴様ら何をしておるか! さっさとこの無礼千万で下等な平民騎士を仕留めんか! もう時間がないのだぞ!」
それは明らかにこの断罪者たちに命令するもので。
命令を受け取った者たちはより鋭さを増して二人に襲いかかる。
ゼスとシェリーは得物の柄を強く握り締め、迎え撃とうと身構える。
―――そこに。
風を切る音が耳に届いた。同時に彼らの間を通り抜けた何かが、傍に立つ木の幹に深く突き刺さる。
「………!?」
見ると、そこに刺さっていたのは一本の矢であった。
直後、地鳴りと共に、鉱山町が奥にある渓谷から馬たちの鳴き声と複数の雄叫びが耳に届いた。
「何だ、これは……」
「ゼス、あれよ!」
シェリーの声に導かれて、渓谷方面へと視線を向ける。
その雄叫びの正体は複数の馬に跨る武装をした男たちだった。真っ直ぐゼス達へと馬を飛ばしている。
「まさか、山賊たちが仲間を連れてきたのか?」
「いえ、違うわ……。彼らは、もしかして……!」
シェリーの声音は、期待に満ちたものであった。
彼女の言葉通り、闖入者たちは山賊たちのような薄汚れた装備品を着こなしていない。
彼らは皆、清潔感がある、緑色を基調とした服の上に銀色の胸当てを付け、槍や弓を持っている。腰には彼らにとって必需品なのか、腕の自由を奪う拘束具がぶら下がっている。その拘束具は、いかにも罪人を捕えるためのものだ。
この国内で犯罪を取り締まっている組織は、一つしかない。
「け、警備隊だとぉ!?」
ダリオスがこれ以上にない青ざめた顔で、聖王国内で治安維持を目的とする組織の名を叫んだ。
警備隊の規模は一個小隊ではあるが、それだけでも数十名配属されており、こうして隊列を組んで馬を走らせていると迫力があった。
「いたぞ! 生存者も確認した!」
「あの黒衣のヒトガタが、危険な魔物か!?」
「まさか、魔人か!」
「全員、無駄に騒ぐな! 敵にプレッシャーを与え続けろ!」
彼らの先頭に走る馬上に跨る一人の男が、大声で叱咤する。
コバルト色の髪を綺麗に揃え、薄い唇は真一文字に引き結ばれている。頬に十字の傷痕があるが中性的な顔立ちで、屈強な男たちの中では一際異彩を放つ存在だ。だが姿勢は堂々としていて、鋭い金の瞳をした眼は指揮官として十分な経験と自信に溢れていた。
その十字傷の男の隣には、警備隊ではない存在も並走していた。シェリーと同じ青い衣の上に銀の甲冑と胸当てを付けているが、彼女と違うのは聖王国紋章入りの軍衣を上に羽織り、風で翻していた。長く伸びた茶色の髪をポニーテールにして身だしなみが整えられた、大人びた女性だ。
ゼスたちと同じ、蒼衣の騎士のようだ。そして彼女は先ほどの矢を放った張本人であった。
女性騎士は構えた弓を下ろして、隣の男に報告する。
「レイモンドル公安師団長殿。牽制した。両者の注意がこちらに向けられたかと」
「協力、感謝するミラ卿。これで乱戦だけは避けられそうだよ」
レイモンドルと呼ばれた男が、腰の剣を引き抜いた。
「生存者は一人残らず救出し、敵は一人残らず可能な限り捕縛、必要なら排除! これを理解できない愚か者は武器を構えるなっ!」
彼が声を張り上げた瞬間、一斉に後ろの隊員たちは槍を構え、剣を抜いた。
「……良し。ならば警備隊所属公安師団が隊長の僕が、民の代弁者たるお前たちに命ずる! 僕に続き、民の危険を断固、殲滅っ!」
「おぉおおおおおおおおおおおおっーーー!!!」
隊員たちが咆吼をあげ、馬を走らせ続けた。
「援軍だわ! 私たち、助かるわよ!」
「……そうだな」
シェリーは喜色の表情を浮かべ、ゼスは変わらず黒衣の刺客たちへと剣の切っ先を向けていた。
ダリオスは苦虫を噛み潰したような様相で後ずさり、忌々しく呟く。
「ぐぬぬ……流石にここまで目撃者が多くては……それに、万が一のことがあって、あのお方に恩を売るわけにもいかん……っ!」
彼は黒衣の刺客たちに視線を向けて、躊躇わず狼狽した声をあげた。
「き、貴様ら! ワシを連れて撤退―――」
しかし、彼が全てを言い終える前に、命を下される筈の者たちは後退し、森の奥へと走り出す。
その場に、命を下す者を残して。
「おい、何故ワシを連れていかん!? 待て、貴様ら! ワシを置いて逃げるなぁっ!」
伯爵が必死に声を張り上げても、黒衣を纏う者たちは一人も振り返らない。一秒でも早くこの場から立ち去ろうとしている様子が見て取れた。
彼だけではなく、シェリーもそれを許さない。
「ま、待ちなさい! 逃げてもあなた達は」
「待て、追うな。放っておけ」
ゼスが追跡しようとした彼女を止める。
その間に黒い衣は木々を伝って跳び、姿を消して行く。
「ゼス、なんで止めるのよ!」
「正直言って深追いすれば命に関わるし、輸送している荷物と民間人を守り切れればいい。後は増援の部隊が判断するだろう。それに、重要参考人は捕らえられるしな」
そう言って、ゼスは刺客たちが去った方へと呆然と見つめるダリオスを見下ろし、逃がさないよう剣を突きつけた。
「ヒッ!」
「……そうね。伯から何か重要な情報が聞き出せれば、芋づる式に彼らの正体も解るわけだし」
溜め息を吐いて、シェリーは魔働術で拘束に取り掛かる。
ダリオスは呪うような声で二人を睨みつけた。
「お、お前たち! ワシにこんなことをして、タダで済むと思うな! ワ、ワシは、聖王国の貴族で、元老院会の人間だッ! 無礼なお前たちに、何かしらの手を……!」
「負け犬になった権力者は、いつも同じことを言うんだな。流行っているのか、その台詞は」
「ま、負け犬だと……!? 平民風情が、ワシになんという口の利き方を!」
「伯。少なくとも貴方は、民に危害を加えた山賊たちと繋がっているという嫌疑があります。その時点で、貴方の負けです」
「ぐっ……ぐぅ!」
シェリーの一言に、ダリオスは押し黙る。
駆けつけた警備隊は彼らの周囲を護るように固め、その長が二人の騎士の前で馬を止めた。
「A班は可能な限り敵を追跡続行! 本隊との距離を離すな! B班は僕と共に民間人の保護、犯罪者たちを拘束っ!」
「はっ!」
隊員たちは森の奥へと馬を走らせる者たちと、馬から降りてこの場に留まる生存者達へと駆け寄る者たちに別れる。
そして、指示を出した男、レイモンドルは馬に跨りながら二人の騎士を見下ろした。
「僕は警備隊所属公安師団の隊長、オルカルス・レイモンドル! そこの従騎士二名に告げる! ここであった経緯、全て包み隠さず、愚かな嘘を並べず報告を!」
馬の鳴き声が、森林の中に響き渡った。
* * *
Side:S―――17時55分
結果的に、黒衣の刺客たち全員を捕捉することは適わなかった。
森の中は入り組んでおり、馬を使っての全力の追尾は不可能だったことに起因する。足だけでも追いつけず、追跡して直ぐに見失ってしまったのだ。
別れた警備隊員は戻ってきて合流し、その場にいた全員に詳しい事情を聴いている。被害状況の確認や、怪我人の応急処置も彼らが全て行っていた。
ゼスとシェリーはと言えば同じく治療されながら、警備隊員たちを率いるリーダーに、今までの経緯を全て報告していた。
「成る程。ではお前たちは護衛の任務中に山賊に襲撃され、撃退はしたが今度は黒衣を纏った正体不明の敵とあの巨人に同じく襲われた、とそう言うわけかい?」
「はい。結果的に巨人を倒せはしましたが、結局正体は掴めず……。ですが、その首謀者である可能性の者は何とか捕らえました」
「……ダリオス伯爵か。確かに、ここにいるのはあまりに似つかわしくない貴族ではあるけど」
そのダリオスは現在、警備隊が率いてきた馬車に乗せられ、事情聴取されている。
馬車をチラリと見たレイモンドルは、再びシェリーへと向き直った。
「お前たちの言い分と彼の言い分はずいぶん食い違っているよ。彼はここにいた理由を『視察の為に騎士二人を連れ立っていて、鉱山町からの手土産を持って聖都に帰る途中に、山賊たちに襲われた』と、言っているんだけど」
「そんな! 確かに彼はあの黒衣を纏った刺客たちに指示を出していました。私たちを始末しろ、と言っていたのも聴いています!」
「それに、彼女を彼自身も短剣を使って危害を加えようともしていたな。そもそも、あれは手土産ではなく、町が騎士団に依頼した品だ」
「そうか。では、その件については後ほど彼から詳しく訊こうか」
ゼスの注釈を聞いて、レイモンドルは頷いた。
「それで、ここで撃退した山賊は山紅猫団で間違いない?」
「はい。本人がそう認めています」
「そうか……。まさか翌日に全員検挙できるとは……」
「はい?」
「いや、こっちの話だよ。では、彼ら全員の身柄は我々の方で引き受けよう。まぁ、血気盛んな愚か者でも、隊員たちは慣れっこだ」
師団長が振り返った先には、応急手当をされた山賊たちが次々と警備隊員に連れられて馬車に連行されていた。
山賊たちは少なからず捕縛に抵抗を見せていたが、特にアンの抵抗は激しく、隊員たちも手を焼いているようだった。
やがて、拘束具によって両腕の自由を奪われるが反抗的な態度は続き、騎士と喋らせろやあいつが俺の手を壊そうとした、などと喚き散らしながら連行されて行く。
「山紅猫団のリーダーと目される男か……。やたら小物くさい匂いを漂わせているが。コイツが今まで我々の捜査から逃れられたとは到底思えない」
ドゥは比較的大人しい様子だったが、なにが可笑しいのか怪しい笑みを崩さず、ゼスたちの方に不意に振り返った。
「……フヒッ。残念だったなぁ、騎士の奴らに一番の苦痛を与えられなくてさぁ……ククッ……」
「おいっ、さっさと歩け!」
隊員たちに小突かれ、ドゥは変わらず笑ったまま馬車へと乗り込んだ。
そして、最後のトゥワで隊員たちも困惑していた。山賊たちの中では一番の重傷で大柄な為、拘束具を付けるのに時間がかかっていた。しかし、トゥワ自身が終始大人しかった為に、今ようやく複数の隊員たちの肩を借りて担がれた。
彼らがゼスとシェリーたちの前を通り掛かると、隊員たちが足を止めた。トゥワが足を止めた為だ。
「お、おい? 行くぞ?」
「……ご、ごめん、なさい、お……。少し、喋らせて、欲しい、お……」
そう答えて、トゥワはゼスとシェリーに振り返った。
表情は痛みに歪まれ、苦しそうな吐息を漏らしている。だが、二人を見つめるその瞳に宿っているのは敵意ではなく、穏やかなものだった。
「……二人の、騎士、さん……。アンちゃんたち、を……助けてくれて、ありがとう……だお……。ああいう性格、だけど……オイラに、とっては……家族同然……だから……」
放たれた言葉に、二人は驚きを隠せなかった。
「……」
「……お大事に」
シェリーですら、思わずそんな風に答えてしまったほどだ。
トゥワは「……もういいお」と言って歩き出し、隊員たちに連れられて馬車へと向かっていった。
見送ったレイモンドルは、肩を竦めて見せる。
「まぁいい。報告はご苦労だったよ。では、こちらから要請することがある。我々警備隊は今から容疑者や状況証拠を持って鉱山町タルテルドへと戻るが、お前たちと民間人二人、そしてそちらの馬車にある荷物を含め一緒に来てもらうよ。その際、荷物も厳重に調査する」
「えっ!?」
突然の宣告にシェリーが驚きの声をあげた。
「ど、どうしてですか? 今回の件に、一般人の方と荷物は関係ないのですが……」
「実際のところ、この事件は不可解な点も多く、真相はこの状況と先ほどの報告だけでは掴められない。一旦落ち着いた場所で詳しく事情を聞きたいんだ。民間人の治療もしかるべきところで受けさせねばならない」
それから、と彼は続ける。
「お前たちが運んできたと主張する、そしてあの貴族が自分のものだと主張する、あの荷物は鉱山町で採れたものであることは、駐屯している警備隊で採掘量チェックなどで把握している。しかし、その後で違法性があるかは調査していない。故に、道中でそれが確認されないかを調べるんだ」
有無言わさぬ声音で告げた後公安師団長は近くの隊員を呼び、シェリーの返事も聞かずに指示を与え始める。
「……しかしレイモンドル師団長。我々は騎士団本部から荷物を可及的速やかに聖都へ持ってくるようにとの命令を受けています。鉱山町での取り調べで、長時間拘束されるのはーーー」
「そんなことを心配するのか? ならば、荷物に違法性が無いと確認され次第、我々公安師団が引き継ぎ、責任をもって騎士団へと送り届けようと思うが」
「そ、それではダメなんです!」
「ダメ、とはどういうことなんだ?」
「それは……」
シェリーは答えに窮してしまう。
今回の護送任務は、一つだけ守らなければならない騎士団からの命令があった。
「任務中での、警備隊の援助を禁ずる。故に、輸送する内容は決して衆目に晒さぬよう配慮せよ」
何故騎士団が調査機関である警備隊の目から鉱物を隠すような命令が下るのか判らない。鉱山町から発掘される鉱物……レーガル石は硬く丈夫で加工がし易いものであるが、それでも働石に比べればその価値は結構な差がある。軍事的な配慮があるにしても、一般にも流通するのだからそんなに重要では無いはずだ。
「任務は最後までやり通すのが、私たち騎士の役目ですから」
彼女は当たり障りのない答えを選ぶ。それに嘘はない。実際に考えていることを口にしただけだ。
だがレイモンドルは答えを聞いた後、声をあからさまに潜めた。
「任務は最後までやり通す。成る程、美談だが負傷しているお前たちでは、この先も無事に行けるとは到底思えないよ。望むのならば警備隊の何人かをそちらに回すから、警備体制を強化して行くべきだ」
「ご厚意は有難いのですが、上官から私たちで持って来いと命令されている以上は、私たちで行かねばなりません。鉱夫さんの治療を貴方方に任せた後、聖都に向けて出発します」
「……やけに頑ななようだね? なら、その上官はどこにいる? その者の命令があればよいのだろう?」
「今はこの場におりません。聖都で荷物の到着を待っておいでです」
「―――話にならない」
レイモンドルは呆れ果てたように息を吐き、シェリーからゼスへと視線を移した。
「そこの男はどうだい? 女従騎士同様、愚かしい言い訳を並び立てるのか?」
彼の鋭い眼光はゼスといい勝負だ。
警備隊は多くの人を疑い、確信をもって犯人を拘束する仕事だ。彼はまだ若いが部隊長を務めるほどならば、数多くの犯罪者をその眼力で詰問し、的確に捕えてきたのだろう。シェリーもこの眼に見つめられ続けたら、思わず心の内を喋ってしまいそうになったぐらいだ。
レイモンドルに睨まれているゼスは無言のまま見つめ返している。シェリーは数分前の会話と彼の性格から、いつ守秘義務の件を喋ってしまうのか気が気ではなかった。
そして、ゼスが口に出た答えは。
「……上官の命令ならば、それに従うだけだな。出世に響きそうだしな」
実に彼らしい答えだった。
シェリーは内心ホッとしていた。どうやらあの時、山賊たちを警備隊に引き渡すという話は、忠実に守っているようだ。それに、外部からの申請より内部評価を気にするとは、実に傭兵らしい選択だった。
しかし逆に、レイモンドルは忌々しそうに舌打ちをする。
「どうやらお前、騎士なりの高潔さが足りないようだ。その立ち振る舞いは元傭兵か。フン、自己利益を優先し、戦場に勇しんでいくのはいかにも、社会のクズなお前らしい愚かな答えだよ」
反吐が出る、と吐き捨てるように二人を一瞥する。
シェリーはムッ、と眉根を寄せた。彼が、同じ回答をしたゼスと一緒にするかのような扱いの視線だったからだ。口に出すと話がこじれそうなので言葉にはしないが。
「最近騎士団は内外問わず、才能ある者を採用しているそうだね。成程、どのような素性だろうと能力だけであっさり受け入れる程に、尻軽になったというわけか」
「なっ!? あ、あなたは……」
侮蔑が入り混じった言葉に、シェリーは怒りを抱いた。
騎士団に対するあまりの極論と侮辱した扱いに、咄嗟に訂正を求めようとしたが―――
「お前たちは我が国の民を護り通せなかった愚か者だと自覚するべきだ! そんな人間が今後の襲撃で荷物も、今まで安全だった者たちを護り通せる保障があるものかっ」
「っ……」
確かに怪我をした自分たちが再び出発して、また同じような状況が来ないとも限らない。今回は時間をかけたお陰で救援が現れ、助かったのだ。
本当ならこのまま全員で聖都に荷物を護送したい。だが、そんな簡単なこともできない理由がある。
「そっちがその気ならいいさ。少々面倒だが」
レイモンドルはワザとらしく一拍置いてから、鋭い眼で告げる。
「鉱山町にて、警備隊による物資の強制捜査を、敢行させてもらう」
「えっ!?」
「無論、御者たちの聖都への警護はこちらで全て引き継がせてもらう。民間人の保護は、我々の領分だ。騎士団の出る幕ではないよ」
「そ、そんな!」
あまりにも強引な手段だった。
警備隊は元々国の方針より、領土における治安維持と民間人の保護を優先して行動している。彼らがそれらの問題を目にすれば、即座に介入できるように独自の決定権と行使能力を持っているのだ。
だが、他の組織の仕事を強制的に検分し、あまつさえその仕事を奪おうとすらするのは越権行為に取られかねない。
シェリーは僅かに落ち着いて、反論を返そうとする。
「……そ、それは無理があるのでは? いくら警備隊が騎士団への干渉能力があるとはいえ、隊上層部からの令状がなければその捜査は認められないはずだわ」
「よく調べているね。確かに、我々の判断では強制捜査はできない。だが、我々の判断でお前たちを重要参考人として鉱山町に拘束できる権限ぐらいある。その間に、上層部に捜査令状の発行を促す算段だよ」
「なん……ですって?」
「ちなみにそれは隊上層部や騎士団の許可は必要ない。我々に与えられた当然の権利だよ。無論、国の定めた、国法でね」
有無を言わせぬ口調で、レイモンドルが鼻を鳴らす。
かつての君主が制定した双方への干渉権。特に現場の人間には独自の判断で現行犯や疑わしいと判断された参考人をいかなる立場の相手だろうと逮捕、同行させる権限も与えられている。無論、ある程度の証拠能力がある場合のみではあるが、必要になる捜査が許可されるまでなら理論上任意同行は可能だ。だが、捜査が始まってしまえば、シェリー達が釈放されるのはいつごろになるか。
例え同じ国と民を護る立場であれど、今の時期で仕事を奪われるわけにはいかない。昇進や名誉は二の次だが、ここで失敗すれば父から呼び戻される可能性が高くなる、とシェリーは焦った。
無論、彼女はよもや騎士団が運ぶよう指示する荷物の中に違法性があるとは信じたくなかったが、それならできれば自分で調べて判断したいと思った。
レイモンドルが背に控えた部下に「本部に強制捜査礼状の請求を」と指示を出す。
部下の警備隊員は復唱してから、自らの馬に括りつけられた荷物から、魔働術の力を増幅させる鉱石、働石を一個を取り出した。両手で持ち、地面に置く。その部下も僅かな魔力を使って魔働念話を試みているようだ。
「……こちら、公安師団レイモンドル連隊。警備隊本部、強制捜査礼状の請求を。内容は……」
直ぐに双方の念話交信は開始される。
個人の魔力では聖都にある本部までは届かないが、働石を介せばその交信距離が増幅する。強力な魔力を持たない警備隊員は常に働石の携帯をしているのだ。
思ったより答えが早く出そうだ、とシェリーは直感した。
「―――このままだと、本当に拘束されてしまう。そうすれば、これを口実に父上に呼び戻されてしまうわ……」
「……君はそれだけでいいかも知れんが……俺は出世から遠のくか、首を切られるかの瀬戸際だな」
シェリーの囁きに、横に立つゼスも目立たない小声で応じる。真剣な声音だ。
眉を顰め、彼女は首を振った。
「ボク―――私だって重大なことよ。でも、強引に出発しようとしても森の中での荷馬車では遠くまで行けないし、警備隊たちの数が多すぎるわ。何か、せめて後顧の憂いがない方法は……」
そんな時に、思いもしないところから声が掛けられた。
「―――でしたら、彼らの護衛はわたしが引き受けよう」