3-22「光を背に、剣の信念」
Side:S―――17時32分
詠唱を続けるシェリーは、ゼスの異変に気づいていた。
だが、その場から動くことができない彼女は、詠唱の合間に声をかけていた。
「どうしたの? アンタ、何だか……」
―――息使いが、感じられないような。
そう言おうとした時、迫る黒衣の刃に対してゼスは唐突に動いた。
しかし一瞬の出来事だった。
彼が少し赤みがかった黒い大剣を振るうと、拮抗も無く三つもの凶刃を根元から斬り落とした。まるで、それが飴細工でできていたかのような、呆気なさ。それも、たった一振りで、同時に。
……嘘!? あんな簡単に敵の太刀を三本も持っていくなんて!
シェリーはその光景に思わず目を見張っていた。
黒衣達が持っている太刀はみな、業物ではないがそれなりの強度と殺傷力を持っていたはずだ。ゼスが何度も打ち合えば少しずつ壊れるかもしれないが、一度に三つ同時に破壊される、というのが偶然とはとても思えない。
彼女だけでなく、刃を失くした片手武器に向かって目を見開いたように注視する、黒衣たち。
その大きな隙をゼスは見逃さず、端に立つ刺客の腹に向かって回し蹴りをお見舞いする。
敵が端から折り重なるように倒れたことで、僅かな余裕ができる。
ゼスの身体が躊躇いなく次の敵へ向ける。その先には、大木の根元にうずくまるトゥワにトドメを刺そうと太刀を振り上げる断罪者。
銀髪の大剣使いはその場所へと視線を向け、膝を曲げたかと思うと。
その場から消えた。後には粉塵が舞い上がるのみ。
「……なっ!?」
シェリーは信じられないものでも見たかのように、大きく驚愕していた。
その時には、大きな物音と共に、トゥワを狙っていた断罪者が吹き飛ばされてゴルリディアンヌに大きく叩きつけられる。
彼女が視線を動かすと、蹲るトゥワの前には大剣を振るった姿勢の、銀髪の剣士が立っていた。
……そんな、あの一瞬であんなところまで移動したっていうの!? でも、ゼスにはあんな跳躍力を持っている筈ないわ。だって、あれはボク以上の―――。
いや、彼のあの身体能力はそんなレベルではなかった。最早、人間が引き出せる能力を遥かに超えたもののソレだった。
……まるで、あの断罪者達と―――。
しかし、その思考は中断される。
ゼスが急に息を大きく吐き出したかと思うと、直後に吐血したのだ。
「ゴフッ、ッフ……‼」
「っ!? アンタ……今の動き、無理したんじゃ!」
「……フッ、修業不足だっただけだ。気遣われることじゃないな」
不遜な態度でゼスがそう言ったが、シェリーはそうは思えなかった。
それに、彼が吐血した直後、独り言のように口を動かしていたのも見逃していない。あの動きは確か、「まだ足りないというのか……」と言っていたような気がした。
「……それより、君は詠唱を続けろ。奴らが立つぞ」
シェリーが振り返ると、ゼスに転ばされた黒衣の刺客たちが起き上がってくるところだった。その手に持つ太刀が銀髪の大剣使いによって破壊されているものの、元々二刀流だった彼らは残りの一本でも十分脅威だ。
……ゼスがあんなになるまで稼いでくれた時間を、ボクの些細な疑問で無駄にするわけには。……だったら、それに応えるのも騎士の役目。
眼を細くした彼女は、より集中力を増して口早に詩を紡ぐ。
「―――Teol alf grealy a-g erg hyui Xi altir ew-ri yill solt《ただそこに在り恵む されど聖域侵略たる者への棘となりて》」
黒衣の三人は身体を起こして直ぐに、シェリーに向かって猛スピードで殺到する。
「チッ……!」
ゼスが阻もうと動きだす。
だが、その面前に巨人へ吹き飛ばした断罪者が立ち塞がった。
「もう立て直したか、早すぎるなっ……」
そのまま打ち合い、足止めされる。
シェリーと黒衣たちの間は、何もない。
「まだ終わらないのか……!」
ゼスが終に表情を歪め始めた時に。
―――「Roi qef S hus roell ge yeal flier《私はこの万物に永遠をと祈り続けよう》
Roi sonryu aol er kel ge Quell flier《私は孤独の中で祝福をと願い続けよう》」
―――Hyme―――Cls put iz Roi walnt tes rayweii uii-ah《告げる―――時間により私の志が色褪せん事を》……。
重奏したような唄声が、森林に木霊した。
「残念ね。
……もう仕上げたわよ」
吹き荒れる嵐。草木が悲鳴をあげる。大気が震動する。
彼女の黒髪が川の流れのようになびかせ、その細い指が眼前に浮かぶ金色の陣の上から術式を描き出していく。
その時、一人の小柄な断罪者が予想外の行動を起こした。
阻止できない距離と分かったのか、手に持っている太刀をシェリーに向かって投擲したのだ。
刃が勢いよく円をえがきながら、彼女の左肩を大きく抉って、馬車に突き刺さる。
「ぁっ………くっ」
肩から激痛と共に身体まで焼かれそうなほどに火照っていく。
だが、ここで集中を切らせば術式は一瞬で消えてしまう。彼女はすんでのところで堪えるが、経験が少ない激痛で不意に溢れた涙が視界を滲ませる。
……負けられないっ。ボクは負けちゃいけない! ……でもお陰で敵に恐怖心を抱かなくてすむわっ。
「ぁああああああああああっ」
自らを奮い立たせるように叫び、魔働陣に向かって最後の鍵を差し込んだ。
「“リンク・ソンネンシェント”ッ!」
陣に右掌を思いきり接触させると、黄金色が一際輝きを増す。
直後、陣から極太の閃光が帯のように放出され始めた。
……なんとか、仕上がったわ!
その長い詩を謳い上げた努力の成果は凄まじい力を発揮した。
眼前にいた断罪者たちが立ち止まり退こうとするが、片腕片脚は光に接触し灼き焦げる。
彼らの太刀を、そして直線上の木々すらも灼き尽くす。辺りの気流もまとめて呑み込み、一直線に飛ぶ。
まさに、正面の敵を例外なく焼き払う波動だ。
「……上出来だな」
風切り音と共に、そんな小さな声がゼスから漏れた。
彼はシェリーの術式を見るや、渾身の力で大剣を振り、面前の断罪者を退かせる。そのまま無謀に突撃し、追撃。避ける暇が無く迎撃した刺客を大剣で打ち飛ばした。
さらに追撃するかと思いきや、銀髪の剣士は大剣を構え、そのまま閃光の帯へと横から突っ込んだのだ。
彼の行動に、シェリーは仰天する。
「馬鹿ゼス、アンタなにやって! 怪我じゃすまな―――」
―――俺の行動に、一切口出しはするな。この戦法は、俺を信用できなければなし得ないからな。
詠唱前、確かに彼はそう言っていたことを、何故か今シェリーの頭の中によぎった。
理由は解らない。だが、彼が何も考えずに行動するとはとても思えないことだけは判る。
「……あぁもう! 特攻だろうと、奇襲だろうと、ボクは何も言わないわよ!」
そんな言葉を光の帯から出てこないゼスに吐き捨てながら、動きを見守る。
リンク・ソンネンシェントは猛スピードで木々を消し飛ばし、ある一点へと突き進む。その先には大木を抱えた巨人、ゴルリディアンヌが佇立する。
巨人は大木を振り上げて、自身に迫る光をせき止めようと振り下ろす。
だが、魔働術で顕現した閃光を物理的な手段で止める術は存在しない。
故に、焼き尽くす程の光量の光と大木では拮抗は一瞬、破壊は止まらない。
閃光は大木を蒸発させ、そのまま巨人と衝突した。巨人の身体を傷つけながらさらに奥へと持っていく。
GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼
巨人は激昂し、身体を焼かれていた。
「か、勝てる……! これなら、ボクの凄い威力の魔働術なら、あの巨人に!」
シェリーは歓声に近い衝動を、剣を引き抜いた時に無意識に勢いに出していた。
しかし、その途端光の力が急激に弱まり始めた。
「えっ、嘘!? いくらなんでも早く短すぎるわ! 本来の有効距離はもっと長い筈なのに……」
それに伴って巨人が地面に足を着け、両手で抱えていた弱まった光を徐々に遮ろうとしている。
彼女は気づいていないが、昨晩の浴室鉢合わせの件が尾を引き、寝付けなかった事が自身に悪影響をもたらしていた。精神的な集中力を寝不足で発揮出来ず、それが術式にも有効距離と射光時間の衰退という結果になってしまったのだ。
このままでは苦労して発動させた術が、凶悪な敵を致命傷に至らず消滅してしまうことは明白だった。巨人の戦闘行動はこのまま健在になるし、見れば断罪者の一人が彼女に向けて太刀を構えている。
シェリーは落胆と同時に、先ほどの術式発動と肩の負傷の疲労が湧き上がってきたのを感じていた。
「流石に、この状態でまた同じ規模の術を無事に作れるか、自信がないわ。……このままじゃ、ボクたちは本当に―――」
―――「関係ないな」
その涼やかな声は、光の中から聞こえてきた。
直後、薄まる光の中から黒き大剣を背に構えたままのゼスが飛び出し、巨人の懐に肉薄。
内股から左脚にかけて、大剣で両断した。
これには巨人も、そしてシェリーも驚きを隠せずにいた。
「ゼス!? まさか、アレに接触して無傷だなんて。それに、一体どうやってあそこまで……」
その時、彼女は脳裏に再び過去の情景が浮かびあがった。
それは同僚の元傭兵と初めて闘った日、行使した火魔働術を彼は自らの得物、黒い大剣をかざしただけで無力化させた。その事について詳しく訊ねると、彼はこう言っていた。
―――俺は魔働術を使えないし、君の言う反魔働術式とやらも、俺自身の実力でも無い。あれは俺の剣の力らしい。あの剣を使いこなしてから、魔働術が一切効かなくなったな。
そして、黒い大剣を前に構えて極光の帯に入り込み、その先から背に構え直して現れた。
……そうか。あの反魔働能力ね。原理はよくわからないけど、どうやら剣がその能力を持っている事は確実みたい。あの剣身が術を受ける事で術を無効化できる。となると、剣を背にして人一人が通れる道を作った。そういうわけね。
しかし、それは命懸けの戦法だったはずだ。一歩間違えれば光によって身体の蒸発は免れなかっただろう。自らの技量と能力を、そしてシェリーの術式を信頼できていなければ出来ない芸当だ。
……全く、傭兵という野蛮人は本当に、無茶をするわ。
シェリーの目の前には、一刀を振るう黒衣。
持っていた剣で応戦する。激突して肩が痛む。盾を持ちきれるかどうか自信がない。自分を十分に守れるのは恐らく右手に持つ剣だけ。
正直、力仕事なんて無理だ。元々そこまで筋力は無いし、自分が女である以上彼らを押し退けることなんて出来ない。
でも、やらなければ皆傷つく。誰かがいなくなる。誰かが悲しむ。
そんな光景は、もう見たくない。
「それに比べたら……こんな、のは、痛く、ないっ」
……それに、あの野蛮なゼスだって命を張って戦っている。それに応えなければ、騎士なんて夢のまた夢よ。
だから……私―――
「……ボクは、戦って、皆を守る義務が、ある!」
盾を捨て、左手をかざして術式を描く。
紡がれるは金色の陣。多くの過程を飛ばし、一番得意な初級術を発動。
「っ……秩序よ、奔れッ!」
星属性の初級術、“クヴァント・ヘンデル”。二つの極小物質が陣から射出し、可視できない速度で目標の面前に向かいその二つが衝突、高いエネルギーを発生させダメージを与える術だ。その威力と射出速度はファイアボールを超え、利便性も良い。本来、全属性の初級魔働術の中では一番詠唱時間が長いという欠点も孕んでいるが、シェリーはそれを詠唱せずに術を行使してのけた。
高いエネルギーによる衝撃波で断罪者を弾き飛ばし、黒髪の騎士は全速力で走り出す。
皆を守る。なんと大きな理想だろう。大きすぎて厳しく、辛い目標だってことは理解していた。
それが独りなら。
しかし、今は独りじゃない。例え考え方やその方法は違っても、同じ騎士なら目指す道は一緒だと信じている。
彼がいれば、皆を守れるかもしれない。
「ゼス、これで外したら後がないわよ! 確実に止めて!」
* * *
Side:Z―――17時38分
「ああ……そうだな」
―――キンッ。
シェリーの言葉を聴きながら、ゼスは黒い大剣で確実に巨人ゴルリディアンヌの脚の腱を斬り裂いた。
こうすることで、巨人の移動を制限するのが狙いだ。
片脚を潰したところで、荒れ狂う巨人の腕が襲いかかる。それを銀髪の剣士は巧みにかわし、側面に回り込む。少しでも体力削ろうと傷を増やしていく。
「確実に仕留めるには頭を両断するしかないな」
……まるごと断つなら……引き出すしかないが、流石に連続では保たないな。このまま飛び移って頭にたどり着くしかない。
幸い、片膝を突いた巨人は前のめりになっており、背中が足場になっている。
事前に使えなくした右腕側を周りながら、大地を蹴って背中に着地。そのまま肩へと飛び乗ろうとする。
「……ゼス、危ない!」
シェリーの警鐘が耳に届く。
足を止めた直後、何かが面前を高速で横切っていった。
「ボルト……クロスボウか!」
これがもし足を止めるのが、いやあの少女騎士の注意が無く気づくのが遅かったら、放たれたボルトで頭を撃ち抜かれていたかもしれない。
発射元を見れば、腕を短剣で貫かれて倒れながらも、震える手でクロスボウを構え、薄ら笑いを浮かべる小柄な山賊、ドゥの姿があった。
「チッ、まだ武器を握れる力があったか」
だが、今は捨て置いていい。あの状態ではクロスボウの次弾装填した頃には全てが終わっている。
走り出そうとした時に、三つの影がゼスの横を切った。
「くそ、しつこいな……!」
舌打ちするゼスに、武器を無くしてもなお、最早異常ともいうべき行動を行う三体の断罪者たち。彼らは徒手空拳のまま攻撃を仕掛けにきた。
ある者は拳打を、ある者は蹴打を、ある者は拾ってきたゼスの短剣一本を持って、容赦なく振るう。
「例え足場が悪かろうが、手負いの状態だろうが、侮るな」
剣閃が迸る。
ギンッ、と短剣の刃を断ち切った。
肉を裂く感触を僅かに感じ、弾き飛ばした黒衣の刺客達を捨て置く。
そんな時、急にゴルリディアンヌが曲げていた膝を伸ばし、真横に転がった。背中に乗っていたゼスは脇腹にしがみつくが、巨体が回転や激しい屈伸を繰り返し、しまいには巨人の骨格では実現できないような空中で回転運動するというあり得ない動きまでみせた。
「振り落とす、つもりだな……」
こうも激しく暴れられては、足で頭まで辿り着くのは難しい。
仕方なく、別の方法で近くの木の枝に飛び移り、少しずつ高い木々に飛び乗って行く。
……地面に降りても良かったが、思う存分黒衣の奴らから集中砲火に晒されるだけだ。それでは懐に入った意味が無い。
距離は付かず離れず、ただの一歩で大剣の有効範囲に入れば十分だ。
ある程度の高さまで登った後、巨人の頭が見えやすくなるまで見計らい、一気に蹴って飛んだ。
落下速度と跳躍力、そして剣の重さが加われば十分に巨人を両断できる威力になるはずだ。
シェリーは、先程の断罪者たちの足を止めている。有効打は与えられなくてもいい。彼女の防戦術は相当なものだと確かめずとも分かる。
敵対者は既に立ち上がり、その白い眼を向けている。
身体はお互い限界だ。どちらかが外せば、敗北は必至。
ゼスは右足首と左肘、そして内臓の一部が壊れかけている。闘いが長引けば、治せることになっても長期間になるやもしれない。
今は全身全霊を、この一瞬に賭けるのみ。
黒い大剣を掲げて、巨人目掛けて一直線に落下する。
「この一撃で決めるッ」
吠えるように、叱咤するように叫ぶ。
これは挑戦だと。宣告する。
だが、それに水を差そうとする最後の一人が眼下に現れた。
唯一太刀を持つ黒衣に仮面をつけた刺客、断罪者だ。膝を曲げて、以前のように空中で阻止しようとしているようだった。
……ここで勢いを止めるわけにはいかないが……!
迎え撃とうと決めた銀髪の剣士と、断罪者が今まさに飛び上がろうとして。
「はぁっ!」
黒く長い髪をなびかせて、突風を纏った少女が剣を振るって邪魔者の跳躍を阻止した。彼女が相手にしていた断罪者三体を、ゼスから十分に引き離していた。
「行って、ゼス!」
「……良い速さだった」
お互い短く言葉を交わし合い、意識は面前の敵へ。
巨人は残った左腕を振り上げて、筋肉が著しく膨張させていた。今までで最強の一撃がくるはずだ。
あれを止めるには同じ威力の、今掲げる大剣を振るうしかない。だが、そうすれば頭を狙うタイミングを完全に逸してしまう。奴もそう考えて、回避ではなく迎撃を選んだのだろうか。
だからといって、相打ち覚悟なんてまっぴら御免だな。
その勝負、俺の剣をもって応ずる―――。
「ッ―――――――ッァ!」
GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
剣士と巨人の咆哮が森林に響き渡って。
剣を斜め上段から突き下ろし、対し巨拳を下段から振り上げる。
激突。
しかし、均衡はなく。
大剣は勢いを削がれて威力は死に、巨拳は大きく抉られ殺された。
ゴルリディアンヌは次に備えていた。この後ゆっくり縦軸に回転しながら落下する人間が対抗するものは既に無い。着地と同時に叩きのめし、後から辿り着く断罪者と共に嬲り殺しにしよう。左手の苦痛に表情を歪めつつ、勝利を確信したかのように喉から笑いがこぼれて。
大剣を振るって右手に持った剣士が背中から振り返ると、空いた左手には何時の間にか鈍色のものが―――。
「なんてな」
「―――――ッ‼」
巨人の顔は、驚愕の色に染まった。
ゼスが手に持っているそれは、曰く切らした筈の暗殺用の短剣。そして、懐に忍び込ませた正真正銘、最後の一手だった。
……いかに身体が異常なほど強靭に鍛えられても、顔面は鍛えられまい?
そして左手の短剣を軽く振り下ろし、巨人の眉間から鼻筋を通して口腔を裂いて貫いた。
急所を斬り裂いたためか、今まで以上に巨人の慟哭が周囲に木霊する。
……切らしたというのはブラフだ。切り札というのは、最後まで取って切るものだろう?
……もし迎撃ではなく、回避をとられていたら、俺の狙いは外れ敗北を喫しただろうな。
―――生憎俺は騎士のような正攻法で戦う気はないな。命を落としたらそんな事はなんの価値もない。故に俺は勝つ為の手段をとった。
……卑怯者、邪道。謗りは甘んじて受け入れよう。唯一、俺の願いが護られるなら―――。
「ゼス、護って! 皆を―――」
背中に命たちの存在を感じながら。人々の視線を感じながら。少女の願いを聞きながら。
痛みで狂い悶絶する巨人の胴の前に着地して。
既に剣を返し、振るうのに要する時間は最長一秒。駆けつけようとする断罪者たちが辿り着くにはその数秒後。
阻むものは、無し。
「終わりだな。いい加減、その雄叫び、鼓膜が破れる」
―――襲い来る命の脅威を根絶し、どこまでも突き進もう。
胴体から首筋にかけて深く、ゼスは黒い大剣を袈裟斬りに振り上げた。
投稿直後、本文の中で使われる「!?」が赤い文字に大きく描かれた、普通ではあり得ない様式になっておりました。外で執筆していた時にIpadを使っていた時の様式がそのまま反映されてしまったようです。読者の皆様には不快な思いをさせてしまい、深くお詫び申し上げます。全て訂正致しました。