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3-21「全て認めない」

 Side:Z(ゼス)―――同日17時28分


 直後、彼女の周りに荒ぶる風が巻き起こった。

 貫くほどに凛とした、一切のよどみなく少女の唇が紡ぐ―――魔働術星属性発動序奏。謳うように、語りかけるように。

 聴く者全てがその詩に耳を傾けてしまいそうになる。故に、全ての“断罪者”達が一斉にシェリーへと殺気を向ける。

 ゼスは彼女の詩に耳を傾けつつ、漆黒の大剣“銀狼の牙”を上段に構えた。

 不意に未だ遠くにいる巨人、ゴルリディアンヌに視線を向けるが、まだ近づいてくる様子は無い。それどころか、ゼスが倒した大木を如何に渡るか四苦八苦している様子である。

 ……もしかして、眼が悪いのか?

 だとしたら勝機はまだある。


「―――Sarl eil cay, sarl winx ore, sarl ous hgi《その旋律鋭く、その響き大きく、その音程高く》……」


 その言霊の最中に、断罪者が一斉にシェリーの元へと殺到した。

 彼らの一刀をしかし、地面を蹴り割り込んだゼスが大剣を持って受け流す。続く第二撃、第三撃、第四撃。時に自身へと迫る剣戟(けんげき)は極力回避し、シェリーに向かうものだけを大剣で防ぐ。大剣が届かない位置に居る敵には暗器を使って牽制を図った。

 あくまで敵を(ほふ)る攻撃ではなく、後方に居る味方を護る為の防戦のみ。反撃はなく、そうしている間に凶刃がシェリーに到達するからであり。その動きは黒髪の騎士に劣るものの、素早く徹底している。

 歴戦の元傭兵が一つの戦術に徹すれば、その能力全てがいかんなく発揮されている。


「Tol hou skoulty oes Amaimos lu doal L vers《空へ描く演奏 宇に佇立するアイモスへ届き給え》……」


 耳につんざく鋼の音が絶え間なく響き、それでも彼女の詩は一瞬も途切れずに森の中に浸透する。

 断罪者がその詠唱を止める為に躍起(やっき)になっているようで、あらゆる方角から銀狼たる守護者を突破しようとしている。

 されど、シェリーの後方は馬車を使って盾にしている。その為、敵が攻める方角は左右前方に限らせていた。彼女自身が無意識にそこへ立った場所が結果的に身の安全と、守護者であるゼスの負担を軽くしていた。

 ゼスは一番遠くの断罪者が動くのを目に留める。それは、あまりにも遠い。

 されど、彼は片足のつま先を地面に付けると、カチリと鋼の音が小さく響いた。その片足を振り上げて虚空を横に切った直後、靴から小さい刃物が飛び出してその黒衣を襲った。

 思わず回避した敵の一瞬の隙を狙い、大剣で追撃して退かせる。そしてガラ空きになった後方へは、使っていないもう片方の靴に収納された短剣を飛ばして牽制した。

 それによって体勢が崩れている敵に向かって、追撃が届かない大剣ではなく隠し持つ短剣で穿とうとし―――。


「―――っ、チッ!」


 ゼスが空いている左手を懐に入れた瞬間、舌打ちを鳴らした。

 

「……暗器を、切らしたか」


 独りごとにしては大きすぎる声音で吐き捨てた。

 しかし、ゼスは漆黒の大剣を両手で持って、変わらず黒衣が持つ刀剣を弾き返している。


「―――……Sailrhe ice saw aurand pars els xewvls arpyscs《大いなる輝きを射し 汝その協奏で照らす》」


 詩を紡ぐシェリーの声から僅かな動揺を感じた。

 自分の舌打ちに、彼女に余計な心配を抱かせてしまったらしい。

 それでも彼の剣技は止まらない。そこに剣のような鋭い意志が込められているかのように。

 ……期待には応えねばなるまい。仕事はきっちりとこなし報酬をもらう、それが今までの俺のやり方だからな。

 シェリーを護る、そう言ったからには護り通さなければならない。

 だが、現実は残酷だった。

 暗器を投擲(とうてき)できなくなったことで遠方の敵へと牽制が出来なくなり、それを理解したのか断罪者たちは大剣の範囲から外れるように散開しつつあった。


「学習されたか……?」


 そうでなくても、それが最も効率のいいやり方である事は自明の理だ。

 だか防げないわけではない。この状況が続けば、いずれはシェリーが詠唱を完了させる。

 この状況が続けば―――。

 遠くから何か音が聞こえた気がした。


「―――なに!?」


 樹幹がみしり、と軋みをあげ続けているのをゼスは確かに聞いた。

 闘いの間隙にその音の元へと視線を向けると、ゴルリディアンヌの両手が大木の幹に接触し、大きなヒビをいれていた。巨人の膂力(りょりょく)は惜しみなく発揮し、屈強なはずの大木が断末魔の悲鳴をあげる。やがてへし折られ、中の繊維(せんい)が剥き出しになる。めきめきと音をたてさせながら、巨人は自身より遥かに高く厚い樹を難なく抱え込んでしまう。

 ……流石は危険度Sといったところか。勝てない、ということはないがな。この黒衣の刺客相手にさえ防戦に徹していなければ……!

 圧倒的な質量を持つ武器を抱え込んだ巨人ともなれば、たった一振りで馬車ごとなぎ倒されかねない。あれを払い落したいが、断罪者たちからシェリーを護っている以上、この場から動くことは出来ない。


「―――ゼス……」


 ふと、背後から不安そうな声が聞こえる。術式を詠唱している筈のシェリーだ。

 彼女も巨人の異常な力技を目の当たりにして、唖然としてしまったのだろう。


「詠唱を続けろ。君ができることをやれ」

「……」


 ゼスの力強い言葉を聞き、シェリーはしばし無言で彼の背中を見つめた後、小さく一度だけ頷いた。

 再び唱が紡がれる。彼女の前には、作りかけの金色の魔働文様が浮かび上がっていた。

 とは言っても、ゼスの内ではあの巨人に対する対抗策を何一つ持ち合わせてはいなかった。暗器で巨人の手元を狙って大木を落そうにも使えない。むしろ、このまま巨人が接近したところ迎え撃つという手もある。一対一であれば望ましいが、果たしてこの四人の黒衣を先に打倒できるかどうか。いや、何の保険もなしに無謀すぎる。

 ……くそっ。周りの状況を見ている暇は。

 巨人が足を踏み出し始め、真っ直ぐゼス達がいる馬車へと向かっている。時間が無かった。

 絶え間なく続く黒衣の凶刃に、彼は受け流すか、弾き返して振り抜くしかない。戦う躯と別に動くことができるのは、頭と目、口だけだ。

 だが、その眼は偶然に捉えていた。

 自身が大剣で薙ぎ倒した山賊の一人、大男のトゥワが辛うじて起き上がり、兄であるアンの容態を確かめている姿を。

 ―――加減したとはいえ、奴のあの体力と耐久力は想像外だったな。それにしても、自身より仲間を気づかうとは、本当にそこまでの深い何かが……。

 しかし、彼にそのまま何かをするわけではなさそうだった。今は捨て置いても問題は無い。

 そもそも、その事について深く考える事は出来なかった。


「予想より早いな……っ」


 時間が経過するのは恐ろしく早いのか、それとも動きが速かったのか。

 ゴルリディアンヌが抱える大木の有効圏内に、ゼスを捉えてしまったのだ。


GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!


 耳につんざくような狂った叫びをあげ、巨人は抱えていた大木をゼスに向かって振り下ろしてくる。

 咄嗟に大剣で防ぐが、あまりの重量に両足が着く地面は割れた。


「邪魔だ、どけっ!」


 力を込めた拳で幹を殴りつけ、樹が浮いた瞬間に大剣で弾き返すという荒技を成し遂げるゼス。

 直ぐに後方に跳び、足止めされて守護者がいなくなった詠唱中のシェリーに迫る、黒衣の三体に追いすがる。

 ―――三体? もう一体はどこへ……。

 確かに見れば、奴らは一体欠けていた。目を離した隙にどこかへ消えてしまったのか。

 だがゼスには気にしている余裕が無かった。ゼスは躊躇(ためら)わず黒衣達の背後を横に薙ぐ。

 黒衣達は強襲に素早く気付き、また難なく避けてしまう。その都度ゼスは思う。自分の剣技は大抵の兵士が対応できない程の剣速だというのに、奴らは背中を見せていてもそれを感じ、同等の動きで回避されてしまう。それがあまりに信じられなかった。

 銀髪の守護者は彼女の元に辛うじて辿り着くも、振り返った瞬間に舌打ちしそうになる。


「っ……」


 あの巨人が再び、今度はゼスごと馬車を薙ぎ払おうとして、抱えている大木を横に振るおうとしていた。

 ……あれを防ごうとしたら、今度こそ黒衣の連中が、俺では手に負えなくなりそうだな……!

 彼らには未だ手ごたえを感じる事が出来ていない。また太刀などで距離をとられ、致命傷を与える事は今の実力では足りないと感じてしまう。


「間に合わん―――」


 その時、ゴルリディアンヌが大木を大きく振う前に、怒声と共に一回り小さい大男が巨人の腕にタックルし、しがみ付いた。巨人の振う腕の勢いが削がれ、一時的に止まる。

 生身でそんな力を持つ人間は一人しかいない。山賊の大男、トゥワだった。


「こ、これっ……以上はっ……さ、させない……お……!」


 地面に着く脚に全力を込めているのか、彼の膝は大きく震えている。

 その光景に、ゼスは剣を振う腕を止めなかったが、驚きを隠せなかった。


「何を、している? 何故その巨人を止める?」

「アン、ちゃんに……ひどいめ……あわせたおまえを……たすけたく……ないっ。だけど……おまえらなら……アンちゃん……たちを……助けられる……はずだ……お」

「なにを、言っている?」

「……オイラたち……は……しごとしっぱい……して……たぶん……ころされるお……っ。ほんとうに……さっき……おそって……きたから。……オイラは……アンちゃんを……ドゥ兄ちゃんも……なかまたちも……うしないたく……ないっ! だから……おまえたち騎士に……この黒い奴……を……たのむんだ……おっ」


 トゥワは全力でゴルリディアンヌを抑え込んでいるが、力の差は歴然で徐々に押され始めている。

 よく見ると、彼の腕には刀傷があり、深く抉られていた。ゼスが付けた傷ではない。真新しい傷跡だった。

 誰に負わされた傷なのか、考えなくてもゼスは理解していた。

 恐らく先ほど見失った“断罪者”の一人が、アンたちを始末しようと強襲したのだろう。それに命の危機を感じたトゥワは、唯一この場を打開しうる存在に助力しようとしているのだろう。

 ゼスはそこまで考えて、不思議と思わざるをえなかった。


「仲間への情だけで、敵である俺達を助けると言うのか……?」


 その言葉は、呟きのようにも聞こえる。

 そうとしか考えられなかった。所詮は赤の他人なのに、一体仲間との絆だけで自ら死地に飛び込む程の価値があるのだろうか。

 襲ってきた断罪者とだけと応戦すれば、危険度は少しは薄まるというのに、体格も力も自身の倍以上を持つあの巨人に果敢に挑むトゥワ。巨人の動きを止める事で確実にゼス達は余裕が出てくる。


「ゼス……」


 後方から静かに、シェリーの声が聞こえた。

 ゼスは黒衣が持つ太刀と大剣で打ち合いながら、振りかえらずに何だ、と応える。


「彼は本気よ。本気で仲間を助けようと、ボクたちを頼ってる」

「……君は応えるということか。甘いことだな」


 ゼスは表情を変えずにシェリーにそう返す。彼は脳内でトゥワが稼いだ時間を有用しようと、頭を活動をさらに活発化させてあらゆる戦術を練っていた。

 トゥワの働きは、決して無駄ではない。

 しかし、やはりそれは無謀以外の何者でもなかった。その襲った断罪者をトゥワはひとまず撃退したのは分かる。であれば、その奴はどうなった。

 直後、巨人の進路を阻む罪人を粛清するかのように、トゥワの背後から黒衣の刺客が現れ太刀を容赦なく振った。


「ぐぁあっ!?」


 彼の背中に大きな傷ができる。服は裂かれ、身体の肉は抉れ、鮮血が大量に流れ落ちた。それで抑える力が緩んでしまったのか。ゴルリディアンヌが大きく腕を振りまわし、彼は吹き飛ばされて大木に叩きつけられる。


「ゼス、お願い助けてあげて! 彼にもう敵対心はない、動けるのはアンタだけなの!」

「……」


 もし助けに向かうことができても、その瞬間巨人が大木を振るうだろう。対応できても、シェリーに凶刃が達する。結局は防戦に徹する方が賢明に思えた。

 が、そこでゼスは思考を切り替えた。

 ……いや、逆か? 黒衣の連中の手を止めさせることが先にできれば、あの巨人に対応できる……?

 何故か心臓が高鳴る。全ての動きが緩慢になる。動き出し、地面を蹴る瞬間の断罪者達がハッキリと視える。ゴルリディアンヌが大木をゆっくりと引いている。シェリーの詩の一句がやたら長く聞こえる。

 ……ある。一つだけ、奴らの足を、手を止める方法が。そうなると―――

 だが、シェリーの詠唱はまだ終わる気配が無い。他に助力もない。これほどの化け物相手にこの方法無しに生き残ることは不可能に思えた。それにトゥワの行動で巨人の動きが鈍い。使う時間は、十分にある。

 ……ならば、やるしかないな。

 太刀が迫る。あらゆる生命を刈りとろうと。

 大木を持った巨腕が引く。全てを破砕しようと。

 ゼスも、シェリーも、トゥワも、御者も、若い鉱夫も、この場にいる全ての人間たちを。逃れようのない死が与えられる。

 停滞も、後退も、犠牲も、そして都合良く助かるという、どこぞの少女が抱くような希望的観測も。そんなものは断じて認めない。認めてなるものか。

 だから―――。


 俺は……(すべ)てを


「拒絶する―――」


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