1-2「牙と疾風」
―――同日9時20分
ゼスの大剣がシェリーの剣を叩き割ろうという勢いで振り下ろす。
しかし、その直前に面前の敵は消え、次の瞬間には彼の真横に剣の存在が感じられた。
「―――ふぅっ!」
今までの戦闘経験を駆使し、敵の剣が流れる気配と風を感じて、辛うじて身をひねって避けるゼス。
しかし、直後には背後から再び剣が迫りつつあった。ゼスは大剣を背に移動させて、刃を盾代わりにするしかない。
シェリーは、逐一別角度からの位置で剣を振ってくる。
彼女の速力を活かした撹乱戦法に対して、ゼスは防戦に回らざるを得ない。例え大剣を真横に振るって広範囲を薙ぎ払おうにも、彼女はそれを早めに感知して後退し、全く命中させてくれない。
二人の実力は完全に互角だった。
このまま戦闘が継続すれば、長期戦になりえる。
ゼスは思考する。彼女に勝つには撹乱戦法をさせないに限られた。その為には、どうしても彼女の足を止める必要があった。
「さて……どうするか?」
独りごちるゼス。
相も変わらずの速度で、移動しながら時に袈裟斬り、時に薙ぎ払い、時に刺突、ありとあらゆる方法で剣を振うシェリー。遠目から見れば、何人もの彼女がゼスの周りに現れて一斉に攻撃している風にしか見えないであろう。
その速度に付いて行ける、ゼスの反応速度と大剣の扱いも流石と言えた。
場にいる全員が魅せられた剣の乱舞は長くは続かない。
遂にゼスが動き出す。
まず右足で現在シェリーが居るであろう真横に蹴りを放つ。当然、彼女に回避される。
続けて大剣を真横に構え車輪のように薙ぎ払う。
周囲にいた彼女の残像が大剣によって次々と払われる中、彼女自身はゼスから離れた位置に現れた。
一度も敵に当たることが無かった大剣をゼスは肩に担いで、敵から離れるように後退を始める。
必然、シェリーは彼を追撃する選択をした。
「フ……。流石に、相手が移動しては真横に一気に移動できるわけがないか」
ゼス自身が移動すれば、優る速度を持つシェリーでも辛うじて捉える事が出来ていた。彼女は真正面から追って来ており、既に肉薄しつつあった。
近づけまい、としてゼスは大剣を上から振り下ろし、黒髪の剣士を牽制する事で対応した。
無論彼女は前進を止めざるを得ない。
彼はそうしてもらうことで、これから起こす行動を実行できる余裕を作ったのだ。
「ふむ、これが良い―――では、早速役立ってもらおうかな」
目に付いたのは腰までの高さと両手を広げた広さの、木箱だ。結構な大きさで、男二人で持ち上げないと堪えられない重さのソレを、ゼスは一人で両腕を使って持ち上げた。それを間髪いれずに、離れたシェリーの方角に天井に向かって放り投げた。
それでも彼女は強気の視線をゼスから離さない。
「そんな木箱では、私には当たらないと知ってのことかしら? それとも、視線を逸らすための工作?」
ゼスはその言葉には答えない。
代わりに、その空中に舞っている木箱に向かって、
「―――ふんっ!」
渾身の一振りで、自らの大剣を木箱に追随する速さで投擲した。
「なっ!?」
シェリーが、これには驚かざるを得なかった。
無理もない。木箱の大きさと重さに物を言わせて攻撃の手段とするつもりなのかと思えば、自らの武装すらを棄てる意味で投げたのである。あれなら木箱に命中して、大剣の威力で木端微塵にするのだろう。
だがその結果、ゼスはあらゆる攻撃手段を失う。
大剣は案の定、回転しながら木箱に命中して破砕し、勢いは削がれずそのまま貫通した。
破砕した木箱は数多の木の板の破片となって、シェリーへと落下しつつあった。中には鋭利な破片もあり、当たれば裂傷を被る物の数多くある。
「―――っ、そういう」
ゼスの思惑に気付いたシェリーは、数多くの破片が殺到する前に、後方へと回避する。
破片は彼女には当たらず、全て地面に散らばるのみだ。
「残念だったわね。こんな小細工に私が―――!?」
シェリーが顔を上げると、先ほどまでそこに居た彼の姿が消え去っていた。
その直後、気がついたように視線を右へと向け、守る様に剣を立てる。
剣身に重い衝撃と鋼が打ち合う甲高い音。シェリーが咄嗟に防いだのは、あの一瞬の隙に奇襲をかけたゼスの左の拳打だった。
彼の手にはガントレットが装備されており、甲部分に打撃力を強化するために装甲を付けている。これがあることで、拳一つで剣相手に戦える打撃を発揮できる仕組みだ。
あまりの重たさに、これをまともに受けてはいけないと判断したのかシェリーは、受け流す方法を取る。
片方の拳を警戒して後方に下がったシェリーを、右拳で追撃するゼス。だが、それを拒むように拳を剣で受け流され、退かれていく。蹴打も加え、滑らかな流水の如きの、下段から垂直方向へ放たれる膝。そして靴先。
そのことごとくを、柔軟な骨格を持つシェリーに避けられ、回避され、受け流されて凌がれる。
成程、どうやらここまで死に物狂いで鍛えて騎士を目指したのか、とゼスは納得した。
そして放たれた中段蹴りも剣で防がれて終わる。
***
Side:S―――
衝撃でシェリーはゼスとの間合いがやや開いた。
いくら格闘術を極めていないとはいえ、ゼスの攻勢は並みの相手なら短時間で打ちのめすことができる技量だった。それをシェリーは必至にそれを防ぎきれた事は、彼を十分に驚かせることだ。
しかし、片やシェリーも苦難を乗り越えたソレの形相であった。
油断をすれば拳や脚に肉薄され、右腹に決まったことだろう。
ゼスの格闘術は、大剣に頼った力任せの戦法とは真逆の、手数の多いものだ。
流石に予想をしていなかった戦法に、シェリーは自らの侮りを恥じる。最初は大剣を主な得物として使わなかった事に憤怒したものだが、成程、確かに彼は格闘術に心得があるようだった。
だがそれを差し引いても、彼の格闘術の速さは自分の速度と同程度で何とか防ぎきる。あの大剣も一振りされたらひとたまりも無いが、振らせないように素早く攻勢すれば脅威でも何でもない。
この仕合、シェリーの勝利への確信はまだ揺るぎないものだった。
何より、彼女はまだその理由を披露していない。
「ふぅ……。やるわね、ゼスさん。まさか木箱を破壊して破片を降らせ、それを目暗ましにして奇襲をかけるなんて。格闘術も中々のものだったわ。私が侮っていた。貴方の実力を見誤っていたことを心からお詫びするわ。
だけれど、これで貴方の戦術は失敗した。大剣も自ら棄てて丸腰当然。大剣があればあるいは勝てる要素があったものの、格闘術だけでは私を破る切っ掛けにすらならないわよ」
「……チッ、クソ。行けると思ったんだがな……クソ!」
彼女の一言で、ゼスは今までの冷静さを欠いたような態度で地団駄を踏んだ。
その様子にシェリーの中のちょっとした加虐心が満足した。
「さて、そろそろこの闘いも終わらせましょう。貴方には悪いけれど、私は騎士にどうしてもなりたいの。だから、ここで倒れて頂戴。得物が無い相手に斬りかかるのは本意ではないけれど、自ら手放したんですもの、騎士の風上にも置けないわね?」
未だに悔しそうに足を地面に打ち付けるゼスに対して、シェリーは自らの剣の切っ先を彼に向けて構える。今まで鍛えてきた風の剣で一気に勝負を決める気であった。
それにしても、ゼスの変貌ぶりに意外な一面を見た、と感じるのは歳相応の感想を抱いた少女は少し微笑ましく思えてしまった。
―――その為、彼女だけは気付かなかった。遠目から見る試験官と受験生達は気付いているものの、試験中に無用な口出しは厳禁だから何も言わないのであることを。
ひときしり地団駄を踏んだゼスは急にその態度を静まらせ、首を垂れてこう呟いた。
「……あぁ、終わらせよう。君の言うとおり、俺は最初から大剣で勝つしかないからな―――」
急に静かになったゼスに、シェリーが不審に思ったその時、肩に上から小石が降ってきたのを感じた。
何気なく視線を小石が降って来た真上の天井を見上げると―――
「……え!?」
そこには先ほどゼスが木箱を破壊するために投擲した大剣が、天井に刺さって宙づりになっていた。しかも刃の切っ先だけがめり込んでおり、非常に不安定な刺さり方だった。
僅かな振動だけで簡単に剣の重さに耐えきれず、天井と離婚するだろう。
ゼスは僅かに微笑を浮かべ、思いっきりの足踏みを地面に打った。
地面の振動は訓練場の壁を伝い、天井へと伝播する。その振動で、大剣の刃は天井から離れた。
重力に逆らい切れず大剣はその重さを物語るように、真下に居るシェリーに向かって回転しつつ落下する。木箱の破片とは違い、落下の速度とその破壊力はケタ違いである。
突然の事に流石のシェリーも回避が間に合わなかった。
大剣はそのまま彼女が立つ位置に落ち、その破壊力で地面を抉って粉塵を起こす。
彼女の安否がどうなったか定かではなかった。
「なっ……!?」
「おいおい、ここまでやらんでも……。シェリーさんは無事なのか?」
流石の光景に、既にシェリーを評価していた受験生達は不安の表情で事を見守っていた。
事の成り行きを静観する試験官は表情を変えずに評価する。
「しかし、良い戦術だ。大剣がそもそもの狙いだったわけか。あの悔しがる態度も、相手を油断させ尚且つ地団駄することで、天井に振動を伝える……。ゼスという青年、中々どうして、期待を裏切らない戦略眼の持ち主と聞いたが、まさにその通りだな。騎士としての評価は別として、だが」
:シェリーの奥義「アサルトブレードライト」発動!
ゼスは木箱を使った! ゼスはアイアンガントレットを手に入れた。
「銀狼の牙(仮)」の攻撃! シェリーはガード!
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