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3‐20「最期の予兆」

―――不吉な音と共に視界は途切れ、紅い花が咲き乱れて―――

 ゼスは死に―――シェリーの視界は闇に閉ざす―――








「はっ―――!?」


 シェリーは唐突に我に返った(・・・・・)気がした。

 ……今、ボクは……この身体から離れたような感覚が―――。

 それだけじゃなく、先ほど不吉な光景を視た。

 その光景は非常に明確だった。いや、明確過ぎた(・・・・・)

 ゼスは全力で闘い、シェリーは民間人を護る為に防衛に徹していた。しかし、巨人や強力すぎる黒衣の四名相手では結局苦戦の繰り返しで、巨人が馬車へと到達した瞬間に戦線が崩れた。その隙を突かれたゼスは“断罪者”達に八つ裂きにされて、彼女自身は馬車ごと巨人に―――。

 悲惨な最期を遂げたのだ、シェリーは。

 だが気がつけば彼女自身もゼスも未だ健在で、黒衣たちも巨人もまだ距離がある。

 ……さっきのは妄想? あまりの絶望感に最期の瞬間を想像させたの? それとも……。

 もしかしたらそうなるかもしれない、とこの状況の後の事を連想してしまったのか。

 けれど、先ほどの妄想を考察している場合ではない、と彼女は切り捨てた。

 どんなに考えても、止まらない敵の進撃。

 あらゆる戦術を弾かれ、もはや個人で対処できない事に断腸の思いを抱いている。

 中でも、シェリー自身の心が沈下していく様は留まる事を知らない。

 自分の不注意で敵の狙撃を許し、護るべき一般人が庇って怪我を負ってしまった事に、激しく自己嫌悪に陥っている。そして、超越した実力を持つ黒衣の敵“断罪者”たちと巨人“ゴルリディアンヌ”は今まで以上にその存在感を主張している。

 その負の連鎖が、彼女を絶望の淵へと追いやっていた。遥か遠き理想に縋ることすらも出来ずに。


「せめて……魔働術さえ行使できれば……。でも、彼らはそれを許さない。勝利への道は、既に断たれているの……」


 唇を噛み締め、肩を震わせ、敵に視線を向けようとするシェリーはしかし、戦意を失いかけている。

 唯一、振り返らず真っ直ぐに敵を見続けるゼスに、諦めた様子は無い。最後まで足掻いて機会を窺い、だがあるいは散っていくだろうと彼は言った。その意志と覚悟は誠に強い。これが、戦に身を投じた経験からくるものなのだろう。

 だが対して、シェリーは生死を賭け、刹那の攻防を経験したのは初めてだ。その意志はまだ弱く、そして覚悟するには余りにも幼かった。


「……ボクは、アンタのようには、戦えない……」

「―――ならば先に果てろ。諦めた奴ほど、足手まといはいないからな」

「っ……!」


 こんな時にまで、突っぱねた言い方は無いのではないか、とシェリーは考えずにはいられなかった。

 いや、彼の言う通りなのかもしれない。彼女自身、自らの夢を諦め死を選ぶに等しい状態だ。あれだけゼスに堂々と理想を語っておきながら、今のような不利な状況一つで簡単に挫折しようとする。彼の言葉は、自身を所詮口先だけの小娘と失望してのものだったのだろう。

 シェリーはそう思われるのが看過できない事のように感じた。何よりも、自分に許せなくなった。


「じ、冗談を言わないで。ボクが諦めるわけ無いじゃない。あれほど勢い良くアンタに言って聞かせた理想が、儚い夢に聞こえてしまう。それだけは、嫌よ」

「いっそ諦めてくれた方が、俺の考えが正しかった事が証明されるのだがな……。諦めは、そこで敗北を認める事。俺はそんな道を選ばないがな」

「……ほんと、アンタは生に貪欲ね。蟲並みの生命力とでも言うのかしら」

「諦めるはバカらしいからな。今まで戦ってきた経験に対する裏切りだ」


 その口調に、シェリーを気づかう気配は無い。自分のことしか考えていない賤しい元傭兵は、やはり騎士には向いていない。だから自分だけはなんとしても、人を護れる騎士であろうと心の中で叱咤した。

 しかし、ならばどうすればいいのか。魔働術を唱える暇が無ければ今の実力では撃退は愚か、まともに護りきれるかも怪しい。今一番撃退で頼りになりそうなのは、隣に居る銀髪の剣士だけだ。しかし、彼一人では四人と巨人一体相手は無茶もいいところ。

 その為には、シェリー自身も協力しなければならない。

 結局、今この状況で取れる行動は二者択一であった。二人が共にひたすら護りに徹するか、それとも共に攻勢に転ずるか。


「だけど……」


 前者はよくとも、後者は難しいの一言だ。

 それはこの銀髪の剣士が自分との共闘を拒絶していることだ。共闘には互いを理解し合うのが原則だが、彼は協力者を理解するのを拒否し、あくまで一人で戦う事を望んでいるという。

 では、やはり諦めるしかないのか。自分が護りに徹して、ゼスに撃退を任せるしかないのだろうか。それでは彼が危険に晒されてしまう事にも―――。


「迷うな。迷うぐらいなら、抗え」


 ―――ゼス?

 それは予想外の言葉だった。言葉の真意が理解できなかったのもあるが、何故彼はそんなことを呟いたのか。

 本質を探ろうとした時。


「来るぞ」

「っ!」


 ゼスの一言で、敵が動き出した。

 距離を縮めて“断罪者”二人が振るう太刀を、シェリーは左手に持つ盾と右手に持つ剣で防ぐ。相変わらずの重い太刀筋だった。腕が痺れ、一瞬でも気を抜けば弾き返されてしまいそうになる。それでも、なんとか耐え忍ぶ。

 隣にいるゼスももう二体の敵に対応しリーチのある大剣で牽制していた。防ぎ、弾き返し、大振りの一撃で退かせる。全く見事な戦術だった。

 闘いに身を投じ、生きる知恵を身につけた傭兵の動きを見て、シェリーは複雑な心境を抱く。闘いしか知らない彼に同情しつつも、今ではそれが頼もしく思えてしまう。なんとも言えない気分だった。

 そこまで自身が追い詰められていた事に悔しく思い、今できる事を一瞬で彼女は判断した。


「ゼス! 先ほどの狙撃手は?」

「先ほど暗器を投擲して黙らせてきた。暫くは動けない筈だ」

「判ったわ。だったら、提案があるの」

「……」


 沈黙で返す。話せ、と彼は言っているようだ。

 シェリーは一瞬の逡巡の後に、告げる。


「ボクは今からこの手に持つ、剣と盾を使わない。だから……アンタがボクの剣と盾、その代わりになって欲しいの」


 その瞬間、ゼスの意識がこちらに向けられたように彼女は感じた。

 肉薄してきた“断罪者”にその隙を突かれても、直ぐに大剣を振るって牽制し、再び声を発した。


「協力、ということか?」

「ええ。やはり、この状況を打開するにはボクの全力―――魔働術が必要不可欠よ。その発動の為には、アンタの力も同等に」


 このままじゃいずれボク達は鉱山町の人達と共に、あの黒いのと巨人にやられてしまう。だから、と。

 シェリーの言葉にはそのような意味も込められていた。

 “断罪者”達と戦いながら、シェリーは一縷の期待を込めてゼスからの答えを待つ。

 彼は黙したまま、断罪者に向け剣を振るい続ける。思案し続けているのか、それとも応える余裕を出す為にあえて敵を退かせようとしているのか。時折押し返されたわけでもなく、幾度か舌打ちをし眉を潜めた。その表情は、彼がこれが負け戦であると言った時の作りに似ている。まるで、自身に決めた事を曲げ、それを悔しく思っているかのような。

 やがて、“断罪者”を弾き飛ばし、僅かな余裕が出来た。ゼスはその合間で簡潔に応える。


「……仕方が無いな。だが、これは賭けだ。負ければ君は死に、ただ生き延びる為に戦う。分かるか?」


 有無を言わさぬ声。鋭い意志が込められた力強さ。

 シェリーの策は勝利を約束されていないと。役に立たなかったら即座に切り捨てる、と。彼はそう告げている。

 そんな答えにも関わらず、彼女は望んだ答えが返ってきたかのように笑みを浮かべた。


「構わないわ。最早手段は選べない。でも、ボクの番まで頑張るのはアンタよ。そして、これが成功したら、アンタはボクを認めざるを得なくなるわ」

「―――ク。上等だな」


 直後、ゼスは一気に攻勢をかけた。

 突然の行動に“断罪者”たちが後退しかける。その瞬間を狙い、漆黒の大剣を振り下ろして防御した二刀ごと弾き飛ばす。その間に、シェリーの元へと寄り、背を向けた。


「では要望する。狙いはあの巨人、魔働術形式は直線、太く、大きく。威力は問わない、奴を足止め出来れば良いんだがな。そんな術はあるか?」


 武具を駆使し“断罪者”の力を相殺しながらシェリーは振り向かずに答える。


「……一応、あるにはあるわ。でも、それは中級魔働に属していて発動まで時間がかかるわよ。それで状況が変わるか分からないわよ」

問題無い(・・・・)。目的は足止めだ」


 こうして彼らが生き残るように闘っている間も、死は目前に迫りつつある。巨人が少しずつ歩を馬車へと進めている。

 ゼスには何か手があるのだろう、とシェリーは反論を止める。


「もう一つあるな。俺がどのような行動を起こしても、術式は止めるな。これは、俺に任せてくれなければ成立しない」

「ど、どういうつもり……?」

「説明している時間は無いな。何も言わず、術式を巨人に放て。その間は俺が君を護りぬこう」

「っ……!」


 シェリーは顔が少し熱くなったのを感じる。

 だが、それが何なのかを疑う時間は取らず、直ぐにそのまま答えを出した。


「いいわ……。でも、この策が失敗したら、末代までアンタを呪ってやるわよ!」

「成立だな。行くぞ」


 大剣でシェリーの前に立ちはだかる黒衣の刺客を引き離し、彼女の面前に立ち身構える。

 本当に守る気があるのね、とシェリーが思う。

 魔働術詠唱中は無防備になる自分は援護する事は不可能であり、護衛するゼスが敵の攻撃を凌ぐということは、あの“断罪者”四体相手に防戦するということ。今思えば、非常に無茶な事を頼んでいる。されど、そうしなければいずれこの場に居る全員が殺される。自分も、ゼスも、そして同伴している一般人も。その状況を打開する為にはこれしか方法が無い。背に腹は代えられない。

 それに、ゼスの言葉に嘘は無いということを知っている。彼は確かに何を考えているか分からない野蛮人ではあるが、決して嘘は吐かない。それは信頼に値できる。

 この策が成功するかは、ゼスの腕と正確に術式を発動させるか如何にかかっている。

 プレッシャーを一身に受け、シェリーは全ての邪念を振り払う為に深呼吸をした。



 ―――「Leas tua sreas kour al nou sa kel《聴く耳持つ全ての者に祝福を》……」


 捨て身の賭けが、開始される。

 それは、極限状態の中で生まれて初めての一番長い詠唱だった。

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