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3-19「五重狂奏」

 現れた新たな敵。


 常識を通り越し、想像外の展開を引き起こす、狂った旋律を奏でる。


 まるで秩序の範疇を超えた、全てを可能にする超人であるかのように―――

―――同日17時16分






 木々の間から顔を覗かせて現れるゴルリディアンヌ。

 黒衣を纏う“断罪者”たる人形(ひとがた)、固唾を呑む戦士たち、半狂乱に叫んでいた山賊の男アンは糸が切れたように気絶している。

 森の中は巨人の声しか聞こえなかった。

 巨人のさらなる咆哮によって、鉱物を積む馬車を取り囲んでいた他の“断罪者”たちも一斉にゼス達に向かって突撃する。まさに、巨人が開戦の角笛のようであった。

 馬車の左側に陣取っていたシェリーがすかさず前方の小躯の“断罪者”が振るった一刀を右手の剣で軽く受け流し、続いての第二刀を盾で防ぎにかかる。


「くっ。盾が、震える……!」


 “断罪者”の一刀が盾へと到達した瞬間に鈍い音が鳴り響く。

 直ぐにシェリーはそのまま“断罪者”を弾き飛ばして、真横に迫っていた別の、大柄な黒衣の刺客目がけて身体を強引に捻りながら剣を振るった。

 黒髪の騎士が放った剣閃を、大柄な“断罪者”の左の凶器によって難なく弾き返される。だが、その使った左側面の空きを見逃さずに彼女は前傾で、続く右の一刀を回避する事で挟撃から逃れる。さらに、その脇をすり抜ける間に敵の右足へと向かって足払いまで放った。

 体勢を崩された大柄な黒衣の刺客は追撃が出来なかったが、シェリーを追跡していた先程の小躯な“断罪者”がその隙を埋めるように肉薄していた。

 それを見て苦悶の表情を露わにしながらシェリーは軸足を使って、直角に跳んで敵の射程から逃れる。そして、黒衣の刀を自身が持つ剣で受け止めた。


「さ、流石に……強い、わね!」


 独白の直後に迫る、もう片手が持つ刀を彼女は盾で打ち止める。

 ―――……流石にこの戦法では駄目ねっ。彼らを戦闘不能にさせるには、温存なんてしている場合じゃない!

 聖都までは二日を使った行程であるが、最早総力戦を辞さない。

 シェリーが口に意識を込めて―――


 ぞくりっ、と。その判断は危険だと本能が警鐘(けいしょう)を鳴らした。


「ひゃっ!?」


 間一髪。

 ほぼ無意識で後退した瞬間に、真横からの一刀がシェリーの面前で振り下ろされた。

 大柄な“断罪者”。既にソレはシェリーと別の刺客の間に入り込むように斬り込んで来ていた。

 斬り込んだ黒衣の刺客が大柄だったのが幸いし、つば迫り合っていた小柄な敵はそのまま追撃をしてこなかった。

 彼女は対応できる距離まで後退し、だが馬車から極力離れずに立ち止まる。なんとか初撃は無傷で防ぎきった。だが、口の中に苦いものが混ざっている。


「魔働術を使う暇もないわ。……ここまでやるなんて」


 相手は次の攻め方を思案しているのか、それともこちらの出方を窺っているのか、次の攻撃に移す気配が無い。しかし、ここで魔働術の詠唱を始めれば、敵は間違いなくその瞬間の無防備を見逃すはずが無い。

 複数相手に戦った経験は勿論ある。元々乱戦が得意だった身としてはいつもなら直ぐに攻撃を仕掛けるところだが、これほどの実力を持つ“断罪者”相手に乱戦はむしろ死地に踏み込むようなものだ。


「ボクに残された戦法は少ないわね……ここはっ」


 シェリーはその黒髪はなびかせて地を蹴る。一気に“断罪者”たちとの距離を詰める。

 敵が一斉に持っている武器で必中の迎撃を放ってくる。

 それを彼女は右足を軸にして直角跳びし、さらに二度目、三度目の踏み込みで瞬時に彼らの真横に立った。振り返る隙を許さない瞬撃の剣を振るう。

 だが、そこに二つの黒衣は見当たらない。確かについ先ほどまで真横に立っていたのに。

 ただ彼らが立っていた足元の草が折れ、地肌が露出しているのが残るのみ。

 ―――散開が早いっ!?

 瞬時に状況を把握したシェリーは虚空を斬った剣と脚の動きを止めずに、腕を伸ばしていた。

 手ごたえがあったのは、左手の盾だった。左側に居た大柄の“断罪者”が振るった武器と激突した。

 ―――剣に手ごたえが無い? 挟撃するつもりじゃなかったの? もう一人は……!

 右側に気配を感じないシェリーが不審に思い、視線で片方の“断罪者”を追った。

 目標は直ぐに発見された。だが、黒髪の騎士は戦慄した。目に入った小躯の“断罪者”は自分に目もくれずに、ただ目的は一つであるかのように馬車へと疾走していたからだ。


「しまったっ! そういえば彼らの狙いは……っ!」


 直ぐにシェリーは盾で巨躯の“断罪者”を弾いて、一目散に駆け出した。後ろから追いかけてくる気配を感じる。

 既に相手は馬車に辿り着いている。中まで入られるわけにはいかない。もし鉱石を奪いに来た山賊達に雇い主が居て、さらにその刺客を送ってきたとしたら、優先されるべきは何よりも主が望むものではないのか。

 失念していた。油断した。生き残るつもりで必死に戦っていた自分は視野狭窄(しやきょうさく)に陥っていたのだ。

 このままでは馬車に居る一般人の二人が危ない。無防備な相手に、“断罪者”は容赦なく呼吸をするようにきっと彼らを―――。


「馬車に、敵が―――!」


 シェリーが叫ぶ。

 黒衣の刺客は荷車の幕を開いて―――。


「せいっ!」


 そこから鈍い音と共に黒衣が吹き飛んだ。

 荷車から飛び出したのは、土などを掘り出す道具シャベルの腹だった。その強度たるや、鈍器の役割をもつ即席の武器になる。それを持っていたのは、若い鉱夫と御者の男だ。


「へっ、ざまぁみやがれってんだ。このまま黙って鉱物を盗らせるかってんだ。シェリーさんの頑張りを無駄にはさせねえぞ!」


 意気込んでいるのか、鼻息を荒くして若い鉱夫はシャベルを大きく振るって荷車から飛び出した。

 続いて同じ道具を持つ御者の男が顔を出し。


「あぁあ、本気でやっちゃうとは……。でも、足が震えているのは、隠せないみたいだけどねぇ……」

「ちょ、おやっさん! そこは言わない約束!」


 二人は気丈に振舞いながら、先程弾き飛ばした“断罪者”へと視線を向ける。彼らは、自らの意志で鉱物を護る事にしたようだ。

 そんな二人の姿にシェリーは胸の奥から何かが込み上がったように感じたが、彼らの前に立って鋭い声で止める。


「お二方、気持ちは理解できますが危ないです。下がって!」

「ただ護ってもらうだけにはいかねぇッスよ。鉱物だけはなんとしても死守するから、シェリーさんは敵を撃退してくれッ!」


 若い鉱夫が熱に浮かされたような表情で、頑なにシェリーの言葉を断った。

 シェリーが彼の真意を訊き出そうとする前に、追撃してきた巨躯の“断罪者”から彼らを防守する。そのまま油断できない攻防を繰り広げ、それ以上若者に諫言(かんげん)する事が出来なかった。

 しかしなればこそ、彼らを護りきればいいのではないのか。彼女はそう結論して今度こそ二体の“断罪者”に目を配りながら全力で撃破する事を選ぶ。

 ―――そういえば、ゼスは大丈夫かしら……?

 彼女は耳に届く轟音が気がかりだった。





***






 Side:Z(ゼス)―――同日17時17分




「ふっ―――!」


 裂帛の気合を込め、漆黒の剣閃が“断罪者”たちへと放たれた。

 その一閃に全力を注ぎ、“断罪者”によって両手の二刀で大剣の威力を減らされたが、体勢を崩すことに成功する。同時、大剣がそのままもう一人の黒衣の刺客によって軽々と阻まれ、続けて肉薄されそうな一刀を紙一重で回避する。反撃とばかりに後ろ蹴りを相手の腹部に命中させた。

 ゼスも持てる身体能力を総動員して“断罪者”二体を相手にしていた。特に彼の剣技は敵にとって危険視されているのか、一閃を二人同時に防ぎにかかる為対応できていた。

 お互い致命的な一撃を見舞えてはいないものの、一進一退の熾烈(しれつ)な攻防戦を繰り広げている。

 大剣を返してさらに振るう。だが、まともに受け止めずに後方へと一瞬で回避され、空を切った。

 ―――明らかに並みの兵士の動きではないな。しかし、どこぞの刺客にしては身体能力が異常過ぎる。人間の動きでは無い筈だが……。

 ゼスはそんな事を考えて、だがその推測を振り払うかのように。


「いずれにせよ、正体云々(うんぬん)以前に斬るだけだがな」


 距離が空き、様子を見るかと思いきや逆に彼は加速した。対抗しようとする“断罪者”一人との距離は一気に縮まる。振るわれる刀を彼は足を投げてスライディングして僅かな距離で避ける。

 しかし敵の後ろにさらなる“断罪者”が今度こそ自身に向かって剣先を伸ばしている。それは明らかに必中の突きだ。如何に第一波の滑り込み回避が成功しようとも、その最中で敵の攻撃に対処する事は難しい。

 暗器による投擲で敵の刀を握る手を潰そうにも、敵は二刀流であり暗器すらも簡単に片手で弾き落とす技量を持っている。

 それ故に結果は明白だ。“断罪者”の刀はそのままゼスの心臓へと貫くだろう。その直前に。


「ふぅぁ―――っ!」


 銀髪の大剣使いは吼えた。

 身体を強引に捻じ曲げ、遠心力を用いて強引に大剣を振り上げた。剣の腹で迫りくる刀を鋭く叩き、敵の手から弾き出した。

 しかし、身体を曲げた事で完全にゼスは背を“断罪者”に向けた形となる。あまりにも無防備だ。特に二刀流の敵相手に、先程の行動は愚の骨頂といえる。

 実際に黒衣の刺客は間髪入れずに彼の背中へと刃を振り下ろす。


「はぁっ!」


 ゼスは、振るった大剣の先をそのまま地面に突き立てて、その勢いに乗って無理やり起き上がった。

 振るわれる刀との彼我数ケリュ(=ミリ)の差で、少しでも躯が捩れ損ねたり、遅れたりすれば致命傷の一撃を無傷で回避する。恐れを抱くどころか、まるで無意識に生きる術を見出しているかのように。

 身体を起こしたゼスは先ほどスライディングでやり過ごした“断罪者”へと棄ての暗器を二つ同時に投擲。相手がそれに手を出している間に身体を軸にしつつ、別の敵へと振り返り際に大剣で薙いだ。既に黒衣の刺客が持つ片手の一本だけだった太刀を、弾き飛ばす。

 面前に居る“断罪者”は完全に無防備。後方から攻撃を仕掛けてくる前に、返す剣先で黒衣の刺客を強襲―――。


「まずは一体か―――ッ!?」


 だが、切り返しをする前にゼスを覆う程の影が、彼に危機を知らせた。

 咄嗟にその影から離れるように真横に跳躍すると、人一人を押し潰すほどの巨大な拳が彼が立っていた大地を破砕した。


「そうか、お前がいたな」


 追撃を断念するほど回避だけ全力を注いだ銀髪の大剣使いは、その見上げるほど巨大な獣人へと睨みつけた。

 全長三オリュ以上の危険度Sに相当するゴルリディアンヌ。その巨腕を振われれば、木々ですら軽々と薙ぎ払われるだろう。荷馬車に手を出されてはひとたまりもなく破壊される。運ぶ手立てを失えば鉱物を強奪され放題だ。一番荷馬車に近付けてならないのはこの巨人かもしれない。

 しかし“断罪者”たちも放っておけば荷馬車へと直行されるだろう。彼らの本来の目的は鉱物の奪取。これも看過(かんか)するわけにはいかない。

 それにしても、とゼスは思う。自分たちが運んでいるのは、ここまでの戦力を投入するほどの重要度が高い鉱物なのだろうか。先日、タルテルドから発掘される物は働石は僅かであるが、重要では無いものが多いとシェリーも言っていた。仮に山賊達が鉱物を私欲の為に奪取しようとも、護衛によって撃退されれば普通は断念するか再度の機会を窺う筈。態々後詰めを用意し、しかもこのような異常な能力を持った(かいぶつ)たちを、並みの鉱物を奪う為だけに使うとは思えない。


「本質を勘ぐる意味は無い、か。現に奴らは俺を―――この場に居る人間を殺す気でいるしな」


 護衛を先に消し去った方が、後はどうにでもなるとでも言いたいように隙あらば武器や攻撃を仕掛けてくる敵。今はその対処に専念するべき、とゼスは大剣を上段に構え、再び戦地へと踏み込む。

 ここで一気に沈黙させるべく彼はそのまま跳躍しつつ、落下速度を利用して一気に敵たちを叩き斬ろうと振り下ろす。

 その時、そうはさせまいと一人の“断罪者”が二刀をもって、ゼスの同高度へと跳び上がっていた。


「ちっ―――!」


 ゼスは舌打ちしつつ、息を吐き出して大剣の軌道を変えて敵を叩き落とす。その間にゴルリディアンヌは落下する彼を殴り飛ばそうと拳を構え、力を溜めていた。

 ―――迎撃は出来ない。守りに転じるしかないな……!

 彼は大剣を前に構え、迫りくる巨拳から身を護る為の盾と成す。

 大きく鈍い音が森林に木霊し、漆黒の大剣が大きく震える。威力を抑えきれず、大剣ごと剣士は吹き飛ばされる。

 トン、と。数オリュ離れた位置に軽々と着地した。

 ―――噂に違わぬ強力(ごうりき)を持つランクS。異常な身体能力を持つ黒衣の刺客が二体。やや俺が押されている、か……。

 “断罪者”は弾かれた二刀を既に拾い、同類の一体と共に臨戦態勢を整えつつある。威圧するような咆哮をあげるゴルリディアンヌはゼスしか見ていない。

 全能力を使っても一矢報いれぬ、凄烈せいれつな迎撃。隙を見せれば容赦なくその急所へ一撃を放つ、慈悲無き強襲。一つでも当れば致命傷は免れない。

 圧倒的不利な状況に、ゼスも疲労を感じ始めてきた。成人男性では持つのも困難でありそうな重さの大剣を軽々しく振っている彼だが、一人の人間である事に変わりは無い。大剣を抱え疾走し、身体を動かせば疲労はする。彼の手に汗がにじんでおり、背も湿っていた。

 だが、それでも彼は冷静さを崩さなかった。

 ―――普通なら、ここで絶望してもいい筈なんだがな……。

 何故、と自らに問う。

 援軍が期待できないのは何度も経験してきた。不利な状況も何度も経験してきた。

 なのに動揺すらしない自分の心理は。

 今まで生き残ってきた自身の実力を信じている故か。

 自身に近い実力を持つという、公式上同僚であるシェリーの存在故か。

 (ちがう)


 ―――俺は、ずっと前にこの闘いを、知っている……? 戦況ではない。あのような敵たち(・・・・・・・・)と相見える事を望んでいた……?


 何のために。

 生き延びる事を是としていた彼が、強敵との戦いに臨むという矛盾。

 深く考えようとした時、彼の頭に一瞬鈍痛が生まれる。

 ―――俺は何故こんな生き方をしているのだろうか。然り。それしか道は無かったからだ。生き延びる為に傭兵になり、数多の敵を相手にして、今日まで生き残ってきた、“銀狼(フェンリル)”という異名で呼ばれるまでに至った。

 ……“銀狼(フェンリル)”―――そういえば、何故そう呼ばれ始めたのか。俺の髪が銀色だからか? それでも狼というのは説明がつかんがな……。

 獣の生存本能に従って、弱肉強食の世界を生き残ってきたからか。

 詳しい事は思い出せない。思い出そうとするたび、頭に鈍痛が走る。

 それでも、今ここですべきことは一つだけだ。


「俺の命は、敵を斬り裂くこの剣と共に……!」


 瞳に強い意志を宿し、大剣を再び構える。

 “断罪者”たちは再び疾走を始めた。ゼスへと向かう直線運動。

 銀髪の剣士はそれを真っ向から相手にせず、木々の間を縫うようにして走り始める。動かないゴルリディアンヌから五十オリュも離れない距離で。

 追随してくる黒衣の一人と、“銀狼”と向かい合うように追ってくるさらなる黒衣。

 ゼスは目の前にある大樹を目に留めると、それを根元から切り落とす。その大剣の勢いを止めず、回転運動によって追随してきた敵を弾き飛ばす。

 倒れてくる大樹の反対側に居た黒衣の刺客は当然回避した。

 その時“銀狼”はその木身の上に乗っており、頂上にあたる部分へと走っていた。樹が倒れる先には巨人。しかし、距離がある為に押し潰すことは不可能。

 それはゼスも理解していた。されど、それで良い。

 ―――“断罪者”たちの邪魔が無ければ、あの巨人にこの剣は届く。その道は、今こうして作ったからな……!

 倒れる樹を道に見立て、その樹を避けた黒衣の護衛者に自身への追撃は出来ず。

 後は一対一。撃退を優先すべきは面前の敵。全てはこの一撃にかけ両断せんと樹から跳躍し、再びゴルリディアンヌの真上へと。


「うぉおおおおおおおおおおおおお――――――!!」


 森林地帯に剣士の咆哮が木霊する。

 剣を肩まで持ち上げて上段に構えるゼス。それを迎撃しようと拳を構えるゴルリディアンヌ。

 純粋な力比べによる打ち合い。剣と拳が衝突する。

 拮抗は直ぐに終結した。

 漆黒の大剣が巨人の拳を裂き、その神経すらも断つ。まるで、その剣の前に断ち斬れぬものはないとでも言うかのように、剣が競り勝ったのだ。

 巨人の咆哮。憤怒と悲鳴が入り混じった雄叫びがゼスの耳をつんざく。

 それに構わず、ゼスは間髪入れずに追撃の手を打とうとし。


「はっ―――!」


 疾走して胴体を両断しようと剣を構えて―――


「なっ!?」


 が、次に苦悶を上げたのはゼスだった。振り下ろそうとした剣の前に、想像以上の巨人のしなやかな蹴りが視界に入り―――。


「っ!」


 弓矢の速度の比ではない勢いで襲い掛かってくる巨大な脚に、彼は上半身を逸らして顎先すれすれに回避。

 直ぐに態勢を立て直し今一度の追撃をしようとした時に、今度は健在の拳が今までの認識を上回る速度で強襲。

 不意打ちともいえる攻撃に薙ぎ払われたゼスは、宙を舞った。


「痛っ!」


 吹き飛ばされた銀髪の剣士は大地にたたらを踏んで、持ちこたえた。

 腹部に直撃し、鈍い痛みが奔る。幸い、骨は僅かにひびが入った程度だ。

 何が起こったかを再確認する。

 ゴルリディアンヌは今までの力任せの戦術とは打って変わり、力を抜いて攻撃速度を速めたのだ。その巨体のどこにそんな柔らかい筋肉があるのか。普通ならそんな身体能力を、戦術を切り替えると言う理性も巨人に持ちうることなど有り得ないだろう。巨人に知能があると言うなら話は別だが、片手が大剣で断ち斬られた際の怯みも僅かに見せただけで、直ぐに迎撃した。

 敵を分析損なった結果だ。


「……強靭すぎる生命力だな」


 最早常識を通り越している。今まで彼が相手にした大型魔物の中では類を見ない能力をあの巨人は誇っている。

 それに。

 ―――似すぎている(・・・・・・)

 あの“断罪者”の身体能力そのものに。

 彼らに目もくれず自身と馬車に敵意を剥き出しにしているという事は、黒衣とは敵意を抱いていない。それどころか、まるで従順な彼らのペットのような関係にも思える。

 もし、彼らとこの巨人に密接な関係があるとしたら、同じ身体能力を有している事にも説明がつく。


「いやな結論になったな……」


 苦虫を噛み潰すような表情で、小さく吐き捨てた。

 結果的にお互い痛み分け。ゴルリディアンヌは切り裂かれた腕を握りながらゼスを睨みつけている。“断罪者”達も巨人の前に佇立する。

 もう二度と同じ戦術は使えないだろう。

 再びこの状況を打開する方法を模索するゼスだが、良い術は思い浮かばなかった。

 周囲の道具を使った奇策は樹以外には無く、自らが持つ道具を使っても結果的に悲惨を招くだろう。正攻法で勝てないということは初撃で証明している。


「……八方塞(はっぽうふさがり)、というわけか」


 自身に出来る戦術は状況を打破できない。

 その事を無意識に自覚しようとそれを認めず、改めて新たな打開策を講じようと周辺を見渡した時。


「あれは……逃走した山賊か?」


 三体の敵から少し離れ、ゼス達が目立たないような草叢から顔を覗かせているやや黄色い肌と釣り目が印象的な男。

 “山紅猫団”のドゥである。

 彼は草叢の上でボウガンを手にして何かを狙っていた。


「俺じゃない……まさか」


 ボウガンの先を辿る様に視線を移した先には、苛烈な攻防戦を繰り広げているシェリー達の姿があった。






* * * * *





 ゼス達とアン、トゥワ達の闘いが終わる前に逃走し、彼ら(・・)を呼んでから再び戻ってきたドゥ。

 アンは気絶し、トゥワは致命傷を負っているらしく身体を震わせてうずくまっていた。

 彼らを助ける素振りは一切見せず、ドゥはボウガンと特注のボルトを装備して、ただ一つの目標へと目を向けていた。

 ―――ここまでは指示通り。後は俺が陰から援護して奴らに致命傷を負わせれば……不問に伏してくれるだけでなく莫大な恩賞も貰えるぜ……。

 ドゥは歪んだ口元を隠そうともせず、ボウガンを構えて狙いを定める。


 あの銀髪の剣士は先ほどの動きで確実に弾き返されると確信し、代わりに彼が狙う先には、剣と盾を持って攻防を続けている黒髪の女騎士とシャベルを手に防戦し尽くす中年男と若い男の二人。

 二体の黒衣は彼らを出し抜く事が出来ず、鉱物の一つも奪えずにいる。

 このままでは時間切れになってしまう、と聞いていたドゥは戦況を覆そうとボウガンのトリガーに指を添えた。

 そしてそれを確実に命中するように誤差も修正して。


「狙撃が来る、避けろっっ!!」


 銀髪の男が叫ぶと同時、弾かれたようにボルトが勢いよく射出された―――




* * * * *




 ―――彼らも無理な抗戦はせず、近づけないようにしてくれているわね。不本意だけど、ボクが彼らを護り切り敵を撃退できることに集中できる!

 シェリーは後方に立つ二人の男たちを流し見ながら二体の“断罪者”の太刀を悉く弾き返している。

 追撃の機会はまだ見えないが、いずれ必ず隙が生まれる。自分がそうならない程度にし、敵の隙を突ければ勝機は見いだせる。

 そう考えていた彼女にその機会は直ぐに訪れた。僅かに一体の黒衣の腕が揺れたのだ。疲労が蓄積された結果か、何らかの理由かは判らないが、それが状況を打開できると剣を突こうと―――


 ぞくり。


 不可解な悪寒が自身を巡ったかと思うと。


「狙撃が来る、避けろっっ!!」



 ゼスの怒声が耳朶(じだ)を打った。



「え―――」



 直後、勢いよく迫る自身にとって危険なモノが見えた瞬間―――



「シェリーさん、危ね―――」



 その間に一人の男が割って入った。

 ドスッ、と。

 どこかから射出されたボルトが若い鉱夫の肩に直撃し、めり込んだ。



「―――嘘……っ」


 攻防の手が止まり、狙撃を庇った男が倒れるのを見逃せなかったシェリーに容赦なく黒衣の太刀が振り下ろされる。


「はぁっ!」


 が、駆けつけたゼスがその前に大剣を二体に振り下ろし、シェリーの身体に届くのを阻止する。

 黒衣は二体とも一旦彼と距離を置くために、後退した。


「ぐぁああっ、ぁああああああっ……がぁあああああああああああっっっ!!」

「なんで―――大丈夫ですか! ちょっと!」


 ボルトが直撃した肩に押さえる若い鉱夫に屈むシェリー。彼女の表情は酷く動揺していた。

 ―――護るべき民間人が怪我をしてしまった。それも、ボクを庇って……!

 軽く診れば致命傷ではなく、命に別条はなさそうに思える。しかし、鉱夫の尋常ではない慟哭を聞くと全身が強張ってしまいそうだ。


「敵から目を離すな! 一角が欠ければ、そこを突かれて一気に瓦解するっ。全員が死ぬぞ!」


 ゼスから今まで聞いた事の無い怒声が降ってきて、顔を上げるシェリー。大きな動揺を無理やり抑え、彼を心配する気持ちが消えぬまま剣と純白の盾を構え直した。

 大剣を構え、背を向けていたゼスは今度は低い声で指示する。


「御者の。彼を回収するんだ」

「―――あ。……わ、わかったっ!」」


 呆然としていた御者の男が、慌てて倒れ伏した若い鉱夫を荷馬車に乗せようと行動を開始した。

 そして、ゼスの前に離れて立つ二体の“断罪者”と、今まで彼を相手にしていたもう二体の“断罪者”、そして地響きを起こす歩みを見せる巨人ゴルリディアンヌが迫ってくる。

 シェリーはこの状況に大きな絶望感を覚え始めていた。


「……もう、無理よ。ボクは―――私たちは、アイツ等に勝つ事が出来ない……」


 全身全霊を賭けて戦えばこの様。私に魔働術を放つ余裕もなく、勝機を見出す事も出来ない。一般人に怪我人も出て、敵は僅かな損害のみ。

 圧倒的な不利に、自分は成す術ないのだと。

 シェリーは自身が持つ剣を小刻みに震えているのを見てその気持ちを理解してしまい、同じように震える声で呟いた。

 彼女の言葉に、ゼスは振り返らずに悔しさが滲み出る声で言葉を投げる。


「―――ああ。俺の闘いは、ここで終わるな……」


 敵の進撃は、止まらない―――さながら五つ重なった狂想曲の如く、足音が森林に沁み渡った。

 そして―――瞬く間にゼスは“断罪者”達の凶刃に両断され、シェリーはゴルリディアンヌの拳に―――


 ―――不吉な音が響いて、彼女の認識は暗黒に閉ざされた……。


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