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3-16「山紅猫団」

 敵といえども、生きている。


 それぞれが信念、理由、あるいは立場から敵対する事もある。


 もし、望まぬ形で敵と戦う事になったとしても、私は生きているという事を終わらせたくない―――


 同日16時59分―――




 荒野の方角から複数の馬の啼き声が響き渡り、砂煙が舞い上がっているのが見える。

 御者と若い鉱夫はその正体が何であるかを理解し、表情を強張らせる。

 地面を揺るがす地響き、地鳴り、そして迫り来る複数の気配。ゼス達が通ってきた方角から、その姿がようやく確認できた。

 ざっと三十人いるだろうか。

 汚い身なりで肌を露出させている。全員が武装しており、だが明らかに軍隊や傭兵若しくは輸送団でもない。友好的な印象は、雰囲気や表情から何も感じない。

 先頭の馬に乗る長身の男が剣を引き抜くと、後ろの全員がそれぞれの得物を取り出し続ける。


「例の山賊です! 二人とも、下がって!」

「あ、ああっ!」

「マジで出やがったよクソっ!」


 御者と若い鉱夫がシェリーの声に従って、荷馬車の中に乗り込む。

 それと同時、既に姿がはっきりと見え始めた距離に達した、先頭の馬に乗る長身の男が恫喝する。


「オラオラァッ! 命が惜しかったら、その荷馬車の荷物を置いてとっと失せろっ!」


 彼の大声にはシェリーが剣を抜く事で応える。

 その姿を認めた山賊達は半円状に広がって馬を止める。馬から降りる者も居れば、馬上のまま身構える者もいる。その全員が獲物を狙う鋭い視線と共に、下卑た笑い声をあげつつ、威圧させていた。


「オラ、どうしたぁ!?」

「俺達にビビって、声も出ねぇか!」


 だが、ゼス達にそれは効果がない。

 あくまで山賊達に抵抗する姿勢を露骨に見せている。

 荷馬車から覗き見る御者は、襲撃者の多さに恐れ戦いていた。


「こ、これほどの人数じゃ、どこへ逃げても追いつかれてしまうよ……っ!」

「大丈夫です。荷馬車から出ないで」


 シェリーが再び注意を促して避難させる。


「早くしろっ、ぶっ潰されてぇのか!」


 先頭に立つ一番長身の男が再度恐喝する。

 どうやらその男がこの山賊達のリーダーらしい。山賊の必須アイテムなのかバンダナを頭に巻き、顔は整っているが見下すような視線と威圧するような表情で良い印象を与えない。顎には傷痕があり、肌は浅黒い。その手には非常に刃の薄い湾曲した片刃の刀身を持つシミターと呼ばれる曲刀を持っている。

 長身で屈強揃いの中では目立つ長身で、恫喝するには恵まれた体格だった。


「……君たちか。この辺でうろつき、荷物を強奪しているという山賊“山紅猫団”というのは」


 山賊達に注目されるゼスが、第一声に確認を取った。

 彼らの服装は紅色が目立つ。視覚的にも彼らが要注意集団であるのは間違いない。

 だが、慎重な彼は直接本人から確信を得たい。確信を得られない限りは、ここで殲滅するのは得策ではない為だ。


「あぁッ!? うるせぇんだよ! てめぇからぶっ殺すぞゴラ!」

「……否定しないということは、肯定とみなしていいんだな」

「チッ―――てめぇは見たところ騎士か。だが、俺達とこの人数に対して、たった二人で敵うと思ってんのか? だからよぉ、騎士さんは大人しく逝っちまいな」


 ゼスと同じか、もしくはそれ以上の身長の山賊がシミターで虚空を斬る。

 対し、背中に仕舞っている大剣の柄を手に掛ける。

 あの殺気が再び身体から噴き出して、今まさに開戦になろうとした瞬間。


「―――断るわ。民間人がいる前で、騎士が逃げ出したり、負けることなど有り得ない」


 シェリーが遮るように声を上げ、二人の行動を制止させた。

 噴き上がったテンションに水を差され、ゼスと山賊のリーダーは驚嘆した声をあげながら彼女に注目する。

 彼女は背伸びでもしているかのように、あくまで堂々とした面持ちで山賊達と対面した。


「アンタ達が“山紅猫団”ね。私達は蒼衣の騎士団に所属している騎士よ。アンタ達に提案なんだけれど、私達が持っている荷物は殆ど益の無いものだわ。強奪するほどの価値はないものを求めて、これ以上罪を重ねて欲しくないわ。ここは穏便に道を開けてくれないかしら?」

「おい……!」


 シェリーの思いもよらない発言にゼスは引き留めようとするが、逆に彼女が左手を挙げて止める。

 こんな奴らがそんな提案をのむと思っているのか、このボクお嬢様は……!

 ゼスの思った通り、山賊のリーダーは失笑して返した。


「んな事お前が判断することじゃねぇよ! 価値があるかないかは、俺達が奪った後に判断して金にする! それを目的にしてるっつーのに、そんな要求を受け入れると思ってんのか!」

「まぁまぁアンちゃん、アンちゃん。見てくださいよ、その女。結構べっぴんですぜ」


 怒鳴り散らす山賊のリーダーである、アンと呼ばれた男がその声に反応して振り返る。

 彼の傍らに留まり馬上でボウガンを持っている、一見未成年と思しき青年が陰のある笑みを浮かべていた。

 山賊達の中ではアンという男とは逆に目立たない、あまりに低い身長だった。やや黄色い肌と釣り目が印象的の男。体格から見ても、力仕事が得意ではなさそうだ。だが逆に、それが一団の中ではキレ者だと想像させる。

 人の話を聞かなさそうなアンもこの小柄な男にだけは意見を聞くらしく、だが相変わらずの口調で応じた。


「だからなんだっていうんだ、ドゥ? 俺たちの仕事は、邪魔する奴は一人残らずぶっ殺して、荷物を全て持ち帰ることだろが」

「考えてもみてくださいよアンちゃん。確かに俺たちの仕事は邪魔する人間を削除して、荷物を奪うことだけだけど、ノルマとしてはそれで十分。後は俺達の自由でさぁ。報酬ついでに、女をおこぼれとして戴いて、俺たちの好きに扱っても文句は言われんのではないですかい?」


 小柄の男であるドゥの言葉の意図を理解したのか、周りに居る山賊達がさらにその口元を歪め始める。

 アンも彼の言葉に、確かにその通りだ、と至極納得したようだった。

 話題の本人であるシェリーは彼らの話を理解はしていないようで頭を一瞬傾げていたが、その後何故か肩を震わせて一歩だけ後ずさった。


「な、何の話か判らないけど、私、とてつもなく嫌な予感がするわ……」

「……話から察するに、君が負けたらあの山賊達に良いように使われる事だけは理解できるな」


 そんな騎士二人の呟きを余所に、山賊達の中で一人乗り気ではない人間がいた。


「で、でも……アンちゃん、ドゥ兄ちゃん。あ、あの女、銀髪と同じ騎士だお。そう簡単には捕えられてくれないんじゃ……。そ、それに、下手に手を抜いたら、返り討ちにあうんじゃ……」


 弱々しい声で異論を発したのは、なんと巨漢の男だった。

 アンより身長が高く、数値にすると二オリュ以上。しかもず太い腕と足、そして腹筋と背筋を持っている、力仕事に最も向きそうな巨人である。その見た目とは裏腹に、彼自身の内面は凄くひ弱に感じられてしまう、そんな雰囲気を発していた。


「何を言ってる、トゥワ。いくら相手が騎士だろうがあの格好、従騎士さんだぜ? 恐らく成り立てなんだろうけど、そんな奴が俺達相手に返り討ちにできるとは思えないぜ。何より、女相手に引けをとるはずがねぇ」


 呆れ果てた表情でドゥが、トゥワと呼ばれる大男に偉そうに見上げながら一瞥する。

 見下す立場でありながら大男は萎縮する。


「だ、だけどさぁ……。僕は、誤って身体を傷つけてしまうかも」

「ならトゥワ、お前はあの見るからに強そうな銀髪の騎士さんを狙うんだ。お前なら大丈夫の筈だぜ」

「……う、うん。分かったお」


 大きく素直に頷き、トゥワの視線はゼスへと注がれる。

 腕を組んだまま、二人の様子を眺めていたアンが舌打ちをしつつ、切り出す。


「話は纏まったのか、テメェら?」

「はい、アンちゃん。既に他の奴らもワタシの提案に乗り気ですぜ。後はアンちゃん次第だけど」

「馬鹿野郎、あの女に手を出すのは俺が最初に決まってんだろが!」


 アンは吐き捨てるように断言してから、再び荷馬車側の騎士と対峙する。

 先ほどのアンをリーダーに、参謀の役割を持っているドゥ、そして力専門のトゥワ。この三人が山賊達の中では特にしぶとそうだな、とゼスは判断した。それに、彼らは他と違って特別な関係にあるらしい。


「と、いうわけで俺たちの目的は、積まれた荷物全部とそこの女だ。後はそれらを置いて大人しくどこかへ行っちまえ。さもなくば、全員残らず殺してやるぞ!」

「女って……なんで私までいつの間にか目的に数えられているのよ!?」

「自分で女らしいとか判断するとはな。嘘はいけな―――」

「何か言ったかしら?」

「何も言っていないから魔働術式を作ろうとするのはやめるんだな……」

「おいテメェら、俺たちを無視するとはいい度胸してんなゴラァ!?」


 短気なアンは、ゼスとシェリーの息の合った掛け合いに、地団駄を踏む。

 彼は改めて舌打ちし、黒髪の騎士へと注目した。


「まぁ俺も鬼じゃねぇ。せめてもの情けはある。おい、女。大人しく武器を棄てて俺達の処へ来い。そうすれば、お前にも楽しい事を教えてやるよ」

「……どういうことよ?」

「ハッ、どういうこともねぇ。騎士でこれからの汚い(・・)仕事一筋に生きるよりは、俺達と居た方が何倍も楽しい事が待っている、って言っているだけさ。まぁ、俺の女になってはもらうがな」


 荒野に吹き荒れる風の中でも、堂々と腕を組んで踏ん反り返るアン。言葉の端々には有無を言わせぬ音色が込められており、普通の人ならば思わず怯えて従ってしまう程の威圧感を放っている。

 だが、シェリーは感性だけで答えを出した。


「嫌よ。考え方の相違どころか、生理的に受け入れられないわ」


 明らかな本心からの拒否に、ゼスは違った意味で感心したくなった。


「なん……だと……?」


 眉を振わせるアンに、シェリーはさらに続ける。


「騎士に降伏なんてありえないわ。騎士は常に、人を護り、彼らに害なす存在を退ける権利と義務を併せ持つ存在。私はその行動理念を忠実に行って人々を幸福にしたい。だから、騎士としての自分を辞めるわけにはいかないわ」


 凛とした彼女の態度に、後方の荷馬車から覗き見る御者と若い鉱夫が感極まった様子でその後ろ姿に視線を注いでいた。


「それに、アンタ達の話は聞いているわ、“山紅猫団”。メンバーの殆どが職に着かずに流れていった結果で意気投合した者たちである事。それを煽ったのが、リーダーであるアンタだという事も。こんな事は今すぐに辞めて、国の為に働きながら真っ当な生活を送ってほしいわ。そうすれば、何時か誰かから認めてもらえる日が来ると思う」


 黒髪の令嬢騎士は、その突き差すような視線を一度も彼らから逸らさず、また臆さず。山賊達に改心を呼び掛けた。

 彼女が何故彼らの背景を知っているのか疑問に思ったが、彼女が出る前に魔働念話と呼ばれる遠距離通信魔働術でアサラムからの調査結果を受け取っていた、という事を思い出した。

 ―――本当にこの娘はこうであって欲しいという願いをストレートにぶつけるものだな。

 しかし、その説得で簡単に改心させる事ができれば、彼らが賊業をここまで続けられるなんて事は有り得ない。

 事実、“山紅猫団”のその殆どが呆然とした後に、シェリーの言葉に失笑するが如く大笑いした。


「これは傑作だっ! 誰かから認めてもらうだと? んなチャチなもん必要ねぇんだよ俺達にはな! 毎日が楽しけりゃそれで良いんだよ」


 賊達の言葉を代表するように、アンが仰け反りながら一蹴。

 ひときしり笑った後、舌舐めずりをしながら俯いた顔を上げてシェリーを睨みつける。


「だが……そうでなくては面白くねぇ。優しいぃ俺の提案を蹴ったって事は、例えどんな鬼畜な扱いされても、文句は言えねぇよなぁ―――っ!」


 叫びながら彼が臨戦態勢に入ると、もはや問答は不要とばかりに賊達が一斉に続く。

 ……やはり無駄か。仕方ないな。

 賊達の反応に、シェリーが再び説得を試みようとするのを、ゼスが無言で制する。


「ゼス……! 邪魔をしないでよ」

「もう無理だ。この衝突は避けられん。覚悟を決めるんだな」


 背負ったままの大剣の柄を握り、その姿を露わにさせて身構える。

 その瞬間、勢い立っていた賊達が畏怖するように怯んだ。恐らくは、自分から発せられる闘気にあてられたのだろう。

 だがアンだけは、辛うじて威勢を取り戻し、仲間に叱咤する。


「怯えてんじゃねぇ馬鹿野郎が! あっちはたったの二人、俺達はそれ以上、何を恐れる事がある!」


 やがて賊達が落ち着き始めた頃、アンがゼスに向かって振り返る。


「へっ、俺達とやろうってか? 後悔すんなよ、無残に殺されてもよぉ」

「……ならば、お前達も俺に殺される事は覚悟しているんだろうな。それに、あまりそうやって恫喝すると、負け犬の遠吠えに聞こえるな」

「っ―――言うじゃねぇか色男が。テメェは考え得る限りのやり方で逝かせてやる」


 鋭い眼光を放ち、傍から見れば鬼気迫る表情を浮かべ握り拳を作った。

 ゼスの隣で、シェリーが遂に剣を持ち上げ、切っ先を彼らに向ける。そして、強い態度のままこれ以上は後がないように訴えかけるような口調で。


「これが最終通告よ。今すぐ武器を棄てて、投降して! さもなければ、アンタ達を生きたまま確保する事はできなくなるわよ!」

「……へっ。強気で意気の良い女だな。だがよ、そんなキツメの表情が俺達の手によって苦痛に歪む瞬間は楽しみでもあるんだがよぉ!」


 アンが、シェリーの意図を理解すること無く、仲間に下す命令。


「これ以上は話す事もねぇ! テメェら、やっちまえ―――!」


 その一声で、賊達は武器を構えて一斉に荷馬車へと殺到し始める。

 彼らの動きは統率されてはおらず、思い思いの疾走でゼス達に襲い掛かる。

 その中でも特に注目するのが彼らの後方から追随する、巨体。トゥワと呼ばれたあの巨漢の男だ。あれは要注意人物だ。油断すると肋骨を折られかねない。


「ドゥ、援護は任せたぞ! 俺は戦いに夢中になりたいんでなぁ!」

「判ったよ、アンちゃん」

「良いかトゥワ! テメェは銀髪をやっちまえ! 俺もそいつだけはやっておきてぇ」

「わ、分かったお」

「黒髪の女は大人数で取り押さえろ、間違ってもガッついてその場で手を出すなよ! 荷馬車だけは絶対逃すな!」


 オオッ―――!

 彼らの雄叫びは自らを鼓舞させるものだ。

 ゼスに迫ってくるのは、三人の山賊達とリーダーのアン、そして巨体のトゥワ。

 身の丈程の大剣「銀狼の牙」をぴたりと水平に構えて迎え撃つ。平衡感覚は良好、筋力に異常なし。いつも通りの戦闘を心がける。

 あちらの主戦力が二人ほど、それで下っ端は少ない方で十分だと踏んだか。

 ―――だが……甘いな。むしろ大人数だからこその利点を使えばまともに戦えたものの、大半以上は女である奴に注目しすぎて致命的な欠陥が生まれている。自らの戦術利点を手放すとは既に勝負が決まっているようなもの。

 俺とまともにやり合う気なら、今の数倍は持ってくるんだな―――!


 小さく、ほんの小さい不敵な笑みを浮かべ、ゼスは大剣の柄を握り直し敵に向かって駆けた。


 :山紅猫団のアン、ドゥ、トゥワ他30人が現れた!


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