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3-14「募る不安」

同日20時57分―――




「―――ハァ、ハァ、ハァ」


 何度目かの腕立て伏せを終え、荒くなった呼吸をゼスは整える。

 夕食を終えてから、全く休むことなくストレッチに励んでいた彼は、肩にかかったタオルで汗を拭う。

 日課にしているストレッチは普段より少ない内容ではあったが、常人では彼に付いて行けるのがやっとの厳しさだ。彼自身は、それほどの事をしてもまだ体力が有り余っている。

 だが、今日は限界まで、何時もの量をする気にはなれなかったのだ。

 何故なら―――


「―――――ふむ」


 目立たぬように、最も暗闇へと染まっている物陰へと視線を移す。

 そこに、僅かに人の気配を感じ、ずっと見られていると分かる。

 彼もシェリーと同じく、尾行者の存在には気づいていた。昨日の時点では気配を感じられなかったが、今日になって感づいた。その事実をシェリーに報告しようかと悩んだが、初めての外出任務に余計な情報は要らないだろう、と判断して何も伝えていない。

 しかし、その気付いた時期で言えば、実はシェリーが一番早く気付いたという事実を彼は知らない。お互い、気付いていながら尾行者の事は何も話していないのだ。


「問い詰めても良かったんだが、ああいう気配を晒している輩が一番手が出しにくいな……」


 素人なら気配を隠せなくて当たり前なのだが、もしその道のプロだった場合は一番厄介な部類である。理由は、誘っている可能性が高いからだ。

 尾行している事をワザと相手に分からせるという事は、見つかる事を承知の上である。尾行者が襲撃を受ける事を勿論想定しているし、その対抗策も完ぺきに講じている筈である。

 無闇に尾行者を拘束しに行く行為は、罠へと自ら入る事と同義だ。手痛い返り討ちに遭うというのが最も危険なものだ。

 それに、尾行者はただ気配を晒していても、姿を見せる事は無いし、手を出す様子もない。実際、ゼス達が魔物と戦っている間でも、背後から奇襲する事は無かった。尾行者はただ観察するように二人を見張り、一定の距離を保っているだけだ。

 尾行者の正体を勘繰るとするなら、恐らく監視の類だろう。

 一体どこの勢力からなのかは判断つかないが、振り切る事も拘束する事も無理なら、今は大人しくそのまま見張られているのが最善だとゼスは判断したのだ。

 万が一の為に、体力は温存して、少しトレーニングを減らしている。


「さて、どうするかな―――」


 そんな時、宿の扉が開いて、ガウン姿のシェリーが姿を現した。

 多少不安げな様子だった彼女だが、ゼスの姿を見て自ら納得したような表情をした。


「……? どうした?」

「いえ、なんでもないわ」


 ゼスの問いに、シェリーは何事もなかったかのように、いつもの表情で首を振る。







 ―――Side:S



―――そうよね。父上が態々こんなところまで足を運ぶわけがないもの。なんだかバカみたい。


 アサラムの話を鵜呑みにしたわけではないが、一瞬だけ父親が血の涙を流してゼスを半殺しにしている光景がシェリーの脳裏に浮かび。

 それが本当の事になったら、あまりにも不憫だと思って様子を見に来たのだ。

 実際はそんなことが無く、彼はいつも通りのトレーニングをした後であった。アサラムの話は冗談以外の何物でもない。


「外に出歩く気なら、一応武装して行くんだな」


 ゼスは彼女の様子に気付くこと無く、外出するものと思ったようだ。

 首を横に振るシェリー。


「出歩くつもりは無いわ。ただ、アンタがどんなトレーニングするのか、見てみたくてね」

「どんなも何も、ただのストレッチだ。本来なら、格闘術とこの大剣《銀狼の牙》を使った自主訓練を入れるんだがな」

「何故、今日はしないの?」

「……気分が乗らん」


 珍しい事もあるのね、とシェリーは呟きながら歩みを進める。同僚の横を通り抜け、鉱山町から見える夜空を見上げる。

 イザーク森林で一泊した時は、木々が多くて殆ど見えなかったが、今は町の灯りがだいぶ減っているからか、輝かしい星が広がっている。

 見上げているシェリーの後姿を、見守るゼスは何も言葉を発しない。

 やがて、先に声を上げたのは彼女だった。


「この任務、出来そう?」


 そう問われたゼスは、怪訝な表情を露わにしつつ、律儀に応えた。


「さぁな。だが、護衛の仕事は傭兵時代で幾度も経験してきたことだ。任務自体に不安など無いな」


「私は―――少し、不安ね。何事もなく終わってくれれば、それで良いわ」


 シェリーは違った。

 元々彼女は令嬢だったわけでもあり、初の本格的な騎士としての任務を不安ではない、とは思う筈がない。

 人を護る、聞いただけなら簡単に思えるが、実際は難しい事は良く理解できている。独りでその理想を体現するのも、不可能に近い事も認めざるを得ない。

 賊の襲撃を備えても、どういった方法で現れるのか、自分でも予想がつかない方法で襲撃されたら、全てを護る通せる事が出来るのか。これから起きる事が全く予想できないという不安は人間誰しも抱くものであり、彼女とて例外ではない。

 ぽつぽつと、自身の考えをゼスに伝える。


「護れなかった時は、どうしたらいいのかしらね。きっと、ショックで何日も寝込んでしまうかもしれない。まるで、自分の理想が遠のく感覚がして、怖いのよ」

「……誰しもが望むとおりに行くとは限らない、それが現実だ。その気概は良い、だが、そんなに追いつめると逆に参ってしまうと思うな」


 気にする必要は無い、とゼスは言う。

 そんなに気負う必要は無い。最善を尽くせれば、それで後悔など生まれる事は無い。

 だが、そんな結果で納得できるのか、と言われればそれは否だ。

 痛みを被った人は苦しむ筈だ。護れなかった人の家族は悲しむ筈だ。

 誰かが悲しむのは悲しいし、誰かが苦しめられている姿を見ると怒りたくなる。それを見るのは嫌だと、シェリーは考えていた。


「それは分かっているつもりよ。でも、そんな自分を楽にする為にも、周りは心からの笑顔を浮かべていて欲しいの。聞こえは不謹慎だけれど、そう望んでいる事もある。だからこその恐怖よ」


 その望みに届かなかった時、自分はいかなる行動をとってしまうのか。

 そして、その失敗がどんな悲惨な結果を招いてしまうのか。

 考えれば考えるほど、沼に足を取られるような感覚。シェリーは俯いたまま、ゼスの心の内に訊ねる。


「アンタは、そういう思いとかは、本当に無いの?」

「他人の事を過剰に思っていても、より体力を損耗させるだけだと思っているな。生きていれば、いつかはそういう事が成功するとは思っている」

「今までその指針で、苦悩した事は無いの?」


 この質問と同時、ゼスの真意を測ろうとシェリーは振り返った。

 ゼスは彼女の視線を真っ向から返して。


「無いな。それが正しいと信じている。むしろ、苦悩したからこそ(・・・・・・・・)この考えに行き着いた」

「……それ、どういうこと? 苦悩したからって……」


 怪訝に眉を寄せるシェリーに一瞬視線を逸らしたゼスは、また話を切りにかかる。


「とにかく、全員を過度に気になっていては、誰も救えない。戦士には、そういう割り切りが必要だという事だな。最善を尽くせばいい、それだけだ」

「っ……。でもそれが、私が騎士になった理由だから」

「ならば安心しろ。君が取りこぼした敵は俺が対処する。君がショックで仕事にならなくなったら俺も困るしな」


 それなら問題あるまい、といつも通りの皮肉で、安心させたいのか怒らせたいのか分からない口調のゼスは続けた。


「……そう……よね。私は一人じゃないもの。敵がいれば、ゼスは対応してくれるのだし。私は民間人の護りに徹していればいいのよね」

「そうだな。君は、それが一番合っている。敵の殲滅は任せておくといい。それが最善だ。お互いに作戦を練るまでもないな」

「それは……! できるのかしら?」

「あぁ。だから不安に思う事は無い。君はいつも通り、俺に見せたその闘いぶりで任務をこなしていければいいだけだ」


 それは、護りの面は任せるに値する、ということだ。

 音速による剣技は牽制にもなり、ゼスは登用試験の際に大剣の力を防ぎきったシェリーの盾の硬度を認めている節がある。いざとなったら、遠く離れた護衛対象者に護りに行くことだって可能でもあり、魔働術でゼスを援護すればいいのだ。

 シェリーの事を戦力として度外視していない、と判っただけでも彼女の不安は表情から抜けていった。


「そうね。そうしてみるわ」


 息を吐き出して、内心のうやもやを一気に取り除く。

 これで気持ちよく寝れそうかも。乗り気はしなかったが相談して良かった。

 そんな事をシェリーが考えていた時。


「だが―――」


 ゼスが補足を加えようと、口を開いた。


「俺も人間だ。対応しきれない数が来たら、本気を出さざるを得ない。相手が手加減なしであれば尚更だ。だから―――」




「―――後顧の憂いなく、襲撃者は機会がある限り二度と襲撃してこないよう、徹底的に息の根を止めるがな」




「―――っ!」


 背筋が凍る。

 ゼスは怖いくらいに澄まし顔。

 彼は間違いなく、再び別の手段で襲撃されないようにと、誰一人として見逃すなどしないだろう。その為に例え敵でも命を躊躇いもなく奪うのだろう。

 それが、シェリーに何よりも恐ろしく感じさせた。彼の行動が、傭兵時代で既にしてきた事と考えると、寒気を覚えると同時にひどく動揺した。

 例え敵でも、無慈悲に命を奪っていいのだろうか。勿論自分とて敵には容赦しないが、相手が同じ人間で、手加減する余裕があるのなら、悪い事は止めるように説得する機会があって欲しい。見逃せる機会があれば、できるだけ命は奪いたくは無い。

 だが、ゼスのそういった葛藤が無いという発言は、辛く感じた。それが、自分の為に思って言ってくれた事だとしても。


「―――」


 シェリーは頭が真っ白になって何も考えられなかった。それほど、彼の言葉は衝撃的すぎた。

 何かを言おうとして、しかし喉に何かが引っ掛かった様に擦れた声が漏れるだけ。


「相手の錬度が低いと言っても、油断はできない。明日の任務は、決して気を抜かない事だな。情と油断は、それを生む」


 敵は斃すべきだと。

 違う、と言いたかった。何もそこまではしなくても良い、とも思った。

 だけど、それこそが誤りだ。

 敵は鉱物を奪いに襲撃し、時には一般人に刃を向ける。万が一の事があれば耐えられない、というシェリーの不安がゼスの答えでようやく解決されたばかりだ。

 ここで反論すれば、議論は再びふりだしに戻りかねない。

 なにより、シェリーが彼の考えを否と言えば、きっと彼は呆れかえって怒りだすだろう。

 そうしたら、もう気にも留めずに自身を放って、独り戦場に駆けるだろう。信頼しないだろう。置いて行かれるだろう。

 ―――言える、筈がないわ。

 この所属した部隊で生き残るには、同じ騎士とのチームワークが不可欠だ。相手が例え非協力的でも、自身がそれに合わせられれば問題ない。だが、ゼスは特出すぎて、逆にこちらは付いてこれない。何も知らずに フォローしようとしても呼吸が合っていなければ、足を引っ張って命取りになるだけだ。

 そして―――気まずい雰囲気のまま過ごせられない。この同僚とは、一定の繋がりを維持したかった。

 貴族である自分に無遠慮に接し、自分も遠慮なく心中を言えるこの同僚との関係、貴族同士の付き合いでも、上下関係なのでもなく、この仲間意識を崩したくは無い。

 独りでは―――無理なのだ。


「―――そろそろ肌寒くなるだろうな。体調を崩さないように、少ししたら部屋に戻って休んだらどうだ。俺は部屋でクールダウンしたら休むとする」


 ……なんでこの男はボクの気持ちに気付いて、自分の行動を悔い改めるということができないのかしら。

 そんな罵倒を浴びせたかったが、自分にできない事を相手に悟らせるというのは傲慢でしかない。

 このような自分の考えは、実に身勝手だ。

 相手は、対等に自分を見て、言ってくれているというのに……。

 ……ならばボクはどうしたらいいの。自分が納得する方法で、ゼスの行動を変えるにはどうしたらいいの。

 そんな考えが、シェリーの頭の中で駆け巡る。


「では明日な。君は、君が後悔しない方法で任務を乗り切ると良い」


 ザッ、とゼスは足音を鳴らしながら踵を返して宿屋へと向かっていく。

 去っていく背中に、シェリーが語れる言葉は見つからなかった。ただ、夜風が彼女のガウンを揺らし、僅かに晒された両足が寒く感じたぐらいだった。


 ―――それが正しいのか、誤りなのか。もしこの時未来が分かる事ができたのなら、きっと答えは直ぐに出せただろう。


 人生はどの選択で未来が左右するのか。分からないのだとしても―――その時は答えなんて見つかりようがなかった。




***




 既に肌寒く、街灯も当らぬ闇夜に一人の黒い衣装を身に包んだ男が、ある建物の様子を覗いながら魔働念話を発していた。


「―――こちら参。《銀狼》は宿屋に入ったのを確認した。《同僚》は宿屋前に居るが、特に異変はない模様。これ以上の接近は襲撃の可能性を想定する」

《解かった。引き続き一定距離を開けつつ監視を続行せよ。明日には、彼らの実力の程を把握できるかもしれない。くれぐれも、姿だけは見られるな。例の動きを見せたら、直ぐに排除しろ。確実に事を進める為に、アノ使用を許可する》

「―――イェス、マイロード」


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