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3-13「定時連絡と魔働念話」

 同日20時17分―――




 食事を済ませたゼスは早めに席を立って「話が終わりなら、食後のトレーニングしに行く」と言って、外へと出て行った。

 後から席を立つシェリーは彼の背中を見送りながら、宿の従業員と一言二言話してから、自分の部屋へと戻る。

 宛がわれた部屋のベッドに腰掛け、先程の同僚の言葉を思い出す。


「……やはり、ゼスは私の事を、信用していないのかしら」


 女性は前線には立たない、どんな優れた戦略でもそれを実現可能な兵が居なければ実現できない、シェリーの実力ではゼスの戦術に対応できるか判らない。

 彼はそう言って、自らの提案を否定した。

 彼曰く、自分が出来ると思う事を自信を持ってやればそれで良いんじゃないかな、と。

 全くもって、気に入らない返事だった。どうしてそこまで仲間に―――女である自身に頼る事をしてくれないのか。

 確かに時と場合によっては、作戦成功する確率は低いには違いない。彼女はそこまで実力がある人間ではない。

 だが、それを彼が一人で抱え込む事は無いのではないかとも思う。一人で出来ることには限界があるのだ。そして、そんな彼を手助けする事もして良いんじゃないのか。どうしてそれがいけないのか。

 真っ直ぐに自身に頼ってほしいという、気持ちがひどく強い。

 シェリーは悶々としながら、内心で同僚の態度に愚痴る。


「確かに……ゼスは強いけど……一人で出来ない事は、他人に頼っても良いじゃないの。本当に、あの態度は不愉快そのものよ」


 自分では理解し難い。

 今までの二週間、彼と行動を共にして色々理解したつもりだったが、彼の思想だけは本能的に受け入れがたい。まるで、自分の考えている事とは全く異質そのもののように。

 彼の強さへの執着もそうだ。なにやら一人で強くなろうとして、何かを成し遂げようとしている。その事に他人を関わらせず、また他人と関わろうとしない。

 その行動の切っ掛けやモチベーションは何なのだろう、と疑問が湧いてくる。ここに来るまでも思ったが、かなり気になって仕方がないのだ。


「本当にもう―――あの分からず屋っ! そんなに私の事弱いって決めつけるのかしら! 冗談じゃないわ!」


 考える度に頭にきて、糾弾しながら踵を床に叩き下ろす。

 何度か叩いている内に次第に弱まって、仕舞いにはシェリーは溜息を深々と吐き出した。


「なにやってるのかしら、ボク……。怪我なく任務を良い形で終わらせようとして、こんなに考えて、挙句に頭にきて八つ当たりなんて、どうかしてる」


 自分には大きな理想がある。

 民を、国を、全ての人間を護りたい―――そんな騎士なら誰もが憧れる立派な理想。それを実現したく、その第一歩として騎士の道を歩み始めたのだ。

 本当なら、同僚が話を聞かない事に頭にくるなんて事は、理想の実現に殆ど関係がない筈だ。


「なのに―――放っておけないのよね、何故か彼の事……」


 謎めいた同僚ゼス。

 これは直感だが、彼は一種の危うさを持っているんじゃないか、と感じている。

 だから、本能的に放っておけないのだ。自身が手助けする事で、彼の重荷が軽くなれば。

 どうしたら、彼が自身の言葉に耳を貸してくれるだろうか、と思案している時だった。


「―――――っ!」


 頭の中に、何かが繋がった感覚を彼女は認識した。


《蒼衣の騎士団第十七小隊所属のシェリー・アイオライト・ブランシェ殿ですね? こちらは、蒼衣の騎士団直属魔働情報部の者です》


 頭の中に、女性の声が直接響いてくる感覚。

 この感覚をシェリーは知っている。


 魔働念話と呼ばれる、魔働術の一種だ。

 主に遠くの人間に術者の想念を直接伝え、相手の想念を感じ取る遠距離用情報伝達手段である。

 魔働術でも基本の部類で、使いこなせれば伝達する相手の射程距離を延ばし国外まで届く事が出来る他、特定の人間だけに伝える事が可能になる。魔働術を使う者なら、使い方ぐらいは学ぶことになっている。

 しかし、それを上位へと昇華する事は難しく、専門の術者でなければ魔働念話を本当に手軽に送信する事は出来ない。

 シェリーは魔働念話を使う事ができる。だが専門的に学んで修練したことはない為、使う度に結構な労力を伴う。距離も半径十ケアオリュぐらいしか届かないだろう。

 この魔働念話の送信者である魔働情報部は、魔働念話のスペシャリストが駐在しており、主に連絡係や伝令の役割として存在している。職員は一日中の交代制で勤務しており、騎士団内でも重要部署でもある。


 シェリーは額に意識を集中させるように、眼を僅かに細める。

 魔働念話を使って、相手に情報を送信するには、頭の中に言葉を思い浮かべ、送りたい単語だけを相手に渡すように想像する。

 しかし、これだと思いがけない言葉を送ってしまうという事故が発生するため、実際は口に出した方が確実性を増し、労力も抑えられる。


「はい、確かに第十七小隊所属のシェリーです。どうかしましたか?」


 こんな時間に魔働情報部からの連絡とは珍しい。

 何か、騎士団本部からの緊急伝令なのだろうか。シェリーに緊張が奔る。

 相手の返答が届く。


《第十七小隊長、アサラム・ルース上騎士より通信です。定時連絡が要件である、と》

「ああ……」


 内容を理解して納得するように頷くシェリー。

 騎士団内の情報伝達は大抵、魔働情報部を介して円滑に行う。

 騎士団に所属する者の大半は、近距離でなら個別で離れた相手に魔働念話を使う事が可能である。もしそれが遠距離間とのやり取りの場合は、魔働情報部という交換手を介して通信距離を延ばす手法がある。

 恐らくアサラム小隊長は、まず魔働情報部に魔働念話を送り、その職員が彼の魔働念話を遠く離れたシェリーに再送信する手段を取って、連絡を試みようとしているのだろう。

 任務の経過が気になって連絡してきた彼の行動に納得しつつ、シェリーは頷いた。


「分かりました。繋げてください」

《了解しました。それでは―――接続します》


 職員の返答の直後、一瞬のノイズがあってから、別の人物から念話が届く。


《よぉ、シェリー。お疲れさん》

「えぇ。お疲れ様です、小隊長」


 頭に伝わる聞き覚えのある、気力が感じられない声。昨日聞いた声音と同じ、アサラムその人だ。

 第一声早々、相変わらずの気だるさでシェリーをねぎらう。


《応答したってことは、時間はあるってことで大丈夫だよなぁ?》

「はい。大丈夫です。ここまでの任務の経過を報告いたします」


 シェリーは簡単に自分達の行動を報告する。

 一日目は魔物を駆除しながら、イザーク森林で一泊した事、サイアット荒野を越えて鉱山町タルテルドに無事辿りついた事、鉱物を奪取する山賊は“山紅猫団”という名前な事、明日の朝早くに聖都に向けて鉱山町の人間と共に出発する事など、一通りを告げる。

 アサラムは欠伸を噛み殺しながら、報告を終えた後にようやく反応する。


《んぁ、ご苦労さん。道中はやはり問題なしみてぇだから、遠慮なく俺は飲み明かせるってもんだぜ》

「小隊長、こちらは真剣に任務をしているというのに……。少しは上司らしい態度を見せてください」


 シェリーが呆れた表情のままで、赤い顔の飲んだくれアサラムの姿を思い浮かべる。


《最低限のことはやっているつもりだがなぁ。サービス残業は遠慮したいところだぜ》

「全くもぅ……」

《そう呆れんなよ。酔い潰れる前にはきちんと“山紅猫団”っつー山賊の情報を集めておくからよ。それで上司っぽい行いじゃね?》

「朝早くから出発するので、その前に連絡が欲しいところです。そうすれば上司らしいですよ」

《二日酔いが心配なんだがなぁ……手厳しいぜ?》


 抗議の色を含ませて反抗してみるアサラムに、シェリーは一蹴した。


「自覚があるのでしたら、お酒を飲まずに仕事して下さい」

《そいつぁ切っても切れない存在だから止められねぇんだよ、残念ながら。……ま、それより、ゼスはどうした?》

「彼なら今、外でトレーニングしてくるとこの場には居ませんが……連絡はしてないんですか?」

《あぁ。というか、最初は奴に連絡取ろうとしたんだが、何故か知らんが繋がる前に弾かれたらしいんだわ》

「弾かれた? 魔働念話専門の魔働情報部職員が?」


 シェリーの疑問に応えるアサラム。

 強力な念話はその分送信する力が強く、受け手は必ず受け取る事になり、着信拒否などは対魔力がよほど強くない限りは不可能だ。

 ゼスは職員の魔働念話を受信する前に弾いたらしい。だが、彼は魔働術の知識がシェリーより乏しいため、任意に弾いたとは考えにくい。恐らく、対魔働障壁を持つというゼスの性質そのものが働いたのだろうと推測できた。


「あぁ、それで私に直接連絡してきたんですね?」

《ん、そういうことだ。ま、居るんならそれで良いんだぜ。奴に知らせておくべきことはねぇし。後は……そうだな、何か他に問題はねぇか?》

「そうですね……」


 アサラムの問いに答えようとシェリーがベッドから立ち上がり、扉の傍にある照明のスイッチを落とす。

 その後、窓へと寄って、まるで外から目立たないように窺った。


「これは私個人の勘なんですけれど……今日朝から一日、私達を尾行している(・・・・・・)人がいます」


 外の鉱山町は薄い照明が付いており、鉱夫の姿は殆ど見当たらない。全員、自宅に帰っているか、酒場に入り浸っているのだろう。殆ど闇の帳が下りて全域を見渡す事は適わない。

 だが一見、人は見えずとも、確実にその目立たぬ闇の中に人の気配を感じ取れる。

 自分達を見張っているような気配の存在を、彼女の勘が告げている。


《ほぅ、勘なのにいやに断言するか》

「なんとなくですが、相手はワザと尾行している事を報せている感じでしたから。ただ、姿までは確認できません。恐らく男性だと思いますが、襲撃する気配すら今のところ見せません。……これはどういう事なのでしょう?」

《成程ねぇ。相手は尾行に気づかれていながら、隠れるのは上手いって奴か。まぁ、よっぽどの素人か、本当にワザとか。お前らが尾行されている事を認識させる為、とかだったりかもしれんぜ?》

「何の為に?」


 首を傾げつつ、アサラムの言葉が意図する理由を訊ねる。

 相変わらずの気だるげの男は、僅かに唸ってから例え話を持ち出す。


《例えばだ、お前らが城下町で巡回警備に出ていたとしよう。そこに偶然、一人の青年がお前の姿を見て一目惚れをしちまう。一日中シェリーの姿を見ていないと荒ぶる心を抑えきれない青年は、危険と知りつつも彼女の任務へと後をつける》


 何やら訳の分からない話を持ち出したアサラムに、シェリーはさらに疑問符を重ねていく。


《「嗚呼、なんて美しい女性なんだ。僕が、きっと君の心の輝かして魅せる。勿論、僕の雄姿でね」と、青年は後ろから目立たぬように、しかし娘を舐めまわすような目つきで見守ると》

「な、舐めまわ―――!?」


 シェリーがそんな視線を想像した途端、顔が真っ青になる。

 まだ続く、アサラムの推測。


《そして青年は見た! 鉱山町の宿屋に入っていく想い人の女と、彼女の同僚である男。それはそれは邪推をしてしまうもんだ》

「な、何が!? どういう意味で―――」

《「なんなんだ、あの男は……。ま、まさか奴が僕のシェリーたんを奪おうって腹か!? 彼女は僕のものだ! ハニーは誰にも渡さない。邪魔をする奴は容赦しない。そして、もし彼女が手に入らないならいっそ……ひひひひひ―――」な、展開に!》

「ひっ―――ちょ、ちょっと小隊長、いきなり怖い話をしないでください! というか、シェリーたんとかハニーって何なんですか!?」


 窓辺から青ざめた顔を引っ込め、背筋が凍った身体を抱きしめる。

 念話の向こうに居るアサラムはまるで愉快そうに笑い声を漏らした。


《おぉ、怖がってる怖がってる。あまりこういう系は経験ないみたいだぜ》

「……もしかしてからかってます?」

《くくっ。ならば、こういうのはどうだ? 愛娘の初めてのお使いを心配して、思わず後をつけてきたアイオライト家パパが宿の窓の外から、こっそり覗いた。するとどうだろう、愛娘が見知らぬ男と一緒に居るではないか! 「け、けしからぁ~んっ! どこの馬の骨だ、あの男は!? 娘が男と一緒に宿に居る、だと!? 間違いが起きる前に、排除しなければ」と、血の涙を流すアイオライトパパ》


 シェリーの父とは似ても似つかない真似声だったが、何やら真に迫った演技力にその娘はのどを鳴らしてしまう。


「それは……あり得る話かも、しれません。父上は結構私に構っていたので」

《決して0ではないっていうのがすげぇや。ま、存在を認識してるってんなら、問題はねぇだろ。例えどっかの野盗だろうが犯罪者だろうが、奇襲なんて通じるお前らではねぇだろ?》


 軽い調子で話題を変え、シェリーの不安を拭うように念話で言ってくる。

 本当にこの人、話の作りが唐突で上手い人ね、と思いながらシェリーは答える。


「決まっています。私達騎士が、犯罪者に屈するなんてあり得ません。私達は、民を護る存在であらねばならないのだから」


 それを聞いたアサラムは、面白い話を聞けたように笑った様子だ。


《ん。なら良いさ。とりま、道中怪我だけはすんなよ? 経費が治療費で落とされる、なんてのは避けてぇし》

「……全く、嫌な台詞です。ですが、分かっています」

《では、これだけは言っておくか。任務の成功を祈っている、ってよ。ゼスにも宜しく伝えとけ~》


 その言葉を最後に、アサラムからの魔働念話は切断された。

 脳内が自由になったシェリーは、背中を壁に預ける。魔働念話の受信者も送信者ほどではないにせよ、ある程度の負担を伴う。何度も、しかも長時間魔働念話を使用するのが難しい為、実は便利な術式ではないのだ。

 息を吐き出して、無意識に溜めた力を抜いていく。

 やがて、彼女は先程のアサラムの話を思い出していた。


「……そんなことは、ないわよね」


 想定される事に眉を潜めながら、真っ暗の部屋でクローゼットからガウンを取り出し、それを羽織ってから部屋を後にした。


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