1-1「最終選考」
第一章 騎士登用試験
―――9月12日9時―――
厳しい選考の中で残った八人は、詰め所の屋内訓練場に召集された。
訓練場といっても倉庫のような広さで、中には木箱や樽、鉄棒などが散乱している場所だった。元々ここは組み手や自主訓練場として開放しているところだ。ここと同じような部屋は他にも数多くある。
彼らが召集されたのは、第一個人訓練施設だ。
ゼスがこちらに到着すると、既に他の七人の受験者が横一列に並んでいた。
その片隅には先日、彼と会ったシェリーの姿も見受けられる。彼女も最終選考まで残った実力者のようだった。
彼も直ぐに彼らの横に並ぶと同時に、後ろから試験官達が現れて受験者達の前に立つ。
ここの主任試験監督者は、壮齢の男性騎士だ。
「全員、揃っているな? ではこれより、騎士登用試験の最終選考を開始する」
その言葉を受けて、受験者達はビシッと姿勢を正した。
ゼスは普段通りの姿勢であったが。
「君たち八人は、厳しい選考を乗り越え遂に騎士になる一歩手前まで辿り着いた実力者揃いだ。これまで騎士に必要な様々な素養を見せてもらった。必ずやこの面々でもいつか立派な騎士になれるだろう。さて、最後の選考内容だが―――」
男性騎士は手元にある書類に一旦目を落とすと、溜めの後に続けた。
「トーナメント形式で一対一の対抗試合をしてもらう」
一部の受験生達がギョッとした表情でざわめくが、試験官がいる手前長くは続かない。
そのざわめきが静まり始めた頃を見計らったように、凛とした美しい声が発せられる。他でもない、シェリーの声である。
「あの、それはつまり、ここに居る八人で騎士としての実力の優劣を決める、という事ですか?」
「その通りだ。君たち八人は騎士として必要な戦闘力、知恵、勇気、忠誠心、そして覚悟を兼ね備えていると言っても良い。だが、その総合力で誰が優っているのか、今後の配属先を決める上で重要なファクターとなる。それで、こういった趣向を行わせてもらうというわけだ。無論、順位を決めさせてもらうし、一回戦で負ければ落ちることもあり得る。各人、気を引き締めて事に臨むように」
「はっ!」
全員胸に手を当て敬礼をする。ゼスもそれに倣った。
ここが一番の正念場だと、彼は考えた。
今までの選考で認められた実力者との直接対決。当然、一筋縄ではいかないだろう。一定のレベルでの対決は戦闘と呼ばれ、拮抗することは分かる。そして一瞬の油断が敗北に繋がる。一回戦で負ければそこで騎士になれる道は途絶え、今までの苦労が水泡に帰す。勝利するためには、試験官の言葉通り総合力がいかに相手より優るかによる。
正直言って面倒くさい事この上ないことだ、とゼスは内心愚痴ったのだった。それを臆面にも出さない。
受験生の返事により、試験官は満足そうによろしい、と頷いた。
「では、早速第一回戦を始めさせてもらうが、質問はあるかね?」
試験官の言葉に、ゼスが手をあげる。
「ここが試験会場と判断するが、ここにある備品を含め、全て我々の自由に扱って構わないだろうか?」
「ふむ……君は確か、ゼスと言ったか。第二選考で櫓を利用して敵を一網打尽にしたという。それで、対戦中にここにある備品を扱って良いか、ということだな?」
「はい」
試験官は考え事をするために、顎に手を添える。そして直ぐに結論を出した。
「……うむ、構わん。今回は受験生達の総合力を見るテストだからな。ここにあるものは、自由に使ってくれたまえ」
「……了解した」
そう言ってゼスは一歩下がって姿勢を整える。
内心、彼はほくそ笑みたい気分になっていた。
備品を自由に扱っていいということは、戦闘の最中に破壊されても文句はない、ということだ。自分の持つ大剣を思う存分振うことができそうだ、と感じていた。
他に質問者がいないために、試験官は先に進める。
「ではこれより第一回戦第一試合を始める。呼ばれた者は武装し、中央に来るように。―――シェリー・アイオライト=ブランシェ、並びにゼス」
その発言で、ゼスは僅かに驚愕した。
一回戦は必ず勝たなければならないところで、まさか女性のシェリーが相手だとは露とも思っていなかったからだ。
女性相手では力の差は歴然だ。もしかしたら、本気を出すまでもなく勝てるのではないか、と。だが、騎士になりたいと嬉しそうに語った彼女の純粋な願いを潰して良いものか、とも彼は思った。
「ゼス、どうした? 早く前に出ないか」
「……は」
試験官に促され、ゼスが苦い顔で部屋の中央に向かって歩きだす。既にシェリーは中央に立って待っていた。
向かい合う男女。その中央に試験官が立つ。
「ルールは無制限の模擬戦闘だ。基本的に自由ではあるが、騎士になろうとするなら騎士にあるまじき行為は慎むようにせよ。試合の判定は試験官が担当する。判定があるまで気を抜かないように」
「はっ!」
「……了解」
試験官が説明を終え、踵を返して壁際まで歩き去る。
その間に、シェリーがゼスに向かって話しかけてきた。
「先日以来ね、ゼスさん。まさかここで戦うことになるなんて思わなかったわ」
「……そうだな」
ゼスは素っ気ない返事をする。
全く気にせず、シェリーは話を続けた。
「どうやらあの時の“一緒に騎士になろう”という言葉は果たせそうにないのが残念だわ……。きっとこの戦闘で全てを左右すると言っても過言ではないわけだし」
「……それにしては緊張した面持ちではないな?」
「当然よ。この試合、勝つのは私で、騎士になれるもの」
それを臆面もなく微笑んで言える彼女の表情は、実力に確信を持っている表れなのか。
それは、男性と戦ったことがある経験から言えることなのか、とゼスは内心指摘をした。
「随分大きく出たな……。既に俺に勝つ気があるってことか」
その言葉に、シェリーはふふん、と自信ありげな笑みを浮かべた。
「勝つ気があるのではなくて、勝つのよ。勿論、この勝負の勝敗がどうなろうと二人とも騎士になれるのならそれに越したことはないけれど、私は絶対に騎士になるのよ。だから、負けるわけにはいかない」
そして彼女は少なくとも、と続け、
「私を普通の女性として甘く見ている貴方相手に、負ける保証なんてないから、勝てるわ」
彼女はゼスの雰囲気が、戦士としての闘志が感じられないと見抜いていたのだろう。明らかな挑発を仕掛けて焚きつけようとしている。
だが、それに乗せられるゼスではない。
戦士が負ける時は、怒りに我を忘れた人間になった時だ。
「フ……。まるで先日の雰囲気とは違うな。騎士になる覚悟を持っているだけの事はある。それなりに敵に対する情けというのを持ち合わせていないと見える」
「あら、幻滅したのかしら? よほどお淑やかなレディと見えたのかしらね?」
「いいや、むしろ感心したところだ。直接武器を持って戦う女騎士など見かけなかったからな。君がこの場に居るのは半信半疑だったが、成程、事実だったらしい」
ニヤリと笑みを浮かべたゼスは右腕のコートの袖を一回捲りあげる。彼が戦う時の癖だ。
「俺も当然負けることができない戦いだな。最初からやる気がなければ、元々騎士になるためにここまで来ることなど有り得んだろう?」
直後、彼から噴き出す闘志にシェリーは驚いて一歩身を引いたが、直ぐに立て直して剣の柄に手をかける。
彼女のソレは名のある鍛冶職人の力作であるのか、手触りの良いこしらえと時折見せる刃は、細身ながら切れ味が鋭い形状をした片手剣である。
「それが貴方の力ね。ここまで来た実力のほどを、是非見せてもらうわよ!」
遂に彼女の剣が引き抜かれ、臨戦態勢へと入る。
それが準備完了の合図となったのか、試験官が抑揚あって「では」と発して、
「試合開始!」
と宣言した。
しかし、開始の宣言があったにも関わらず、両者は全く動かずに睨み合いを続けていた。
ゼスは徒手空拳のままで、左手を伸ばす。
「……どうした? 早くかかってこい。どこからでも相手になる」
挑発して誘うゼスだが、シェリーは全く動かない。
彼女はゼスを、正確には彼が背負う大きな袋に視線を向けていた。
「……ねぇ、貴方。自分の得物は抜かないつもりなのかしら?」
「得物? なんのことだ」
ゼスはこれでもか、という程に眉を吊り上げる。
だが、それはシェリーにとって癇にさわったらしい。
「とぼけないで。聞いた話だと、貴方はこれまでの考査で大型の剣を使って来たらしいじゃない。貴方の背負うその袋の中身が得物じゃないのかしら?」
「ああ……これか。確かにこれは俺の得物だ。だが、こいつはデカイから重さも半端なくてな。一度振うと加減が効かない。下手をすれば、当たり所が悪く命を奪ってしまうかもしれん」
肩を竦めてやれやれだ、と見せる。
シェリーはその途端肩を僅かに振わせたが、誰もそんな機微には気づかなかった。
「……それはつまり……その武器は抜かずに、私相手に素手で戦う気なのね」
彼女の今までの凛とした声音はなりを潜め、暗いものへと変わっていた。
ゼスは構わずに続ける。
「何、俺は格闘術の心得もあるつもりだ。拳一つでも十分戦えるぐらいだ。心配はない、本気は出すしこの剣なしでも―――」
瞬間、ゼスの言葉を遮るように風が吹き荒れた。同時に、何かが彼の面前を通った。
それが剣の切っ先だということを瞬間的に彼は理解し、微動だにしない。はらりっ、と前髪がひと房、彼の鼻を掠めて落ちた。
「―――まさか一瞬で距離を詰めて剣を振い、しかも後退することができるとは」
ゼスの目の前に居るシェリーは半分ほど距離を詰めた位置に立っており、端正で上品な顔立ちからは、凛々しい瞳が彼をじっと見つめている。その剣の切っ先も、彼を捉えている。
「まだ分からないのかしら。私をただの女だと思って甘く見ていたら……死ぬわよ」
まるで剣を抜かないことは不敬であるかのように、彼女の声には怒りの色が含まれていた。
「剣を抜きなさい、ゼスさん。敵に剣を抜かずに敗れるなんて、騎士の誇りを汚すようなものよ。私はその愚行を断じて許すことができないわ」
「……それはすまなかった。出すぎたマネだったな」
そう言ってゼスは、今度こそ背負っている袋から伸びる柄に手をかけた。
「ならば、この剣の重さを存分に味わってもらおうか」
僅かに手を捻ることで袋の縄が解き、その全貌を露わにした。
彼の手に握られているのは、異形の大剣だった。身の丈ほどもある重剣で、刀身が真っ黒に染められており、切っ先と刃の二か所に半円状に欠けている箇所がある。だが、そんな形状でも重さを加えた切れ味は抜群のモノだ。それをゼスは片手で振り回せるほどの筋力を備えている。
それが、彼の主な武装で、それだけであらゆる物を切り裂く力を持つ。ゼスは自らの称号を取って「銀狼の牙(仮)」と呼称しているが。
大剣を初めて見るシェリーを含め、受験生達は驚きの眼差しを向けた。
「なんだあれは……。形は歪だが、どこの名匠が作り上げた剣だ?」
「あれを一振りだけでも、壁すら壊せるぞ」
流石は騎士を目指して最終選考まで残っただけはある受験生達。ゼスの剣から放つ威圧感を感じ取り、その威力を予想できたようだった。
そして、それはシェリーも同感だ。
ゼスの闘志、改め殺気はその剣を露わにしてから明確に感じ取れるようになっていた。並みの戦士なら、目にするだけで戦意を削がれ、腰を抜かすほどの強力なものだ。
だが彼女はそれで戦う気が失せるほど、腑抜けなつもりは毛頭ない。むしろ、これからの闘いに気分が高揚するぐらいだったのだろう。
意味ありげな笑みを浮かべ、真っ直ぐに見つめ返す。
「これで、本気の貴方を知れるわね。さぁ、かかってきなさい。それで負けたとしても、後悔はないわ!」
持っている剣は肩を上げて肘を引き絞り、切っ先を向けて振う準備をするシェリー。表情に一人の戦士としての顔が浮かんでいる。
それを見たゼスは、肩に担いでいる大剣の柄を両手で掴んだ。
「行くぞ……。止めきれないから、そのつもりで防げ……!」
ゼスが駆け出し、大剣を持ち上げる。大剣の刃は、面前に居るシェリーを噛み砕こうと牙を剥いた。
対するシェリーは僅かに剣を下し。
「防ぐつもりは無いわ。―――当たらなければ、意味がないもの」
大剣の牙が到達する前に、彼女はかき消えた。
「―――っ!」
次の瞬間には、シェリーの剣がゼスの真横から振り下ろされていた。
:シェリーは剣「ブランドソード」を手に入れた。
ゼスの先制攻撃! シェリーに「スマッシュインパクト」! しかしかわされてしまった!