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3-10「宿屋」

 それから数時間かけて、四人は明日の護送に関する段取りを話し合っていく。

 荷馬車の走行ルートの選択、同行者の詳細、ゼス達の方針、襲撃された際の対応や注意などを深く話し合う。

 全てが話し終わった時には、町長宅の窓から橙色の光が差し込んできた頃合いだった。

 有難うございました、と席を立つシェリーが荷物を手に持った。


「早速、今から準備しますので搬送物を用意してもらっても良いですか?」

「おぉ、それには及ばんぞ。搬送物と荷馬車などの準備は全てこちらがしておくから、お前さん達は宿屋でお休みになってくだされ」

「え? そ、そういうわけには―――」


 シェリーが困惑の表情で慌てて首を振った。

 町長をフォローするように、夫人も口をそろえる。


「貴方達は昨日からの長旅で疲れているでしょうに。それに、ハードな仕事を押しつけてしまうこちらの身としては、お二人にはぜひ万全の態勢で臨んでもらいたい、というのもありますから」

「ん、まぁその通りだな」


 ゼスも夫人の言葉に至極納得していた。

 特にシェリーは人生初めて野宿した身として、かなり披露している筈だ。馴れていかないといけないが、初めての時はどうしようもない。

 シェリーは自らを納得させようと言い聞かせるように、鷹揚に答えた。


「―――ん……判りました。ここはお言葉に甘えさせて、今日はお世話になります」

「うむ、そうと決まれば早速準備をせねばの。わしは明日の用意をして来るから、お前さんは宿屋の手配を頼むぞ」

「はい。さぁ、皆さん。宿屋へと案内しますね」


 町長夫人に促され、二人は席を立って町長に挨拶を交わしてから、彼女の後に続く。

 町長宅を後にし、宿屋に寄る前に馬を馬小屋に連れて行き、そこに預けた後で二人は手分けして手荷物を持つ。再び町長夫人と合流し、馬小屋の向かいにある宿屋へと直行する。

 既に辺りは夕日で橙色に染まり、鉱員達も終業となって、酒場に集まっている光景もある。

 辿りついた宿屋に町長夫人が、気軽な感じで両開きの扉を開ける。彼女は宿屋の人間とは面識がある―――町長の奥さんなのだから当然―――ようだ。

 宿屋に入ると一階のロビーと共に、二人の夫婦が受付前に立ち話をしていた。夫人の後に続いてゼス達が中に入った時に、夫婦が振り返る。


「おぉ、奥さん。御機嫌よう。今日は集会の日だったっけ?」


 中年の男性が町長夫人を認めるや、首を傾げる。


「いいえ。実は今日は鉱物輸送の護衛をする為に到着された、二人の騎士様を連れて参りましたの」

「あら、そうだったのですか。ようこそ、『魁椋亭』へ。騎士様は、男女の二人組?」

「ええその通りよ。二人には別々の部屋を用意してくれる?」


 判りました、と宿屋の女将はカウンターから離れて、二階の部屋へと向かう。

 彼女を見届けてから、宿屋の主人は騎士の二人に視線を向ける。浮かべた表情は町長と同じく意外そうなものだ。


「この人たちが、鉱物を護送してくれる騎士達? ずいぶん若いねぇ」

「ええ、うちの主人も大層驚いていたけれど、人は見かけにはよらないということを実感させられたの。まぁ、話してみれば解りますよ」


 町長夫人が変わらぬ笑顔でそう言うと、促すようにゼス達と宿屋主人の間から離れる。

 それをどうぞ話して、という意思表示と受け取ったシェリーが前に進み出た。


「ご紹介にあずかりました、蒼衣の騎士団第十七小隊所属のシェリーです」

「同僚の、ゼスだ。宜しく頼む」


 シェリーの挨拶に合わせて、ゼスも続ける。


「おぉ、これはどうもご丁寧に」

「今晩は明日の護送の為に、町長さんの推薦も相まってここまでの疲れを癒やさせてもらおうと、一泊しに参った次第です」

「成程ねえ。そういう事情なら喜んで歓迎させてもらうよ。ああ、お代に関しては騎士団から諸費用として支給されるから必要ないよ」

「はい、お世話になります」


 一礼するシェリー。

 元々貴族令嬢である彼女は礼儀作法がしっかりしている為、基本的に一挙一動が実に優雅そのものだ。それに加えて輝く白銀の軽鎧と映える蒼い衣、そして艶やかな黒髪と整った顔立ちが普通の騎士というよりは美貌の戦乙女に見えて、主人は感嘆の息を漏らす。


「いやぁ、若くて礼儀正しく、しかも美しい騎士がこんな辺鄙な鉱山町に歩いて来てくれるとは恐れ入った。しかも、後ろに居る同僚さんも、良いガタイをしているようだし、これは確かに見かけによらんな」

「最近は魔物も凶暴化してきているというのに、それを怪我もなく来てくれている事も流石は騎士様と言えるの」

「違いねぇ」


 その場に笑いがこぼれたその時、二階に行った女将が帰ってきて部屋の用意が出来たと報せる。

 町長夫人から労いの言葉をかけられて別れの言葉を交わした後、ゼスとシェリーは女将に部屋を案内される。

 道中、女将とも挨拶と自己紹介を交わしながら、歩くとカンカンと金属で出来た建築特有の床音が鳴り響く。二階に上がると廊下が続く。その両端には宿泊部屋の扉が立ち並んでいる。

 二人は、廊下を渡って一番奥の部屋に案内された。


「こちらになります。左がゼス様の、右がシェリー様のお部屋となっております。荷物はそのまま部屋に置く事が出来ますが、貴重品は各々で管理して頂くようお願いします。夕食はお取りになりますか?」

「どうする、ゼス?」

「……食事代も諸費用から出されるのか?」

「諸費用からですと、こちらが決めたお食事しか出せず、お選びになる事ができませんが宜しいですか?」


 女将の答えに、ゼスは即決だった。

 シェリーはというと、金額より食事の内容が気になったらしく、それを質問した。


「基本的にこの鉱山町で珍しい魚介類の定食ではないものになります。鶏肉の串焼きとお野菜、スープとパンなどになっております」

「では、私もそれで」

「畏まりました。食堂は、カウンターの左隣にある階段を少し降りるとございます。営業終了時間二十二時、三十分前がラストオーダーになりますので、早めにお越しください」


 女将の説明に頷く二人。

 他に何かご質問はございますか、と女将が訊ね、二人は特にないと首を振った。

 女将から部屋の鍵を受け取り、ゼスはシェリーの一部の荷物を返す。改めて、彼女の荷物がゼスより多いというのが判る量だ。


「では、ごゆっくりおくつろぎ下さい。何かありましたら、カウンターに居る私どもに何なりとお申し付けくださいませ」

「はい。有難うございます」


 一礼した女将は踵を返して一階へと降りていく。

 シェリーは部屋のドアノブに手をかけて振り返った。


「それじゃあ、また後で。何時頃夕食にするのかしら?」

「……一緒に食うのか?」

「当たり前よ。明日の段取りと配置を決めないといけないし、私達はまだ組んで二週間だから、お互いの事をもっと知るべきだと思うから。で、何時頃が良い?」

「―――。……君の好きにすればいいさ」

「じゃあ、行く時は呼びに行くわね。私、疲れたから少し休むわ。ゼスも、疲れたら休んでいていいわよ、起こしてあげるわ」

「結構だ。そちらこそ寝過ぎてラストオーダーぎりぎりは止めてくれよな」


 ゼスの軽口に、シェリーの視線が鋭くなる。


「そんなことしないわよ!」


 彼女の声を背に、ゼスは口元を歪めて何も言わずに部屋の中へ入っていった。

 残されたシェリーは未だにあの忌々しい背中を不意打ちぎみで今度蹴ってやろうか、と語るような視線で閉じたドアを睨みつけていた。




***




 部屋に入って扉を閉め、甲冑を脱ぎ捨てたゼスは窓際に寄って、置いてあった椅子に腰かけた。

 背もたれに深く腰掛けて、ゼスは暗くなった窓の外を見る。窓には部屋の逆光で自分の顔が映っている。

 その表情は、心なしか一瞬疲れ果てたように見えた。


 ……知られては、いないはずだよな。


 今朝彼が寝ていた時の事だ。

 シェリーが言うには、暴れ出しそうな勢いで寝言を呟きながらうなされていた。あの時どこまで呟いたかは、彼女の話でそこまで核心に迫った言葉を言っていない様だった。

 正直、夢の内容を連想させる事はどうしても避けたい。それで彼女が自分を判った気でいさせるのも癪に障る。


 そして、二週間も共に行動して理解した。それは彼女とは決して考え方が合わない事と、きっとそりが合う事がない事。

 彼女の考え方と行動は所詮は理想論。理解できないし、聞いているだけでも非常に腹が立つのだ。きっと彼から仲良くなるなんて事態は考えられない事である。それでも同僚として組んでいられるのは、シェリー自身のひたむきな行動力、自身と理解し合おうという態度故か。

 確かに彼女には自分が持っていない部分がある。

 他人の感情の機微を察知でき、それを理解して有利な交渉をする術。淑やかな演技は全く違和感なく、人を和やかにさせる。対人関係が苦手なゼスにとっては、この上ない貴重な存在だ。また、魔働術も扱える彼女は、物理攻撃が効かない敵に対しても有効だ。剣技の腕も決して見劣りするものでもなく、恐らくは立派な相棒と言えるかもしれない。

 しかし、そこに信頼関係が生まれているかと言えばそうではない。実際相容れない関係、思想だ。同じ話題で盛り上がる事も無い、考え方に相違がある、そもそも貴族を嫌う彼は、シェリーをあまり気に入ってはいなかった。


 そもそも、女性が男性に匹敵する強さを持つ、ということ自体が信じられない。その証拠に、男性の方が女性より遥かに腕力がある。シェリーは速度で補っているようだが、それでゼスのような男性に勝てるかどうかは、怪しいものだった。

 彼女の決定に乗り気ではない状況に、なんとか宥めて修正させたり、渋々付き合う羽目になったことも何度かある。


 今は露骨に自らの心中をシェリーに伝えてはいないが、彼女の考えに合わせるのも非常に疲れてしまう。

 拒絶したい事を無理やり我慢して、馴染もうとするその異物感を受け入れるのは、反動が大きすぎる。

 これからもそれが続く事になると思うと、心底溜め息を吐きたくなった。


「―――考えるだけでは仕方がない。とりあえず、風呂に行ってサッパリ洗い流すか」


 ゼスは椅子から立ち上がり、荷物から着替え一式を取り出す。そして、相変わらず大剣は手放せないと背中に背負うと部屋の扉を開ける。

 そこで、不意に立ち止まった。


 ……風呂、この宿にあるのか? 宿屋の主人に聞いてみるかな。


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