3-9「鉱山町」
あれから、数時間後。
替えの衣服から軽鎧へと着替えたシェリーと方角を確認したゼスは、イザーク森林を越えた。
それと同等の広さを誇るサイアット荒野は高低差がある渓谷地帯だった。道中は突如として突風が吹き荒れたり、大型の鳥類魔物が急襲して来たり、とにかく今までの中では多くの疲労を被るような地区だった。
そして、多くの荒れた道を乗り越えた二人は、目的地である鉱山町タルテルドへと到着する。
―――11月29日15時51分
鉱山町タルテルド入口―――
「はぁ~~。やっと着いたわねぇ……」
「俺にとっては馴れた事だがな」
初めての長旅に心身ともに体力が吸い取られた娘と、六十ケアオリュもの道すら短いとばかりにピンピンしている青年。
タルテルドは炭坑や鉱山に囲まれ、煙突のある家が数多く並ぶ。基本的に油臭い町だが、岸壁に張り憑いている建物の屋上に金属板を貼り、町の通路として活用させており多重構造となっている為だ。これにより、谷間の中にある狭いスペースでも、コンパクトに確保し十分に動き回ることができる。また、宿屋や酒場もあり生活感が溢れている。奥にある入り口は炭坑があり、鉱夫が詰めているようだ。
町を見下ろす形で見回す二人は張り詰めた緊張から、リラックスに身体を伸ばす。
「さて、まずは依頼人に接触することね。どこで待っているんだっけ?」
シェリーの言葉に、懐から一枚の紙を取り出すゼス。任務の詳細を記した書類だ。
「この町の町長のようだな。彼の自宅に行くのがいいだろうな」
「じゃあ、先ずはそこね。行きましょう」
馬の手綱を引き、坂道を降りて行く二人。途中で土を踏む音を発する地面から独特の金属音を発する金属板へと感触が変わっていく。
町中に降りると、安全メットを被った鉱夫達が鉱物を運びながら飛び交っている姿が多く見られた。また、見かけられたのは彼らだけでは無く、道具屋で生計をたてる青年や、仕事中の夫に弁当箱を持って行く女達、そして、冒険者と思しき者も見かけられた。
彼らはゼス達が騎士である事を認めると、羨望であったり、刺々しかったり、そんな眼差しを向けた。特に冒険者にとっては、騎士は厳格で法の象徴であるため、あまり友好的な印象がない。
途中で見かけた宿屋は比較的大きく、ここが一瞬町長宅だと思ったほどだ。だが、扉が両開きだった事や、人の出入りが激しい事からもその予想は外れている。
二人は近くの町の人間に町長宅の所在を訊ね、案内された場所に辿りついた。
「ごめんください。聖都から参りました、蒼衣の騎士団の者です」
シェリーが扉にノックして呼びかける。直ぐに中から反応があり、扉が開かれる。
現れたのは、壮年の女性だった。恐らく町長の奥さんなのだろう。
「お待ちしておりました。さぁ、どうぞ中へ。主人が、仕事の話はそちらでとのこと」
「はい。失礼します」
シェリーが一声かけ、ゼスも軽く一礼して後に続く。
中に入り、廊下を進むとリビングに出た。中央に広いテーブルに四方を囲んだ長椅子がある。普通の生活で使うほかに、来客があった場合に対応する席として機能しているようだ。
そこに座っている町長は七十代になったばかりの男性だ。鉱山の経営を一手に担っている。
「おぉ、よくいらっしゃったの。君達が……?」
「はい。聖都から参りました。蒼衣の騎士団第十七小隊所属のシェリーです。こちらが、同じ部隊のゼス」
「よろしく」
シェリーに紹介され、ゼスが簡単に挨拶を済ますと、町長は椅子から立ち上がる。
「ワザワザご足労かけてスマンかったのぉ。わしがこの鉱山町の町長じゃ。伝書鳩での連絡があったのは昨日じゃったが早かったの? 徒歩での道中大丈夫じゃったか?」
「ええ。お待たせしてはいけないと、予定より早めに到着した次第です。道中なんの問題もなくこうして参上しました」
「やや、若いのに大した心がけじゃ。無理をせずとも急いで来る事もなかったのにのぉ。ま、立ち話もなんじゃ、今お茶を出すから座りたまえ」
町長に促されシェリー達は、失礼しますと長椅子に腰かける。
町長夫人が二人の前にお茶を置いて行き、それを切っ掛けに町長が話を始める。
「重ねて騎士の諸君にはこのような遠いところまで足労かけてくれた事を労おう。しかし、ふむ―――」
お茶を口に付けるシェリーと全く手をつけないゼスの二人の表情を窺うように、じっと見つめる町長。
それに反応したのはシェリーで、彼女は何事かと首を傾げる。
「あの……なにか?」
「あぁ、いやスマンの。若いのが来ると聞いていたが、ここまでの若者が来るとは思わなんじゃ。特に黒髪の娘さん―――シェリーさんだったかの? まだ十代ではないかね?」
「ええ、十七歳です。確かにまだまだ若すぎる未熟者ではありますが、今回の依頼は精一杯臨む所存です」
黒髪の騎士は淑やかに微笑んで見せる。
シェリーの普段は、貴族の令嬢の振る舞いそのままに、騎士として大きく歩み寄る気持ちで接する。彼女の本性は今と似ても似つかない口調だが、それは一度その姿を見ているゼスだけが知っている。
町長は大いに感心した様子を見せた。
「いやいや、その歳で騎士とは大したもんじゃよ。徒歩でここまで来たのも実力のうちじゃ。そんなに卑下せんでもよい」
恐れ入ります、と黒髪を見せるように頭を下げるシェリー。
町長は頷き、続いてゼスへと目を向ける。
「そこのゼス殿も、実に良い体格をしておる。さぞかし、多くの仕事を経験していると見える」
「……昔から傭兵だからだな。それから騎士へと転向することになったわけだが」
「なんと。傭兵から騎士に取り入ってもらったのか。さぞかし高い能力をもっておるのじゃな」
ゼスの答えに、大きく驚く町長。
傭兵を経験した人間は、並大抵では騎士になれない。何故なら傭兵で一度戦場などを経験してしまうと、戦の思想が完全に固定化されてしまうからだ。常に厳格と法を順守する騎士としては、純粋な思想を持つ者を一から叩きこみたいのが理想だ。傭兵の思想が騎士の思想と相容れるとは必ずしも限らない。
そういう意味で、ゼスがそれに囚われない大きな実力を持っている事を理解した町長が驚くのも無理は無かった。
「成程。だとするとじゃ……年齢的にもゼス殿がシェリー殿より上のようじゃから、彼が世話係ということで付き添っているのじゃな?」
「っ……ごほっ、ごほっ!」
シェリーが飲んでいたお茶をむせる。
「おや、違ったのかの?」
「え、ええ……。彼とは、同僚です」
なるほどのぉ、と町長はいたく納得した様子だった。
口元を僅かに汚したシェリーは町長夫人からナプキンを貰い、両手で拭っていく。
横目で一瞥したゼスは、僅かに口元を緩ませて、
「ふっ……、お世話係とは言い得て妙な。確かに、手のかかる子供で―――」
ギロっ、と睨みつけられたシェリーに呟いた口を閉ざした。
町長は何かを納得するように頷き続け、二人を交互に見定める。
「しかし、たった二人だけの騎士じゃが、どちらも期待できそうじゃな。傍から見れば仲の良い男女二人じゃし……。もしかして、職場内恋愛という奴かの?」
「ごほっごほっごほっ!?」
シェリーが今度は盛大に咽た。あまりの衝撃に呼吸が止まり、お茶が詰まってしまったからだ。
これには町長も意外とばかりに、表情が驚きに満ちた。
「おや、違ったかの?」
「ち、違いますよ! 彼は確かに同じ職場の同僚ですが、それ以上の関係ではないです。あ、あまり仲は良くないです、ええ」
そうかのぉ、と町長は納得いっていない顔をしているが、シェリーは渋い顔をするしかなかった。
「そうだな。俺にとって彼女はただの乱暴なだけの―――っ!?」
恋人説を失笑に伏そうとして口にしようとしたゼスは、シェリーの鋭い踵で足を踏まれた。
そこへ、三人を窘めるように、町長夫人が席に腰掛ける。
「こらこらお前さん。あんまり若い人たちをからかっちゃダメですよ。そろそろ本題に入ってはどうです?」
「おお、そうじゃったなスマンスマン。早速仕事の詳細を説明しても良いかね?」
苦笑しながら町長はお茶を啜る。
顔を強張らせたゼスを余所に、シェリーも苦笑しながらそれに応じた。
「え、ええ。お願いします」
「うむ。知っての通り、今回騎士団に依頼したのは『鉱物を聖都まで輸送護衛』じゃ。普段は冒険者達に頼んで護衛してもらうのじゃが、最近魔物が凶暴化しているのも含めて、山賊が鉱物を狙って襲撃する事も多くなってきての。冒険者だけでは間に合わんのじゃ」
「奪った鉱物は裏ルートで高く転売されるとか?」
「うむ、その通り。無論、その資金はわしらには渡らぬから、奪われたと言っても良い。そうなれば多大な損失を生みだすんじゃ。これが長く続けば、鉱員達の生活も立ち行かなくなるじゃろう」
「同時に、鉱物の発掘意欲が無くなり、仕事にもならなくなる可能性もある。そういうことですね……?」
その通りじゃ、と町長はシェリーの問いに肯定する。
彼の真横に座る町長夫人が困った顔で補足を加えた。
「これまでも、何度も輸送中に山賊達に襲われて、その何割かは奪われているんです。それが巡り巡って、裏ルートで国外で高く売買されていると聞いた時はショックだったの」
「そうでしたか。心中をお察しします……」
姿勢を正して語気を僅かに下げるシェリー。
町長が話を続けた。
「現れる山賊達はその風貌から警備隊が調査したところ、この地区を根城にしている“山紅猫団”じゃ。チンピラ共が寄ってたかった数多い集団だが、一人の錬度は大したこと無いらしい」
烏合の衆なのだな、とゼスは推測する。
数の多さで圧倒的に優位になり、その数にものを言わせて恫喝する。恐らく、一人の戦闘経験は少ない筈だ。ゼスは勿論、騎士団なら引けを取らないだろう。
「成程。冒険者より、錬度の高い騎士団に護衛依頼をしたというわけだな?」
「ああ、その通りじゃ。お前さんら相手なら、山賊共を追い払えるじゃろう。何より、信用も出来るからな」
「騎士団に依頼する金額は冒険者のソレとは高くなりますが、鉱員たちの生活もかかっていますので……」
町長と夫人の言葉を聞き、シェリーは満足げにうなずく。
「判りました。この依頼を承ります。必ずや、鉱員達の生活を保証致します」
「おぉ、そうか! 有難う、助かるのぉ!」
町長が感激したように、テーブルから身を乗り出してシェリーと握手を交わす。
「いえ……無事に送り届けられるかは判りませんが、最善を尽くさせていただきます」