3-7「夢への切っ掛け」
―――同日21時03分
同僚の、騎士になった動機を聞いてシェリーが考えを巡らそうとした時、間髪入れずにゼスが言を紡いだ。
「むしろ解せないのは俺の方だ」
「……?」
シェリーが首を傾げる。一体何の話であろうか、と。
「君は今後の事も考えず、目に映る苦しむ人をその場で助けようとしたな。それにより負うリスク、その他多くの苦しむ人間を助ける機会が失われる事になろうとも。それどころか君は、全ての人を救う、それが騎士の理念であると言う。何故、君にその気持ちを抱かせた? 君を突き動かすものは何だ?」
彼は問う、汝は何故騎士を目指した、と。
一国の大貴族である令嬢が、その豪勢で優雅な道を棄ててまで、武の道を志したのは一体何が原因か。ゼスの実力に迫る、女性としては秀逸した実力を持ち、その動力源はどこからきているのか。
それは、ゼスがシェリーの立場を知ってからの疑問だった。
聖王国―――否、どの国でも選民意識の強い貴族というのは数多くいた。自らの地位を誇りに思い、下流の民を見下す傾向にある、というのをゼスは感じていた。下流の民でもある彼自身も、その事を直に経験して貴族の事は嫌悪感を抱いている。
だが、貴族令嬢だと言うシェリーはどうだろうか。貴族特有の選民意識も無ければ、下流の民も含めて全ての人間を救いたいが為に、騎士になったという。お人よしだから、の一言で済まされる性格だが、彼女の行動理念はそれ以上だと感じている。貴族らしからぬ言動は、何か理由がある筈だ、と。
彼女が何故騎士になったか、そう訊ねた時は確かに良い機会だな、とゼスはこれまでの疑問を投げかけた。
「私が、騎士になった理由、全ての人を救いたいと願う事になった原因、ね……」
シェリーが目を細め、その声音からまるで懐かしい過去を思い出すような、郷愁の気持ちを感じさせた。
「ま、私だけ応えてもらっては不公平だもの。ただ、その為には切っ掛けを話さないといけないわね―――」
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―――今から九年ほど前。私、シェリー・アイオライト=ブランシェが当時八歳の出来事よ。
当時聖王国は、帝国と連邦の二大国家による衝突の激しさに少しずつ巻き込まれつつあった時代。
私はそれまでは、聖王国に仕える大貴族アイオライト家の娘として、普通に暮らしていたわ。普通に嗜みの範囲で剣の扱いを習っていたし、貴族らしい行事もこなし始めた年齢だった。
ある日、二大国家を含めた各国との首脳会談が聖王国で開かれたの。その夜には饗宴の場も設けられていたわ。
その当時、聖王国は外交として各国とのコネクションを維持し、広げる事が目的で集めたのよ。私から見れば、“元老院会”の貴族達で必死に媚びている思えたわね。大国に狙われない為にも、仕方のない事だとは思うけれど。
私は父上と母上と共に宴に参列する事になった。正直に言えば、あの時ほど緊張した事は無かったわ。なにせ外国の権力者が一堂に会する場だったんですもの。粗相がないように振る舞うのが精一杯だったわ。
そんな華やかな宴に、それは起こった……。
蒼衣の騎士団所属のある一人の高名な騎士が自らの小隊を伴ってクーデターを起こしたのは。
動機は単純なものだったわ。相次ぐ貴族腐敗とおざなりにされる下流の都民達、そして各国にみっともなく媚びる聖王国を憂いての事だった。
その場は流血と悲鳴の場にとって変わられた。前国家元首である国王陛下が殺され、首脳達も怪我を負った。彼らの傍には信を置く騎士が控えていたけれど、首謀者は前々から年密な計画を立てていたのか、僅かな一瞬だけ足止めをされて、事態を防ぐ事が出来なかった。
影響は参列した参加者にもおよび、私の母上も斬られて亡くなった。羨望の的であるはずの蒼い衣の騎士がその剣を振り上げて、傍に居た私も母上と同じ道を行く寸前だったわ。
―――その瞬間、迫りくる剣を、紅い色を基調とした制服の上に、漆黒の鎧を着こなした男性が遮って、私を助けてくれたの。彼は帝国の人間で、その国の君主に仕える騎士だった。漆黒の鎧なのに、逆に綺麗な銀の髪が映える、物凄く強くて輝くような騎士よ。
彼は反乱の騎士をその圧倒的な剣技で返り討ちにして、駆けつけた各国の騎士達と共に瞬く間に一個小隊もの反乱を鎮圧した。
静けさを取り戻した会場で、冷たくなった母上をその銀髪の紅い騎士は律儀に弔ってくれたわ。
その時、私は思わず問うたの。
“「どうして主に仕える騎士が、外国の人間まで守ろうとしたの?」”―――って。
彼、なんて言ったと思う?
―――“「それも騎士だからだ」”
たったその一言で説明したのよ。単純すぎて、今にして思えば笑いそうになる言葉だった。
でもあの時、私にとって衝撃的な言葉だったのよ。彼が考える騎士は、君主に忠義を誓い、その力と心の強さで国と人を護る存在だ、って。
母上を喪った悲しみも相まって、私は死んだ首謀者の騎士と、母上の様な存在を生みださない、国と人を護れるあの人のような騎士になろうって決めたの。
その頃から、ただの趣味だった剣の稽古に没頭し始めて、魔働術にも力を入れて着々と魔力を制御するようになったわ。大きくなった時は騎士に入れる実力と自信も手に入れて、父上に直談判すらしたわ。
これが、私が騎士になった経緯よ―――。
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過去の出来事を話し終えたシェリーは一端息を整えた。
「ちなみに、あの一件で帝国と聖王国は一時期冷戦状態に陥ったわ。他国の宴で国家元首が死にかけたんですもの、報復として武装蜂起しようとするのは無理ないわ。主権を受け継いだ女王陛下の気苦労は絶えなかった事でしょうね」
結果的に聖王国と帝国が衝突する事は回避されたものの、それまでどのような和平交渉がなされたか、現在は床に伏せっているヴィレア女王だけが知る。
その話に、ゼスはさらなる疑問を投げかけた。
「話は判った。だが、君の会ったという銀髪の騎士というのは何者だ?」
「話した通り、帝国に仕える騎士よ。皇帝からも結構信を置く実力派みたいだったわ。外見は……そう、ゼスみたいな立派な銀色の髪だったわ。と言っても、彼の髪はまるで絹のように長かったけれど。だから、ゼスを初めて見た時は、あの人の髪に似た人だ、って思ってつい気になったのよね」
「……その男はどうなった? 他に何かなかったか?」
「う~ん、何分幼かったし、母上を喪った直後だったから髪しか印象に残っていないわ。あの後直ぐに避難する君主の後を追ったから、名前を訊く暇も無かったし……」
今はどうなっているのかしら、と呟くシェリー。
そして、短い銀髪の青年は、自らの髪に触れて無造作に弄っていた。
「……」
彼は、シェリーの過去を聞いて深い思案に暮れていたが。
―――いや、不確定要素だな。今はよそう。
「どうしたの? 急に黙りこんで」
「気にするな。しかし、そうか……。君は母親を喪ったのだな」
「ええ……。良い母上だったわ。それが私の将来を決定付けたのは、皮肉としか言い様がないけれど」
シェリーは哀愁を帯びた表情を露わにして、目を向けた天の先に居る女神の元へと逝った母親に祈りを捧げる。
「―――これが、私の騎士になった理由の全てよ。判ってくれたかしら?」
「ああ……」
その後に一拍おいてから。
「まるで夢見る乙女らしい理由だったので、驚い―――ッ!?」
シェリーから割った木の実が放物線を描いて飛んできて、ゼスの股間へと正確に直撃した。
奥からフン、という息が聞こえた。
「……な、なにを―――」
「アンタがそんな感想を言うと、何かバカにされたように感じるのよね」
「別にバカにしたつもりはないがな……」
「ああそう。ということは素で言ったわけね。ま、それならまだ許せるけれど、今のは少しは自重しなさい、というメッセージよ」
「???」
言っている意味が判らない、とゼスはひたすら首を傾げるしかなかった。