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3-4「イザーク森林川での一幕」

 Side:S―――同日16時23分

 聖都から二十五ケアオリュのイザーク森林。




 近くに塔でも建てれば、頂上から見ても一面に広がるこの原生林群はふとしたきっかけで迷いやすい。

 太陽も木々で遮られる為、方向感覚が狂わされ、地図を持ってしても簡単に自分の位置を見失う。

 実際、初めての森の中で地図を持っていたシェリーが首を傾げながら歩いていた。


「うぅ~ん……。これ、方角はこっちであっているのかしら?」


 地図を回転して、どちらが正しい方角なのか測りかねているようだ。

 そんな物に頼らず、ただ一つの樹にナイフを傷を付けて来るゼスは息を吐きながら、シェリーの傍を通り越した。


「地図から見たところ、鉱山町への方角は森の入口からは南東だ。このまま真っ直ぐに向かうぞ」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんで地図をあまり見ていないのに解るのよ?」


 シェリーが慌てて制止の声をかける。

 足を止め、振り返るゼスの表情は面倒な事だ、と言いたげに苦いものだった。


「あれだ」


 ただその一言だけを告げて、先程自分が傷をつけた樹へと指をさす。

 促されるままにその樹へと顔を向けたシェリーは首を傾げていた。


「結構目立つように刻んだわね……。あれがどうかしたの?」

「それだけではない。もっと奥の樹を見ろ」


 指示されるままにシェリーがさらに七オリュ先の樹に眼を向ける。


「あら……? あそこにも、そのまた奥の樹にも同じような傷跡があるわね。しかも、遠目から見てもギリギリ目立つ大きさの」


 傷を付けられた樹は数オリュの間隔で直列していた。三つめの傷が僅かに視えるのだが、それ以後の傷は既に小さくなりすぎて見えなくなってしまっている。

 その列は、多少歪んでいるものの、確かに自分達が歩んできた道の筈だ。


「あれは間違いなく俺が刻んできた。一定の間隔を空けて、その時一番近い樹に傷をつけたからな」

「どういうこと?」

「所謂道標だな。森の入口から傷を付けてきた。その時に、鉱山町の方角に向いて入り、後ろを振り向くと直列になっていると真っ直ぐに歩いていると確認できる」


 迷った時は直ぐに帰れるようにもしているしな、と付け加えた。

 世界中を放浪していたと言う元傭兵は、サバイバルに関して博識なのだろう。

 シェリーは感嘆の声をあげる。


「へぇ、凄いわね。そういうのは学校で習うものなの?」


彼女の問いに、ゼスはいや、と首を振った。


「正直餓鬼だった頃ではないな。独学だ」


そう言って振り返り、再び鉱山町へと足を向ける。


「さて、先に進もう。森は暗くなると視界も悪く、魔物もさらに活発化する。出来るだけ長く進みたい」

「そ、そうね」


 二人は、傷の付いた樹から反対側に歩を進める。

 ゼスが一定の間隔で傷を刻みながら、大森林を突き進んでいく。茂る草や、僅かな獣道を通りながら、ナイフで切り払って進む。

 暫くすると、二人は流れるような水の音を耳にする。

 音の正体へと向かった彼らの目の前には、緩やかに流れる川が現れる。水は透き通るように綺麗であり、浅瀬と判るほど底が見えていた。


「わぁ、水だわ。綺麗だし、気持ち良さそう」と、川を一目見たシェリーは目を輝かせる。

「……ふむ。どうやら腰まで浸かる深さではないようだな。面倒だが、このグリーブを履いたまま対岸に行く事は出来るだろう」


 対岸へはかなりの幅があり、どう考えても一足では跳べない距離だ。金属製の靴であるグリーブのまま水に浸かっても問題は無いのだが、進むには時間もかかり水の抵抗力を直接受けてしまう。

 屈伸をし始めたゼスに対して、シェリーは左右に首を回して、右側へと走り出す。


「ちょっとゼス。多分、そんな面倒な事にはならないと思うわ」

「……? どういうことだ?」

「ほら、あそこに岩があるわ。しかも、丁度対岸へと続いている感じよ」


 見ると、シェリーが指摘する通り、川には丁度足場になるような岩が点在しており、跳んで渡れば対岸へと至る事ができるようだ。

 だが、ゼスの表情は乗り気ではなかった。


「確かに跳べば渡れるようだが……。君は跳んで渡る、という事をやったことがあるのか?」

「何よ、その顔は? これでもアスレチック場で丸太の上から何度か跳んだ事はあるし、それと同じでしょ?」

「……いや、愚問だったな。忘れてくれていい」 


 ゼスは鼻頭を指で押さえながら息を吐き出した後、川の中にある岩の前に立ち、地面を蹴った。

 彼が岩に足を付けた瞬間に足首を捻って進行方向を変え、次々に前の岩へと移っていき、進んでいく。十秒経たずして対岸へと着地した。


「あ、鮮やかなものね……」


 呆けるシェリーをよそに、対岸に居るゼスが振り返って声を上げる。


「どうした、早く来い。日が沈んだら移動が出来なくなるからな」

「わ、分かってるわよ」


 慌てたシェリーが返事をするも、その表情は少し硬い。

 恐る恐る一つ目の岩につま先を付け、まずはその上に乗る。


「よし。丸太と比べると乗れる面積は小さいけど、これなら渡れそうね」


 続いて、離れた岩に跳び移ろうと跳ねる。次の岩に辿りついた時、大きくバランスを崩した。


「っとと!? 岩って傾斜があるから転びやすいのよね。気をつけないと」


 さらに次々に別の岩に跳び移っていくシェリーは、今度はゼスの真似ごとをしようとして直ぐに跳ねる技をしようとする。

 しかし、勢いがありすぎたのか、ある岩に着いた瞬間、足が滑り足場を失う。


「あわわ……わわわわわっ!?」


 重力に逆らえず、シェリーは奇声を発しながら、ばしゃーんという音と共に川へと落下した。



 その様子を対岸から見ていたゼスは溜息を吐きながら、やはりなと肩を竦めて見せた。


「全く……。調子に乗るからな。君の経験した丸太跳びとは違い、岩は傾斜もあって濡れているから滑りやすく、同じ要領ではいかないのにな」


 呟いた後、彼は再び岩へと跳ぶ。



 川底に尻もちをついて、腰まで水に浸かっていたシェリーは落ちた時に全身が濡れてしまい、黒い長髪が気持ち悪く張り付いているのを払う。


「うぅ……。びしょ濡れ……しかも冷たいし、色々動きにくいし。なんで訓練の時みたいに上手くいかなかったのよ……。岩が濡れているなんて聞いてないわ」


 いかにも不満そうな表情で彼女は髪をとかす。


「実地も実践も訓練の様にはいかんということだな。マニュアル思考はそこで辞めにすることだ」


 頭上から降ってきた声にシェリーが顔を上げると、彼女が滑らせた岩の上に悠然と立って見下ろすゼスの姿を捉える。

 睨みつけるような眼で見返した。


「堅い頭と言って、馬鹿にしに来たのかしら。そんな簡単に立っていられて、良い身分よねホント」

「訳の分らん事を言ってないで、手を出せ」


 バランスを保ちながら、ゼスから右手が差し出される。

 その様子に、シェリーは困惑の表情を露わにして、舌が回らなくなる。


「え……!? は、え、あ、う……?」

「遂には元ボクお嬢様の矜持すらも忘れた阿呆な発言か? 良いから何も言わずに手を出せ」


 どういう意味よそれ、と内心怒鳴りながら、シェリーは言われた通りに差し出された手を握った。

 ゼスが一気に肘を引いて彼女を素早く抱き起した。その状態でも、バランスが失われる事無く、勢いもあり過ぎずに岩の上へと留まっている。


「え……え、え、えええええぇ―――――!?」


 川から釣り上げられた魚のように、ゼスが立つ岩の上に足を着いたシェリーが、釣り人の間近な姿に酷く狼狽する。

 顔が僅かに赤いのはきっと彼の暴言に怒りを露わにしただけに違いない。

 掴まれ、と呟くように言われた直後、彼女の身体が宙に浮く。膝の関節に彼の手の感触があり、肩にもう片方の手が付いて身体を支えられている。


―――ちょ、ちょっと……! こ、これってまさか……お、お姫様だっこってやつじゃぁ……!?


 姫を護る騎士が登場する騎士道物語にそのような描写がある事を彼女は覚えている。読んでいた当時は随分憧れたものだが、まさか自分がその被験者になるとは露とも思っていなかった。

 ちょっとした緊張と共に、怒りとはまた別の―――簡単に言えば、されているというのはかなり恥ずかしい。

 騎士道物語では人前で抱っこをされていたのに比べれば幾分マシなのだが、そうでなくてもかなり恥ずかしすぎた。

 シェリーは何かを言おうとしたが、ゼスが岩を蹴って跳んだ為に、口を閉ざす。

 抱きかかえたまま次々と岩へと跳び移っていき、対岸へとたどり着いた。


「降ろすぞ」

「……え、えぇ」


 ゼスの言葉で我に返ったシェリーが濁した答えを返すと、足からゆっくりと降ろしてもらう。改めて彼に向かったものの、引き起こされた時の事を思い出したくない理由から、顔だけは逸らす。


「……あ、ありがとう」


 シェリーの言葉を聞いたゼスは首を傾げる。


「何がだ?」

「だ、だから……! その、なんて言うか。意外と、こ、こういう事だけは、任せても大丈夫そうね! ええ、私も安心するというモノだわ」


 頬が熱いのは恐らく水が冷たくてまだまだ外が熱いからよ、そうに違いないわ、とシェリーは一人納得する。


「それは光栄に思えばいいのか。それは良いが、俺にとっては君の方が安心できんのだがな」


 じっと見下すゼスの姿に、視線を向けるシェリー。


「どういうこと?」

「濡れたままでは風邪をひくだろう。戦士にとって、健康管理は一番大事な要素だしな」

「あ、そうね。うっ、服が張り付いて気持ち悪いわ……」


 対衝撃防刃魔働軽減伸縮仕様の騎士制服が水気を含んでベッタリと、シェリーの身体に張り付いていた。

 彼女の眉が潜められ、張り付いた服を指で掴んで引っ張る。


「ふむ……そうして見ると、膨らんだ風船に空気をさらに入れた感じだな」


 ゼスの呟きを聞いたシェリーが首を傾げながら摘まんだ服を戻すと、彼の視線がどこに向けられているか気がついた。

 水を含み張り付いた騎士服は、彼女の身体の輪郭を明確に表現させている。全体的に細身ながら、女性らしいやわらかな曲線を描く胸部は、よりハッキリと主張していた。

 今度こそシェリーの赤みは頬だけでなく顔面にまで広がった。

 彼女の指が素早く、炎の魔働術式を描く。


「―――こんの……水ごと灰燼と化しなさぁあああああああああああああああああいっ!!」


 彼女の怒声が森林に木霊した直後、火柱が上がったのだった。

 後にゼスは自身の服を見て「あぁ、袖が灰になったな……」とぼやいたという。


:ゼスとシェリーは乾パンと水を美味しくいただきました。

 シェリーは魔働術「フレイムピラー」を唱えた! ゼスはガード! ゼスの服の袖が焼き焦げた。


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