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3-3「都外の旅」


 ―――数時間後、同日11時47分。聖都より六ケアオリュ(=六キロメートル)地点。




 羽根音が五月蠅く響き渡る。その数三十。

 小型とはいえ、人間の顔の大きさを誇る昆虫型魔物(スワームバグ)はその機動力と圧倒的な大群で襲い掛かり、生き血を残さず吸い取ると言われている。旅人にとっては、道中に襲い掛かってくる魔物の中ではランクBに入る危険度として認知している。

 これまで数多くの骸を生み出してきたその昆虫(スワームバグ)は。


 ―――その機動力すら勝る剣技によって、両断されていた。


「はぁっ!」


 襲い掛かる昆虫(スワームバグ)大群に対して、一つの黒とその周囲を細身の剣が舞い踊る。

 蒼い衣の上に、白銀の軽鎧と甲冑を着こなした長い黒髪の少女、シェリーは苦も無く周りの昆虫(スワームバグ)達を一閃に伏していく。彼女の剣技は周囲に幾重もの銀閃が生じ、全く敵を寄せ付けない。その戦法から乱戦に秀でたものであり、大群相手でも退けはとらないと見てとれる。

 周りの敵を払うように切り裂き、隙を狙った攻撃には左手の純白の盾で防ぎきって反撃する。決して無謀に暴れているのではなく、彼女の剣技は鋭い上に鮮麗。

 その様は、まさに嵐そのものだ。常に移動をし続け、決して物理的な物では掻き消えず、周りの物は全て薙ぎ払われる風の如き刃。

 彼女の嵐の様な動きを見れば、態々乱戦に持ち込もうなどという事は早々に出来はしまい。

 羽虫(スワームバグ)の方は僅かに増援が来ているが、数は大分減っている。これらの敵相手ならば、シェリー独りだけでも十分に勝ち取る事はできるだろう。


「―――っ!」


 僅かに顔を上げたシェリーが駆け出す。自身に群がる(スワームバグ)どもを薙ぎ払いながら疾走していく。

 彼女の視線の先には、大型のワームが地面から飛び出してくるところだった。

 その巨体はまさに怪物と形容しても差し支えない。牙が長く、およそ全長の三分の二ぐらいある。狂暴で人間に有害であり、口から猛毒や炎を吐き、長い身体を巻き付けて締め付ける。翼を持つが脚を持たないドラゴンの亜種を指す場合や、ドラゴンの中でも年経た強大なものを指す場合もあるが、このワームはミミズや芋虫の姿を巨大化したもののソレだ。

 それがシェリーにとっては最も脅威と感じたのか、昆虫を剣で払いながら跳ぶように肉薄する。


「ふ――――ぁっ!」


 巨体を相手に素早い斬撃など不毛だと理解しているのか、昆虫(スワームバグ)の大群を抜けた令嬢騎士はワームの懐へと深く踏み込む。

 裂帛(れっぱく)の気合をもって、叩き下ろすような渾身の一撃をその剣で放つ―――!


「―――くっ!?」


 しかし、剣はワームの身体を僅かに斬り裂いただけで、深く切り込む事は不可能と言えた。

 巨体という利点と身体の頑丈さから、細身の剣は深くえぐり取る事が出来ず、鈍い音を立てて動きは止まった。


「浅いっ!」


 シェリーが状況を即座に判断するや、剣を引き抜いて一端距離を取る。

 報復とばかりにワームはその口から毒液を彼女に浴びせかける。


「はっ」


 その毒液にシェリーは飛び跳ねるように回避し続ける。僅かな一滴も浴びることなく、消えるように後退し続ける。

 しかし、後方には未だ生き残っている羽虫(スワームバグ)が大挙して迫りくる。意識をそちらに向けざるを得ないシェリーは、振り返った際に不意に気付いたように視線が敵から逸れた。

 彼女は羽虫(スワームバグ)群の奥に悠然と突っ立っている、銀髪をした長身の青年を視界に収めたのだ。


「ちょっとゼス! サボってないで、ボクが倒せなかったワームを撃退するのを手伝ってよ!」


 羽虫(スワームバグ)の大群を相手にしながら、シェリーは怒声をあげた。

 普段は「私」と言う勝気な令嬢騎士(シェリー)の一人称も生死を賭ける極限状態における戦いでは、「ボク」と言うのを抑えるその暇すらないのだろう。

 一方、ゼスと呼ばれた銀髪の青年は、相方の騎士の戦いぶりを眺め続けていたが、この時漸く背中に背負う取っ手に手をかけた。


「……やれやれ。鮮やかな剣舞だったが、やはり非力ではあるか。ま、それは仕方が無いだろうな。太腕でもあれば或いは少しは出来るだろうが」

「何か言った!?」


 風を斬る音と共に、さらなる怒声が響き渡る。

 ゼスは僅かの手を捻ることで袋の縄が解き、その取っ手の全貌を露わにさせた。

 彼の手に握られているのは、異形の無骨な大剣「銀狼の牙」と呼ばれるものだった。

 身の丈ほどもある重剣で、刀身が真っ黒に染められており、切っ先と刃の二か所に半円状に欠けている箇所がある。だが、そんな形状でも重さを加えた切れ味は抜群のモノだ。それをゼスは片手で振り回せるほどの筋力を備えている。

 漆黒の大剣を構えた彼は肩を僅かに竦め、


「いいや。なんでも?」


 それだけ言い放って、疾走を開始する。大剣を僅かに下しつつ、シェリーが相手にしている羽虫(スワームバグ)どもには目もくれず、一直線にワームへと向かう。

 狙うは喉元。そこを切り裂けば、後は両断すれば良い。

 ワームは新たな敵を認知し、大剣の騎士に毒液を吐き出す。それを一滴でも浴びれば、身体は一瞬にして溶け出すだろう。


「ハッ―――!」


 それにゼスは大剣を地面に刺して、一気に振り上げて土砂を掻き出す。土砂が毒液を浴びて、腐り落ちる。それらを盾にし、再び肉薄していく。

 接近される事を嫌ったのか、ワームは尾を使って薙ぎ払いにかかった。まるで鞭のように(しな)る尾は相当な打撃力を発する事だろう。

 それを銀髪の戦士(ゼス)が大剣で何とか防ぎきると見るや、狙ったようにその牙で鎌首をもたげて襲い掛かる。その先端にも猛毒があり、その致死量は液状よりもさらに危険だ。

 大剣はしなる尾の鞭を止めるのに使っている。それと同時に迫りくる牙に対応することなど不可能。

 一秒後には、その頭蓋(ずがい)に牙が喰い込む―――!


「―――フ。俺の武装がコレだけだったら、まさにその通りだったな」


 不敵に笑みを浮かべたゼスが、左手で懐から銀色の物を取り出すと同時に、それをワームの喉元へと放った。

 鋭利な刃物をしたソレは、投擲用の暗器である。職業柄、僅かではあるが全身に暗殺用で使用する短剣が仕込まれている。

 彼は大剣が使えない状況も見越して、その一札を切った。

 投擲された刃物が狙った箇所に逸れる事無く命中する。

 切っ先で急所を抉られたワームは慄くように首を逸らした。

 僅かに出来た隙を、ゼスは今度こそ漆黒の大剣をもって追撃する。

 大剣で完全に止めた尾に今は攻撃する威力を発する事はできない。そうする為には、尾を一端引かねばならない。それで引けたとしても、その前に大剣が首を両断する―――!


「―――はっ!」


 剣先を猛烈な勢いで強襲。暗器で抉ったワームの喉元の傷口を広げた。

 喉から口を大きく広げるワームは激しい痛みに天を仰いだ。

 ゼスは、振り上げた大剣を上段に構え、無言で裂帛(れっぱく)の気合いを込める。


「――――――ッ!」


 音の無い咆哮をあげて、一気に跳躍する。

 全ての力を大剣に注ぎ込み、切り裂いたワームの首へと叩き下ろすように一閃。


「ッッッ――――!!」


 漆黒の大剣はさらなる傷口を広げさせて、ワームの胴体を一刀両断にした。

 真っ二つになった巨体は、重い音を(とどろ)かせて地面に伏す。既に息は途絶え、綺麗な断面を残すのみだった。

 地面に着地したゼスは、漆黒の大剣を音速で汚れを振り払い、肩に担いだ。


「中々のものだったな。……さて、向こうの加勢に行くべきか否か―――」

「残念ね。もうこちらは終わっているわよ」


 耳に声が聞こえたゼスが振り返ると、僅かに目を見張った。

 そこには赤色の陣を虚空に出現させていた、シェリーの姿があったからだ。彼女の周りには、真っ二つになった羽虫(スワームバグ)が数多く転がっている。


「待て……! 君はその魔働術で何をしようとしていた?」

「何って―――ゼスがワームを仕留めそこなっていたら、“ファイアボール”を放つつもりだったのだけど?」

「明らかに、その魔働陣の方角は俺に向けられてはいないか? ワームどころか俺も巻き込む射程だったな」

「あら、別にそんなことないわよ? ただ、私が一人で羽虫達と戦っている間に観客のつもりでやらしく眺めて、非力だの太ければ良いと言ったアンタは、良い御身分だなぁ、と思っただけよ。ちょっと怒って手が狂いそうだったけれど」


 笑みを浮かべている黒髪の騎士が、細い人差し指を魔働陣に着けて横に払うと、まるで陣は陽炎のように消えていく。

 ……手元が狂って、ファイアボール? 白々しいな。その魔働陣はファイアボール以上の広範囲火属性魔働術だった筈だ。

 ゼスは傭兵時代、様々な魔働術をその眼で見てきた。知識は無いものの、術の形式は描かれた陣によって大きく違っている。

 前に見たシェリーのファイアボールの陣ではなく、広範囲形式の陣を組んでいた事は、火を見るより明らかだ。


「手元が狂っていたのは最初からだろう。俺には“ファイアボール”の陣には見えなかったがな」


 そう言いながら、地面に落ちている大剣を包む麻袋へと歩を進めるゼス。


「あら、意外。知識は全くないと思っていたら、流石は元傭兵さん。それなりの修羅場を潜り抜けているみたいね」


 シェリーの感心した声を聞きながら、麻袋を手にとって漆黒の大剣を仕舞う。それを再び背に背負うと振り返る。


「……それより、次はどの方角に向かえばいい?」


 シェリーは彼の問いに応えるように、地図を取り出す。

 聖都を中心に記された個所から人差し指が伸びて、目的地の鉱山町までの道程を測量していた。

 そこから導き出す結論で、目の前にある分かれ道で左の方角を指し示す。


「ここから東の方角ね。そこからサイア河川の橋を越えてイザーク森林を通り抜け、その後の荒野の先に鉱山町があるわ。早ければ、一日半で着ける距離ね」

「ならば、早く出発するぞ。できれば次の休憩は河川までは取らない。依頼主にできるだけ早めに会うのが良いからな」


 ゼスは肩を一回しした後、近くに止めていた一頭の馬へと寄り、杭に結んでいた手綱を解く。

 馬はその背に旅行用の荷物が載せられている。食糧、寝具、雑貨など道中で必要になるもの。騎士達は遠征に向かう時は、馬を連れていく事が出来る。乗る事は勿論だが、多くの荷物を預ける事と万が一負傷者が出た場合はそこで休ませる事にもなる。

 正騎士になれば、一人一頭ずつ所有する事もできるのだが、二人は従騎士な為に、一頭しか連れていけれなかった。それでも、馬が居ただけでも大変助かる事だ。

 手綱に引っ張られる馬を連れ、ゼスは歩き出す。彼の反対側にシェリーが付き、騎士二人が馬を挟む形で分かれ道を左に進んだ。


「……河川で休憩、それは異存ないけれど。先程みたいに道の真ん中で魔物が現れても、休憩する場所は増えないのかしら? いくらなんでも戦闘続きで河川まで持つほど、アンタより体力ないわよ」


 アサラムが逃走して、結局二人で護送任務着手の為に鉱山町へ行く旅支度をし、聖都を出立してから六ケアオリュ。

 道中小型の魔物が出るのは当然と言えたが、まさか道の真ん中で滅多に現れない大型ワームに出くわしたのはつい先ほどだ。大型魔物が街道に現れると言う事は、魔物が活発になっているという事である。

 これからも魔物が立ち塞がる可能性が十分にある疑問に対して、ゼスは至極当然に言い切る。


「気合で」


「阿呆ね! いくら同じ騎士でも体格差がありすぎるじゃない! タダでさえ、アンタはこういうことが得意そうで……どうせ自分自身の物差しでしか測れないんでしょう?」

「……俺と同格と名乗るなら、それくらい当然じゃないか?」

「時間が出来ればただトレーニングに興じるアンタと一緒にしないでよ! 私はそこまで同じじゃないんだから。……ただ、そこまで焦る必要は無いんじゃないの?」


 首を傾げるシェリーに、ゼスは僅かに眉を潜めた。


「何……? それは君は……一刻も早くこの任務を終わらせて、救援に行きたくは無いのか?」

「ええ、あの件は今は置いておくわ。どの道今は行きたくても行けないし、この任務は最低でも五日はかかる行程。だったら、どうせなら完璧な任務をこなしてより良い成果を上げて直ぐに昇進するだけよ。第九小隊を信じる事、そう思う事にしたわ」

「……。思い切りが、いいんだな?」

「そうじゃないと、任務に集中できないのは判っているからかしらね。だから、別に私を気を使って焦らなくても良い……いえ、自分に無理してまで先に進まなくても良いんじゃないかしら?」

「――――」


 彼女の言葉に、何を言っているんだ、とゼスは思った。

 ―――俺が無理をして先に進もうとしている? 何を馬鹿な、自分が考え得る身体の稼働時間を考えての行程の筈なのだがな。

 風になびいた長い髪を指で梳かして、シェリーは真っ直ぐと彼の目を見る。


「ゼスがどうしてそこまで自分を厳しく律するのかは判らない。ソレは個人の問題でもあるだろうし、私が口を挟める事じゃないのは理解してるわ。同僚になってから、まだ二週間かそこらの私が言うのもなんだけれど……騎士なら騎士っぽく、周りに気を使うべきよ」


 それは、彼女が抱く理想の騎士の理念であった。

 弱き者には手を差し伸べ、強き者には屈しない。他人に気を使うこともまた彼女の目指す騎士であると。

 彼女も騎士でありそれなりに体力を持っているものの、ゼスよりは劣っている。必然的に彼女が先に休息を必要とする。その際、ゼスは自身の体力を限界を鑑みて予定していた休憩地点に到達できなかった時は、その性格から彼女を置き去りにするだろう。

 この場合、シェリーはゼスに、自身の調子に合わせてほしい、という事だろう。


「……それは、アレか。ここで断ったりすれば、騎士の資格ナシで辞めてしまえ、と怒るのだろうな」

「当然でしょ? ……あ、別に私が淑女だから紳士的に振舞え、とかそういう意味じゃないから」


 さも当たり前の様に言うシェリー。ゼスの視線から逸らす彼女は渋い表情だった。

 銀髪の大剣使いはそんな様子の彼女に目を向けて、それが本気であった事を悟ると、毛嫌いしている癖に彼女らしいと嘆息した。


「自分に甘くするな。君の限界が、次の休憩場所だ。限界判断は、俺がする」


 それだけ告げて、再び歩を進めた。

 彼の言葉に、その意図を察したシェリーは、当然よ、とこれもまた当たり前のように笑みを浮かべて後に続いた。


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