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3-2「上司逃走」

 シェリーはまた一口、アサラムに淹れられた緑茶の入ったコップを傾けると、それを机の上に置いた。


「……申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」


 彼女は深く頭を下げる。

 民が危険にさらされている、それを聞いただけで居ても立ってもいられなかった。直ぐにでも彼らを助けに行きたいと思っていた。

 しかし、先行している第九小隊でも信じていなかった事と、目先に拘って理想を遠のかせる自分に深く恥じていた。

 アサラムはそれに再び煙草をくわえて陽気に笑う。


「ん、気にすんな。若けぇ内はそんなこともある。その時はゼスがフォローしてくれるさ。言葉はきっついがね?」

「む……」


 上司からの意外な一言に、ゼスは困惑の表情を浮かべた。

 それに、シェリーは意外とばかりに失笑した。


「隊長、フォローは流石に買いかぶりすぎですよ。何故なら、きついだけじゃなくてデリカシーすらないんですから」


 ―――自分はそこまできつく言ったつもりはなく、当然のように何時も通りに言ったはずだがな。

 ゼスは内心真面目にそう言いたがったが、また余計な何かを言われて面倒な事になりそうだったので自重する。

 気を取り直したアサラムは、再び机上に置いた資料を二人に手渡した。


「んじゃ、そういうことで護送任務、引き受け宜しく」


 資料を受け取り、中を一通り目を通す二人。

 しかし直ぐに、「ん?」とシェリーが顔を上げた。


「隊長。なんだかさっき、明らかに『俺は出ないから二人とも頼むな』的な意図を感じたのですが、気のせいでしょうか?」

「気のせいでも何でもないぞ? 俺は数多くの酒場で美味い酒を見つけるっつー、重要な仕事があるからな。手が離せないんで、二人で行ってきてくれや♪」

「ああぁぁぁぁぁっやっぱりいぃぃぃぃぃぃっ!? さっきは大人だわって感心してたのに、不真面目な面が優ってたわ!」


 アサラムの前で、シェリーは思い切り悲鳴を上げて頭を抱えた。

 ゼスも、眉を寄せて呆れた口調で続ける。


「いくらなんでも露骨すぎるな。単なるサボりと言いたいだけだろうに」

「んじゃぁ、別件があるんで後は任せた的な!」


 それを聞いたゼスは頷いて、


「ん。なら仕方がな―――」

「ないじゃない! そういう問題じゃないです隊長!」


 同僚にあるまじき発言を遮ったシェリーが、バンと机を叩きそうになって抑える。机に置いたままの緑茶が零れてしまうと考えたからだった。


「今日こそは上官らしい行動をしてください。ここに配属されてから一度も現場指揮を執られた事が無いのは私達も納得がいきません。初めての外での任務ですし、この時くらいは指揮を執ってみても」

「だってぇ、馬なしの二日の行程はオッサンには堪えるしぃ、疲れるしぃ、めんどいしぃ、つーか働きたくないしぃ」

「さりげに本音言ったな……」

「といいますか、三十代かそこらの方が何を仰っているのやら……」


 アサラムの態度に、ゼスとシェリーが二人してジト目で見つめる。

 それに対して、軽い調子の上官は急に頭を押さえて呻く。


「アイタタタタッ、一日一回酒を摂取しないと死んでしまう病が! 二日も酒を断ったら頭がトロンとなっちまう!」

「アルコールで脳の活性が低下しているだけです。むしろ断った方が健康にも良いと思いますが」

「俺にとっちゃぁ、酒は切っても切れない存在になっているのサ」

「既に病みつきになってるわよねぇ!?」

「そして、数ある酒の中でも……とっておきの舌を打つような美酒を見つけ出して味わうのが、俺の仕事―――いや、責務なんだッッ」

「要するに、ただの飲んだくれよねぇ!?」


 令嬢騎士は、アサラムの言葉を聞いた全世界の紳士淑女が答える台詞を放っていた。

 徐々に彼女の威圧感が強くなり始めると、上官の男は咳ばらいをし。


「―――お前らが知らせてくれた、奴隷達の件だが、どうやらとある貴族邸の地下牢獄に全員収監されているらしい。今のところ、大した証拠は見せてくれねぇ。何より警備も厳しくてな。魔働トラップも仕掛けられているからそこまでの情報取得は難しい」


 急に真剣な眼差しで、別の話題を持ち出した。

 その話は、先日ゼスとシェリーが見聞きした問題を報告した際に、彼が「成程ねぇ。ま、奴隷制に関しては面倒な問題ではあるが、考えておくわ」と答えた件だった。

 シェリーが緊張した面持ちで息を呑み、ゼスは上官を真正面から見つめた。


「だが、今のところ奴隷達が苦痛を与えられたり、その数が減っている様子は無い、とは言っておこう。俺の知り合いである看守から聞いた話だが、最低限の事はされているらしいから、当分は問題起きねえだろ」


 貴族のやっこさんもこればかりは慎重になるからな、とアサラムは煙草を灰皿に押しつけて火を消した。

 シェリーが安堵の息を吐き、まだ時間がある事を考える。早めに従騎士から抜け出して、奴隷達を少しでも助けられる道を探さなければ、と改めて固く自らに誓った。

 その時、まるで話題が途切れたのを見計らったように、会議室のドアにノックがあった。


「失礼します! アサラム・ルース小隊長殿はいらっしゃいますか?」


 入ってきたのは一人の男性騎士だが、その腕には伝令役を表す腕章が付けられていた。

 その声に反応した当人は顔を上げて「おう、いるぞ」と答えた。

 伝令は直立不動のまま、伝令内容を告げた。


「例の件についてお呼びがありました。直ぐに第五執務室に来るようにとのお達しです」

「おぉっと、今から行こうとしていたところだ! 今すぐ行くからと、酌の用意をして少し待たせてくれ」

「はっ。失礼します!」


 杓子定規に答えた伝令は、ドアを閉めて急ぎ足で駆け去って行った。

 それを追うように、アサラムも立ち上がる。


「んじゃ、俺はこれから別件があるんでな。後はお前らの好きにやれ。何、尻拭いだけはしてやるから大火傷せんぐらいに行ってこいや」


 んじゃな、とヒラヒラと手を振ったこの部屋の主は早々に後にした。

 まるで突風のような行動に、ゼス達は呆然と部屋の中で立ち尽くしていた。


「流石は上騎士ね……。最後にかけた言葉はアレだったけど、慌ただしく動いていたわね」と、シェリーは半ば感心したように呟いた。


 ゼスは嘆息して、彼女の言葉に答えるように口を開いた。


「そうか? 先程隊長が出ていく時、心なしか笑みを浮かべていたように見えたな。それに、さっき伝令に『酌の用意をして少し待たせてくれ』と、言っていなかったか?」

「……」


 シェリーは目をパチクリとして硬直し、やがて気がついたように机の上に置かれたままの護送任務に関する書類に視線を向ける。

 そしてアサラムが去った方角へと目をやる、彼が何をするつもりだったのかを思い出して頭を抱え始めた。


「しまった、時間稼ぎ……。逃げられたぁ」


 一生の不覚とばかりに、溜息をつくはめになったシェリーだった。


 :ゼスとシェリーは「遠征用荷物」「馬」を手に入れた!


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