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3-1「力の元と優先順位」

本作は残酷な描写、暴力や下品な言葉遣い、セクシャルを含む場合があります。R-15として指定していますので、十五歳以上の方だけ続きをお読みください。

 ―――家が燃えている。


 荒々しい足音が迫ってくる。

 女性が面と向かって言ってくる。


「大丈夫よ。お母さんが付いているから。だから、貴方は彼女と一緒に逃げなさい。一緒に、安全な処に連れて行ってあげて」


 女性の傍には、武器を構えた二人の男女の姿と、一人の少女の姿がある。


「……母さん。また、会える? おじさんとおばさんと一緒に」


 自分が何かを言っている。女性は息が詰まる。しかし、答える。


「ええ、約束よ。私はちゃんと、二人と一緒に追いついて来るわ。それまで貴方は、この娘をお母さんの代わりに護ってあげてね」


 女性の右目から、小さな滴が出ていた光景を―――。





 少女は息も絶え絶えだった。血の臭いがした。嫌な音がした。


「っ……や……やめて……いた……い……っ」


 目の前には煌めく金属。不吉な赤色が先端に。

 それを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度の何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何どもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんドモナンドモナンドモナンドモナンドモナンドモナンドモ―――


 少女は弱々しくこちらを見上げるようにして。最後の気力を振り絞るように。


「――――……逃げてっ」






 人は変わる。何が起こったのか。判らない。分からない。解からない。理解不能。

 ただ、変わり果てた少女が。涙して。


「……もう、終わり。だから、あたしは貴方を―――」


 その手に、全てを貫く煌めきが、迫り―――





「―――殺す――――――――っ!」






 ―――ゼスは飛び起きた。


 その表情は歪み、衣服は汗でびっしょりだった。掛け布団は乱れ、彼の動悸によって、布団は上下する。乱れた息を整える。状況を確認。

 朝陽が差し込まれる窓と机、そして生活用品。それ以外は何も無く、ただ僅かな居住スペースがあるのみ。

 ここは―――ゼスが下宿している、騎士団員の宿舎だ。騎士団員である彼に貸し与えられた、居住区画。ここで何時も寝泊まりし、朝起きたら仕事をし、終えたら帰ってくる家の様なものだ。

 そして今日も彼は起床し、これから再び騎士の一日が始まる。

 ……決して、あの日あの場所ではない。もう、起こる事が無い。


 そう、もう起こる筈が無いのだ。


「―――俺は、変わる。これはその為の一歩なんだ……」


 唱えるように独白したゼスは今日も騎士になる。


 生きる為に―――

 

 

 

                           第三章 「護送任務」

 



 ―――11月28日9時―――残り、1カ月と3日、15時間

 

 兵舎食堂で朝食を済ませたゼスは、出勤の為に騎士制服へと着替え―――鉢合わせた経験からなのか、シェリーは更衣室には来ずに寮から直接着替えているらしい―――第十七小隊の会議室に足を運んだ。

 既に先着していたシェリーと合流し、後からやってきた小隊長アサラム・ルースと共に朝礼と本日の確認が行われた。


「鉱物の護送任務、ですか……?」


 シェリーが、アサラムより告げられた上層部から伝達される任務に怪訝そうな表情を浮かべる。

 資料を見ながら煙草を吹かす上官は、あぁ、と答えた。


「本来は別の部隊がやる筈だったんだが、緊急の任務が入ってウチに回って来たみたいでなぁ。『鉱山町タルテルドから聖都に物資を運ぶその道中を護衛』。ま、配属から二週間経ったお前らには丁度良い任務じゃないか?」


 興味が無いように、机の上に資料を放り投げるアサラム。

 その姿を見届けたゼスは、思った疑問を口にする。


「その別部隊の緊急任務、とは……?」

「んぁ、あれだ。最近やたらと魔物が凶暴化してきているらしいんだわ。それだけなら良いんだが、その群れを率いていると目されている真っ黒な獣がエラット村に現れたらしい。現地の警備隊から要請があった」

「真っ黒な獣?」

「正確には狼の姿をしたモンだが。聞いた話だと、いくら攻撃してもまるで実体が無いように効かないらしく、魔働術でようやく手応えがあるって奴だと。しかも生命力があって強いってらしいが……。ま、俺は実物見るまで信用しない性質なんで。本当かどうかは知らんが」


 警備隊には魔働術を備える者が絶対的に少ない。魔力ある者の殆どが、騎士へとなるからだ。

 稀に物好きな魔力持ちが警備隊へ配属する事を好むのだが、戦力的にも騎士には及ばない。

 騎士と違い、聖王国中の町村各地に点在し、民を守り治安維持に務める警備隊。その標準装備は物理的な物が多く、賊と魔物を想定して訓練されている。しかし、稀に魔働術を使う敵が現れ、歯が立たない場合は、騎士に増援を要請するのだが。

 今回、エラットという農村に現れた黒い狼相手には騎士ですら苦戦する、という話だった。

 一小隊如きは、無傷で済まないのではないか。


「……失礼ながら隊長。仮にその話が本当なら、我々も現場に赴いて少しでも加勢するべきだと思います」


 シェリーが丁寧ながらも、今回の任務に異を唱えようとした。

 彼女の提案を聞いたアサラムは吹かしている煙草を口から離して、笑みを浮かべる。


「ほう? それはまた何故だい?」

「聞く限り、相手は相当な防御力と体力を持っているようです。姿が狼という事は、機動力もかなりあるかと思われます。騎士の平均魔力では、僅かなダメージが期待できる、という事ですが一個小隊では長期戦になる事は想像に難くありません。少しでも味方は多い方が良いかと」

「それはつまり、遠まわしにこの護送任務を蹴って増援に向かうつもり?」

「……私が覚えている範囲では、鉱山町タルテルドは徒歩で行けば二日かかる距離です。あの鉱山で採れる鉱石は確かに価値あるものですけれど、働石が採れるのはごく僅かです。発掘した貴金属を聖都に運び込むにせよ、護衛が必要だとは思えません。警備隊ならば対処してくれると思います」


 シェリーはあくまで人の命がかかる優先順位を決めているだけなのだろう。彼女の行動理念から考えれば、想像に難くない。

 感情のこもった説得が続く。


「対し、エラット村には人の脅威が出没しています。大勢の村人の命も懸かっている状況に、助けに行くのは騎士の義務です」


 迷いの淀みなく言い切るシェリーには、一種の清々しさもあった。

 彼女の横顔を一瞥したゼスが、人を護ることを理念とする騎士なら至極真っ当な考えだろう、と感じていた。

 しかし、あえてその意見に口を挟む。


「助けに行くのは良いが、だからと言ってエラット村へは馬を飛ばしても一時間はかかるな。俺達従騎士はまだ乗馬許可が下りない。徒歩で向かう事になるが、時間がかかりすぎる。それに、相手は魔働術しか有効打が無い敵だ。俺達二人では、助力になるとは到底思えんが……」

「確かに二人ならそう見えるかもしれないけれど、私は強い魔力を保持しているわよ。ゼスには見せたと思うけど、私が唱えた火属性魔働術は『ファイアボール』と言って、初級中の初級よ。あれの他にも上級魔働術を唱えられるし、私の魔力なら相当ダメージを負う筈よ。だから私が行く事はかなり戦力になるわ」


 誇らしげに、フフンと笑うシェリー。普通の人なら、ここで胸を大きく張るところだろう。

 さらにシェリーは自信の根拠をもう一つ説明する。


「―――それに、アンタだって相当な実力を持っているじゃない? あの時は手加減されたといえ、この私と対等に渡り合っている。そして、私のあの魔働術を掻き消したゼスの反魔働術式は、高度な知識と実力が無いとできるものじゃないわ。だから、私は本当に屈辱的に思ったもの、アンタが魔働術すら行使しなかったぐらい手加減されてた、ってことに。でも、それは逆に言えば十分な戦力たり得るのよ」


 成程、とゼスは思った。

 シェリーの主観では、あれがゼスの実力の一端だと考えたのだ。

 披露しなかった真の実力は魔物相手なら出す必要があるし、彼女の援護に向かう自信の一つは、彼の魔働術に期待している部分もあるのだろう。


 だが、しかし―――。






「―――言っておくが、俺は魔働術を一切使えない(・・・・・・)






 隠すことなく、自身の秘密を暴露した。


「―――――――――」

「――――――――――――」


 その場の時が凍結したように、二人が静止する。ゼスを見つめるその表情のまま、一言も発せずにいた。

 まるで、二人は呪詛か何かで石化したかのような―――。


「―――え? 今なんて?」


 シェリーが目をパチパチ瞬きをしながら、よく聞こえなかったと言う。

 もう一度臆面も無く、ゼスは言ってやった。


「俺は魔働術を使えないし、君の言う反魔働術式とやらも、俺自身の実力でも無い。あれは俺の剣の力らしい。あの剣を使いこなしてから、魔働術が一切効かなくなったな」

「――――」


 もう一度、シェリーは動かなくなった。

 ……まるで想像していなかったみたいな顔だな。

 

 アサラムと言えば、まるで気を落ち着けようと煙草を口にくわえる。そして、この後起きるであろう面倒事に素知らぬフリを決め込もうという態度であった。

 そんな空気に関わらず、ゼスはさらに一言付け加える。


「物心ついたときには、既に魔力は感じられなかったな。魔働術の知識も殆ど無い。故に、俺はこの件の助力は不可能と判断するが……」


 そもそも未だ反魔働能力の真意を測れないその剣、果たしてゼスの実力の内と言えるだろうか。何せ、それが判らなければ上手く使いこなせずに、ただ魔働術を防ぐだけの役割しかないのだから。


「―――あ。あ、え、ええ。そ、そうなの。だ、だったら、この件は隊長と私の二人でも援護に―――」


 シェリーはショックを受けたが、何とか場を取りつくろうとした。

 同僚が戦力にならない以上、彼女の根拠や自信は一つ失った事になる。アサラムを説得する材料が減れば、それだけ心証を悪くさせ説き伏せる事は困難になる。

 彼女は一縷の希望を抱いて、アサラムに視線を向ける。

 上司はあからさまに目線を逸らして。


「やだ。面倒だし、管轄外の事はやらん主義」


 子供の様な純粋さで、シェリーの要望を却下した。


「アンタ達、それでも騎士!?」


 流石のシェリーもこれには愕然とするしかなかった。


「……コホン。と、とにかく……。私は一人でも、援護に向かいます」


 そして、何時までも驚いていられなかった。

 彼らの行動は予想の斜め上に行くのは分かり切っているのだから、ここで何時までも説教などしていられない。ゼスの件については、事態が収拾した後に問い詰めればいい。

 そう考え彼女は持ち直し、改めて自分の意見を主張した。


「馬に関しては問題ありません。従騎士はその経験の浅さから乗馬許可が下りないという話ですが、私は嗜みとして同様に操れます。それに、私なら戦力としても申し分ないはず。ですので、行く権利は十分に―――」

「それは良いとして、その後はどうするつもりだ?」


 彼女の主張を遮って、ゼスが淡々とした口調で訊ねた。


「勿論、住民を全員助けて、仲間の援護を」


 その答えをさらにゼスが遮る。


「君のやろうとしている事は、立派な上層部からの命令違反だな。それに、急行している部隊が元々護送任務を受ける予定だった」


 勿論、それを引き継ぐのはゼス達だと知っている筈。

 引き継ぐ部隊の人間が助力に来れば、命令違反していると感づかれるだろう。

 あくまで厳しい物言いに、シェリーを諭すという気はない。言う事を聞かない子供に、親が説教をしているようなものだった。


「そうなれば、益々昇進への道が遠のくな。さて、先日騎士団内で力をつけて、奴隷などを含めた数多くの問題を解決して全ての人を救う、という理想を語った君はその夢を叶える時が何年先になってしまう事か。君は、目先の人を救いたいが為に、他の多くの人をその間に見殺すのか?」

「……っ」


 一歩後ずさって、苦しそうな顔をするシェリー。

 ゼスはふぅ、と嘆息。


「ようするに落ち着け、ということだな。君の気持ちは分からんでもないが、冷静さを失っては、あまりにも非効率的だ。自分以外がなんとかしてくれる、という他力本願も、性ではなかろう?」

「―――まぁ、大方ゼスの言うとおりだなぁ。シェリーが少しでも早く昇進する気なら、命令違反は大きな足かせになるのは間違いないぞ」


 片や、アサラムは俯いているシェリーに気を使うように、諭すように言う。

 彼は机の隅に置いてあった急須を手に取り、机から新しく出したコップに緑茶を注ぐ。

 彼がよく愛飲している、大陸東部にあるアルト連邦から取り寄せたお茶だ。曰く、これを飲むと心が落ち着くという。

 注ぎ込んだ湯気がたちこめる緑茶入りのコップを、シェリーに勧めるように手渡した。


「……有難うございます」


 呟くようにお礼を言ったシェリーは、差し出された緑茶を両手で僅かに口に運んだ。


「んまぁ、俺は別にお前らが石に躓いたりしても一切関係ねぇんだが、下手に動いて大けがさせては目覚めも悪ぃし、身内に命令違反されたとあっちゃぁ俺も監督能力が問われちまうしな。俺から言えるのは、急行している第九小隊は魔働術師が多く編成されている部隊だから、援護は必要ねぇってことだ。あそこには、防御と回復魔働術を備えている奴らも居るし、住民の救助と敵の撃退は大丈夫だ、問題ないさ」


 椅子の背もたれに深く背を預けたアサラムが目を糸のように細める。


「それに、護送任務に関しても軽視すべきではないとも思えるぜ。確かに搬送する鉱物は重要なものじゃねぇが、それでも聖王国内の経済に関わるものだ。近年、魔物と同様に山賊の活動も活発化しているし、鉱物の強奪や違法転売も報告されている。警備隊だけでは回りきれんくらいに、だ。騎士が護衛を請け負うのも、国の為でもあるんだぜ」

「……そう、ですよね」


 彼の言葉に頷き、緑茶を少し喉に通したシェリーはあらかた落ち着いた返事をした。


「緑茶の効果はすげぇだろ?」

「はい。お陰さまで心が楽になった気分です」


 ニヤリと口の端を伸ばしたアサラムに、シェリーも自然笑みを浮かべていた。


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