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対なる剣~光と闇の狭間で何を見るか?~  作者: 蒼雷のユウ
第二章 「第十七小隊」
17/43

2-10「聖都外周部:奴隷」

 Side:Z(ゼス)―――


 シェリーは先程のストリートチルドレンに後ろ髪を引かれているのか、彼が居た場所を通り過ぎても暫くは気になっているようだった。見ると彼女の視線はしきりに後ろへと向けられている。

 あまり気にしても仕方ない、とゼスは彼女を任務に集中させようと口を開く。


「さて、話を戻すようで悪いが」


 通りから少し離れたところで、ゼスが訊ねる。


「先ほど君が言っていた、まだまだ色んな問題を抱えているというのは一体他にどんな―――」


 その時、彼らの耳に短い音と短い悲鳴が届いた。


「今のは……あっちの方から聞こえたわね」

「ああ、一体今度は何なんだ?」


 二人は駆け出し、突き当たりのT字路を右に曲がる。

 その先は今までの狭い路地と違い、開けた場所だった。その城壁部分には馬車が通れるくらいの広い門があり、今は開け放たれている。そこは、馬車が通れるように広く作った通りなのだろう。

 通りに、堅固な作りをした馬車が数台止まっていたのを目にした二人は、無意識に近くの物陰に隠れる。

 その先を目立たないように窺うと、数十人の姿が目に入った。


「あの馬車は、普通じゃないな。戦時中で捕虜を本陣に運ぶ輸送用の馬車だな。それに、あそこで武装しているのはどうみても騎士じゃない。警備隊かどこかの貴族の私兵か?」


 ゼスの言葉通り、馬車を囲むように数人の兵士達が物々しい雰囲気で周囲を警戒しながら、馬車に乗り込もうとしている人の列を見張っている。

 シェリーがその人の列に注目すると、驚愕した表情で目を見張った。


「ま、まさか……あれが」


 彼女の態度は、考えていた推測が確信に変わった時のソレに良く似ていた。

 ゼスが彼女の視線に沿って、人の列を視界に収める。

 彼らは皆、髪型とその色も、肌も顔つきも全員違う老若男女だった。共通している事と言えば、みすぼらしい布地の服一枚だけで、飼い犬がしているような首輪をしている。裸足で、表情から生気が殆ど感じられない。そして両腕には鎖に繋がれた手錠をかけられていた。

 周りの兵士達に視線という形で、馬車に乗る事を促されている。一人ずつ馬車に押し込まれる形で、列は進んでいく。

 一人、馬車に乗り込む手前で立ち止まっている男がいた。

 見ると男の表情はこれからどんな未来が待っているか理解しているようであり、馬車に乗り込むという事をどこかの地獄の門か何かに例えているような、恐怖感を抱いたものだ。

 彼が立ち止まり列の進行が滞ると、後ろから覆面をした異形の兵士が男に近づく。そして、持っていた鞭を振り上げ、それを男の背中に叩きつけた。

 びしりっ、と鞭がうなる。


「ぐはぁっ」と、男が思わず声を漏らした。


「おらっ、さっさと乗り込め! 後がつかえるんだ。早くしないと背中にフルコースを味わう事になるぞ?」


 覆面の兵士は、その被り物の下でくつくつ、と笑いながら、鞭を地面に打ち付けて音を鳴らす。

 その音で効いたのか、男はそそくさと馬車に乗り込んだ。

 後の者も彼と同じ目に遭いたくはないのか、迷いもせずに後へと続く。

 他の馬車でも覆面を被った兵士の鞭に叩かれた人々が歩かせられる光景が見られた。


「この時代に捕虜を、ってわけでもなさそうだな。聖王国は帝国と違って侵略国家ってわけでもない。それに、外周部とは言え都内で彼らを改めて乗り込ませる事は無い筈だ。犯罪者も然り、だが……」

「……っ、隠れて」


 シェリーに促され、ゼスは物陰に深く隠れる。彼らの視界に、新たな人物が現れたからだ。

 五十代の男性で顎髭は黒く、浮かべる笑みは楽しげに歪んでおり、全体的に太い腹まわりをした体型だ。細く釣りあげられている目には見下すべき他人を愉悦に浸りながら眺めるような眼光であった。加えて、身にまとっているのはいかにも金にものを言わせた豪奢な長衣。決して市井の人間が買えるような衣服ではなかった。

 それだけでも、彼が貴族の人間である事は一目瞭然だった。


「おい、早く奴隷どもを乗り込ませろ。こんな処を通るわけがないが、万が一騎士の連中に見られでもしたら、反攻材料を与えかねんからな。まぁ、平民上がりの下等騎士に見られたとしても痛くも痒くもないがなぁ、ぶわっはっはっはっはっ!」


 むしろ注目されるような豪快な笑い声をあげ、貴族の男は奴隷と呼ばれた人々を眺め続ける。

 彼の声は、物陰に隠れているゼスとシェリーの耳にも届いており、兵士達に見つからない程度に様子を窺い続ける。


「……空耳じゃなければ、やはり奴隷か。俺達のような騎士に見られる事を警戒しているようだが、よく言ってくれるな。しかし、まさか歴史と伝統ある聖王国が奴隷を擁しているとはな。……君は知っていた様子みたいだが」

「……」


 ゼスが呟いてから、彼の下から様子を見ているシェリーを見下ろした。

 彼女は視線を感じながらもじっと奴隷たち、特に貴族の男に注意している。やがて、そのままに彼女は厳かに説明し始める。


「……あくまで貴族間の噂で聞いたのよ。宰相(ディル)をトップにする“元老院会”が奴隷制を設けて奴隷を確保しはじめた事。女王陛下が床に伏せっておられてから、表向きには我が国の利益と平和、治安の良い国づくりをしているわ。でも、裏ではかなりのやりたい放題よ。奴隷制の導入も、その一つでもあるわ」

「成程。するとつまり、これが聖王国の抱える他の問題、ということか」


 シェリーの説明にゼスが端的にまとめる。

 彼女は黙って頷き、説明を続ける。


「莫大な借金をした債務者は返済不能になると、債権者によって奴隷として売却して貸付金を回収できる事と家族が関係者を売り払う事が出来る事を可能にしてから、様々な境遇の奴隷が生まれていると聞いたわ。中には小さな集落を襲撃した山賊が住民を拉致して、そのままブローカーに売り渡す事もあるそうよ。奴隷たちはその通り、主に貴族達が買い取って、人権も自由権もない所有物にされる。彼らをどう扱うかは主人の裁量に任されていて、大抵は農業や家内の世話や雑用に使役されるわ」


 聖王国の内情を話すシェリーの様子は、苦虫を噛み潰すような有様だった。彼女自身、奴隷制というものはあまり好ましく思っていない様子だ。

 ゼスは自身が傭兵をしていた頃の仕事仲間から聞いた、帝国の奴隷制の内情を口にする。


「帝国は侵略した敵国の部族を主に奴隷にしているが、それだけに容赦が無いと聞く。死んでいく奴隷も後を絶たんらしいが……。聖王国はまさか自国の民にそのような扱いをするのか?」


 それについて、シェリーは首を横に振った。


「いいえ。どうやら主人が奴隷を殺害する行為は禁止されている、と一応規律に定められているらしいわ。殺人罪に同等らしく、実際奴隷を殺したある貴族が罰せられた事もあるわ。……ただ、あくまで殺意があった場合で、事故で死亡した場合は主人に非は無いとされるのよ」

「一応それなりの体面は持っているようだが、キナ臭いな。一体どれだけ事故死に見せかけているのやら。いくらなんでも、民衆から非難が起きるんじゃないか?」

「そうでもないわ。例えばフェルド通りのような聖都の中産階級の人達には、全く縁が無い事よ。聖都の大半が彼らで占めるここは、それほど奴隷制の認知度は低いわ。皆、日々に忙殺されてそんなことは気にも留めない。貴族の間でも普通に知識として認知している程度だもの」


 声音を潜ませるシェリーは複雑な心境が見え隠れしていた。

 流石にこの問題が騎士団全体に広がっていれば、黙っていない騎士が一人か二人は現れるだろう。

 しかし、今の今まで奴隷制があり続けている理由は、奴隷制もある程度の利益を生むからだ。特に、土地開発の整備や鉱山発掘、様々な経済活動などにおいて人材不足があった場合に、それを補強する為に奴隷を使う事がある。

 また、貴族達の使用人の給料に比べて比較的安い賃金で奴隷を買える事から、奴隷使用人として仕えさせて資金を温存できるという利点もある。

 これらはあくまで貴族達に対する表向きの話だが、正直に言えば騎士団上層部は奴隷達が非人道的な扱いを受けている、という直接的な証拠を掴めていない。証拠が無ければ制度を公布した“元老院会”に糾弾しても、はぐらかされる可能性が非常に高く、下手をすれば反攻材料を与えかねない。その証拠を得るまでは、上層部としても、またはそれ以下の騎士達は黙認し続けるしかないのだった。


「だが、それでは騎士団は議会に立ち入る機会なんてないだろう」


 騎士団には直接“元老院会”に対する干渉権を持ち合わせていない。何故なら両陣営共に双方の影響を受けて国家経営を停滞させる事を防ぐ目的で、共に隔離された状態であるからだ。これは、“蒼衣の騎士団”が設立された時代から王族が成立させた(おきて)であり、今の国家元首によってそう簡単に無くす事は難しい。


「ええ。その為に“警備隊”が居るのだけれど……。“警備隊”の事は知っているわよね?」

「そうだな……。確か、唯一の国家権力監査と治安維持を担う警察組織だったか」


 直接的証拠を掴む為に貴族や院会への家宅捜索をする権限は、国家権力に唯一干渉できる“警備隊”のみである。彼らは平民が中心となっており、腕力などに自信がある者、正義感が強いが魔力が弱く騎士になれなかった者などが結集し、国も権限を認める治安維持を担う組織だ。


「ええ。でも、そこは嫌なことに、貴族達の間で色んなしがらみがある、というのは知ってる?」

「……どういう事だ?」


 彼女は噂だけど、と続けると説明する。

 警備隊の上層部は、貴族からの献金(けんきん)を受けて汚職にまみれているという。その代わり、一部の貴族達の職権乱用を黙認している。

 シェリー達が今見ている光景でも、貴族逮捕には至らない。発言力を失いつつある警備隊は、何らかの決定的証拠を突き出さない限り動いてはくれない。

 これらの理由から、奴隷制は難解な問題として今も存在している。シェリーも貴族であろうと、騎士であろうと、しかも外国人であるゼスは勿論、解決できない大きな壁だった。


「それで貴族達はそれに付け込んで、騎士の目が届きにくいこんなところで奴隷達を集めているってわけか」

「ええ。貴族達にとって、聖都外周部は忌み嫌っている場所として見られているわ。貴族がここに来るなんてことは、まず誰も考えられないもの」

「……それで、あそこで下品に笑っている貴族らしいオヤジは?」


 ゼスが視線で指すのは、先ほどの貴族の男だ。

 彼にシェリーが視線を向けてから、口を開く。


「彼はダリオス伯爵。“元老院会”の人間で想像通り、貴族よ。元々ダリオス伯爵は奴隷制以前から黒い噂も多かった人物だったのよ。とにかく特権意識の強い人で性質も残忍、癒着の嫌疑も一度や二度では済まず、領地の民間人への迫害や虐待行為等で騎士団から危険視されるほどだから、仕える騎士が居ない。その代わり、彼は癒着した金で私兵を雇って護衛させているらしいと聞いた事があるけれど……。これを見る限り、真実味が帯びてくるわね。私兵をあんな事に使って武力で民を脅迫して、奴隷制にあんなに関わっているなんて」


 うんざりしたような声がシェリーから漏れる。

 そんないわくつきの人物が政を補助する“元老院会”の一員だというから、辟易(へきえき)としているのだろう、とゼスは思った。

 しかし成程とも思う。

 騎士団に入ったは良いものの、意外と聖王国という処は厄介な場所だったようだ。ここで無駄な問題に介入せず、見て見ぬフリをして騎士団の任務に従事した方が厄介事に巻き込まれずに済む。そうすればゼスは、当初の目的通り安定した生活が約束される筈だ。

 とその時、奴隷達のある列から女性の金切り声が響き渡る。

 見ると、声の主である若い女が手錠で両手を縛られながらも、馬車に乗るのを抵抗して暴れているのが分かった。


「嫌! 嫌よ、乗りたくない! こんな目に遭いたくないっ! 放して、放してくださいっ!!」

「貴様、何をしている! 静かにしろっ!」


 武装した兵士が幾人か女に集まり、暴れる彼女を抑え込もうと取り囲む。鞭を持った覆面の兵士も駆けつけ、暴れる女の身体に鞭を打ちつけようと腕を振り上げる。

 そこに制止を促す声が響いた。


「諸君、止めたまえよ」


 彼らの主人である貴族、ダリオス伯爵の声である。彼が現れ、未だに暴れる女のそばに寄る。

 覆面の兵士も彼の声に従って、鞭を持って振り上げた腕を下した。

 ダリオス伯爵は女を品定めするように離れて見回してから、側近の兵士に訊ねる。


「この女はどのような境遇だったのかね?」

「はっ。No.76は莫大な借金を背負い、返済不能になって売られた債務奴隷であります」


 奴隷は名前を奪われ、全て番号で呼称される為、兵士が女の名前を言わずに経緯を説明した。

 女はダリオス伯爵がこれらの行動を率いる指導者だと悟り、彼に視線を向けて解放を訴えた。


「お願いします! 私はこのような目に遭いたくありません! 借金も騙されて背負わされたのです。これ以上私は酷い目には―――」

「貴様っ、伯爵に向かってなんという無礼な!」


 近くの兵士が女の頭と肩を取り押さえ、乱暴に低身させる。

 ダリオス伯爵はその光景に、笑い声を上げて歩を進めた。


「全く、女子供に鞭を振るったり、強引に抑えつける事は紳士の名が泣くぞ? お前は、それを持っておらんのかね?」

「は……はっ。申し訳ありません」


 ダリオス伯爵の顰蹙(ひんしゅく)を買ったと思った兵士が、慌てて女を放す。

 女は無理に抑えられた事と興奮状態で息が乱れて、ゆっくりと頭を上げる。

 そんな彼女の横に立ったダリオス伯爵は大きな歯を見せながら、音程を上げた声で言う。


「分かっておらんな、お前達。こういう下賤(げせん)な女には、こうして馬車に乗るよう促すのだよ!」


 パァン、とダリオス伯爵の右手が、女の一枚の服越しから肉付きの良い尻へと強く叩き付けた。そのままがっちりと握り掴む。


「ひぅっ」と、女の短い悲鳴があがり、俯き加減で身を震わせた。

 その態度に益々愉悦の表情を浮かべたダリオス伯爵は、女の耳元に背中越しから(ささや)くように言った。


「ほうほう、これはなんと……元気な女であろうか。実にワシの好みだな。これ以上に元気が有り余っているようなら、今からワシが買い叩いて、存分に可愛がってやろうかの?」


 口ではそう言っているが、彼の意識は右手に集中させており、思う存分に(てのひら)に伝わる瑞々(みずみず)しく弾力のある感触を味わっている。

 その度に、女は身振いして必死に漏れ出しそうな声を抑えて無言を貫いていた。


「そら、大人しくなったろう? 大人しく馬車に乗れば、我々のお仕置きは無いのだ。判ったかね? ―――素直なら宜しい、女は素直が一番だ、ぶわっはっはっはっは!」


 馬車に乗るよう諭すように、今一度右手で思い切り叩いて女を強引に歩かせてから、下卑た笑い声を上げてダリオス伯爵は踵を返す。

 彼は右手を広げると、側近の兵士がハンカチを差し出し、まるで汚らわしい細菌を拭き取るかのようにそれを使った。


「いいかね諸君。言う事を聞かない悪い女子供は鞭や暴力で傷つけるのではなく、先ほどのようにお仕置きをしたまえ! 男は―――元々ママに叩かれ慣れているから効果は無いだろう。いつも通り鞭で構わん」


 そんな冗談交じりのダリオス伯爵の指示に、周りの兵士はくぐもった笑い声を洩らして、仕事に戻っていく。


 その一部始終を見ていたシェリーは憤怒の表情で、意識して声を潜めながらも「あのいやらしい狸っ」と怒鳴り散らすような勢いで、物陰から駆け出そうとした。

 咄嗟にゼスが彼女の腕を捕えて、


「―――ん? 今、誰か居たような気がしたが……気のせいか」


 そのまま見張りの兵士に見つかる前に路地へと引き摺り込み、物陰で彼女の口を塞いで羽交い絞めにしていた。


「んんっ。んんんうううんんっ、んんんぅんんんう、うんうんうんっ!(ちょ。何すんのよ、放しなさいよ、この変態っ!)」


 当然、シェリーは振り解こうと暴れまわるが、ゼスの腕はびくともしない。

 彼女の顔は憤怒故か、それとも別の理由か、紅潮している。

 傍から見れば、長身の男が女を後ろから抱きすくめ襲い掛かっているようにしか見えない。だからゼスに変態と言ったのだろうか。


「凄まじい罵倒に聞こえたが、落ちつけ。奴らは俺達騎士を警戒している。ここで出て行ったら、確実に見つかるぞ」と、ゼスと言えば至極冷静に物陰から様子を窺っていた。

「うんんんうんうんっんんんうっ、んんんんっんんうんうんんっ(そんなこと判ってるわ、いいから放しなさいよっ)」


 相変わらず暴れるシェリーに、ゼスは半ばウンザリした気持ちを抱く。


「全く、先ほどまでの冷静さはどこにいった? 君はとことん直情的なのだな、俺達が出て行けば何が起こるか忘れ去るほどに、な」

「んぅ……」


 それでようやく暴れるのを止めたシェリーを、ゼスはゆっくりと解放する。

 しかし、彼女は未だその怒りが(くす)ぶっていたのか、ゼスに向き直って低く言い放つ。


「ええ、分かっているわ。でも、彼女があんなことをされて、黙って見てろと言うの!? きっと他の人たちもあんなこと以外の非人道的な事をされる、その前に助け出さないと」


「ふざけるな」強いゼスの声が遮った。「頭を冷やせ……。ここで俺達が彼らを救って何になる? 成程、彼らを助ける事は出来るだろうがしかし、あの“元老院会”寄りの貴族が俺達を危険視する事は目に見えている。上層部に働きかけて、俺達に大して折角の騎士団入りを取り消し―――いや、悪ければ貴族に剣を向けた反逆罪として、罰せられる事も有り得るだろうな。最悪口封じで死罪だ」


「それが何よ! 大体、“元老院会”は騎士団には干渉できないという掟があるわ。いざとなったら父上に頼めば、私は無罪放免になれるわよ」

「親に頼ると騎士団を辞めさせられる可能性がある方法を? 笑わせるな。第一、干渉できない点で言えば、騎士団も同じはずだ」


 ゼスは彼女の主張を直ぐに伏した。


「君は良いかも知れんが、俺はどうなる? 例え君と共に放免されたとしても、俺は確実に騎士団から放りだされる。またそうでなかったとしても、今、君が出て行けば同じ部隊の人間もその関係を疑われ、出世にも響く。そんなリスクを背負うのは御免(ごめん)だな」

「だったら、このまま彼らを見捨てろと言うの? ボク達の……騎士の理想に反しろと言いたいの!?」

「それがなんだ。理想と言えども、ここで出て行ったらそれすら(つい)えると言ってるんだ。例え彼らを助けられても、根本的な問題を解決できなければまた第二、第三の奴隷が生まれる。君は騎士として力を付けて、根本的な解決をしたくはないのか?」


 シェリーを諭すように言うゼスの口調は厳しかった。

 正当な答えに言葉を失い、狼狽しつつ俯いてしまうシェリー。


「……そ、それは……ボ……わ、私は……」

「落ち着いたか……。ここは少しでも監視して、弱みなどの情報を握られれば儲けものと考えようか。下手に今一部を助けるより、まとめて助ける事が一番リスクは少なく効率的だからな」


 再びゼスは物陰から奴隷達と貴族を注意深く窺う。シェリーには一度も振り返らない。


「…………」


 無言で唇を噛み、シェリーはゼスが背を預ける向かいの壁に額を押し付ける。

 今の表情を彼女は誰にも見られたくないのだろう。

 自らの感情と自らの理想や夢との葛藤に(さいな)まれる姿は、見るも堪えないものなのだから。


 そんな彼女の姿を気にする素振りを見せないゼスは、ただ注意深く状況を監視している。

 貴族に何かしらのヘマを見せれば付け入る隙が出来るのだが、流石に静観を貫いており、全く貴族らしい傲慢な振舞いだけを見せていた。

 仕方なく、馬車に乗り込む奴隷達の姿を見て覚えるぐらいは最低限やっておくべきだと判断し、不意にある一列の奴隷集団を捉えた。

 彼らの中にはまだ年端もいかない少女の姿もあった。

 他の奴隷と同じ布一枚の服と首輪だけを着け、年齢は十三、四歳ぐらいだろうか。薄い黄緑髪の上から頭巾を巻いている。小柄な体格で凹凸は少なく、まだ発育途上なのが目に見えて分かる。全体的に泥だらけで、その顔立ちを窺う事は出来ない。だが、しかし―――


「……?」


 ゼスは一瞬気のせいか、と思った。

 何故か生気の無い瞳をしている他の奴隷達と違って、彼女からだけは全く感情が感じられなかった。奴隷としての絶望感も、人間として生きる希望も、その全てが無関心なように。

 そんな事を考えていたところに、不意にその少女の顔が動き、一瞬遠くから窺っている筈のゼスと視線が合った。


「……!」


 突然、ゼスの脳裏に明確に少女の目が一瞬浮かび上がった。その瞳はまるで真意を見透かされたような、真っ直ぐとした緑色をしていて―――。


「くっ……!」


 我に返ったゼスはその目から逃れるように慌てて物陰に隠れた。

 これ以上、あの瞳を見つめてはならない―――!

 彼が再び物陰から少女をゆっくり窺うと、彼女は丁度、馬車に乗り込んで姿を消すところだった。

 あれから、不思議な感覚は全く感じられなくなっていた。


「……気のせい、だったか」


 ゼスは全く気にする事は無かった。

 その少女の事も、日を追う毎で次第に忘れていくことになる―――。


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